肝向(きもむか)ふ
肝向(きもむか)ふ心砕けて玉たすき懸けぬ時なくやまず我(あ)が恋ふる子を玉釧(たまくしろ)手に取り持ちてまそ鏡直目(ただめ)に見ねばしたひ山下行く水の上に出でず我が思ふ心安きそらかも(田辺福麻呂)
の、
肝向(きもむか)ふ、
は、
心の枕詞、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
肝向ふ、
は、
古代、心は腹中で肝と向かい合っていると信じられていたところから(広辞苑)、
きも(肝臓)は腹の中で心臓に向き合っていると信じられていた(岩波古語辞典)、
臓腑對(きもむか)ふ義と云ふ、集まる意(大言海)、
肝は、心の宿る心臓と向かい合っているところから(精選版日本国語大辞典)、
心は腹中で向かいあっている肝の働きによるとする意から(デジタル大辞泉)、
肝臓は心臓と向き合っていると考えられたことから(学研全訳古語辞典)、
等々から、
「心」にかかる枕詞、
として使われるが、一説に、
内臓がそれぞれ向かい合っている意で、それらの働きの発露としての「心」にかかる、
ともされる(精選版日本国語大辞典)。
むらきも、
で触れたように、
心の枕詞、
には、
むらきも、
がある。
むらきも、
は、
群肝、
村肝、
とあて、
むらぎも、
とも訓ませ、
群がっている肝(精選版日本国語大辞典)、
群がっている臓腑(きも)(岩波古語辞典)、
群がりたる肝の意、また腎肝(ムラトギモ)の略か(大言海)、
の意から、
体内の臓腑(ぞうふ)、
つまり、
五臓六腑(ごぞうろっぷ)、
を言い、転じて、
心の底、
の意で使い、
むらぎもの、
で、
心は内臓の働きと考えていたところから、
村肝之(むらきもの)心くだけてかくばかり我(あ)が恋ふらくを知らずかあるらむ(万葉集)、
と、
「心」にかかる枕詞、
として使う(精選版日本国語大辞典)。
人間の精神活動の内容や動きをいう、
こころ、
という日本語は、古くは、
身体の一部としての内臓(特に心臓)、
をさす場合が多く(世界大百科事典)、《古事記》《日本書紀》《万葉集》には、〈こころ〉の枕詞として、
群肝(むらぎも)の、
のほか、上述の、
肝(きも)むかふ、
が用いられている(仝上)。なお、
きも、
肝煎る、
こころ、
については触れた。
「肝」(カン)は、「むらきも」で触れたように、
会意兼形声。干(カン)は、太い棒を描いた象形文字。幹(カン みき)の原字。肝は「肉+音符干」で、身体の中心となる幹の役目をするかん臓。樹木で、枝と幹があい対するごとく、身体では、肢(シ 枝のようにからだに生えた手や足)と肝があい対する、
とある(漢字源)が、他は、
形声。「肉」+音符「干 /*KAN/」。「きも」「肝臓」を意味する漢語{肝 /*kaan/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%82%9D)、
形声。肉と、音符干(カン)とから成る(角川新字源)形声文字です(月(肉)+干)。「切った肉」の象形と「先がふたまたになっている武器」の象形(「おかす・ふせぐ」の意味だが、ここでは「幹」に通じ、「みき」の意味)から、肉体の中の幹(みき)に当たる重要な部分、「きも」を意味する「肝」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji291.html)、
形声。声符は干(かん)。〔説文〕四下に「木の藏なり」とあり、肺を金、脾を土のように、五臓を五行にあてる。〔釈名、釈形体〕に「肝は幹なり。五行において木に屬す。故に其の體狀に枝幹有るなり」という。〔素問、六節蔵象〕に「肝は罷極の本、魂の居る所なり」とあり、人の活動力の源泉とされた(字通)、
と、すべて形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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