黙(もだ)
黙(もだ)もあらむ時も鳴かなむひぐらしの物思(ものも)ふ時に鳴きつつもとな(万葉集)
の、
黙(もだ)もあらむ時も、
は、
のんびりしているときにでも、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
もとな、
は、
むやみに、
の意で、
鳴きつつを修飾する、
とある(仝上)。
もだ(黙)、
は、冒頭の歌や、
黙(もだ)あらじと言(こと)のなぐさに言ふことを聞き知れらくは悪(あ)しくはありけり(萬葉集)
などと、
「もだあり」などの形で使う(岩波古語辞典)、
「もだあり」「もだをり」の形で用いる(学研全訳古語辞典)、
とあり、冒頭の歌のように、
何もしないでぼんやりしていること(岩波古語辞典)、
何もしないでじっとしていること(学研全訳古語辞典)、
何もしないこと。手をつかねてじっとしていること(精選版日本国語大辞典)、
などの意の他に、
皇子(みこ)其の害(やぶ)らむとすることを見て黙(モタ)坐(ま)しまして語(ものものたま)はず(日本書紀)、
と、
黙っていること、
一言もしゃべらないこと、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。この動詞形が、
もだす(黙す)、
で、
せ/し/す/する/すれ/せよ、
の、自動詞サ行変格活用で、
皇后、遂に聴(ゆる)さじと謂(おほ)して故、黙(モタ)して亦答言(かへりことまう)したまはず(日本書紀)、
と、
言うべきことを言わないでいる、
だまる、
黙(もく)す、
意や、
げにも山門(さんもん)の訴訟はもだしがたし(平家物語)、
と、
黙って見過ごす、
そのままに捨てておく、
意で使う(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。この、
黙す、
については、
確実にサ変と見られる用例はないが、古くから名詞「もだ」が使われており、また、古辞書の声点にサ変であることを示している資料があるところからサ変と判断した。ただし「書紀‐神代上(兼方本訓)」の「直(たた)に黙(モタサ)ずして帰りたまふて」、「傾城懸物揃‐中」の「首打れんとの願ひ上意をもだすに似たれ共」のように四段活用と見るべき例もある、
とする(精選版日本国語大辞典)。この動詞「もだす(黙)」の連用形の名詞化、
もだし(黙)、
は、
黙っていること、
の意で使う(仝上)。
「黙」(漢音ボク、呉音モク)の異体字は、
默(旧字体)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%99)。
默、
の異体字は、
黙(新字体)、𪐩(訛字)、
となる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%98)。字源は、
会意兼形声。「犬+音符黑(くらい、わからない)」、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(黒(黑)+犬)。「上部の煙出しにすすがつまり、下部で炎が上がる」象形(「くろい・物の動きがない」の意味)と「耳を立てた犬」の象形から、犬が黙って人についてくる事を意味し、そこから、「だまる」を意味する「黙」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1451.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「犬」+音符「黑 /*MƏK/」(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%BB%98)、
旧字は、形声。犬と、音符黑(コク)→(ボク)とから成る。犬が声をたてない、ひいて、物音がしない、「だまる」意を表す。常用漢字は俗字による(角川新字源)、
形声。声符は黑(こく)。黑に墨(ぼく)の声があり、その古音であったらしい。〔説文〕十上に「犬、暫く人を逐ふなり」とあり、〔唐本説文〕に「犬、潛(ひそ)かに人を逐ふなり」に作る。犬が黙って人を追うことから、その字を作るとするのは疑問とすべく、この字は喪事に犬牲を用いることを示す字であろう。〔国語、楚語上〕「三年默して以て道を思ふ」とは諒闇(りようあん)三年の服喪をいう。〔論語、憲問〕「高宗(殷の武丁)諒陰(りやうあん)、三年言(ものい)はず」とあり、服喪の三年間、ものいうことはタブーであった。犬牲はその修祓のために用いたものであろう(字通)、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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