青柳の糸のくはしさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも(万葉集)
の、
糸のくはしさ、
の、
くはし、
は、
繊細なさま、
で、
糸のような枝の細やかな美しさよ、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
い間、
の、
い、
は、接頭語で、
向つ峰(を)の若桂(わかかつら)の木下枝(しづえ)取り花待つ伊間(イま)に嘆きつるかも(万葉集)、
と、
あいだ、
とき、
の意(精選版日本国語大辞典)で、
乱れぬい間に、
を、
(春風に)乱れないうちに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
こもりくの泊瀬の川の上(かみ)つ瀬に鵜を八(や)つ潜(か)づけ下(しも)つ瀬に鵜を八つ潜け上つ瀬の鮎を食はしめ下つ瀬の鮎を食はしめくはし妹に鮎を惜しみくはし妹に鮎を惜しみ(万葉集)、
の、
くはし、
では、
霊異の感じられる対象をほめる形容詞、
として、
妙なる子、
と訳している(仝上)。
くはし、
は、
(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、
と、形容詞シク活用で、
細し、
美し、
麗し、
妙し、
微妙し、
精細し、
などとあて(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・大言海)、
くすはしの中略(奇(くす)し、くし。多(ふすさ)に、ふさに)(大言海)、
朝鮮語kop(美・細)と同源(岩波古語辞典)、
などともあるが、
こまやかで美しい、
すぐれて美しい、
精妙である、
うるわしい、
妙(たへ)なり、
等々の意である(仝上)。ただ、
隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)の山はあやに于羅虞波斯(ウラグハシ)あやに于羅虞波斯(ウラグハシ)(日本書紀)、
の、
うらぐはし(心麗・心細 「うら」は「こころ」の意、心にしみて美しい、こまやかで美しい)、
下毛野(しもつげ)の美可母(みかも 三毳)の山の小楢(こなら)のす麻具波思(マグハシ)児(こ)ろは誰(た)が笥(け)か持たむ(万葉集)、
の、
まぐはし(目細 目にもさやかな)、
蒜摘みに我が行く道の迦具波斯(カグハシ)花橘は(古事記)、
見まく欲(ほ)り思ひしなへに蘰(かづら)懸け香具波之(カグハシ)君を相(あひ)見つるかも(万葉集)、
の、
かぐはし(芳・香・馨 名詞「か(香)」に、すぐれている意の形容詞「くはし」が付いてできたもの)、
等々、用法は、
単独では少なく、「うらぐはし」「まぐはし」「かぐはし」など、複合形容詞として多く用いられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。もともと、
未だ曾(かつ)て是の如く微妙(クハシキ)法(のり)を聞くこと得ず(日本書紀)、
忍坂(おさか)の山は走出(はしりで)のよろしき山の出立(いでたち)の妙(くはしき)山ぞ(万葉集)、
と、
くはしいも(細し妹・美し妹)、
くはしほこのちだるくに(細戈千足國)、
くはしめ(細し女・美し女・麗し女)、
等々、古くは、上述のように、
ウラグハシ・マグハシなど多く複合語として使われ、朝日・夕日・山・湖・花・女など主として自然の造花物体の美しさを表現した(岩波古語辞典)、
が、次第に、
小楢(こなら)・青柳の枝などの精細な美を強調するようになり、平安時代以後は、事柄・様子など詳細であることをいうようになった、
などとあり、その意が転じて、類聚名義抄(11~12世紀)に、
委、子細、クハシ、
委、細・曲・精・熟、クハシ、學ニクハシ、藝ニクハシ、
色葉字類抄(1177~81)に、
委曲・委細・細砕、クハシ、
などとあるように、
委し、
詳し、
細し、
精し、
等々とあて、
神祇を祭祀りたまふと雖も、微細(クハシク)は未だ其の源根(もと)を探(さく)りたまはずして(日本書紀)、
と、
細かい点にまでゆきわたっているさま、
詳細である、
つまびらかである、
つぶさである、
落ちがない、
の意や、後に、類聚名義抄に、
學ニクハシ、藝ニクハシ、
とあるように、
しかれども我若年にして人情に精(クハシ)からず(談義本「風流志道軒伝(1763)」)、
と、
細部まで十分に知っているさまである、
精通しているさまである、
意でも使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。上代には、
「詳細」「委細」、
の意を表わす語として、
つばら、
つぶさ、
などが使われていたが、平安時代以降、
