うちはへて


うちはへてかげとぞたのむ峯の松色どる秋の風にうつるな(後撰和歌集)

の、

うちはへて、

は、

長く続けて、

の意で、

いつまでも、

と訳す(水垣久訳注『後撰和歌集』)。

うちはへて思ひし小野は間近きその里人さどひとの標結(しめゆ)ふと聞きてし日より立てらくのたづきも知らず居(を)らくの奥処(おくか)も知らに(万葉集)

では、

うちはへて、

の、

はふ、

は、

延ばす、

で、

うちはへて、

は、

ずっと気にかけてきた、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

かげ、

は、

日射しや雨風から守ってくれる庇護、

とし、

うつるな、

は、

色を変えて衰え散るな、

の意とする(水垣久訳注『後撰和歌集』)。

うちはへて、

は、

打ち延えて、

とあて、

動詞「うちはふ(打延)」の連用形に助詞「て」の付いたもの、

で、

副詞的な用法が多く、

さきそめし時より後(のち)はうちはへて世は春なれや色のつねなる(古今和歌集)、

と、

時間的に、ずっといつまでも続いて、
長期にわたって、
久しく、

の意で、この場合、後述する、

うちはへ、

と同義になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)。さらに、空間的な意でも、

たなばたにかしつる糸のうちはへて年の緒(を)ながく恋ひやわたらん(古今和歌集)、

と、

ずっとどこまでも延びて、

の意や(この場合、「時間的な意味」に掛ける)、

うちはへて庭おもしろき初霜に同じ色なる玉の村菊(栄花物語)、

と、

あたり一面に、
見わたすかぎり、

の意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。この、

うちはへて、

と同義で、助詞「て」のない、動詞「うちはふ(打延)」の連用形から、

うちはへ、

も、

雨のうちはへ降るころ、けふも降るに、御使にて、式部の丞信経参りたり(枕草子)、

と、

ずっと長く、引き続いて、

の意で使うが、転じて、

腹葦毛なる馬……打はへ長(たきたか)きが(今昔物語集)、

と、ぬきんでているさまを表わす語として、

きわだって、
特に、

の意でも使う(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

うちはふ(打ち延ふ)、

は、

へ/へ/ふ/ふる/ふれ/へよ、

と、他動詞ハ行下二段活用の、

はふ (延ふ)、

に、接頭語

うち(打)、

のついた形で、

はふ (延ふ)、

は、

這ふ、

とも当て、

(「這ふ」は)延に通ず、
(「延ふ」は)這ひ経るの意、這ふに通ず、

とある(大言海)。

延ふ、

は、

谷狭(せば)み嶺に延(はひ)たる玉葛(たまかづら)絶(た)えむの心わが思(も)はなくに(万葉集)、

と、

一面にのび広がる、
張り渡す、

意で、特に、

植物の根や蔦(つた)の類が地面や木などにまつわりついてのびる、

意の、

物に絡みついて伝わっていく、

意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

這ふ、

は、

年九十ばかりにて、雪をいただきたるやうなる女・翁、はいにはいきて(宇津保物語)、

と、

人がうつぶせに伏した状態になる、
また、その状態で手足をつかって動きまわる、

意や、

伊勢の海の 大石(おひし)に這ひもとほろふ細螺(志多陀美 シタダミ)のい這ひもとほり撃ちてし止まん(古事記)、

と、

獣・虫・貝など動物が地面などに体をすりつけるようにして、伝うように移動する、

意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

延ふ(をメタファに)→這ふ、
なのか、
這ふ(をメタファに)→延ふ、
なのか、

いずれが先か、先後は不明ながら、両者の意味が重なったことは確かだが、両者を区別していたからこそ、漢字を当て別けたのではないか、と想像する。

打ち延ふ、

は、多く、連用形に「て」を伴った、上述の、

うちはえて、

の形で副詞的に用いる(精選版日本国語大辞典)とあり、

うちはへて、

と同様に、

ある物事、状態が時間的、空間的に長く延びる、引き続く、

意で使い、

栲縄(たくなは)の、千尋縄(ちひろなは)打延(うちはへ)て釣為る海人の口大(くちおほ)の尾翼(をはた)鱸(鱸を訓みて須受岐(すずき)と云ふ)(古事記)、

と、

細長いものを長く引き延ばす、

意や、それをメタファに、

もののふの八十伴(やそとも)の男(を)のうちはへて思へりしくは(万葉集)、

と、

ずっと続けて、

の意を、

心を対象まで延ばし近づける、
心を寄せる、

