君が見むその日までには山おろしの風な吹きそと打ち越えて名に負へる社(もり)に風祭(かざまつり)せな(万葉集)
の、
名に負へる社、
は、
風の神として聞える竜田の社、
の意、
風祭(かざまつり・かぜまつり)、
は、
風の災いを防ぐための祭り、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
龍田大社は、
奈良県生駒郡三郷町立野に鎮座、
し、祭神は、天御柱命、国御柱命、
右殿に、天御柱命(あめのみはしらのみこと)、
左殿に、国御柱命(くにのみはしらのみこと)、
で、
龍田の風神、
と総称され、広瀬の水神(広瀬神社、主祭神は若宇加能売命(わかうかのめのみこと)、龍田大社の龍田風神とも関係があるとされる)と並び称された(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E7%94%B0%E5%A4%A7%E7%A4%BE)。延喜式には、
竜田坐天御柱国御柱神社、
とあり、「延喜式」の祝詞によると、
崇神天皇のとき、凶作が続いたので天皇が悩み、夢にこの神をまつると豊作になるとのお告げがあって、〈吾を朝日の日向ふ処、夕日の日隠る処の竜田の立野の小野にいつきまつれ〉との神告によって、その場所に神殿を造り建てたのが本社の起源である、
と伝えている。675年(天武4)、美濃王、佐伯連広足を遣わして、
風神、
をこの地にまつったのが風神祭(かぜのかみまつり)の始まりで、広瀬神社の大忌祭(おおいみのまつり)とともに国家的な大祭として後世に伝えられ、4月4日の例祭(滝祭)、6月28日~7月4日の風鎮祭が有名である(世界大百科事典)とある。
風祭(かざまつり)、
は、
風吹かざらむことを、神に祈ること、
とある(大言海)ように、
稲作に被害が生じないよう風神に祈る風鎮めの祭り、
である。立春から数えて210日目の「二百十日」と、220日目の「二百二十日」。昔から強い風が吹くまたは天気が荒れる日とされ、(稲の花が咲き身をつけるころである)8月1日の八朔も含めて三大厄日とされている(https://weathernews.jp/s/topics/201807/310145/)という。
二十四節気の「処暑」(八月二十三日から九月六日頃)のうち、七十二候「禾乃登」(こくものすなわちみのる)の頃(九月二日から六日頃)が、稲が実り、穂を垂らす頃なので、この日を中心にして風の害を防ぐための風鎮めが広く行われた。古く、万葉集にも、冒頭の歌のように、
山嵐(おろし)の風な吹きそ打越へて名に負へる杜(=龍田神社)に風祭せな、
と詠われる。
風の神祭、
風鎮祭(ふうちんさい)、
とも、また神社やお堂にお籠りする、
風日(かざひ)待ち、
風籠り、
等々とも言う(風と雲のことば辞典)が、
富山で行われる、
おわら風の盆、
(上記歌の「杜」である)奈良県龍田大社で行われる、
風鎮大祭、
伊勢の、
風の宮、
長野県の、
とうせんぼう祭り、
長野県諏訪神社の、
薙鎌を立てての風祭、
熊本県阿蘇神社の、
風鎮祭、
新潟県の弥彦神社の二百二十日の、
風祭、
兵庫県の伊和神社の二百十日の7日前の、
風鎮祭、
等々も「風祭」である(世界大百科事典・日本大百科全書)。
風三斗、
という諺があり、
お風が吹くと稲の収穫が一反歩当たり、三斗も減る、
といったり、
ひと吹き百万石、
といい、
台風が一度上陸すると、稲が強風や冠水に見舞われて、百万石減産となる、
といわれる。出穂直後の柔らかい稲穂は特に強風に弱いのだという(風と雲のことば辞典)。
上総國望陀郡大谷村では、
風除(よ)け、
といい、風除けを行う日は特に決まっていなかったらしいが、数日前から名主、組頭らが風除け準備の御神酒手配をしている。その数が、
酒壱本代金三分弐朱 十駄十八両弐分銀三匁、
と、途方もない数である。家数五十六戸、二三九人の人口の村である。で、
安政五年(1858)の場合には六月十七日に風除けを行い、二百十日は七月二十四日であった。元治元年(1864)の場合、風除けは七月二十六日に行われ、二百十日は七月晦日であった。元治元年(1864)の風除けは、……若者中の(村内)三社に神楽奉納が行われたが、このほかに持明院で宝楽亀頭が行われている。七月晦日には名主八郎兵衛が村役人や勘定人を呼び寄せ風除け御神酒を振舞い、持明院にも酒食を渡している、
とある(山本光正『幕末農民生活誌』)が、
風籠り、風日待などといって、神社やお堂に忌籠(いみごも)り精進(しょうじん)する形が最も一般的で、各戸から1人ずつ出て飲食しながら祈願したり、念仏を称えたり、100万遍の数珠繰りをする、
とか(ブリタニカ国際大百科事典)、
獅子舞(ししまい)や囃子(はやし)を奉納して無事を祈ること、大注連縄(おおしめなわ)を村の入口に張り渡して風の悪霊の入来を防ぐこと、大声で騒ぎたてたり、藁人形に悪神を負わせて辻や村境に送り出そうとする、
とか、
社寺からの風除(よ)けの神札を田畑に立てることや、草刈鎌を庭先高く掲げて吹く風を切り払おうとする呪術、
