白真弓(しらまゆみ)今春山に行く雲の行きや別れむ恋しきものを(万葉集)
の、
白真弓、
は、
春の枕詞、
行きや別れむ、
は、
別れて行かねばならぬのか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
白真弓、
は、
白檀弓、
とも当て、
檀(まゆみ)の白木の弓、
を言い、
梓巫女(あづさみこ)の祈祷の具ともす、
とある(大言海)。後には、
しらまきゆみ(白巻弓)、
の意とされるが、それは、
やぶさめに用るしらま弓は白巻弓也。しらまきを略してしらま弓と云也(「貞丈雑記(1784)」)、
と、流鏑馬(やぶさめ)に用いる、
全体を黒塗りにして白い籐(とう)を巻いた弓、
をも射し、
白真弓(しらまゆみ)、
ともいった(精選版日本国語大辞典)。
真弓、
の、
真、
は、
マ(真)、
は、
真鳥、
で触れたように、
名詞・動詞・形容詞について、揃っている、完全である、優れている、などの意を表す(岩波古語辞典)、
名詞・動詞・形容詞・形容動詞などの上に付いて、完全である、真実である、すぐれているなどの意を加え、また、ほめことばとしても用いる(精選版日本国語大辞典)、
体言・形容詞などに冠し、それそのものである、真実である、正確であるなどの意を表す(広辞苑)、
等々とあり、
ま袖、
真楫(かじ)、
真屋、
では、
二つ揃っていて完全である、
意を表し、
ま心、
ま人間、
ま袖、
ま鉏(さい)、
ま旅、
等々では、
完全に揃っている、本格的である、まじめである、
などの意を添え、
ま白、
ま青、
ま新しい、
ま水、
ま潮、
ま冬、
等々では、
純粋にそれだけで、まじりもののない、全くその状態である、
などの意を添え、
ま東、
ま上、
ま四角、
まあおのき、
真向、
等々では、
正確にその状態にある、
意を添え、
ま玉、
ま杭(ぐい)、
ま麻(そ)、
ま葛(くず)、
等々では、
立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
として用い、
真弓、
真澄の鏡(まそ鏡)、
真鉋(まかな)、
等々では、
立派な機能を備えている、
意を表し、
真名、
では、
仮(かり)のもの(仮名・平仮名・片仮名)でも、略式でもなく、正式・本式であること、
を表す(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。
真鴨、
真葛、
真魚、
真木、
ま竹、
まいわし、
真鳥、
等々では、
動植物の名に付けて、その種の中での標準的なものである、その中でも特に優れている、
意を表す(岩波古語辞典)。ここでは、
真弓、
は、
美称の接頭語、
ではある(精選版日本国語大辞典)が、
立派な機能を備えている、
という含意がある。
梓の真弓、
で触れたように、
梓弓、
は、
梓の木で作った丸木の弓、
で、
渡瀬に立てる阿豆佐由美(アヅサユミ)檀(まゆみ)い伐らむと心は思へど……そこに思ひ出愛(かな)しけくここに思ひ出い伐らずそ来る阿豆佐由美(アヅサユミ)檀(古事記)、
と、
上代、狩猟、神事などに用いられ、
あずさの弓、
あずさの真弓、
とも呼ばれた。のちに、
あずさみこ、
が、死霊や生霊を呼び寄せる時に鳴らす小さな弓、
の意となり、転じて、
あずさみこ、
をもいうようになった(仝上)。で、
あづさみこ、
は、
梓弓の名に因りて、万葉集に、弓をアヅサとのみも詠めり、今も、神巫に、其辞残れり、直に、あづさみことも云へり、神を降ろすに、弓を以てするば和琴(わごん)の意味なり(和訓栞)、
と、
小弓に張れる弦を叩きて、神降をし、死霊・生霊の口寄せをする、
といい、
髑髏(しゃれこうべ)を懐中し居るなり、これをあづさとのみも云ひ、又、市子とも、縣巫(あがたみこ)とも云ふ、何れも賤しき女にて、賣淫をもしたりと云ふ、
とある(大言海)。上述の、
弓を以てする、
という、
鳴弦、
つまり、
弦打ち、
