いや年のはに


春霞立つ春日野を行き返り我(わ)れは相見(あいみ)むいや年のはに(万葉集)

の、

いや年のはに、

は、

来る年も来る年も毎年、

の意で、

来る年も来る年も、いついつまでも、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

いや年のはに、

は、

弥年のはに、

とあて(広辞苑)、その略が、

いやとし(彌年)、

とある(大言海)ので

いや年に、

と同義で、

いや年に、

は、

弥年に、

とあて、

年ごとに、

の意である(仝上)が、

いやとしのはに、

は、

弥毎年に、

とあて、

布勢の海の沖つ白波あり通ひ伊夜登偲能波(イヤトシノハ)に見つつ偲か(しの)はむ(万葉集)、

と、

重ねて毎年毎年、
いよいよ絶えず毎年、

の意(精選版日本国語大辞典)、

いやとし、

は、

彌年、

とあて、

新(あらた)しき年の初めは彌年(いやとし)に雪踏み平(なら)し常かくにもが(万葉集)

で、

つぎつぎと毎年、

の意とする(仝上)方が、

弥、

の意味がよく出るのではあるまいか。

いや、

は、

彌(弥)、
益、
重、
転、

等々とあて(精選版日本国語大辞典)、

いよ(愈)に通ず、にこやか、にこよか(大言海)、
イヨ(愈)の母音交替形。物ごとの状態が無限であるさま。転じて、物ごとの状態が甚だしく、激しく募る意。イヤ・イヨのような母音交替形は、さやぎ・ソヨギ、タワワ・トヲヲ、アサ(浅)・オソ(遅)など多い、イヤは、ヤという形でも使われ、起源的には数詞の「八(ヤ)」も、このイヤあるいはヤと同根(「八(ヤ)」はヨ(四)と母音交替形による倍数関係をなす語。ヤ(彌)・イヤ(彌)と同根。「ヨ(四)」は、もともとは無限の数量・程度を意味したものであろう。「八(ヤ)」は日本民族の神聖數として神話に多く用いられるが、「四(ヨ)」も神聖數であったと考えられ、古くは、儀式に道具類を四個用い、礼拝も四度するのが正式であった)(岩波古語辞典)、
数詞の「や(八)」と同源、物事のたくさん重なるさま(広辞苑)、
接頭語「い」が、物事のたくさん重なる意の副詞「や」に付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
程度がはなはだしいさまを表す副詞「や」に接頭語「い」の付いたもの(デジタル大辞泉)、
イヤは、造語成分として、「いや栄」「いや増す」「いやがうえ」など、「イヤ(弥 限りなく・いよいよ)」の意を表します(日本語源広辞典)、
イキ(気)が重なりでるから、ヤというか。ヤは物の重なる詞(和訓栞)、
イヤ(息弥)の義(日本語源=賀茂百樹)、
中国語「弥」、アイヌ語iyo、iyya、レプチャ語yanなどと関係があるか(外来語辞典=荒川惣兵衛後)、

