とをらふ
春の日の霞(かす)める時に住吉(すみのえ)の岸に出(い)で居(ゐ)て釣舟のとをらふ見ればいにしへのことぞ思ほゆる(万葉集)
の、
とをらふ、
は、
波のまにまに揺れる、
意とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
とを、
は、
タワの転、
とあり(広辞苑)、
揺れ動く、
揺れる、
意である(仝上)。で、
とをらふ、
は、
撓らふ、
とあて、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、自動詞ハ行四段活用で、冒頭の、
墨吉(すみのえ)の岸に出(い)でゐて釣り船のとをらふ見れば古(いにしへ)の事そ思ほゆる(万葉集)、
と、
揺れ動く、
たゆとう、
意である(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。東歌の、
行(い)こ先に浪な等恵良比(トヱラヒ)後方(しるへ)には子をと妻をと置きてとも來ぬ(万葉集)
の、
とゑらふ、
は、
とをらふ、
の転と見られる(精選版日本国語大辞典)とある。
とをらふ、
の、
とを、
は、
トヲム(撓)・トヲヲ(撓)のトヲ、
とあり(岩波古語辞典)、
秋萩の枝もとををに露霜置き寒くも時はなりにけるかも(万葉集)、
の、
とをを(撓)、
は、
タワワの母音交替形、
で、
たわむさま、
の意、
沖つ波撓(とを)む眉(まよ)引(び)き大船(おおぶね)のゆくらゆくらに面影にもとな見えつつ(万葉集)、
の、
とをむ(撓)、
は、
たわむの母音交替形(岩波古語辞典)、
トヲはタワの転(大言海)、
で、
うねりたわむ、
しなう、
意、
あぢ群(むら)のとをよる海に舟浮(う)けて白玉(しらたま)採ると人に知らゆな(万葉集)、
の、
とをよる(撓寄)、
の、
とを、
は、
タワの母音交替形(岩波古語辞典)、
タワの転(大言海)
で、
しない寄り添う、
たおやかである、
の意、で、冒頭の、
住吉(すみのえ)の岸に出(い)で居(ゐ)て釣船のとをらふ見ればいにしへのことぞ思ほゆる(万葉集)、
の、
とをらふ(撓)、
の、
とを、
も同様で、
とを、
は、
たわ、
の転である。
たわ、
は、
タワム(撓)・タワワのタワ、
で、
たわむ(撓)、
たわやか、
たわやめ(撓や女)、
たわわ(タワタワの約)、
の、
タワ、
さらに、
たをたを(タワタワの母音交替形)、
たをやか(タヲはタワの母音交替形)、
の、
タヲ、
ともつながる。さらに、
とゐ波、
で触れた、
とゐ、
は、
上二段動詞「とう」の連用形から(精選版日本国語大辞典)、
撓(たわ)むの「たわ」と同源(広辞苑)、
とをを(撓)と同根、トヲヲは「たわわ」の母音交替形(岩波古語辞典)、
などとあり、
とう、
は、
自動詞ワ行上二段活用、
の、
畝火山昼は雲登韋(トヰ)夕されば風吹かむとぞ木の葉さやげる(古事記)、
と、
うねり動く、
動揺する、
意で(精選版日本国語大辞典)、
撓(たわ)む、
の、
たわ、
と同源となる。
たわ、
は、
撓、
と当て、
タワム(撓)・タワワのタワ、タヲリと同根、
とあり、
山の多和(タワ)より御船を引き越して逃げ上り行でましき(古事記)、
と、
山の尾根などのくぼんで低くなった所、
山の鞍部(あんぶ)、
をいい、
たをり、
たを、
ともいい、それをメタファに、
忘れずもおもほゆるかな朝な朝なしが黒髪のねくたれのたわ(「順集(983頃)」)、
と、
枕などに押されて髪についた癖、
をもいう(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。
足引の山道(やまぢ)も知らず白橿(しらかし)の枝も多和多和(たわたわ)に雪の降れれば(万葉集)
の、
タワタワの略、
が、
たわわ、
で、
撓、
と当て、
折りてみば落ちぞしぬべき秋萩の枝もたわわにおける白露(古今和歌集)、
と、
実の重さなどで木の枝などがしなうさま、
をいい(広辞苑)、その
たわわの母音交替形、
の、
とをを、
は、
秋萩の枝もとををに露霜置き寒くも時はなりにけるかも(万葉集)、
と、
たわみ曲がるさま、
の意である(岩波古語辞典・広辞苑)。また、
ををる、
で触れた、
ををる、
も、
ら/り/る/る/れ/れ、
と活用する、自動詞ラ行四段活用で、
撓る、
生る、
と当て(学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
いっぱい茂り合う(岩波古語辞典)、
花や葉がおい茂って枝がしなう、また、枝がしなうほど茂る(精選版日本国語大辞典)、
(たくさんの花や葉で)枝がしなう。たわみ曲がる(学研全訳古語辞典)、
たわむほどに茂る(デジタル大辞泉)、
と、微妙に意味にずれがあるが、
いっぱい茂り合い→(花や葉の重みで)枝がしなう、
という意味の変化だろうか。ただ、
春去者花咲乎呼里(ハナサキヲヲリ)秋付者丹之穗尓黄色(ニノホニニホフ)味酒乎(ウマザケヲ)(春されば花咲きををり秋づけば丹(に)のほにもみつ味酒(うまざけ)を)、
では、
乎遠里(ヲヲリ)、
と当てており、
花が枝もたわわに、
と注釈している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。こうみると、
とを、
とゐ、
をを、
たを、
のすべては、
ま/み/む/む/め/め、
の、自動詞マ行四段活用、
たわむ(撓む)、
の、
たわ(撓)、
につながっている。
「揺」(ヨウ)の異体字は、
搖(旧字体/繁体字)、摇(簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%8F%BA)。字源は、「たゆたふ」で触れたように、
会意兼形声。䍃(ヨウ)は「肉+缶(ほとぎ 酒や水を入れた、胴が太く口の小さい土器)」の会意文字で、肉をこねる器。舀(トウ・ヨウ)の異体字。揺は「手+音符䍃」で、ゆらゆらと固定せず動くこと。游(ユウ ゆらゆら)と非常に近い、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です。「5本の指のある手」の象形と「肉の象形と酒などの飲み物を入れる腹部のふくらんだ土器の象形」(神に肉をそなえ歌うさまから、「声を強めたり、弱めたりして口ずさむ」の意味)から、「手で上下左右に動かす」、「ゆする」を意味する「揺」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1781.html)、
ともあるが、他は、
形声。手と、音符䍃(エウ)とから成る。ゆりうごかす、ひいて「ゆれる」意を表す。常用漢字は省略形による(角川新字源)
形声。声符は䍃(よう)。䍃は缶(ほとぎ)の上に肉をおく形。何かを祈るときの行為であるらしい。〔説文〕十二上に「動くなり」とあり、ゆり動かすような、不安定な状態をいう。〔詩、王風、黍離(しより)〕「中心搖搖たり」の〔伝〕に「憂ふるも、愬(うつた)ふる所無きなり」とみえる。〔爾雅、釈訓〕に字を「忄+䍃、忄+䍃」に作り、「憂ふるも告ぐる無きなり」とあって、声義の通ずる字である(字通)
と、形声文字としている。なお、
撓、
は、
とゐ波、
で触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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