神(かむ)ぶ


石上(いそのかみ)布留(ふる)の神杉(かむすぎ)神(かむ)びにし我(あ)れやさらさら恋にあひにける(万葉集)、

の、

神(かむ)びにし、

は、下との関係では、

年老いる、

意とあり、

さらさら、

は、

今また新たに、

と注記し(仝上)、

神杉のように古めかしい年になって、改めて苦しい恋に陥っている、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

神(かむ)ぶ、

は、

かんぶ、

とも訛り(精選版日本国語大辞典)、

神々しくなる、
神さびている、

意の他に、

年老いる、

意もある(広辞苑)。

神さびる

さぶ

については触れた。

神ぶ、

は、

び/び/ぶ/ぶる/ぶれ/びよ、

の、自動詞バ上二段活用で、

かむぶ、

と表記する(精選版日本国語大辞典)とあり、

ぶ、

は、接尾語とある(仝上)。

神々(こうごう)しくなる、

意で、

こうごうしく古びる、

から、転じて、

年老いる、
年をへて古びる、

意で使う(岩波古語辞典・仝上)。

神さびる

で触れた、

神さぶ、

と同義である。

神さぶ、

は、

かみさぶ、
かんさぶ、
かむさぶ、
かみしむ、

とも訓み(明解古語辞典)、

カムサブの転(岩波古語辞典)、
かんさぶ、古くは「かむさぶ」と表記(精選版日本国語大辞典)、

とされ、

「万葉集」では「かむさぶ」がふつうで、「かみさぶ」は「難波門(なにはと)を漕ぎ出(で)て見れば可美佐夫流(カミサブル)生駒高嶺に雲そたなびく」が唯一の例である。「かみ(神)」の「み」に「美」が用いられるのは上代特殊仮名遣としても異例。防人の歌でもあり、東国語形とも考えられる、

とある(精選版日本国語大辞典)。

神ぶ、

の、

ぶ、

は、現代語で言うと、

大人びる、
田舎びる、

の、

びる、

で、

昔こそ難波ゐなかといはれけめいま京引き都備(みやこビ)にけり(万葉集)、

と、

名詞または形容詞の語幹について、上二段活用の動詞を作り、そのようなふるまいをする、または、そういう様子であることをはっきり示す意を表す(岩波古語辞典)、
体言、形容詞の語幹などにつき、上一段活用の動詞を作る。……のような状態である、……のようにふるまう意(広辞苑)、
「翁(おきな)ぶ」「荒ぶ」と、名詞・形容詞の語幹に付いて、そのような状態になる、そのように振る舞うの意を表す(学研全訳古語辞典)、
「大人びる」「古びる」と、名詞または形容詞の語幹などに付いて、…らしく見える、…のふうである、などの意を表す(デジタル大辞泉)、
名詞、または形容詞の語幹などの名詞的な語に付いて、動詞をつくる。そのもののように、あるいはそのような状態に近くふるまう、様子をする、それに近い状態になる、などの意を表わす。「おとなびる」「いなかびる」「ふるびる」「あらぶ」など(精選版日本国語大辞典)、

とあり、

神+接尾語「ぶ」

で、

神らしくみえる、

という意になる。なお、

カミ

で触れたように、上代特殊仮名遣によると、

「神」はミが乙類(kamï)、
「上」はミが甲類(kami)、

で、

「神」のミは「微」の乙類の音、
「上(カミ)」のミは「美」の甲類の音、

で、

カミ(上)からカミ(神)というとする語源説は成立し難い(岩波古語辞典)、

とするが、

「神 (kamï)」と「上 (kami)」音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった、

とする説もある。とっさに思い浮かぶのは、アイヌ語の、

カムイ、

で、

カムヤマトイワレヒコ、カムアタツヒメなどの複合語で「神」が「カム」となっていることから、「神」は古くは「カム」かそれに近い音だったことが推定される。大野晋や森重敏などは、ï の古い形として ui と oi を推定しており、これによれば kamï は古くは kamui となる。これらから、「神」はアイヌ語の「カムイ (kamui)」と同語源、