などとあり(「八」については「八入(やしほ)」で触れた)、

蓴(ぬなは)繰(く)り延(は)へけく知らに吾が心しいや愚(をこ)にして今ぞ悔しき(古事記)、

の、

いや愚(をこ)、

では、

極度に、
非常に、

の意、また、

此川の絶ゆる事なく此山の彌(いや)高知らす水激(みなそそく)滝の宮処(みやこ)は見れど飽かぬかも(万葉集)、

の、

彌(いや)高知らす、

の、

いよいよ高く、

の意、等々は、

状態を意味する語に付いて、程度のはなはだしいさま、

を表わし、

いやおこ、
いやさやしく、
いやたか、
いやとお、

等々、

いちだんと。
きわめて、

といった意で使う。この用例は、

既にそうしている(そうである)ものが、更に……する(……になる)、

という面が強い(精選版日本国語大辞典)とある。さらに、

かつがつもいや先立(だ)てる兄(え)をし枕(ま)かむ(古事記)、

の、

いや先立(だ)てる、

では、

最も、

の意、

栂(つが)の木のいや継(つ)ぎ継ぎに天(あめ)の下知らしめししを空にみつ大和を置きて(万葉集)、

の、

いや継(つ)ぎ継ぎ、

では、

無限に、

の意、

等々、

程度が最もはなはだしいさまを表わし、
また、
物事を強めて言い表わし、

いやさき、
いやはし、
いやはて、

等々、

最も、
いちばん、
まったく、
ほんとに、

の意で使う。ここから転じて、のちに、

去年(こぞ)見てし秋の月夜(つくよ)は照らせれど相見し妹は彌(いや)年離(としさ)かる(万葉集)、

では、

事柄や状態がだんだんはなはだしくなるさま、

を表わし、

いよいよ、
ますます、

の意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。さらに、

御妬みには御勝ちあり、……なほ名残惜しとていや妬みまで遊ばして(問はず語り)
再従兄弟、イヤイトコ(「色葉字類抄(1177~81)」)、

と、名詞に冠して、

再度付け加えられる、

意を添える(岩波古語辞典)。

いや、

は、上代に盛んに用いられ、特に、

最も、
いちばん、
まったく、
ほんとに、

の意は、記紀歌謡に集中してみられる(日本語源大辞典)とある。平安時代以降は、

いよいよ、

意にとってかわられた(仝上)。また、

いや……に、

の形をとって、慣用句または一語の副詞のように用いることも多く、平安時代には、

ただ……に……、

という形にとってかわられ、

いやましに増す、
いやまさりにまさる、

といった固定的な用法だけとなった(仝上)ともある。この、

いや(彌)、

の、音変化したのが、

いよ(彌)、

で、これを重ねて、

いよいよ(彌・愈)、

と同じ意ながら、

世の中は空しきものと知る時し伊与余(イヨヨ)ますます悲しかりけり(万葉集)、

と、万葉集時代だけにみられる、

「いよ」の反復形「いよいよ」の母音が連続するのを避けて成立したと考えられる、

いよよ(彌・愈)、

という言い方もある。なお、

年の端、

とあてる、

年のは

は、

年のは(端)ごと、

の意(大言海)で、

毎年(としのは)に来鳴くものゆゑほととぎす聞けば偲(しの)はく逢はぬ日を多み(毎年、等之乃波(としのは)と謂ふ)(万葉集)、

と、

年ごと、
毎年、

の意の他に、後に、

君がため野辺の白雪うちはらひいやとしのはを摘む若菜かな(夫木抄)、

と、

年齢、

の意で用い(岩波古語辞典)、この場合、

としはのいかない子、

というように、

年歯、
年端、

とあてる、

としは、

ともいう(仝上・デジタル大辞泉)。

「弥」.gif

(「弥」 https://kakijun.jp/page/0885200.htmlより)

「弥(彌)」(漢音ビ、呉音ミ)の異体字は、

彌(旧字体/繁体字)、瀰(繁体字)、瓕(古体)、镾、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%A5。字源は、

形声。爾(ジ)は、柄のついた公用印の姿を描いた象形文字で、璽の原字。彌は「弓+音符爾」で、弭(ビ 弓+耳)に代用したもの。弭は、弓のA端からB端に弦を張ってひっかける耳(かぎ型の金具)のこと。弭・彌は、末端まで届く意を含み、端までわたる、遠くに及ぶなどの意となった、

とある(漢字源)。同じく、

旧字は、形声。弓と、音符璽(ジ)→(ビ)(爾は省略形)とから成る。弓がゆるむ意を表す。ひいて、長びく、「わたる」意に用いる。常用漢字は俗字による(角川新字源)、

「彌」の略体。「彌」は、「弓」+音符「爾(印の象形文字で「璽」の原字)」の形声文字で、「弭(弓の端にあり弦をかける金具「耳」)」に代用したもの(『韻會』)、「弓が弛む」という意味を表したものとも(『説文解字』における「瓕」の解字)https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%A5

と、形声文字とするものの他、

会意文字です(弓+日+爾)。「弓」の象形と「太陽」の象形と「美しく輝く花」の象形から、時間的にも空間的にも伸びやかに満ちわたる事を意味し、そこから、「あまねし(行き渡る)」を意味する「弥」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2192.html

会意。正字は镾に作り、長+爾(じ)。〔説文〕九下に「久長なり。長に從ひ、爾聲」とするが、声が合わず、長は長髪の象。金文に字を弓+日+爾に作り、弓と日と爾とに従う。弓は祓邪の呪具として用いられ、日は珠玉の形。爾は婦人の上半身に文身(絵文(かいぶん))を施している形。これによってその人の多祥を祈る意であろう。ゆえに金文に「考命彌生(びせい)」のようにいう。金文の〔素+命鎛(そはく)〕に「用(もつ)て考命弓+日+爾生ならんことを求む」、〔蔡姞𣪘(さいきつき)〕に「厥(そ)の生を弓+日+爾(をふ)るまで、霝冬(れいしゆう 霊終)ならんことを」のように用いる。镾はおそらく後の譌字。〔説文〕はその字によって説をなしている(字通)、

と、会意文字とするものに分かれる。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

この記事へのコメント