さきくさ
春さればまづさきくさの幸(さき)くあらば後(のち)にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも)(柿本人麻呂)
の、
さきくさ、
は、
みつまた、か、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
上二句は二重の序、「まづ」までが「さきくさ」を起こし、上二句が「幸く」を起こす、
とする(仝上)。
幸(さき)く、
は、
まさきく、
行矣(さきくませ)、
で触れたように、
「さき(幸)」に、「けだしく」などの「く」と同じ副詞語尾「く」の付いたもの、
で、
御船(みふね)は泊てむ恙(つつみ)無く佐伎久(サキク)いまして早帰りませ(万葉集)、
楽浪(ささなみ)の志賀の辛崎さきくあれど大宮人の船待ちかねつ(仝上)、
などと、
さいわいに、
平穏無事に、
変わりなく、
つつがなく、
繫栄して、
等々、
旅立つ人の無事を祈っていう例が多い(日本国語大辞典)。
さきくさ、
は、
三枝、
福草、
とあて(広辞苑・大言海)、
幸草(さきくさ)の意、
とし(広辞苑)、
茎の三枝に分かれている草、吉兆の草、
といい、
ミツマタ、
ヤマユリ、
等々諸説ある。
また、
いかばかり久しかるらん亀山のふもとの松のまじるさきくさ(夫木和歌集)、
と、
ヒノキの異称ともある(仝上)。また、
三枝の、
は、
父母(ちちはは)もうへはなさかりさきくさの中(なか)にを寝むと愛(うつく)しくしが語らへばいつしかも人と成り出でて(万葉集)、
さきくさのみつばよつばに殿造りせり(古今和歌集・序)、
と、
(さきくさが)三葉(みつは)とも云ふ、
に因って(大言海)、
「なか」「三つ」などにかかる枕詞である(仝上・岩波古語辞典)。
さきくさ、
は、和名類聚抄(931~38年)に、
文字集略云、蕮(ジャウ)、草枝枝相値(アタリ)、葉葉相當也、佐木久佐、日本紀私記云、福草(是れは、文字集略の文が、たまたま、福草(さきくさ)の三枝、三葉なるを形容するに當れるに因りて引けるにて、福草とは関せず(同書に、榊(さかき)と龍眼(さかき)とを混じたる類也)、蕮は玉篇に、商陸也とあれば、商陸(やまごばう)なり)、
とある(カッコ内は『大言海』注記)。で、『大言海』は、
薺苨(さきくさな)は、一名三葉(みつは)と云ふ、其葉三枚の小葉より成れれば、三枝と書き、福草(さきくさ)も、三枝とも書くに因りて、その名を移ししなるべし……、サイグサとも云ふは、音便なり(后(きさき)、きさいの宮)、
とし、
薺苨(さきくさな)、
に同じ、
さいぐさ、
ともいい、今日、
釣鐘草(つりがねそう)、
という(仝上)とする。また、
薺苨(さきくさな)、
は、『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918年編纂)、和名類聚抄(931~38年)に、
薺苨、佐岐久佐菜、一名、美乃波、
とあり、『大言海』は、
薺苨の漢名、正しく、サキクサナに當るや、否や知らず、
と、注記しているが、
三枝菜(さきくさな)の義、
で、
毒草なれど、嫩苗(どんそう 芽ばえたばかりの若草。)は、食うべきに因りて、ナと云ふならむと云ふ。曾丹集の歌に、三枝(さきくさ)も萌えぬらむやぞ春されば若菜摘むべきふちかたの山、と、正月の若菜として摘む由を詠(よ)めれば、食用とせしなり、
とする(大言海)。ただ、
薺苨(さきくさな)、
の異名については、
そばな(蕎麦菜)の古名、
ともある(精選版日本国語大辞典)。
福草(さきくさ)、
とあてるについては、
玉芝(霊芝)、
芝草、
が、
稀に生じて、珍奇なるものなれば、福草(さきくさ)と云ふなり、
の故で、
現今も珍重して、福茸(さいはひだけ)と云ふ、漢名が、芝草(しそう)にて、霊芝(れいし)とも云ふ、神霊なる芝草の意なるべし、三枝とも記すは、一茎三枝をなして、蓋(かさ)を生ずるに因る、茸の類、さいはひだけ(福茸)と云ふ、
