しなでる


しなでる片足羽川(かたしはがわ)のさ丹塗(にぬ)りの大橋の上(うへ)ゆ紅(くれなゐ)の赤裳(あかも)裾引(すそび)き山藍(やまあゐ)もち摺れる衣(きぬ)着てただひとりい渡らす子は(万葉集)

の、

しなでる、

は、

「片足羽川」(かたしはがわ)の枕詞。葉が層を成して照る葛(かた)の意、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

片足羽川、

は、

大和川が龍田から河内へ流れ出たあたりの名か、

とある(仝上)。

大和川、

は、かつては、

生駒山系を抜けて現在の柏原市付近で石川と合流すると、その流れに乗るように北へ流れ、河内平野に大きな湖(草香江(くさかえ)、または河内湖)をつくって古い時代の淀川を合わせ、上町台地の北で海へと出る流路を為していた。河内湖は次第に土砂により埋まり、河内平野へと変わっていった、

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E5%B7%9D

しなでる、

は、

しなてる、

ともいい、

級照る(デジタル大辞泉・大言海)、
階照る(岩波古語辞典)、

と当て、

「しな」は坂の意、かた(片)にかかる(広辞苑・岩波古語辞典)、
級立(しなた)てるの約にて、級の立てる物は、片はへなる故に云ふとぞ(大言海)、
「しな(階・坂)て(照)る」の意で、山の片面などが段層状になって日が当たっている意からかかるか(精選版日本国語大辞典)、

などとあるが、

語義未詳、

とされ(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、語源についても、

諸説があり、定説をみない、

とある(精選版日本国語大辞典)。ただ、

「しな」を含む枕詞は、他に「しなざかる」、「しなたつ」、「しなだゆふ」があり、いずれも土地の名と共に用いられているため、「しな」が土地の様相を示す語であることは確かであろう。しかし、例えば、「奈良」に冠する「あをによし」、「難波」に冠する「おしてる」のように、ひとつの地名と密接な繋がりをもってはいない、

としている(仝上)。で、

しなでる、
しなてる、

は、

かかり方未詳、

ながら(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、

「片足羽川」「片岡山」にかかる(デジタル大辞泉)、
「かた(片)」にかかる(精選版日本国語大辞典)、
「片」にかかる(岩波古語辞典)、

などとあり、

「しなてる」が間投助詞「や」を伴って五音化した、

とされる(精選版日本国語大辞典)、

しなてるや、

も、

しなてるや片岡山に飯(いひ)にうゑてふせる旅人あはれ親なし(拾遺和歌集)、
しなてるや鳰(にほ)のみづうみに漕ぐ舟のまほならねども逢ひ見しものを(源氏物語)、

と、

「片」「鳰(にほ)の海」「鳰(にお)の湖(みずうみ)」にかかる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

しなてる、

の解釈については、

燭明抄(江戸初期の和歌注釈書『枕詞燭明抄(まくらことばしょくみょうしょう)』)には、

しなてるは級照也。級は階(はし)のきざみなり。照はほめたる詞なり。宮殿のきざはしはてりかゞやく心なり。 只階のきざみの片さがりなるにつけて片とつゞけむためなるべし、

冠辞考(江戸中期の歌学書)には、

こは級立(しなたて)る物は斜に片はへなる意にて、片とはつづくならん、

古義(江戸後期の「万葉集」の注釈・研究書)は、

斯那(しな)は、嫋(しな)の意、提流(てる)は、佐比豆流(さひづる)など云豆流(づる)と同言にて、然ある形容(さま)をいふとき、附ていふ言なるべし、さて片(かた)とつづくは、肩(かた)の義にて、弱々(なよなよ)と嫋(しな)やぐ肩といふ意に、いひ係たるなるべし、人の肩は屈伸(のびかゞみの縦由(こころまま)なるもの故、嫋(しな)やぐよしもて、古語に嫋肩(よわかた)とも云るを、併思ふべし、

とあり、万葉集研究者の井手至(『類似の枕詞』)は、

「しなたつ筑摩(つくま)佐野方(さのかた)(13/3323)」があり、佐野方は、10/1928からかづらと同じ蔓草であり、「かた」は、14/3412など蔓、条(すぢ)の意や、蔓草の意に用いられた。そこで「かた」は、「かづ(葛)」と語源は同じ。「しな」は新撰字鏡「層 志奈」、陛「升也階陛志奈又波志」、名義抄「層・階、シナ」、かた(葛、蔓草)のつるが起伏して延び、その葉の階をなして重なり日に照るさまを「しなてる」と云ひ、「さのかた」のつるが、上に向かって延ひのぼり、葉が重なって階をなしているさまを「しなたつ」と表現した、

としているhttps://www.c-able.ne.jp/~y_mura/manyou/man009.html

「級」.gif


「級」(漢音キュウ、呉音コウ)は、

会意兼形声。及(キュウ)は「人+又(手)」の会意文字で、逃げる人のあとから手でつかまえようとして、手の届いたさまをあらわす。あとからあとからとおいかけてつぎ足す意を含む。級は「糸+音符及」で、糸が切れると、あとから、一段また一段とつぎ足すこと。転じて、一段一段と順序をなす意、

とある(漢字源)。ちなみに、

及(漢音キュウ、呉音ゴウ)、

は、

会意文字。「人+手」で、逃げる人の背に追う火との手が届いたさまを示す。その場、その時にちょうど届くの意を含む、

とある(仝上)。同じく、

会意兼形声文字です(糸+及)。「より糸の象形」と「人の象形と手の象形」(人に手が触れて「追いつく」の意味)から、前の糸に続いて、次の糸が追いつくを意味し、転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「順序・くらい」を意味する「級」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji430.html

と、会意兼形声文字ともあるが、他は、

形声。糸と、音符及(キフ)とから成る。機(はた)織りがつぎつぎにくり出す糸の意を表す。転じて、順序あるもののひとつずつ、ひいて、順序の意に用いる(角川新字源)

形声。「糸」+音符「及 /*KƏP/」。「くらい」を意味する漢語{級 /*krəp/}を表す字。「糸」は階級を表す帯からの連想によるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%9A

形声。声符は及(きゅう)。及に後ろより相及ぶ意がある。〔説文〕十三上に「絲の次第なり」とあり、機織の糸を次第することをいう。転じて段階・階級の意となる。〔礼記、曲礼上〕「級を拾(わた)り足を聚む」とは、一段ずつ足をそろえて登ることで、いま神職の作法として残されている(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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