とか(日本大百科全書)、あるいは、
関東から東北にかけては、風穴ふたぎといって団子をつくって家々の神棚に供える(ブリタニカ国際大百科事典)、
等々を行う。
風神は、古くは、神代紀に、
唯有朝霧而薫満之哉、乃吹撥之気化為神、號曰級長邊命、亦曰級長津彦命、是風神也、
とあるように、
伊弉諾尊・伊弉冉尊の子、級長津彦(しなつひこ)尊、
が、
風の神、
とされる(『古事記』は志那都比古神(しなつひこのかみ)、『日本書紀』は級長津彦命(しなつひこのみこと)と表記、神社の祭神として志那戸辨命、志那都比売神、志那都彦神等々とも)。
龍田大社(奈良県生駒郡)の祭神は、上述のように、天御柱命・国御柱命であるが、社伝や祝詞では天御柱命は志那都比古神、国御柱命は志那都比売神(しなつひめのかみ)のこととしている。志那都比古神は男神、志那都比売神は女神である。伊勢神宮には内宮の別宮に風日祈宮(かざひのみのみや)、外宮の別宮に風宮があり、どちらも級長津彦命と級長戸辺命((しなとべのみこと))を祀っている、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%84%E3%83%92%E3%82%B3)。後世は、
風神雷神、
と、雷神と対になし、
風袋を担いで天空を駆ける姿、
をイメージされるようになる(風と雲のことば辞典)。また、風の神様を、
風の三郎、
風の又三郎、
とも言い、新発田近辺の阿賀北地域では、子供たちが、
「風の三郎さん 風吹いてくりやんな くりやんな」
と唱和して地域を練り歩いた風習もみられた(https://www.heri.co.jp/01mon/pdf/ni-gaku/1709-ni-gaku.pdf)、とあり、風祭の一種である。地域によっては、
富山県には風の神を祀る「ふかぬ堂」という風神堂が十数か所あるし、新潟県には風の三郎なるものを祀る小祠、
がある(日本大百科全書)し、
風袋を背負っている風神の石像、
も少なくない(仝上)、とある。
なお、龍田大社の摂社である龍田比古社と龍田比売社には、それぞれ
龍田比古命、
と
龍田比売命、
が夫婦神として祀られている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E7%94%B0%E5%A7%AB)が、
竜田姫、
で触れたように、
竜(龍)田姫、
は、
秋を支配する女神、
であり、
龍田山は奈良の京の西に当たり、方角を四季に配当すると西は秋に当たるのでいう、
とある(岩波古語辞典)。
大和の平群(今は生駒郡)に座す女神
で、同じ平群に座す男神は、
竜(龍)田彦、
で、
わが行きは七日は過ぎじ竜田彦ゆめ此の花を風にな散らし(万葉集)、
と、
風を司る神、
とされ(大言海)、
竜(龍)田神社の祭神、
とある(岩波古語辞典)。「竜田姫」「竜田彦」ともに、『延喜式』にみえ、竜田坐天御柱国御柱神社二座とともに、
竜田比古竜田比女神社二座、
と記され、
前者の天御柱国御柱も後者の竜田比古、竜田比女も、みな風難を避けるために祭られる神、
であった(朝日日本歴史人物事典)とある。
「竜田姫」は、春の、
佐保姫の対、
とあり、「佐保姫」は、
佐保姫の糸そめかくる青柳を吹きな乱りそ春の山嵐(詞花和歌集)、
と、
佐保山は平城京の東北方にあり、東は季節に配当すると春に当たるのでいう、
とあり(仝上)、イロハ引き国語辞書『匠材集(1597)』には、
佐保姫、春を守る神也、
とある(岩波古語辞典)。なお「竜田姫」は、
竜田山を神格化した秋の女神の名、
としても用いられるが、それは、
佐保山を神格化した春の女神佐保姫、
に対するためともある(朝日日本歴史人物事典)。
(龍田神社(奈良県生駒郡斑鳩町龍田にある) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BEより)
ちなみに、奈良県生駒郡斑鳩町龍田にある、
龍田神社(たつたじんじゃ)、
は、『延喜式』神名帳における祭神の記載は、
龍田比古龍田比女神社二座、
と記載され、元々の祭神は龍田比古神・龍田比女神の2柱であったが、龍田大社から天御柱命・国御柱命の2神が勧請され、元々の祭神は忘れられたとされている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE)。江戸幕府の地誌『大和志』では、龍田大社(三郷町立野)の本宮に対して当社を「龍田新宮」としている(仝上)。
まなお、
風、
については、触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
山本光正『幕末農民生活誌』(同成社)
倉嶋厚監修『風と雲のことば字典』(講談社学術文庫)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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