山藍(やまあゐ)


大橋の上(うへ)ゆ紅(くれなゐ)の赤裳裾引(あかもすそび)き山藍(やまあゐ)もち摺れる衣(きぬ)着てただひとりい渡らす児は若草の夫(つま)かあるらむ橿(かし)の実のひとりか寝(ぬ)らむ問はまくの欲(ほ)しき我妹(わぎも)が家の知らなく(万葉集)

の、

紅(くれなゐ)の、

は、

紅色に染めた、

の意、

山藍(やまあゐ)、

は、

トウダイグサ科の多年草。青の染料。外来の藍より淡い色、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

若草の、

は、

夫の枕詞、

橿(かし)の実の、

は、

一人の枕詞、

問はまく、

の、

まく、

は、

問はむ、

の、

む、

のク語法、

とある(仝上)。

ヤマアイ.jpg


山藍(やまあゐ)、

は、

山地の樹林下に生える。高さ三〇センチメートルぐらい。葉は長柄をもち対生。葉身は長楕円形で縁に鈍い鋸歯(きょし)がある。春、葉腋から淡黄緑色の単性花を穂状につけた花序を出す。果実は球形で径約六ミリメートル、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

冬の初、梢に細茎を出して、浅黄色の三弁細花を開く、花落ちて小青実を結ぶ、大きさ山椒の如く、熟して尚青し、生根は藍色なり、

とある(大言海)。

山ゐもてすれる衣の赤紐の長くぞわれは神につかへん(紀貫之)、

と、山藍(やまあい)を約めて、

やまゐ、

といい(仝上)、和歌では、多く「山井」に掛けて用いる(精選版日本国語大辞典)。漢名に、

山靛、

をあてる(仝上)とある。古え、

此生葉の緑汁を以て青色を染む。新嘗会の小忌衣(をみごろも)の青摺これなり、

とあり(大言海)、藍染料に用いた(精選版日本国語大辞典)。日本における最古の染料植物といわれ、生葉をつき砕いて出た汁により青磁色に染まるが、これを、

山藍摺(ずり)、

とよぶ。この青色色素はインジゴではなく、シアノヘルミジンで、水洗すると落ち、赤く変色しやすい。中国からアイ(タデアイ)が伝来するとすたれたが、皇室の神事に用いられる小忌衣(おみごろも)の染色には、現在でも京都の石清水(いわしみず)八幡宮から採られたものが用いられる(世界大百科事典)とある。枕草子には、

草は、さうぶ、こも。あふひ、いとをかし。祭のをり神代よりしてさるかざしとなりけむ、いみじうめでたし。(中略)やへむぐら、やますげ、やまゐ、ひかげ、はまゆふ、あし。くずの、風に吹きかへされて裏のいとしろく見ゆるをかし、

とある。

山藍摺.jpg


なお、

小忌衣

で触れたように、

山藍摺(やまあゐずり)、

は、

青摺(あをずり)、

ともいい、

萩又は露草の花にて衣に色を摺り出す、

という、

宮城野の野守が庵に打つ衣萩が花摺露や染むらむ(壬生集)、

の、

花摺(はなすり)、

に対する語(大言海)とされ、上代は、

服著紅紐青摺衣(古事記)、
百官人等、悉給著紅紐之青摺衣服(仝上)、

と、

朝服として、右肩に紅紐(あかひも)を着けた、

とある(仝上)。「朝服」については、

衣冠束帯

で触れた。後には、

近衛の官人、臨時祭の舞人などの服にせり、

とあり、但し舞人は赤紐を左肩につく(大言海)という。

小忌衣

は、

をみのころも、
をみ、

ともいい、

小忌人(をみびと)が神事に奉仕するため、装束の上から着る一重の衣、

で、

形は狩衣に似ており、束帯(そくたい)の袍(ほう)の上、または女房装束の唐衣(からぎぬ)の上に着装する白の麻布製で、身頃(みごろ)には春草、梅、柳、鳥、領(えり)に蝶(ちょう)、鳥などを山藍摺(やまあいずり 青摺)で表す。右肩には赤黒二筋の紐を垂らす。冠には日陰蔓をつける、

とある(岩波古語辞典・日本大百科全書)。「肩衣」については、

法被と半纏

で、「袍」については、

衣冠束帯

で、「日陰蔓(ひかげのかずら)」については、

さがりごけ

で触れた。

小忌人(をみびと)、

は、

小忌人の木綿(ゆふ)かたかけて行く道を同じ心に誰ながむらむ(公任集)、

と、

小忌の役をする人、

で、

小忌、

とは、

大嘗会(だいじやうゑ)、新嘗祭(しんじやうゑ)などの大祀のとき、とくに厳重に行う斎戒(ものいみ)、

をいい、小忌の役を務める、

をみびと、

も、「をみびと」の着る、

衣、

も、

小忌、

といい(岩波古語辞典)、で、

山藍摺(青摺)、

は、

小忌摺(おみずり)、

ともいう。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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