については触れた。
巫女、
は、
かんなぎ、
ともいうが、
あがたみこ、
あづさみこ、
いちこ、
等々とも呼ぶものもある(大言海)。柳田國男や中山太郎の分類によると、おおむね、
朝廷の巫(かんなぎ)系、
と、
民間の口寄せ系、
に分けられ、「巫(かんなぎ)系」巫女は、関東では、
ミコ、
京阪では、
イチコ、
といい、口寄せ系巫女は、
京阪では、
ミコ、
東京近辺では、
イチコ、
アズサミコ、
東北では、
イタコ、
と呼ばれる、とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%AB%E5%A5%B3)。柳田は、「もともとこの二つの巫女は同一の物であったが、時代が下るにつれ神を携え神にせせられて各地をさまよう者と、宮に仕える者とに分かれた」とした(仝上)。
この原型となる「神に仕える女性」として、
邪馬台国の卑弥呼、
天照大神、
倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)、
倭姫命(やまとひめのみこと)、
神功(じんぐう)皇后、
等々を見ることができ、沖縄の、
のろ、
ゆた、
もそれである(日本大百科全書)。
朝廷の巫(かんなぎ)系である、
宮廷や神社に仕え、神職の下にあって祭典の奉仕や神楽をもっぱら行うもの、
には、
神祇官に仕える御巫(みかんなぎ)(大御巫、坐摩(いがすり)巫、御門(みかど)巫、生島(いくしま)巫)、
宮中内侍所(ないしどころ)の刀自(とじ)、
伊勢神宮の物忌(ものいみ)(子良(こら))、
大神(おおみわ)神社の宮能売(みやのめ)、
熱田神宮の惣(そう)ノ市(いち)、
松尾神社の斎子(いつきこ)、
鹿島神宮の物忌(ものいみ)、
厳島(いつくしま)神社の内侍(ないし)、
塩竈(しおがま)神社の若(わか)、
羽黒神社の女別当(おんなべっとう)、
等々があり、いずれも処女をこれにあてた、とされる(仝上)。
民間の口寄せ系である、
神霊や死霊の口寄せなどを営む呪術的祈祷師、
には、
市子(いちこ)、
という言葉が一般に用いられており、東北地方では、巫女のことを一般に「いたこ」といい、これらの巫女はほとんど盲目である。そのほか、
関東の梓(あずさ)巫女、
羽後(うご)の座頭嬶(ざとうかか)、
陸中の盲女僧、
常陸の笹帚(ささはた)き、
等々の称がある、とされる(仝上)。
いちこ、
は、
降巫(岩波古語辞典)、
市子(日本語源大辞典)、
巫子(仝上・江戸語大辞典)、
神巫(大言海)、
等々と当て、
巫女、
の意で、
イチは巫女をあらわす語、コは子、
とあり(岩波古語辞典)、「イチ」は、
和訓栞、イチ「神前に神楽をする女を、イチと云ふは、イツキの義にや、ツ、キ、反チなり」。斎巫(いつきこ)なり。松尾神社に斎子(いつきこ)あり、春日神社等に、斎女(イツキメ)あり、此語、口寄せする市子とは、全く異なり、
とあり(大言海)、
略してイチとのみも云ひ、一殿(イチドノ)とも云ふ、
とある(仝上)。ここでは、あくまで「いちこ」は、
巫女、
の意で、
神前に神楽する舞姫、神楽女(かぐらめ)、
の意とする。この「いちこ」のひとつに、
あづさみこ、
がある(岩波古語辞典)。ただ、
いちこ、
は、
品格甚だ違へり、これは市街巫(いちこ)の意なるべく、縣巫(あがたみこ)と云ふも、田舎巫(ゐなかみこ)の意なり、いずれも、御神巫(おかんこ)に対して云ふなり(大言海)、
とある(大言海)。
御神巫(おかんこ)、
つまり、律令制で、神祇官に属し、神事に奉仕した女官である、官製の巫女、
上述の、
朝廷の巫(かんなぎ)系、
である、
御巫(みかんなぎ)、
に対するものという意味になる。
御巫(みかんなぎ・みかんのこ・みかんこ)、
は、
令制で、神祇官に置かれた女官。亀甲を焼くなどして吉凶を占い、また、神嘗祭・鎮魂祭などの神事に奉仕した未婚の女性。倭国の御巫二人、左京生島(いくしま)の御巫一人、右京座摩(いかすり)の御巫一人、御門(みかど)の御巫一人の計五人があった。神祇官のほか、春宮坊・中宮職にも置かれていた、