という説もあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E_(%E7%A5%9E%E9%81%93)。因みに、琉球語では、カグという。何となく、「カミ」に繋がりそうな感じである。

ちなみに、上記には、

「身分の高い人間」を意味する「長官」「守」「皇」「卿」「頭」「伯」等(現代語でいう「オかみ」)、「龗」(神の名)、「狼」も、「上」と同じくミが甲類(kami)であり、「髪」「紙」も、「上」と同じくミが甲類(kami)である、

とあり、

「神(kamï)」と「上(kami)」音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった、

とする説も確かに成り立つようである(仝上)。アイヌのカムイは、

動植物や自然現象、あるいは人工物など、あらゆるものにカムイが宿っているとされる。一般にカムイと呼ばれる条件としては、「ある固有の能力を有しているもの」、特に人間のできない事を行い様々な恩恵や災厄をもたらすものである事が挙げられる。そして、そういった能力の保持者或いは付与者としてそのものに内在する霊的知性体がカムイであると考えられている、

とされるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%82%A4

神、

は、『神道とは何か ― 神と仏の日本史』で触れたように、

迦微(かみ)と申す名の義はいまだ思ひ得ず(本居宣長)、

と言うほどで、古代、霊的なものを示す言葉に、

カミ

タマ(魂・魄)

モノ

オニ

がある。

タマ

は、霊魂を指す、人のみならずすべての存在は「タマ」をもち、その霊威をおそれるものを、

モノ

と呼び、

オニ

は、「隠」で、隠れて見えない存在を指す。

伊藤聡氏は、「カミ」の基本的性格を次のように整理している。

①霊的なものとして把握されており、実態的なものとみなされていない。ただ、すべての「タマ」が神なのではなく、強力な霊威・脅威をもつ「タマ」が「カミ」として祀られる。か「カミ」は「タマ」の一種なのである。
②「モノ」「オニ」も、「タマ」に属す。「カミ」が神となり、「カミ」の否定的な部分がモノ(名指し得ぬもの)は、後に怨霊的存在として、「モツケ」「モノノケ(物+気)」となる。「オニ」は「カミ」の最も荒々しい部分を取り出したもの。といって、「カミ」には、「モノ」「オニ」要素が消えたわけではない。
③「タマ」と同じく、「カミ」は目に見えないとされた。
④「カミ」は人と直接接触せず、意志を伝える時は、巫女や子供に憑依する。
⑤「カミ」の怒りは祟りという形をとる。

その「カミ」が、仏教伝来以降、神仏習合、本地垂迹を経て、神と仏は、いずれが裏か面か分かちがたくよじれていく。わずか四年弱で、廃仏毀釈が終焉したのは、仏教抜きでは、あるいは密教、修験道も含めた、仏教系抜きで、神道理論が成り立っていかないからにほかならない。

