いにしへのますら壮士(をとこ)の相競(あひきほ)ひ妻どひしけむ葦屋(あしのや)の菟原娘子(うなひをとめ)の奥(おく)つ城(き)を我が立ち見れば長き世の語りにしつつ(万葉集)
の、
奥つ城、
は、
奥深く眠っているところ、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
菟原娘子(うなひをとめ)、
は、
真間手児奈(ままのてこな/ままのてごな)、
で触れたように、
菟原処女、
菟名日処女、
とも当て、
摂津菟原(うはら)郡(兵庫県)の六甲山南麓にすむ菟原処女(うないおとめ)をめぐって血沼壮士(ちぬおとこ)と菟原壮士(うないおとこ)があらそい、処女はふたりの争いをなげいて自殺し、男たちも後を追ったという、
伝説で、高橋虫麻呂、田辺福麻呂(さきまろ)、大伴家持の歌があり(http://viewmanyou.web.fc2.com/091810_otomezuka.html)、
真間の手児名、
菟原処女、
等々、
何人かの男性に求婚され、求婚者を避けて自殺したおとめを葬ったと伝える塚、
が、
乙女塚、
処女塚、
として、古くから広く伝えられている(精選版日本国語大辞典)。この、
菟原処女(うないおとめ)伝説、
は、
粗末な麻衣に青い襟(えり)をつけ、髪もけずらず沓(くつ)も履かずという貧しい少女だったらしいが、多くの男たちに求婚され、わが身を分別したものか、花の盛りを入江に入水して果てた、
といい、
美少女、
男たちの求婚、
投身、
娘子墓、
という4点で、
真間手児奈伝説、
と共通点がある(世界大百科事典)。
(「摂津名所図会」(石田友灯) 若者二人、生田川の水鳥を射るを争う https://itotsumugi.net/folklore-of-unaiotome/より)
この伝説は「万葉集」の多くの歌に詠まれ、
うなひ、
は、
菟原(うなひ)、
葦屋(あしのや)、
とともに地名と見られ、もと海辺の意であった、
うなひ、
が、
菟原、
を、
うばら、
と訓ませる(精選版日本国語大辞典)ように、
海原、
となり、更に転じて、
菟原、
となったとする説がある(精選版日本国語大辞典)。『大和物語』(一四七段)では、
昔、2人の男に求婚された摂津国の女がどちらとも決めかね、川に浮かぶ水鳥を射た方に決めようとしたところ、1人は鳥の頭を他は尾を射た。思い悩んだ女が生田川に投身すると、男達も後を追い、1人は足をとらえ他は手をとらえて死ぬ、
という、
生田川伝説(いくたがわでんせつ)、
を伝えている(https://japanese.hix05.com/Noh/4/yokyoku425.motome.html#google_vignette)。また、謡曲『求塚』では、
旅僧が摂津国生田(いくた)の里で若菜を摘んでいる女たちに求塚のありかを尋ねると、女たちは知らないと答え、やがて一人の女を残して帰っていく。その残った女が僧を求塚に案内し、昔二人の男に恋された菟名日少女(うないおとめ)は川に身を投げて死に、二人の男もその塚の前で刺し違えて死んだと語り、塚の中に姿を消す。その夜僧が読経していると、菟名日少女の霊が塚の中から現われて、男たちの亡霊や鴛鴦(えんおう)に責められる有様を語る、
とし、森鴎外の戯曲、
生田川、
はこの伝説に材を取っている(精選版日本国語大辞典・マイペディア)。虫麻呂の歌は、
いやしき我が故 ますらをの 争ふ見れば 生(い)けりとも 逢ふべくあれや ししくしろ 黄泉に待たむと 隠り沼(ぬ)の 下延(したは)へ置きて うち嘆き 妹が去(い)ぬれば、
とあり、思い悩んだ処女は、自分のために立派な男子が命をかけて争うのを見ると、生きてこの世でいずれと結婚することもできない、黄泉(よみ)まで追って来てくれた方になびこうという心積りを母にだけ告げ、嘆きつつ生田川に入水した(世界大百科事典)、
が、
茅渟壮士(ちぬをとこ) その夜夢に見 とり続(つつ)き 追ひ行きければ 後(おく)れたる 菟原壮士(うなゐをとこ)い 天仰(あめあふ)ぎ 叫びおらび 地を踏み きかみたけびて もころ男に 負けてはあらじと 懸け佩きの 小太刀(をだち)取り佩き ところづら 尋め行きければ、
と、
その夜の夢に処女の死を知った智弩壮士が後を追う。後れをとった菟原壮士は〈天仰ぎ叫びおらび、地(つち)を踏み、牙喫(きか)みたけびて如己男(もころを)に負けてはあらじ、と太刀を取って2人の後を追った、
とある(仝上)。それを、
親族(うがら)どち い行き集(つど)ひ 長き代(よ)に 標(しるし)にせむと 遠き代に語り継がむと 娘子墓(をとめはか) 中に造り置き 壮士墓(をとこはか) このもかのもに 造り置ける 故縁(ゆゑよし)聞きて 知らねども 新喪(にひも)のごとも 哭(ね)泣きつるかも、
と、親族相集い三つの墓を造って弔うところで、虫麻呂の歌歌いとどめているが、大和物語では、死後の世界でも争いがつづき、
処女塚のほとりに宿ったある旅人の夢枕に血まみれの男(太刀を持たなかった智弩(ちぬ)壮士)が立ち、太刀を請うので貸し与えたところ、しばらく激しく争う物音がきこえ、再び男が現れて〈御とくに年頃ねたき者を打ち殺し侍りぬ。今よりは長き御守りとなり侍るべき〉と感謝して消えた、
となる(仝上)。
「菟」(①漢音ト・呉音ツ、②漢音ト・呉音ズ)の異体字は、
莵(俗字)、𫟏(俗字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%8F%9F)。つる性植物「菟糸」(トシ)、うさぎ(=兎)の意味の場合①の音、楚の方言で「於菟」(オト=虎)の場合②の音とある(漢字源)。字源は、
形声文字。「艸+音符兎(ト)」、
とある(漢字源)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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