みなぎらふ


山の際(ま)の雪は消(け)ずあるをみなぎらふ川の沿(そ)ひには萌えにけるかも(万葉集)

の、

みなぎらふ川、

は、

水が溢れて流れる川、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

みなぎらふ、

は、上代語で、

漲らふ、

とあて、

動詞「みなぎる(漲)」の未然形に反復・継続を表わす助動詞「ふ」の付いたもの、

で(精選版日本国語大辞典)、

水が満ちあふれている、みなぎりかえる(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
水が一面にあふれるように盛り上がる(岩波古語辞典)、

といった意であるが、

水霧相(みなぎらふ)沖つ小島(こしま)に風をいたみ舟よせかねつ心は思へど(万葉集)、

と、

水霧らふ、

とあてると、

動詞「水霧る」の未然形に反復・継続の接尾語フがついたもの、

で、

水しぶきが立ち続ける(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
風などで水しぶきが立ち続く(広辞苑)、
風にしぶきがたちこめる(岩波古語辞典)、

といった意になり、

水煙で霞んでいる、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。ただ、上代、

みなぎ(漲)らふ、

の、

ぎ、

は、

gi、

の音で甲類音、

みなぎ(水霧)らふ、

の、

ぎ、

は、

gï、

の音で乙類音であるので、両者は別語とされる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。なお、

みなぎらふ、

の、

ふ、

は、

さもらふ

さひづらふ

たなぎらふ

などで触れたように、

は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、

と、四段活用の動詞を作り、

反復・継続の意、

を表し(岩波古語辞典)、

をとめの寝(な)すや板戸を押そぶら比(ヒ)我が立たせれば(古事記)、
秋萩の散らヘる野辺(のへ)の初尾花(はつをばな)仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて雲離(くもばな)れ(万葉集)、

では、その動作が反復して行なわれる意を表わし、

しきりに…する、
何回も繰り返して…する、

意で、

楯並(な)めていなさの山の木の間よもい行き目守(まも)ら比(ヒ)戦へば(古事記)、

では、その動作が継続して行なわれる意を表わし、

…し続ける、
ずっと…する、

意で、

常なりし笑(ゑ)まひふるまひいや日(ひ)異(け)に変はら経(ふ)見れば 悲しきろかも(万葉集)、

では、その変化がずっと進行していく意を表わし、

次第に…する、
どんどん…していく、

意で使う(精選版日本国語大辞典)。

例えば、「散る」「呼ぶ」と言えば普通一回だけ、散る、呼ぶ意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して散る、呼ぶ意をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞アフ(合)で、これが動詞連用形のあとに加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある。動詞の表わす作用の発現の様態にかかわるものであり、動詞に密着して、間に他の助動詞などを入れることがない。それで接尾語として扱う説もある。(精選版日本国語大辞典)、

などとあり、主にラ行動詞に付くときは、「移ろふ」「誇ろふ」のように未然形語尾のア列音がオ列音に変わることがある(デジタル大辞泉)など、その際の動詞語尾の母音の変形には三種あり、

[a]となるもの ワタルがワタラフとなる、
[o]となるもの ウツルがウツロフとなる、
[Ö]となるもの モトホル(廻)がモトホロフとなる、

例があるが、これは、

末尾の母音を同化する結果生じた、

とする(精選版日本国語大辞典)。また、

ふ、

は、まれに下二段活用として用いられ、

「流らふ」「伝ふ」「よそふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に「ふ」が付いたと思われる例がある。ただし、これらの「ふ」は下二段型活用である。なお、「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる、

とある(精選版日本国語大辞典)。この、

ふ、

は、上代、

助動詞として用いられた、

が(学研全訳古語辞典)、中古になると、

語らふ、
住まふ、
慣らふ、
願ふ、
交じらふ、
守らふ、
呼ばふ、

等々、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した(仝上)。中古以降では、「ふ」の受ける動詞がきまってくるので、「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である。上代でも、「さもらふ」「向かふ」など、まったく一語化しているとみてよいものがある(精選版日本国語大辞典)。この、

ふ、

は、現代語でも、、

「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。

「漲」.gif


「漲」(チョウ)は、

会意兼形声。「水+音符張(いっぱいにはる)」、

とあり(漢字源)、別に、

形声。声符は長(ちょう)。長に長大の意がある。水がわきおこり、みなぎりみちることをいう。古い字書にみえず、六朝期の頃から用いられる(字通)、

とある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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