榛(はり)


思ふ子が衣摺(ころもす)らむににほひこそ島の榛原(はりはら)秋立たずとも(万葉集)

の、詞書(和歌や俳句の前書きで、万葉集のように、漢文で書かれた場合、題詞(だいし)という)に、

榛(はり)を読む、

とある、

榛(はり)、

は、

はんの木、

とあり、

にほひこそ、

の、

こそ、

は、

希求の助詞、

で、

美しく色づいておくれ、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

にほひ

は、

形見とて見れば歎きの深見草なになかなかのにほひなるらむ(新古今和歌集)、

の、

にほひ、

を、

美しい色、

と訳した(久保田淳訳注『新古今和歌集』)ように、

にほふ

は、語源から見ると、

ニは赤色の土、転じて赤色、ホ(秀)は抜きんでて表れているところ。赤く色が浮き出るのが原義。転じて、ものの香りがほのぼのと立つ意(岩波古語辞典)、
萬葉集に、紅丹穂經(ニホフ)、又着丹穂哉(キテニホハバヤ)など記せり、丹秀(ニホ)を活用したる語にて、赤きに就きて云ふかと云ふ、匂は韵の字の省訛(大言海)、
ニホ(丹秀)で、色沢の意(日本古語大辞典=松岡静雄・日本語源=賀茂百樹)、
ニハヒ(丹相・丹施)の義(雅言考・名言通)、
「丹に秀ほ」を活用した語で、赤色が際立つ意(デジタル大辞泉)、

等々、丹(ニ)を由来とする説が大勢で、元来、

赤色、

と、色を指していたもののようである。

榛、

は、

綜麻(へそ)

で触れたように、

綜麻形(へそかた)の林のさきのさ野榛(のはり)の衣(きぬ)に付くなす目につく我が背(万葉集)

と、

はんの木。実や樹皮を染料にした。「針」の掛詞、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

真榛(まはり)

で触れたように、

榛(はり)、

は、

はんの木の異称(岩波古語辞典)、
はんの木の古名(広辞苑・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8E%E3%82%AD)、

とあり、

はん(榛)の木、

は、

はりの木(榛木)の音便、

である(広辞苑・https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%8E%E3%82%AD)。

ハンノキ.jpg


ハンノキ、

は、

カバノキ科ハンノキ属の落葉高木。各地の山野の湿った所に生え、水田の畔に植えて稲掛け用としたり、護岸用に川岸に植えたりする。高さ一五メートル、径六〇センチメートルに達する。葉は有柄で長さ五~一三センチメートルの長楕円形。縁に細鋸歯(きょし)がある。雌雄同株。早春、葉に先だって開花する。雄花穂は黒褐色の円柱形で尾状に垂れ、雌花穂は楕円形で紅紫色を帯び雄花穂の下部につく。果実は小さな松かさ状。樹皮・果実を古くは染料に用いた。材は薪炭・建築・器具用、

とある(仝上・精選版日本国語大辞典)。

はんの木、

にあてる、

榛、

は、

ハシバミ、

の漢名。これを、ハンノキに用いるのは日本独自の用法である(仝上)。また、

はんの木、

の漢名として、

赤楊、

とも当てる(字源)が、これは誤用とされる(仝上・精選版日本国語大辞典)。ちなみに、

ハシバミ、

は、

カバノキ科の落葉低木。北海道、本州、九州の日当たりのよい山野に生え、ヨーロッパでは果実を食用にするため近縁種を栽培している。高さ三~五メートル。葉はほぼ円形で先が急にとがり長さ約一〇センチメートル、縁に浅い欠刻があり、さらに細かい鋸歯(きょし)がある。雌雄同株。春、葉に先だって枝先に黄褐色の雄花を尾状花序に密生し、その下部に紅色の雌花を上向きにつける。果実は球形で堅く下部は葉状の二枚の総苞につつまれる、