意で使う(精選版日本国語大辞典・伊藤博訳注『新版万葉集』)。確かに、

打ち延ふ、

は、

延ふと云ふに同じ(大言海)、

ではあるが、

うちはへて、

の、

うち、

は、

うつちけに

うつたへに

うちひさす

でも触れたが、

打ち

は、接頭語として、動詞に冠して、

打ち興ずる、
打ち続く、

のように、

その意を強め、またはその音調を整える、

ほかに、

打ち見る、

のように、

瞬間的な動作であることを示す、

使い方をする(広辞苑)。

打ち延ふ、、

は、前者になるが、後者は、

うちつけに、

のように、

平安時代ごろまでは、打つ動作が勢いよく、瞬間的であるという意味が生きていて、副詞的に、さっと、はっと、ぱっと、ちょっと、ふと、何心なく、ぱったり、軽く、少しなどの意を添える場合が多い。しかし和歌の中の言葉では、単に語調を整えるためだけに使ったものもあり、中世以降は単に形式的な接頭語になってしまったものが少なくない、

とあり(岩波古語辞典)、

さっと(打ちいそぎ、打ちふき、打ちおほい、打ち霧らしなど)、
はっと、ふと(打ちおどろきなど)、
ぱっと(打ち赤み、打ち成しなど)、
ちょっと(打ち見、打ち聞き、打ちささやきなど)、
何心なく(打ち遊び、打ち有りなど)、
ぱったり(打ち絶えなど)、

といった意味でつかわれる。動詞、

うち(つ)、

は、

打つ、
撃つ、

とあて、

相手・対象の表面に対して、何かを瞬間的に勢い込めてぶつける意。類義語タタキは比較的広い面を連続して打つ意、

とある(岩波古語辞典)。、

あるものを他の物に瞬間的に強く当てる(打・撃)、
(釘や杭、針を)たたきこむ、差し込む(打)、
傷つけ倒す(撃・討)、
(網などを)遠くへ投げる意から(打・射)、
(門・幕などを)設ける(打)、
(もも・筵などを)編む(打)、
(転じて)あること(芝居などを)行うこと(打)、

等々(広辞苑)と、「うつ」の意味には幅があり、接頭語、

うつ、

にも、この意味の何がしかは反映しているはずだ。

「打ち殺す」「打ち鳴らす」のように、打つの意味が残っている複合語の場合は、「打ち」は接頭語ではない、

としている(学研全訳古語辞典)ものもあるが、別に接頭語かどうかを意識して使っているのではなく、ただ、

壊す、

のではなく、

打ち壊す、

と「打ち」をつけて、主体の意思を強く言い表す必要があるからに違いない。その意味では、接頭語にも、「打つ」の含意は強く残っているはずだ。ただ、

見る、

のではなく、

打ち見る、

には、強い意志が見える気がする。

「うつ」の語源は、

手の力で、強く打撃する、

とし(日本語源広辞典)、

基本的な二音節語とみます。アテル、ウツ、ブツ(方言)などの、ア、ウ、の語根と関連するようです、

とある。(仝上)。

うたげ

で触れたように、

うたげ、

は、

うちあげ、

の縮約で、

うちあげ(打ち上げ)、

には、手を打つという含意を残しているし、それがなくても、ただ語調というには、止まらないのではないか。これが訛って、

ぶつ、
ぶち、
ぶん、

となることもある。

Uti→buti→bunn、

である。

打ち壊す→ぶっ壊す、

打ち投げる→ぶん投げる、

打ちのめす→ぶちのめす、

と、

打ち込む、

には、ただ入れ込んでいる状態よりは、主体の意思が強まるように思える。それが、

ぶち込む、
ぶっ込む、

となると、より意志が強まるように見える。

なお、「はふ」については、

ふりはへて

をりはへ

でも触れた。

「打」.gif

(「打」 https://kakijun.jp/page/0569200.htmlより)

「打」(唐音ダ、漢音テイ、呉音チョウ)は、「うちつけに」で触れたように、

会意兼形声。丁は、もと釘の頭を示す□印であった。直角にうちつける意を含む。打は「手+音符丁」で、とんとうつ動作を表す、

とある(漢字源)が、他は、いずれも、

形声。「手」+音符「丁 /*TENG/」。「うつ」を意味する漢語{打 /*teengʔ/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%89%93

形声。手と、音符丁(テイ)→(タ)とから成る。手で強く「うつ」意を表す(角川新字源)、

形声。声符は丁(てい)。丁は釘の頭の形。釘の頭をうちつける意。〔説文新附〕十二上に「擊つなり」とする。のち動詞の上につけて打聴・打量のように用いる。わが国の「うち聞く」「うち興ずる」というのに近い(字通)

と、形声文字とする。

参考文献;
水垣久訳注『後撰和歌集』(Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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