垣(かき)ほなす人の横言(よこごと)繁(しげ)みかも逢はぬ日数多(まね)く月の経(へ)ぬらむ(田辺福麻呂)
の、
垣(かき)ほなす、
は、
高く目につく隔ての垣のように、
と注記し、
横言(よこごと)、
は、
よこしまごと、
中傷、
の意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
横言、
は、
讒言に同じ、
とあり(大言海)、
よこしまごと、
要は、
わざと事実と相違することを言って、人を傷つける言葉、
つまり、
中傷(する言葉)、
である(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。
横言
を、
おうげん、
と訓ませると、
時真横言悉令露顕者哉(東寺百合文書)、
と、
わがままで、勝手気ままな言葉、
横暴な言葉、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。
横、
で触れたことがあるが、
よこざま、
という言葉がある。
横様
あるいは
横方
と書く。当然ながら、
横の方向、
とか
横向き、
という意味だが、用例は、
諸の善人に於ては、横(ヨコサマ)に毀謗を生せり(「西大寺本金光明最勝王経平安初期点(830頃)」)
いかにかかる悪人をば横(ヨコサ)まには救ひ給ふぞ(「沙石集(1283)」)、
と、
正しくないこと、
普通ではないこと、
当然でないこと、
道理に背くこと、
よこしまなこと、
等々の意味で、どうもこの、
よこ、
という言葉には特別な意味があるように見える。因みに、漢字の「横」は、後述するように、
「木+横」で、中心線からはみだして広がる横木、勝手に広がる意を含む、
という意味で、多少「はみだす」という含意がなくもないが、和語「よこ」にはその意味が強い。
よこ、
は、
ヨキ(避き)と同根。平面の中心を、右または左に外したところ、またその方向の意。タテ(垂直)に対し、水平方向の意。転じて、意識的に中心点に当たらないようにする、真実・事実を避ける意から、「よこごと(中傷)」、「よこしま(邪悪)」等々、故意の不正の意に用いた。類義語「ワキ(脇)」は、中心となる者にぴったりと添ったところの意、
とあり(岩波古語辞典)、その語源には、
人が立つのに対し、「ヨコタフ」が語源で、体をヨコタエルのヨコ(日本語源広辞典)、
「ヨ(寄)+コ(方向)」で、正面に対して、「寄る方向」がヨコ。不正な方向、ヨコシマのヨコ(仝上)、
ヨコ(間所)の義(言元梯)、
ヨコ(避処・寄処)の義(国語の語根とその分類=大島正健)、
ヨケ(除)の義(名言通)、
人が横になる意から、ヨノトコ(夜床)の義(和句解)、
ヤドトコ(宿別)の反、またイソキヨの反(名語記)、
等々とあるが、語源でははっきり見えないが、
よこ、
には、どこか、
当然でない、
という含意が透けて見える。本来、
タテ(正道)、
に対して、
ヨコ、
は、縦にするのを横に倒す、という喩から、もともと、
正しくない、
という意を含んでいた、とも見られなくもない。だから、たとえば、
よこ(横・緯)、
を、
年中、偽(うそ)とよこと欲とを元手(もとで)にして世を渡り(好色一代女)、
と、
故意に曲げること、
の意とするものもある(学研全訳古語辞典)。だから、
横、
を当てる言葉には、
横様雨、
横様斬り、
は、たた横向きを指しているだけだが、
横様の死、
は、横向きの含意はあるが、横様の死が、
横死、
の訓みで、文字通り、非業の死、というニュアンスで、
犬死、
というか、まっとうではない死に様を示している。ただ、
横様の幸い、
は、予期しない幸い、僥倖、というか棚ぼたである。想定外、とか、不意に、というニュアンスがある。「横死」の「横」にもそんな含意があるのかもしれない。
横矢、
横槍、
は、側面を、鑓や矢で突かれたことを意味しているから、そこにも、不意打ちのニュアンスがある。
しかし、考えると、
横言、
横道、
横訛り、
横飛び、
横恋慕、
横流し、
横好き、
横取り、
横紙、
横車、
横槍、
讒(よこし ヨコ(横)の動詞化 讒言)、
等々と、「横」のつく言葉は、横向きという以外は、ほとんど悪意か、不正か、当たり前でない、ことを示すことが多い。
横を行く、
と言えば、無理を通すだし、
横車、
も、横向きに車を押す、ことだから、理不尽さ、という意味合いを含んでいる。
横紙破り、
は、線維に沿って縦に破るのではなく、横に裂こうとする含意から、無理押しの意味が含まれる。
横板、
で触れたように、
横板は、
木目を横にして用いる板、
をいい、
立板に水、
に対して、
横板に飴、
というのは、
横板に飴を抛付くるが如き、
という言い方もあり、
立板、
の、
立、
は、
縦、
の意で、鍵は、木目にある。
