我妹子(わぎもこ)の楝(あふち)の花は散り過ぎず今咲けるごとありこせぬかも(万葉集)
の、
楝(あふち)、
は、
せんだんの木、
とあり、
楝(あふち/おうち)、
で触れた。
ありこせぬかも
は、
(今咲いているままに)あり続けてくれないものか、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
(センダンの花(楝(あふち)の花) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%B3より)
あり、
は、
有り、
在り、
とあて、
ら/り/り/る/れ/れ、
と、自動詞ラ行変格活用で、
空間的・時間的に存在する、あるいは、実存在が認識される、
という意で、
今は昔、竹取の翁(おきな)といふ者ありけり(竹取物語)、
と、
(人・動物などが)いる、
(無生物・物事が)ある、
意、
名にし負はばいざ言問(ことと)はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと(伊勢物語)、
と、
生きている、
無事でいる、
意、
かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに(徒然草)、
と、
住む、
暮らす、
生活する、
意、
おのづから人の上などうち言ひそしりたるに、幼き子どもの聞きとりて、その人のあるに言ひいでたる(枕草子)、
と、
ちょうどそこにいる、
居あわせる、
意、
御供に声ある人して歌はせ給(たま)ふ(源氏物語)
すぐれている、
抜きんでている、
意、
我、世にありし時は、娘どもをば女御(にようご)・后(きさき)とこそ思ひしか(平家物語)
と、
(「世にあり」の形で)繁栄して暮らす、
時めいて過ごす、
意、
春宮(とうぐう)の御元服、南殿(なでん)にてありし儀式(源氏物語)、
と、
行われる、
起こる、
意、
年月(としつき)もいまだあらねば心ゆも思はぬ間(あひだ)に打ち靡き臥(こ)やしぬれ(万葉集)、
と、
たつ、
経過する、
意等々で使う(学研全訳古語辞典・岩波古語辞典)が、ここでは、
(今咲いているままに)あり続けてくれないものか、
の意なので、
生きている、
という意ということになる。
こせぬかも、
は、
助動詞「こす」の未然形+打消の助動詞「ず」の連体形+疑問の係助詞「か」+詠嘆の終助詞「も」(学研全訳古語辞典)、
助動詞「こす」の未然形「こせ」に打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」、詠嘆の助詞「かも」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
で、
吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなく有り巨勢濃香問(コセヌかモ)(万葉集)、
と、
相手の動作・状態に対する希望を詠嘆的に表わす、
言い方で、
……であってくれないかなあ、
……してくれないかなあ、
の意を表し、
「ありこせぬかも」の形で用いることが多い。
こせ、
は、
こす、
で触れたように、
… してくれの意の補助動詞コスの未然形、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
うれたくも鳴くなる鳥かこの鳥も打ち止め許世(コセ)ね(古事記)、
とあり、
こす、
は、上代語で、動詞の連用形に付いて、
相手の動作、状態が自分に利益を与えたり、影響を及ぼしたりすることを望む意、
を表わし(精選版日本国語大辞典)、
……してくれ、
……してほしい、
という、相手に対する希求、命令表現に用いられる(仝上・広辞苑)。活用は、
未然形「こせ」・終止形「こす」・命令形「こせ」、
だけとされる(広辞苑)が、
助動詞下二段型、こせ/○/こす/○/○/こせ・こそ、
の活用で、相手に望む願望の終助詞「こそ」を、
「こす」の命令形、
とする説があり((学研全訳古語辞典))、また、
命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法、
とする説もある(精選版日本国語大辞典)。
また活用についても、下二段型とする説の他、
サ変の古活用の未然形「そ」を認めてサ変動詞、
とする説がある(精選版日本国語大辞典)。未然形「こせ」についても、
「こせね」「こせぬかも」のように、希求を表わす助詞などとともに用いられ、終止形「こす」は、「こすな」のように、禁止の終助詞「な」とともに用いられる。命令形「こそ」は最も多く見られる活用形で、これを独立させて終助詞とする説 (仝上)、
もあり、平安時代以降、命令形に、
こせ、
の形が見られるようになる(仝上)とある。
ぬかも、
は、上代語で、
連語「ぬか」+終助詞「も」、
で、
…くれないかなあ、
…てほしいなあ、
と願望をあらわす(岩波古語辞典・デジタル大辞泉)。連語、
ぬか、
は、
打消しの助動詞ズの連体形ヌに疑問の助詞カのついたもの、
で、
……ないものかなあ、
……ほしい、
と、
願望の意を表す、
とある(岩波古語辞典)。で、
ぬかも、
は、
打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」+詠嘆の終助詞「かも」、
で、
否定的な事態の詠嘆、
を表わし、
………ないなあ、
……ないことよ、
と、
の意となり、
……くれないかなあ、
……ないものかなあ、
……てほしいなあ、
……ないなあ、
といった意となり、
ぬか、
よりも強い願望の意を表す、
とある(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。しかし、
ぬかも、
は、
ぬか‐も、
とみると、上述の、
吉野川行く瀬のはやみしましくも淀むことなくありこせ濃香問(ヌカモ)、
は、
願望の終助詞「ぬか」に詠嘆の助詞「も」の付いたもの、
とみなし、
先行する助詞「も」と呼応して、ある事態の生ずることを願う意、
を表わし、
………てでもくれないかなあ、
………であってほしい、
という意になり、
ぬ‐かも、
と見なすと、
さ寝床もあたは怒介茂(ヌカモ)よ浜つ千鳥よ(日本書紀)
あをによし奈良の都にたなびける天(あま)の白雲見れど飽かぬかも(万葉集)
と、
打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」に係助詞「か」、詠嘆の助詞「も」の付いたもの、
として、
否定的な事態の詠嘆を表わす、
……ないなあ、
……ないことよ、
という意になる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)として、
ぬか‐も、
と
ぬ‐かも、
を別項を立て、前者は、
……であってほしい、
となり、後者は、
……ないなあ、
となり、前者が、「ない」から、
……ほしい、
という願望なのに対して、後者は、
……ないなあ、
と、
「ない」ことを詠嘆する、
意になる。微妙だが、上代、同じ願望でも、
ない、
ことを嘆く、
のと、「ない」から、
……あってほしい、
と願望することとは、同じように、
ない、
を前にして歎いているにしても、区別していたように思える。ちなみに、
こす、
は、その由来について、
こせ、
で触れたように、
呉れる、寄こす意のオコスのオが直前の母音と融合して脱落した形、希求の助詞コソと同根も他の動詞の連用形と連なった形で現れる。接尾語とする説もある(岩波古語辞典)、
オコス(送來)と同意、オコスは、此語に、オの添はりたるものなるべし、オの略せらるるは、おこおこし、おここし (厳)。思ふ、もふなどあり(大言海)、
「おこ(遣)す」の音変化、カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いたとみるなど、諸説がある(デジタル大辞泉)、
語源に関しては、( イ )寄こす意の下二段動詞「おこす」のオが脱落した、( ロ )カ変動詞「こ(来)」にサ変動詞「す」が付いた、( ハ )「く(来)」の他動詞形、などの説がある。また、命令形「こそ」を、係助詞「こそ」の一用法とする説もある(精選版日本国語大辞典)、
などとある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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