ということに因る(大言海)。
芝草、
玉芝(霊芝)、
については、触れたが、
芝草、
は、
万年茸(まんねんだけ)、
幸茸(さいわいたけ)、
ともいい、
霊芝(れいし)の異称、
万年茸(まんねんたけ)の漢名、
であり(広辞苑)、
きのこの一種で、瑞相(ずいそう)をあらわすとされた草、
である(精選版日本国語大辞典)。他に、
門出茸(かどでたけ)、
仙草(せんそう)、
吉祥茸、
霊芝草、
赤芝(せきし)、
福草(さきくさ)、
桂芝(けいし)、
聖茸(ひじりたけ)
などの呼称でも呼ばれ(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A%E8%8A%9D・世界大百科事典・字源)、
福草(さきくさ)、
幸茸(さいわいたけ)、
と呼ぶようになったのは、
因露寝、兮産霊芝、象三徳兮應瑞圖、延寿命兮光此都(班固・霊芝歌)、
といった、中国文化の影響をうけてからのことである。
三枝(さきくさ)、
については、冒頭のように、
みつまた(三椏)、
釣鐘草、
とする説のほかに、
ジンチョウゲ(沈丁花)、
ヤマユリ(山百合)、
ミツバゼリ(三葉)、
フクジュソウ(福寿草)、
その他諸説があるが、その木や草が、古く、
どの植物をさしたかは未詳、
とある(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、
みつまた、
は、
三椏、
とあて、
ジンチョウゲ科のミツマタ属に属する。中国中南部・ヒマラヤ地方が原産地とされる。3月から4月ごろにかけて、三つ叉(また)に分かれた枝の先に黄色い花を咲かせる。一年枝の樹皮は和紙や紙幣の原料として用いられる、
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%84%E3%83%9E%E3%82%BF)。
釣鐘草、
と言われるものも、
釣鐘形の花をつける草、
を指し、
ほたるぶくろ(蛍袋)、
つりがねにんじん(釣鐘人参)、
そばな(蕎麦菜)、
なるこゆり(鳴子百合)、
ききゅう(鬼臼)、
ぼたんづる(牡丹蔓)、
くさぼたん(草牡丹)、
せんにんそう(仙人草)、
等々の異名とされている(精選版日本国語大辞典)。
「枝」(漢音シ・キ、呉音シ・ギ)は、「枝」で触れたように、
支、
とも当てる。
幹の対、
であり、
会意兼形声。支(キ・シ)は「竹のえだ一本+又(手)」で、一本のえだを手に持つさま。枝は「木+音符支」で、支の元の意味をあらわす、
とある(漢字源)。手足の意では、
肢(シ)、
指の意では、
跂(キ)、
の字が同系である。字源については、
会意形声。木と、支(シ)(えだ)とから成る。幹から分かれ出た「えだ」の意を表す(角川新字源)、
会意兼形声文字です(木+支)。「大地を覆う木」の象形と「竹や木の枝を手にする象形」(「えだ」の意味)から、木の「えだ」を意味する「枝」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji776.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、
形声。「木」+音符「支 /*KE/」。「木のえだ」を意味する漢語{枝 /*ke/}を表す字。もと「枳」が{枝}を表す字であり、「枝」はその後起った形声字である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9E%9D)、
形声。声符は支(し)。は小枝をもつ形。〔説文〕六上に「木、別に生ずる條(えだ)なり」とあり、幹から分かれるもので、合わせて幹枝という。十干十二支もその義をとる。木には枝といい、肢体には肢という(字通)、
と、形声文字とするものもある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
この記事へのコメント