横板に雨垂れ、
は、
つかえながらする下手な弁舌、
つまり、
立板に水、
の逆、
横板に泥、
横板に餅、
立板に玉(豆)、
という言い方もある。
立板に飴、
といってもいいところを、
横板、
ということで、木目に逆らうという含意がある。これがわからないと、たぶん、面白さが半減するのかもしれない。
よこしま、
は、
横しま、
あるいは、
邪、
とあて、
縦しまの対、
で(岩波古語辞典)、
「横+様」、yokosamaの音韻変化、yokosimaです。縦を正、横を不正と見た日本人の言語意識があります(日本語源広辞典)、
横状(よこさま)の転、さかさま(逆)、さかしまの類(大言海)、
ヨコサマ(横方・横様)の転(言元梯・名言通・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健)、
ヨコシマ(横四魔)の義か(和句解)、
とある(「よこさま」は、元来は「よこさ」に接尾語「ま」の付いたもので、「さま」は「とさまかくさま」の「さま」とは異なり、「様」や「方」はあたらないとする説(精選版日本国語大辞典)もある)が、上述の、
縦を正、横を不正と見た日本人の言語意識(日本語源広辞典)、
というのが正鵠を射ている。
たて、
は、
縦、
竪、
経、
とあてる(岩波古語辞典)が、どの辞書を見ても、
タテ(上下の方向、前後の方向)、
か、
縦糸(経 横糸は「ぬき」)、
時間の流れ、
といった意味しか載らない。語源は、
タチ、タツ(立)の義(言葉の根しらべ=鈴木潔子・国語の語根とその分類=大島正健・国語溯原=大矢徹)
「タチ、タツ(立つ)」、立てた時の、上下の方向、距離の意(日本語源広辞典)、
タテ(竪)はタケ(丈)の義、タテ(経)はタチ(竪所)の義(言元梯)、
タチテ(立手)の義(名言通)、
等々とあるが、いずれも、
立つ、
と絡んでいる。
立つ、
は、
自然界の現象や静止していめ事物の、上方・前方に向かう動きが、はっきりと目に見える意。転じて、物が確実に位置を占めて存在する意、
とある(岩波古語辞典)。この含意は、
立役者、
の「立」に含意を残している気がする。
立つ、
ということはそれだけで目立つことだったのに違いない。そこに、
ただ立ち上がる、
という意味以上に、
隠れていたものが表面に出る、
むっくり持ち上がる、
と同時に、それが周りを驚かす、
変化をもたらす、
には違いがない。
立つ、
には特別な意味が、やはりある。
引き立つ、
思い立つ、
気が立つ、
心が立つ、
感情が立つ、
あるいは、
忠義立て
隠し立て
心立て
という使い方もある(伊達も「取り立て」のタテから来ているという説もある)。そう思って、振り返ると、腹が立つ、というように、立つが後ろに付くだけではなく、
立ち会い、立ち至る、立ち売り、立ち往生、立ち返る立ち並ぶ立ち枯れ、立ち遅れ、立ち働く、立ち腐れ、立ち遅れ、立ち竦む、立ち騒ぐ、立ち直る、立ち退き、立ち通す、立ち回り、立ち向かう、立ち行く、立ち入り、立ち戻る、立ち切る、立ち居振る舞い、立ち代り、立ち消え、立ち聞き、立ち稽古、立ち込み、立ち姿、立ちどころに、立ち退き、立ちはだかる、立て替え、建て替え、立ち水、立ち塞がる、立待の月、立て板、立て付け、立て直し…。
「立つ」ことが目立つ、ある特別のことだというニュアンスが、接頭語としての「立ち」に波及している。しかし、
立場、立木、立つ瀬、建前、立て方、立ち衆、立行司、立て唄、立女形、立て作者、立ち役…、
と見ると、「立つ」には、特別な意味がある。詳しく調べたわけではないので、素人考えだが、「立つ」ことが、際立って重要で、満座が坐っている中で、立つことがどれほどの勇気がいることで、目立つことかと思い描くなら、「立つ」には、いい意味でも、悪い意味でも、目立つ、中心に立つ、という意味が込められている。
今日、立つこと、立っていることが当たり前になったとき、
立つ、
と同じような効果のある、振る舞いはなんであろうか。かつて、
立つ、
とは、
(おのれが)やる、
ということを主張するに等しかったとすれば、それと同じことは、いま、
よほど目立つことでなれければ、
誰にも気づかれぬことになるのだろうか。なお、類聚名義抄(11~12世紀)には、
横、ヨコザマ・ヨコシ・ヨコタフ・ホシイママ・キヌハリ・ミツ、
字鏡(平安後期頃)には、
横、ヨコサマ・ヨコサマナ・ヨコタフ・フサグ・カウサマ・ホシママ・キヌハリ・ミツ、
とある。
(「橫」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) )
「橫」(漢音コウ、呉音オウ)の異体字は、
㶇、䊣、䌙、撗、横(新字体/簡体字)、穔、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A9%AB)。
