頭(つめ)
大橋の頭(つめ)に家あらばま悲しくひとり行く子にやど貸さましを(万葉集)
の、
ま悲しく、
は、
見た目に悲しそうに、
の意とし、
「ま愛(かな)し」の意こもるか、
と解して、
わびしげに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
頭、
の字を当てて、
つめ、
と訓ませているのは、
たもと、
の意とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。似た意で、
馬に乗て行くに、既に橋爪に行懸る程(今昔物語集)、
と、
橋のつきる所、
橋のたもと、
橋際(はしぎわ)。
橋畔(きょうはん)、
といった意の、
橋詰め(はしづめ)、
という言い方もある(精選版日本国語大辞典)。
頭(つめ)、
は、
端、
詰、
とも当て(大言海)、
蔵、
とも当て(岩波古語辞典)、
め/め/む/むる/むれ/めよ、
と、自動詞マ行下二段活用の、
あるいは、
め/め/む/むる/むれ/めよ、
と、他動詞マ行下二段活用の、動詞、
つむ (詰む)、
の(学研全訳古語辞典)、
連用形の名詞化、
で(精選版日本国語大辞典)、本来、
一定の枠の中に物を入れて、隙間・ゆるみをなくす、
意で(岩波古語辞典)、
潮干なば玉藻刈りつめ家の妹が浜づと乞はば何を示さむ(万葉集)、
と、
ぎっしりと入れて満たす、
いっぱいに貯える、
意(仝上)だが、それをメタファに、
打橋の都梅(ツメ)の遊びに出でませ子(日本書紀)、
宇治橋のつめにぞおしよせたる(平家物語)、
などと、
物の端、
いちばん端、
または、
いちばん奥のところ、
きわ、
橋のたもと、
の意や、その意の延長で、
さやうに御のべあらんには、いづくにつめがさうばこそ(幸若・笈さかし)、
と、
最後、
結局、
結末、
しきり、
の意や、
ことさらふぜいをもちたるつめをたしなみて、かくべし(風姿花伝)、
と、
急所、
やま、
の意、さらには、
ならはせ給はぬ御ありさまに、御かうぶりのひたひもつむる心ちせさせ給(今鏡)、
と、
せまる、
前方がつまる、
行きづまる、
また、
窮する、
身動きがとれなくなる、
といった意や、
御要害の詰(ツ)め詰めを、落もなく目を付くるは(歌舞伎・狭間軍記鳴海録)、
と、
きまった場所に控える、
出仕する、
出勤する、
意などで使う(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)、
橋詰、
に、
橋爪、
とあてているように、
爪、
と、
詰め、
は縁が深いように思える。
つめ、
は、
古形ツマ(爪)の転、
であり、
つまようじ、
で触れたように、この、
つま、
は、
爪先、
爪弾き、
爪立つ、
等々、他の語に冠して複合語としてのみ残るが、
ツマ(爪)は、端(ツマ)、ツマ(妻・夫)と同じ、
とある(岩波古語辞典)。で、
端、
は、
物の本体の脇の方、はしの意。ツマ(妻・夫)、ツマ(褄)、ツマ(爪)と同じ、
で(仝上)、
つま(妻・夫)、
は、
結婚にあたって、本家の端(つま)に妻屋を立てて住む者の意、
とある(仝上)。つまりは、
妻、
も、
端、
につながり、
つま(褄)、
も、
着物のツマ(端)、
の意(仝上)で、
つま(端)、
につながる(仝上)とみられる。ただ、異説もあり、
つま(端)、
は、
詰間(つめま)の略。間は家なり、家の詰の意、
で、
間、
とは、
家の柱と柱との中間(アヒダ)、
の意味がある(大言海)とし、さらに、
つま(妻・夫)、
も、
連身(つれみ)の略転、物二つ相並ぶに云ふ、
とあり(仝上)、さらに、
つま(褄)、
も、
二つ相対するものに云ふ、
とし、
つま(妻・夫)の語意に同じ、
とする(大言海)。つまり、「つま」には、
はし(端)説、
と
あいだ説、
があるのである。その意味では、「つまようし」の「つま」を、「爪」としていいかどうかは疑問である。
妻楊枝、
と当てているものもあるが、これも「つま」の由来から考えると、間違いではない。つまようじの「つま」には、「端」の意味に、(歯の)「間」という意味が陰翳のように付きまとっている感じである。とすると、
橋のつめ、
つまり、
橋のつま、
も、
端、
の意と同時に、ただの端ではなく、
橋詰、
の意にある、
橋のつきる所、
つまり、
橋の両端の一方、
という含意があるのかもしれない。
念のため、それぞれの語原説を列挙しておく、
爪、
の語原説は、
ツマ(端)の転(日本語源広辞典)、
ツマ(端)の意(箋注和名抄・俚言集覧・大言海・日本語源=賀茂百樹)、
指の端にあるところから、妻の意(和句解)、
動詞ツム(摘)・ツム(積)と同源、上に先に伸びる意のツム(積)と伸びる先を摘むツム(摘)とは同源(続上代特殊仮名音義=森重敏)、
ツノメ(角芽)の義(玄同放言)、
ツマリ(結)の義か(名言通)、
物をつみつかむところから、ツミ得の約(本朝辞源=宇田甘冥)、
ツカムの略転(日本釈名)、
ツマ(爪)の転(岩波古語辞典)、
端(ツマ)、
の語源説は、
ツマメ(詰間)の略(大言海)、
物の一端(日本語源広辞典)、
爪のように出ているところから(和名抄・類聚名物考)
つづまりつみ狭まった極みの意(日本語源=賀茂百樹)、
連続物が一個になる処で個目の意(国語溯原=大矢徹)、
物の本体のわきの方、はしの意、ツマ(妻・夫)・ツマ(褄)・ツマ(爪)と同じ(岩波古語辞典)、
褄(ツマ)の語原説は、
二つ相対するものに云ふ。妻の語意(ツレミ(連身)の略転、物二つ相竝ぶに云ふ)に同じ