とある(仝上)。この漢名が、

榛(シン)、

である。

ハンノキ 葉と未熟な雌花穂.jpg



ハンノキの樹皮.jpg


ハンノキ、

の、

樹皮・果実を古くは染料に用いた、

とされるが、

蓁揩(ハリスリ)の御衣三具(よそひ)・錦の袴二具、(日本書紀)、

とある、

蓁揩(ハリスリ)、

は、

模様を陽刻した型木に榛木(はんのき)の果実から採った染料をつけて麻布の上に押捺したもの、

をいい、

はりのきぞめ(榛木染)、
はりすり(榛摺)、

また、訛って、

はんずり、
はにすり、
はじすり、

といい、

佐伊波里(サイバリ)に衣は染めむ雨ふれど、雨ふれど移ろひがたし深く染めてば(神楽歌(9C後))、

とある、

さいばり、

は、

榛、
割榛、

とあて、

さきはり(割榛)の変化した語、

で、

榛(はん)の木を細くさいたときに出る液を染料としたもの、

である(精選版日本国語大辞典)。ただ、『万葉集』の中で、榛(はり)を詠んだ歌は、14首あるが、その、

榛(はり)、

は、

「榛(はり)」だけに限らず、毛山榛の木(ケヤマハンノキ)、河原榛の木(カワラハンノキ)、夜叉五倍子(ヤシャブシ)、姫夜叉五倍子(ヒメヤシャブシ)、大葉夜叉五倍子(オオバヤシャブシ)などの榛の種類を総称して、榛(はり)と表わしたと考えられます、

とありhttps://iroai.jp/hashibami/、これらで、榛摺(はりずり)をおこなったと考えられます(仝上)とある。万葉集の榛摺(はりずり)の染色方法については、

正倉院宝物(しょうそういんほうもつ)の屏風袋(びょうぶぶくろ)などの麻の粗布(そふ)に摺られた榛摺(はりずり)は、山藍を使用して染めた青摺(あおずり)の衣(ころも)と同じ方法で摺すられたものと考えられます、

とあり(仝上)、以下の手順を示す。

①木材を彫って作成した版木(はんぎ)に、米粉などで作った糊のりをつける
②糊りのついた版木(はんぎ)に、拓本(たくほん)をとる時と同じ要領で布を貼り付ける
③榛(はり)の生葉を、すり鉢でよく摺りつぶす
④摺りつぶした葉を、布で包んだタンポのようにする
⑤版木(はんぎ)に貼った布の上に榛(はり)の葉を包んだタンポで叩き、液が酸化することで焦茶色に染めていく
⑥乾かしたあと、版木(はんぎ)からはがし、水洗いしたあと干して仕上げる(仝上)

はりずり.png

(はりずり色 https://irocore.com/harizuri/より)

なお、

青摺、

は、

小忌衣

で触れたように、

萩又は露草の花にて衣に色を摺り出す、

という、

宮城野の野守が庵に打つ衣萩が花摺露や染むらむ(壬生集)、

の、

花摺(はなすり)、

に対する語(大言海)とされ、

山藍摺(やまあゐずり)、

ともいう(仝上)。

山藍を以て、種々なる模様を摺りつけ染めたる衣、

で、上代は、

服著紅紐青摺衣(古事記)、
百官人等、悉給著紅紐之青摺衣服(仝上)、

と、

朝服として、右肩に紅紐(あかひも)を着けた、

とある(仝上)。また、

山藍、

は、略して、

やまゐ、

ともいい、

トウダイグサ科の多年草、丈40センチ、山野の陰地に自生。葉は長楕円形、雌雄異株。春上部の葉の付け根に緑白色の小花を穂状につける、

とあり(広辞苑)、古は、

此生葉の緑汁を以て、青色を染む、

とあり、これが、

青摺(あをずり)、

である(大言海)。なお、

山藍摺(青摺)、

については、

山藍

で触れた。

「榛」.gif

(「榛」 https://kakijun.jp/page/1445200.htmlより)

「榛」(シン)は、真榛(まはり)で触れたように、

形声。「木+音符秦」、

とあり(漢字源)、他も、

「木」と「秦(シン)」による形声文字。音符は秦https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%A6%9B

形声。声符は秦(しん)。〔説文〕六上に「木なり」とあり、はしばみ。また雑木林をいう(字通)、

形声。木と、音符秦(シン)とから成る(角川新字源)、

と、形声文字とするが、

会意兼形声文字です(木+秦)。「大地を覆う木」の象形と「きねを両手で持ち上げる象形(「上がる」の意味)と穂先が茎の先端にたれかかる稲の象形」(「稲が上へ上へと伸び茂る」の意味)から「木が伸び茂る」、「雑木林」を意味する「榛」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji2527.html

と、会意兼形声文字とするものもある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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