「横」(漢音コウ、呉音オウ)は、
橫(繁体字)、
の異体字である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A8%AA)。字源は、
会意兼形声。「黃(オウ・コウ)=黄)は、先端に動物の頭の脂肪(廿印)のついた火を描いた象形文字で、四方八方に発散する火矢の光を示す。橫は「木+音符黃」で、中心線からはみ出てひろがるよこ木。かつて広がる意を含む、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(木+黄(黃))。「人が腰に玉を帯びた象形」(「黄色」の意味だが、ここでは、「腰のよこに着ける帯玉」の意味)から「よこ」を意味する「横」という漢字が成り立ちました(「大地を覆う木」の象形はのちに付されました)(https://okjiten.jp/kanji418.html)、
と会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「木」+音符「黃 /*KWANG/」。「よこぎ」「かんぬき」を意味する漢語{橫 /*wraang/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A9%AB)、
旧字は、形声。木と、音符黃(クワウ、ワウ)とから成る。かんぬきの意を表す。転じて「よこ」の意に用いる。教育用漢字は俗字による(角川新字源)、
形声。声符は黃(黄)(こう)。〔説文〕六上に「闌(さえぎ)る木なり」とあり、門に施すかんの木の類をいう。縦横の字には古く衡を用い、衡はくびき。牛馬の首に横にわたす木である。同声によって通用する(字通)、
と、形声文字としている。ちなみに、「黃」の字は、
(「黃(黄)」 https://kakijun.jp/page/u_j045200.htmlより)
(横 「黃」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%83より)
(横 「黃」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%83より)
(横 「黃」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%83より)
「黄」(漢音コウ、呉音オウ)の異体字は、
黃(旧字体/繁体字)、𡕛(古字)、𫜘(同字)、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%84)、
「黃」(漢音コウ、呉音オウ)の異体字は、
黄(新字体/簡体字)、
である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%83)。字源は、
象形。火矢の形を描いたもの。上は、炗(光)の略体。下は、中央にふくらみのある矢の形で、油をしみこませ、火をつけて飛ばす火矢。火矢のきいろい光を表す、
とあり(漢字源)、他も、
象形。障害により上半身がふくれた人を象る。障害の一種およびそれをもつ人を指す漢語{尪 /*ʔwaang/}を表す字。のち仮借して「黄色」を意味する漢語{黃 /*waang/}に用いる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%83)、
旧字は、象形。人が佩玉(はいぎよく)(腰に着ける玉器)を着けているさまにかたどる。佩玉の色から、きいろの意を表す。教育用漢字は省略形による(角川新字源)、
象形文字です。「人が腰に帯びた黄色い玉」の象形から「きいろ」を意味する「黄」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji138.html)、
象形。卜文の字形は火矢の形かと思われ、金文の字形は佩玉の形にみえる。いずれも黃の声義を含みうる字である。〔説文〕十三下に「地の色なり」とし、字は田と光とに従うもので、光の声をとるというが、卜文・金文の字形は光を含む形ではない。金文に長寿を「黃耇(くわうこう)」といい、黄は黄髪の意。〔詩、周南、巻耳〕「我が馬玄黃たり」、また〔詩、小雅、何草不黄〕「何の草か黃ばまざる」「何の草か玄(くろ)まざる」の玄黄は、ともに衰老の色である。黄を土色、中央の色とするのは五行説によるもので、その説の起こった斉の田斉(田・陳)氏の器に、黄帝を高祖とする文がある(字通)、
と、象形文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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