さ丹つらふ
さ丹つらふ妹を思ふと霞立つ春日(はるひ)もくれに恋ひわたるかも(万葉集)
の、
さ丹つらふ、
は、
妹の枕詞、
で、
頬のほんのりと紅い意、
とあり、
くれに、
は、
暗く思われるほどに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
さ丹付(につ)く、
で触れたが、
さ丹、
は、
サは接頭語、
で、
丹、
は、
赤い色、
の意、
丹着く、
丹付く、
の、
つく、
は、
接尾語、
で、
「がたつく」「ぶらつく」「ふらつく」などのように、擬声語・擬態語などについてこれを四段活用の動詞化し、そういう動作をする状態、そのような状態になってくる意を表わす、
とみる(精選版日本国語大辞典)こともできるが、
つく、
で触れたように、
付く、
着く、
とあて、
「ツク(付着する)」です。離れない状態となる意です、
という意(日本語源広辞典)で、
二つの物が離れない状態になる(ぴったり一緒になる、しるしが残る、書き入れる、そまる、沿う、注意を引く)、
という意味になり、ここでは、
丹に染まる、
意と見ていいだろう。たとえば、
ま櫛もち ここにかき垂れ 取り束ね 上げても巻きみ 解き乱(みだ)り 童(わらは)髪になしみ さ丹つかふ 色になつける 紫の 大綾(おほあや)の衣(きぬ)(万葉集)、
の(「童(わらは)髪」はざんばらがみの意)、
さ丹つかふ、
では、
サは接頭語、
で、
丹つかふ、
は、
丹着くに反復継続の接尾語フのついた形、
で、
赤味ががる、
意となり、
さ丹つかふ 色になつける、
は、
ほの赤い頰によく似合った。
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。しかし、
何かと問はば 答へ遣(や)る たづきを知らに さ丹つらふ 君が名言はば 色に出でて 人知りぬべみ(万葉集)、
での、
さ丹つらふ、
の、
つら、
は、
頬、
で、
さ丹頰ふ
とあて、
紅い頬をした、
という意(広辞苑)で、
「色」「紅葉」「紐」「君」少女」「妹」にかかる枕詞である(仝上)。また、
何かと問はば 答へ遣(や)る たづきを知らに さ丹つらふ 君が名言はば 色に出でて 人知りぬべみ(万葉集)、
では、冒頭の歌とは異なり、
さ丹つらふ、
を、
凛々しく立派な、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
サは接頭語、赤い頬をしたの意、紅顔の意から、「君」「妹」、赤い色の意から、「もみぢ」「紐」「色」にかかる枕詞。(岩波古語辞典)、
(後世「さにづらう」とも)赤く照り輝いて美しいの意。「色」「君」「我が大君」「妹」「紐」「紅葉(もみじ)」を形容することばとして用いられる。「つらう」は、一説に、「移らふ」の意とする(精選版日本国語大辞典)、
接頭語「さ」+名詞「に(丹)」+名詞「つら(頰)」+動詞をつくる接尾語「ふ」、「色」「君」「妹(いも)」「紐(ひも)」「もみぢ」などを形容する言葉として用いられており、枕詞(まくらことば)とする説もある(学研全訳古語辞典)、
サは接頭語、ニは丹、ツラフはウツラフ(移)の約(日本古語大辞典=松岡静雄)、
サニ(左丹、サは発語(サ霧、サ衣)、)は、丹と云ふに同じ)、赤色の義、サは発語なれば、単に、ニツラフとも云ふ、赤きものにかかり、又、顔の紅に艶(にほ)へるを美(ほ)めて、顔色、妹、君にかかる(大言海)、
サは発語、ニツラフは丹着るの義(和訓栞)、
サは添え語、ツラフはツカフと同意(万葉集類林)、
サは真、ニは朱、ツラフはシ(為)ツラフなどのツラフに同じ(雅言考)、
少し赤い顔の意で、サニツラフ(狭丹頬)の義(袖中抄)、
サは接頭語、ニは丹、ツラフは頬フで、表面に出てくる意か(角川古語大辞典)、
ツラフは頬(ツラ)に接尾語ミフのついたもの(小学館古語大辞典)、
などとあり、
赤い頬をした、
の意(岩波古語辞典)だが、それを、
紅顔の意から、「君」「妹」、赤い色の意から、「もみぢ」「紐」「色」にかかる枕詞、
とする(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)説と、
赤く照り輝いて美しいの意。「色」「君」「我が大君」「妹」「紐」「紅葉(もみじ)」を形容することばとして用いられる。「つらう」は、一説に、「移らふ」の意とする、