つばひらか(鎌倉時代以降は「つまびらか」になる)、
などとともに、漢文訓読の世界で用いられるようになり、和文ではもっぱら、
くはし、
を使うようになった(仝上)とある。類義語の、
こまか、
は、事物の微細な、あるいは濃密なさまを具体的にとらえていう語で、ときに情愛や配慮といった心理に裏打ちされて使うのに対して、
くはし、
は、理解や判断にあたってくまなく十全な材料を得ている、あるいはそれを提示しているという状態を表わす、
との違いがある(仝上)。
「美」(漢音ビ、呉音ミ)は、その異字体は、
㺯、 媺、 嬍、 羙、 𡙡、 𡠾、 𫟈(俗字)、 𮊢(俗字)、 𮎪(俗字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%BE%8E)。「字源」は、「うまし」で触れたように、
頭に飾りをつけた人間の形。のちに「大」+「羊」という形に変化したため、従来は{大きい羊、立派な羊}を表すと考えられたが、その用例が未発見であることや、甲骨文中で「大」が{大きい}という意味の義符として普通用いられないことからその仮説は棄却された、
とあり(仝上)、いまのところ、
「羊」の象形、
または、
「大」きい「羊」を意味する会意、
の二説がある(仝上)ようだが、いずれでも、
古代周人が、羊を大切な家畜と扱ったことに由来する、
としている(仝上)。字通は、
象形。羊の全形。下部の大は、羊が子を生むときのさまを羍(たつ)というときの大と同じく、羊の後脚を含む下体の形。〔説文〕四上に「甘きなり」と訓し、「羊大に從ふ。羊は六畜に在りて、主として膳に給すものなり。美は善と同なり」とあり、羊肉の甘美なる意とするが、美とは犠牲としての羊牲をほめる語である。善は羊神判における勝利者を善しとする意。義は犠牲としての羊の完美なるものをいう。これらはすべて神事に関していうものであり、美も日常食膳のことをいうものではない(字通)、
は、象形説を採っているが、多くは、会意文字説を採り、
会意。羊と、大(おおきい)とから成り、神に供える羊が肥えて大きいことから、「うまい」「うつくしい」意を表す(角川新字源)、
会意文字。「羊+大」で、形のよい大きな羊をあらわす。微妙で繊細なうつくしさ(漢字源)、
は、
「大」きい「羊」、
を採っている。別に、
会意文字です(羊+人)。「羊の首」の象形と「両手両足を伸びやかにした人」の象形から大きくて立派な羊の意味を表し、そこから、「うまい」、「うつくしい」を意味する「美」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji44.html)、
は、
羊+人、
を採っているが、意味からは、
大、
を含意しているようだ。いずれにせよ、
義、善、祥などにすべて羊を含むのは、周人が羊を最も大切な家畜したためであろう、
とある(漢字源)。
(「細」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%B0より)
「細」(漢音セイ、呉音サイ)は、
会意兼形声。囟は、小児の頭にある小さいすきまの泉門を描いた象形文字。細は「糸(ほそい)+音符囟(シン・セイ)」で、小さくこまかく分離していること、
とある(漢字源)。おなじく、
会意兼形声文字です(糸+田(囟))。「より糸」の象形(「糸」の意味)と、「乳児の脳の蓋(ふた)の骨が、まだつかない状態」の象形(「ひよめき(乳児の頭のはちの、ぴくぴく動く所)」の意味)から、ひよめきのように微か、糸のように「ほそい」を意味する「細」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji165.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析である、
とあり(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%B0)、他は、
形声。「糸」+音符「囟 /*TSIŊ/」。「ほそい」を意味する漢語{細 /*sˤe(k)-s/}を表す字(仝上)、
形声。糸と、音符囟(シン、シ)→(サイ 田は誤り変わった形)とから成る。ほそい糸、ひいて「ほそい」「こまかい」意を表す(角川新字源)、
形声。正字は囟(し)に従い、囟声。のち略して田となった。〔説文〕十三上に「𢼸 (び)なり」(段注本)と訓し囟、声とする。囟は細かい網目の形。もと織り目の細かいことをいう字であったが、のち細微・微賤の意となる(字通)、
と、形声文字とする。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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