とある(精選版日本国語大辞典)。
閑話休題、
しらまゆみ(白真弓・白檀弓)、
は、枕詞として、冒頭の、
白檀弓(しらまゆみ)いま春山に行く雲の行きや別れむ恋しきものを、
と、弓を張る意で、
「張る」と同音を含む「春山」、「春」、
にかかり、
白真弓(しらまゆみ)石辺(いそへ)の山の常盤(ときは)なる命なれやも恋ひつつ居(を)らむ(万葉集)、
と、弓を射る意で、
「射る」と同音を含む地名、磯辺、石辺(いそべ)、
にかかり、
しらまゆみいるさの山のときはなる命かあやな恋ひてやあらん(古今和歌六帖)、
と、
いるさの山、
にかかる。さらに、
しらまゆみつるがの船路夜もなほ押してひきこす波の蔭かは(夫木和歌抄)、
と、弓の弦(つる)の意で、
「弦」と同音を含む地名「敦賀(つるが)、
にかかり、
白真弓(しらまゆみ)斐太の細江(ほそえ)の菅鳥(すがどり)の妹(いも)に恋ふれか寐(い)を寝(ね)かつる(万葉集)、
と、
地名「斐太(ひだ)」、
にかかるが、
かかり方未詳。弓を引く意とする説もあるが、「ひだ」の「ひ」(乙類)と「引く」の「ひ」(甲類)は別なので例外、
とある(精選版日本国語大辞典)。その他、
手もふれで月日へにける白真弓(しらまゆみ)おきふし夜はいこそ寝られね(古今和歌集)、
と、
弓の扱いから(岩波古語辞典)、
あるいは、
人が「起き」「臥し」と弓に関わる意味との掛詞から(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)、
と、
おきふし、
にかかり、さらに、
弓の末(すゑ)から、
末、
にもかかる(岩波古語辞典)。
檀(まゆみ)、
は、
ニシキギ科ニシキギ属の落葉低木または小高木。日本と中国の野山に自生する。高さ約三メートル。若い枝には四稜と白いすじがある。葉は柄をもち対生。葉身は楕円形または倒卵状楕円形で縁に細鋸歯(きょし)がある。五~六月、葉腋から花柄がのび、淡緑色の四弁花が十数個集まって咲く。雌雄異株。果実はほぼ四角形、淡紅色に熟したのち四裂して赤い種子を露出する。材でこけしや将棋の駒を作る。果実は有毒であるが、春の新芽は山菜として利用される、
とある(精選版日本国語大辞典)。漢名とする、
桃葉衛矛、
檀、
は誤用とある(仝上)。
真弓、
とも当てるが、上述したように、
昔、この木で弓を作ったところからの名、
で(精選版日本国語大辞典)、
ヤマニシキギ(山錦木)、
カンサイマユミ、オオバマユミ、
エゾオオバマユミ、
ユミノキ、
ともよばれる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%A6%E3%83%9F)。
(「檀」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AA%80より)
「檀」(漢音タン、呉音ダン)の異体字は、
䆄、單、枟、𣞀、𩠽、𫞍(俗字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%AA%80)。
会意兼形声。「木+音符亶(タン・ダン)」で、太くてずっしりした木の意、
とあり(漢字源)、日本では、
まゆみ、
にあてられているが、
ビャクダン科の常緑高木、根はよい香があり荒涼として用いられ、仏像・細工物の材料になる。「紫檀」「黒檀」とは別の種類、
とある(仝上)。他は、
形声。木と、音符亶(タン)とから成る(角川新字源)
形声。声符は亶(たん)。〔説文〕六上に「檀木なり」とあり、まゆみ。梵語の音訳の字に用いることが多く、檀那・檀越・檀林のような語がある(字通)
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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