ととする(精選版日本国語大辞典)説、
とに分かれているようだ。いずれとも決めがたいが、当初形容詞なら、そこにはそう形容するだけの意味があるが、次第に形式化して、枕詞化すると、単なる装飾と化していったということなのかもしれない。
「万葉集」に九例あるが、
すべて連体修飾語として用いられており、枕詞とする説もある。中古、中世には用例がほとんど見られないが、近世に至って国学者達によって再び用いられるようになる、
と付説されている(精選版日本国語大辞典・日本語源大辞典)。なお、
さにつらふ、
の、
さ、
は、大勢として発語とみられるが、この「さ」をとった、
につらふ、
は、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
の、自動詞ハ行四段活用で、
「つらう」は「つら(頰)」の動詞化という(デジタル大辞泉)、
「につらふ」のツラは頬、フは動詞化する接尾語で、「紅(くれない)に照り映えて美しい」「赤く美しい頬をしている」「美しい顔色をしている」意で、男女ともに使う(岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)、
「つらう」は「つら(頰)」の動詞化という(デジタル大辞泉)
ツラフは、色の映(さし)合ふの意、万葉集の「さ丹つらふ色には出でず少なくも心のうちに我が思はなくに」(散<頬>相 色者不出 小文 心中 吾念名君)の、散釣相(さにつらふ)、「かきつはた丹つらふ君をいささめに思ひ出でつつ嘆きつるかも」(垣幡之所如 丹頰紅顏汝命矣 偶然率爾而 轉瞬憶及溢胸懷 不覺欷歔露吐息)の丹頬合(ニツラフ)の釣合(つらふ)の約にて、牽合(つりあ)ふの約(関合(かかりあ)ふ、かからふ)、縺合(もつれあ)ふの意なり、同趣にて、しらふ、しろふ、と云ふ語アリ、此語、他語と熟語となりて、「引(ひこ)づらふ(牽)」「挙(あ)げつらふ(論)」「関(かか)づらふ」「為(し)つらふ」「詫びつらふ」「言ひつらふ」「へ(譲)つらふ」「へ(詔)つらふ」などと用ゐらる(大言海)、
とあり(仝上)、
つらふ、
については、上述のように、
「つらう」は、一説に、「移らふ」の意(精選版日本国語大辞典・日本古語大辞典)
名詞「つら(頰)」+動詞をつくる接尾語「ふ」(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典・デジタル大辞泉)、
ニツラフは丹着るの義(和訓栞)、
丹頬合(ニツラフ)の釣合(つらふ)の約にて、牽合(つりあ)ふの約(大言海)、
などと、分かれているが、憶説だが、
名詞「つら(頰)」+動詞をつくる接尾語「ふ」、
と、
「つら(頰)」の動詞化、
と考えた方がいい気がする。いずれにしろ、結果としては、
丹つらふ、
は、
文字通りには、
丹+頬、
で、
頬が赤い、
意になるが、文脈によって、
ほの赤い、
赤く照り映える、
美しく映えている、
赤い頬をした、
の意となり(岩波古語辞典)、上述したことと重なるが、
「ニ」は赤く美しい色、「ツラ」は頬の意で、「フ」は動詞化する接尾語。赤い頬をしている、が原義。それが紅顔の意や容貌の美しさを意味するようになり、接頭語「さ」の付いた「さにつらふ」は「君」「妹」から広がって「もみじ」「紐(ひも)」「色」などにもかかるようになった、
とするのが従来の通説とされる(精選版日本国語大辞典)。これに対して、
枕詞「さにつらふ」のかかる語からすると、紅顔の意とは隔たりが大きいため解釈上無理があるとし、類義の「丹着かふ」との関係が、「へつらふ(諂)」と「へつかふ(辺付)」の関係と類似しているところから、「ツラフ」は「連らふ」で、「ニツラフ」は「丹連らふ」ではないかとする説もある、
とある(仝上)。形式化して枕詞化していけば、当然、意味が拡大し、単に、
照り映える、
という意味になれば、意味の距りは問題ではなくなるのではないか。なお、
さにつらふ、
を、
接頭語「さ」+名詞「に(丹)」+名詞「つら(頰)」+動詞をつくる接尾語「ふ」、
ではなく、
「つらう」は、一説に、「移らふ」、
牽合(つりあ)ふの約、
と見た場合、
つらふ、
の、
フ、
を、
ハ行四段活用、