カミ、

を、

古形カムの転。奈良時代の発音ではカミ(神)はkamï、上はkamiで、別であったから、カミ(上)にいるからカミ(神)という語源説は成立しがたい。上代以前では、人間に対して威力を振るい、威力をもって臨むものは、すべてカミで、カミは人間の怖れと畏みの対象であった。人間はこれに多くの捧げ物をして、これが穏やかに鎮まっているのを願うのが基本的な対し方であった。平安時代以降、古いカミの観念の大部分はひきつがれたが、奈良時代に始まる本地垂迹の説が広まり、仏とカミとに多少の融合が起こり、カミは荒々しく威力をふるう存在としてよりも、個々人の行為に禁止や許可を与える面が強く現れる。しかし仏が人間を救い、教導し、法を説くものとして頼られたのに対し、カミは好意・親愛で対されることなく、場合によっては、鬼・狐・木魂と同類視されて畏れ憚られた。中世末期キリスト教の伝来に際し、デウスはカミと訳されず、日葡辞典のカミの項には、「日本の異教徒の尊ぶカミ」とだけ説明されている(岩波古語辞典)、
同音語である「上」と同一語源と考える説と、別語源と考える説がある。同一語源説は、カミの元来の意味は「上」であり、「上方」という方向性を指し示す語であったものが、カミの毛(髪)、カミの存在(神)、というように用いられ、それが、カミだけで表わされるようになったとする。別語源説は、上代特殊仮名遣いにおける仮名の違い(神のカミのミは乙類、上のカミのミは甲類)と、上代における意味の類縁性の希薄さを根拠に、同一語源とは考え難いとする。アイヌ語で「神」をさすカムイは、上代以前「カミ」が kamï の音をもっていた時代に日本語から借用したものか(精選版日本国語大辞典)、
カミは上(かみ)であるとする語源説が有力であったが、奈良時代の発音では、カミ(神)はKamï、カミ(上)はKamiで別であったから、現在では否定論が多い。鏡(かがみ)の略、隠身(かくりみ)の転訛(てんか)、朝鮮やモンゴルの「汗(カン)」と同源、アイヌ語の「カムイ」と同根など、語源については諸説があるが、本居宣長が「迦微(かみ)と申す名義(なのこころ)はいまだ思ひえず」とし、「旧(ふる)く説けることども皆あたらず」といっているように、カミの本来の意義を語源的に断定することは、きわめてむずかしい。そこで宣長は実際の用例から神の定義を帰納的に導き出した。「さておよそ迦微とは、古御典等(いにしへのふみども)に見えたる天地の諸(もろもろ)の神たちを始めて、そを祀(まつ)れる社(やしろ)にまします御霊(みたま)をも申し、また人はさらにもいはず、鳥獣木草のたぐひ海山など、そのほか何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物を迦微とは云(い)ふなり」といい、しかも「すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功(いさを)しきことなどの優れたるのみを云ふに非(あら)ず、悪しきもの奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏きをば、神とは云ふなり」(古事記伝)に説いた。この定義は、日本の古典に現れている神々が、人間の知や理を超えた非合理的な性格をもつことをとらえていると同時に、神々に対して人間が畏敬(いけい)の情をもって「ただその尊きをとうとみ、可畏(かしこ)きを畏(かしこ)みてぞあるべき」態度をもとらえている。この定義は、カミを機能の面からきわめて広い意味で一般的に規定した卓見であり、……キリスト教などにみられるような、人間とはまったく異質的な「絶対他者」という観念のないことが注目される(日本大百科全書)、

等々とあり、上述のように、

上(かみ)、

から語原を引く説が、

カミ(上)に在って尊ぶところから、カミ(上)の義(日本釈名所引直指抄・東雅・神代史の研究=白鳥庫吉)、
上を意味する原語カ(上)とミ(身)の結合語で、人の上にたつものの義から(日本古語大辞典=松岡静雄)、
上にまして赫き見え給うという意から。またカンガヘミタマフ心ありという意から(本朝辞源=宇田甘冥)、

とあるが、その他、

鏡、

由来と見る説が、

古代、鏡に天照大神の像を図し、それをもって崇め奉ったところから、カガミ(鏡)の略(和句解・志不可起・万葉代匠記・滑稽雑誌所引和訓義解・円珠庵雑記・名言通)、
鏡は、カガミル義で、神はよろずをかがみ(鑑)給うものであるところから、カガミ(鑑)の中略(碩鼠漫筆・類聚名物考)、

などとあり、その他に、

隠身(かくれみ)の意なりと云ふ、かくばかり、かばかり。探女(さぐりめ)、さぐめ。現身(うつつみ)に対す(隠世(かくりよ)、現世(うつしよ))。『古事記』「天御中主神、云々、獨神(ひとりがみ)成坐(なりまして)、而隠身也(かくりみにまします)」、霊異記「聖徳太子、神人を看破したまひしを(聖人之通眼、見隠身)」、形は、目に見えずして、霊(みたま)あり、幽事(かんなごと)を知(しろ)して、奇霊(くしび)にましますものの称。後には、無上自在の威霊(いきおい)ありて、世の禍福を知(しろ)し、人の善悪の行為に、加護、懲罰したまふとて、崇(あが)むべきものの意とす(大言海)、
神は明らかに照らしましますものというところから、アカミ(明見)の義(和訓栞・言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
カシコミオソル(畏恐)の略(百草露)、
カは事をさす意。ミは満たしそなえる意(皇国辞解)、
香のまさにあるか無きかの神明隠微の妙体を目のあたりに見るということから、カミ(香見)の義(柴門和語類集)、
陽は軽く陰は濁って重いことからカロシミル(軽)の義(桑家漢語抄)、
アルタイ語を語根とするか(国語学原論=金田一京助)、