着物のツマ(端)の意(岩波古語辞典・小学館古語大辞典)、
端にあるから、ツメ(爪)の義(名言通・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
ハツモ(果衣)の義(言元梯)、
ト(鋭)の派生語で、尖端の義から(日本古語大辞典=松岡静雄)、
妻・夫(ツマ)、
の語原説は、
「ツマ(物の一端)」が語源で、端、縁、軒端、の意です(日本語源広辞典)、
「ツレ(連)+マ(身)」で、後世のツレアイです。お互いの配偶者を呼びます。男女いずれにも使います。上代には、夫も妻も、ツマと言っています(日本語源広辞典)、
ツレミ(連身)の略転、物二つ相竝ぶに云ふ(大言海)、
結婚にあたって、本家の端(つま)に妻屋を立てて住む者の意(岩波古語辞典)、
ツは、ツラ(連)の語幹、マはミ(身)の転(日本古語大辞典=松岡静雄)、
ツは連・番などのツ、マは左右に二つ並ぶものの義(日本語源=賀茂百樹)、
ツヅキマトハルの義(仙覚抄・詞林采葉抄)、
ツレマツハルの略か(燕石雑記)、
ツラナリマトフの略(国語蟹心鈔)、
ツキマトフの義(本朝辞源=宇田甘冥)、
ツラナリテマコトヲナスの義(日本声母伝)、
ツレメまたはツレヲナミ(連女)の義(日本語原学=林甕臣)、
ヲトメの転(東雅)、
新たに設けられたツマヤに住む人妻のもとに夫が通う風習から(話の大辞典=日置昌一)、
ムツマジの略(和句解・日本釈名・名言通・和訓栞・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
衣は左右のツマを合わせて着ることからか(萍(うきくさ)の跡)、
ツマ(交)の義か(万葉代匠記)、
ツは粘着の義、マはミ(身)の転(国語の語根とその分類=大島正健)、
ツム(着身)の義(言元梯)、
ともに向かい合う意で、トモムカの約轉(和訓集説)、
タマ(玉)またはトモ(友)の転(和語私臆鈔)、
トモ(友)と同源か(角川古語大辞典)、
とある。論者の偏見がもろに出ていて、おもしろいが、この、
妻・夫(ツマ)、
については、
つま、
で触れたように、
上代対等であった、
夫
と
妻
が、時代とともに、「妻」を「端」とするようになった結果、
つま(端)
語源になったように思われる。三浦佑之氏は、
あちこちに女を持つヤチホコ神に対して、「后(きさき)」であるスセリビメは、次のように歌う。
やちほこの 神の命(みこと)や 吾(あ)が大国主
汝(な)こそは 男(を)に坐(いま)せば
うちみる 島の崎々(さきざき)
かきみる 磯の崎落ちず
若草の つま(都麻)持たせらめ
吾(あ)はもよ 女(め)にしあれば
汝(な)を除(き)て 男(を)は無し
汝(な)を除(き)て つま(都麻)は無し、
と紹介する。どうも、ツマは、
対(つい)、
と通じるのではないか、という気がする。「対」は、中国語由来で、
二つそろって一組をなすもの、
である。
つゐ(対)、
は、
むかひてそろふこと、
とある(大言海)。
刺身につま、
というときは、
具、
とも当てるが、その「つま」について、
刺身にあしらわれてる千切り大根の事を「つま」そう思ってなさる方が多い。あれは「つま(妻)」ではありません。「けん」と言います。
けん、つま、辛み、この三種の「あしらい」を総称して「つま」という事もありますが、「つま」とは、端やふち、へり、を意味します。刺身に寄り添うかたちですね。ですから【妻】という字の代わりに【褄】と書いてもよいのです、
とある(http://temaeitamae.jp/top/t6/b/japanfood3.06.html)。対等の一対から、端へとおとされた「つま」が、「妻」に限定されていくように、「つま(具)」も、添え物のイメージへと変化していったようだ。
「詰」(漢音キツ、呉音キチ)は、
会意兼形声。吉(キツ)は、口印(容器の口)の上にかたく蓋をしたさまを描いた象形文字で、固く締めるの意を含む。結(ひもでかたくくびる)が吉の原義をあらわしている。詰は「言+音符吉」で、いいのがれする余地を与えないように締め付けながら、問いただすこと。また、中にものをいっぱいつめ込んで入口を閉じること、
とある(漢字源)が、他は、
形声。「言」 + 音符「吉 /*KIT/」。「なじる」を意味する漢語{詰 /*kʰit/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%A9%B0)、
形声文字です(言+吉)。「取っ手のある刃物の象形と口の象形」(「(つつしんで)言う」の意味)と「斧などの刃物の象形と口の象形」(刃物をまじないとして置いてめでたい事を祈る事から、「めでたい」の意味だが、ここでは、「緊」に通じ(「緊」と同じ意味を持つようになって)、「ひきしめる」の意味)から、「問いつめる」を意味する「詰」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1236.html)、
形声。言と、音符吉(キツ)とから成る。事細かに尋ねる意を表す(角川新字源)、
形声。声符は吉(きつ)。吉は聖器としての鉞頭(士)を、祝詞を収めた器(ᗨ(さい))の上においてこれを封じ、その呪能を守る意で、詰めこむ意がある。それによって吉善を責め求めるので、詰問の意となる。〔説文〕三上に「問ふなり」とあり、致詰の意とする(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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