を作るとみると、普通に考えると、
まもらふ、
で触れた、
動詞の未然形の下に付いて、
は|ひ|ふ|ふ|へ|(へ)、
の、
四段活用の動詞を作り、「呼ぶ」「散る」ならば普通一回だけ呼ぶ、散る意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して、呼ぶ、散る戸をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞「アフ(合)」で、これが動詞連用形の後に加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある(精選版日本国語大辞典)
動詞の未然形に付いて、その動作が反復・継続する意を表す。奈良時代に多く使われたが、平安時代以降は限られた語に使われ、次第に使われなくなった。四段に活用するものが多い。「散る」に「散らふ」、「嘆く」に「嘆か譜」の類。「流らふ」のような下二段活用の例は少なく、四段活用のものと同じ期限かどうか未詳。四段活用の「ふ」の語源は「あ(合)ふ」と見る説がある(広辞苑)、
とする、
接尾語、
とみることもできる。この、
ふ、
は、
奈良時代特有の語で、まれに、
「流らふ」「伝たふ」「寄そふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に付いた「ふ」があり、これらは下二段型活用として用いられ(精選版日本国語大辞典)、
また、
「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる(仝上)、
とあり、また、
主にラ行動詞に付くときは、「移ろふ」「誇ろふ」のように未然形語尾のア列音がオ列音に変わることがある(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
とある。この「ふ」が助動詞として用いられたのは上代であり、中古になると、
「語らふ」「住まふ」「慣らふ」「願ふ」「交じらふ」「守らふ」「はからふ」「向かふ」「呼ばふ」など、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した。したがって、中古以降は「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
とされる。この、
ふ、
は、現代語でも、、
「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。ただ、名詞、
つら(頬)、
についている点で、いかがかとは思うが、意味的には、
状態表現、
と見れば、
反復・継続する、
意で当たらなくもないが、いかがなものだろう。
「頰」(キョウ)の異体字は、
頬(俗字)、颊(簡体字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A0%B0)。字源は、
会意兼形声。「頁(あたま)+音符夾(キョウ はさむ)」。顔を両側からはさむほお、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(夾+頁)。「手を広げて立つ人の両脇を左右からはさむ」象形(「はさむ」の意味)と「人の頭部を強調した」象形(「かしら、頭」の意味)から、顔面を両側からはさむ部分「ほお」を意味する「頬」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2198.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「頁」+音符「夾 /*KEP/」。「ほほ」を意味する漢語{頰 /*keep/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%A0%B0)、
形声。頁と、音符夾(ケフ)とから成る(角川新字源)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
この記事へのコメント
道萬
あえて現代語(口語)に交えるとしたら、
秋になって楓がさにつらってますね、等として使えるのでしょうか。
お手隙の折に、ご教示賜われましたら幸いです。