等々、諸説あるが、上述したように、大きく分けて、

「神」と同音語である「上」と同一語源と考える説、
と、
「神」と「上」とは別語原と考える説、

になるが、同一語原説は、

カミの元来の意味は「上」であり、「上方」という方向性を指し示す語であったものが、カミの毛(髪)、カミの存在(神)というように用いられ、それが、カミだけで表されるようになった、

とし、別語原説は、

上代特殊仮名遣いにおける仮名遣いの違い(「神」のカミはミが乙類(kamï)、「上」のカミのはミが甲類(kami))と上代における意味の類縁性の希薄さを根拠に、同一語原とは考え難い、

とする(日本語源大辞典)。その上で、

日本人の考える「神」が必ずしも上方に存在するものとは限らず、「上」と結びつける積極的な根拠とはなりにくい、

ものの、しかし、一方で、

意味分化が、仮名の違い(音の違い)を誘引した可能性も考えられるので、上代特殊仮名遣いの違いをもって絶対的な根拠とするわけにはいかない、

ともある(仝上)。

上代特殊仮名遣い

という橋本進吉説は、仮説として、一蹴する説もある。

「上のミは甲類、 神のミは乙類だから、発音も意味も違っていた」などという点については、筆者の見解によれば、神・高貴者の前で(腰を)ヲリカガム(折り屈む)は、リカ[r(ik)a]の縮約で、ヲラガム・ヲロガム(拝む)・オガム・アガム(崇)・アガメル(崇める)になった。礼拝の対象であるヲガムカタ(拝む方)は、その省略形のヲガム・ヲガミが語頭を落として、ガミ・カミ(神)になったと推定される。語頭に立つとき、有声音「ガ」が無声音「カ」に変わることはつねのことである(日本語の語源)、

とする「拝(おがみ)」説のほか、

形容詞のイカシを強めてイカメシ、または、イカツシといった。三語形のイカの部分には、それぞれ、「いかめしい。おごそかである」という意味のイカ(厳)。「はげしい、きびしい、おそろしい、荒荒しい、強い」という意味のイカ(猛)、「すばらしい、りっぱである、盛大である、大きい」という意味のイカ(偉)の三義が貫流している。イカメシキ(厳めしき)の方は、カメシの部分が[m(es)i]の縮約でカミ(神)になった(仝上)、

と、いずれも、音韻変化説を取り、

「神」の語源は「上」とは無関係であったが、成立した後に、語義的に密接な関係になった、

として、こう付言する。

(橋本説に)触れることをタブー視し禁句とする限り、「音声のない言葉」の存在を承認することになり、研究の進歩発展は望むべくもない、

と(仝上)。ただ、全体としては、

文献時代の最も古い形が別であったことは重要、

なものの、

同語源、別語源の決定的な根拠がなく、現在のところ、

語源未詳、

とするほかない(日本語源大辞典)としている。ちなみに、和名類聚抄(931~38年)に、

神籬 日本紀私記に云ふ、神籬、俗に比保路歧(ひぼろき)と云ふ/神酒 美和(みわ)

類聚名義抄(11~12世紀)に、

神 鬼なり。カミ・オニ・タマシヒ・ソ(ク)スシ・アヤシ・タフトシ・ヲサム・メヅラカナリ・オモシ/天神 アマツヤシロ/地神 クニツヤシロ/海神 ワダツミ/岐神 フナトノカミ/道神 タムケノカミ/現人神 アラヒトカミ、

字鏡(平安後期頃)に、

神 クスシ・ヤシロ・タマシヒ・オニ・オモシ・アツシ・ヲサム・アヤシ・タフトシ・メヅラカナリ・ミワ・カミ、

とある。

「神」.gif



「神」 金文・西周.png

(「神」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9Eより)


「神」 楚系簡帛文字.png

(「神」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9Eより)

「神」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「神」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9Eより)

「神」(漢音シン、呉音ジン)の異体字 は、

䘥、䰠、柛、衶、𤕊、𥙍、𥛃、𥛠、𥜩、𥞁、𧴢、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9E。字源は、「神さびる」で触れたように、

会意兼形声。申は、稲妻の伸びる姿を描いた象形文字。神は「示(祭壇)+音符申」で、稲妻のように不可知な自然の力のこと、のち、不思議な力や、目に見えぬ心のはたらきをもいう、

とある(漢字源)ので、「カミ」に「神」を当てたのは慧眼なのだろう。『論語』の、

怪力乱神を語らず、

の「神」は、この鬼神のこととされる。

神、

は、

日・月・風・雨・雷など自然界の不思議な力をもつもの、

をいい、

天のかみ、

で、

祇(ギ 地の神)、鬼(人の魂)に対することば、

とある(仝上)。「神」の字源は、他にも、

会意形声。示と、申(シン)(いなびかり)とから成り、空中をただよう「かみ」、ひいて、人間わざを超えたはたらきの意を表す(角川新字源)、

会意兼形声文字です(ネ(示)+申)。「神にいにしえを捧げる台の象形」と「かみなりの象形」から、天の「かみ」を意味する「神」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji426.html

と、会意兼形声文字とするものがあるが、

形声。「示」+音符「申 /*LIN/」。「かみ」「たましい」を意味する漢語{神 /*lin/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A5%9E

と、形声文字とするものもある。なお、「申」(シン)は、

「申」.gif

(「申」 https://kakijun.jp/page/0593200.htmlより)

「申」 金文・殷.png

(「申」 金文・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3より)


「申」 金文・春秋時代.png

(「申」 金文・春秋時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3より)


「申」 楚系簡帛文字.png

(「申」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3より)

「申」 簡牘(かんどく)文字.png

(「申」 簡牘(かんどく)文字(「簡」は竹の札、「牘」は木の札に書いた)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3より)

「申」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「申」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)・小篆 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3より)

「申」(シン)の異体字は、

𠭙、𢑚(籀文)、𤰶、𦥔(本字)、𦦀(古字)、𫐃、𭽒、𱺉(同字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3。字源は、

会意文字。甲骨文字と金文とは、稲妻(電光)を描いた象形文字で、電(=雷)の原字、のち、「臼(両手)+丨印(まっすぐ)」のかたちとなり、手でまっすぐのばすこと、伸(のばす)の原字、

とある(漢字源)。他も、

象形。稲妻を象る。「いなづま」を意味する漢語{電 /*liins/}を表す字。のち仮借して「もうす」を意味する漢語{申 /*l̥in/}に用いるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%94%B3

象形。いなびかりが走るさまにかたどる。「電(デン)・神(シン)」の原字。借りて「のびる」「もうす」意に、また、十二支の第九位に用いる(角川新字源)、

象形文字です。「いなびかり(雷)の走る」象形から「のびる」・「天の神」を意味する「申」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji500.html#google_vignette

象形。電光の走る形に象り、神(神)の初文。電の下部甩は、その電光の屈折して走る形。〔説文〕十四下に「神なり。七月、陰气體を成し、自ら申束(しんそく)す。臼(きよく)に從ふは、自ら持するなり。吏は餔時(ほじ 食事時)を以て事を聽く。旦(あさ)の政を申(の)ぶるなり」と説くも、字形に即するところがない。〔大克鼎(だいこくてい)〕「申(かみ)に日+尹+見孝(けんかう)す」、〔杜伯盨(とはくしゆ)〕「其れ用(もつ)て皇申(神)祖考と好倗友とに享孝す」など、金文には申を神の意に用いる。〔詩、小雅、采菽〕「福祿、之れを申(かさ)ぬ」のように申重の意に用い、また上申・申張のように用いる。伸はその派生字である(字通)、

と、初字は、象形文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
伊藤聡『神道とは何か ― 神と仏の日本史』(中公新書)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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