時わかず
ひぐらしは時と鳴けども片恋(かたこひ)にたわや女(め)我(あ)れは時わかず泣く(万葉集)
の、
時と、
は、
今が季節だと、
の意、
時わかず泣く、
は、
一日中泣き濡れている、
と訳し、
たわや女、
は、
か弱い女、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
時わかず、
は、
時分かず、
とあて、
時を定めない、
の意(広辞苑)で、
湯の原に鳴く葦田鶴(あしたづ)は我(あ)がごとく妹(いも)に恋ふれや時分かず鳴く(万葉集)、
と、
定まった時がない、いつと、きまっていない、
の意で、
時を定めず、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
時わかずず降れる雪かと見るまでに垣根もたわに咲ける卯の花(後撰和歌集)、
では、
季節の区別なく、
と訳す(水垣久訳注『後撰和歌集』)ように、
四季に関係ない、
いつの時季でも、
の意と、
時機、
と、
時季、
の二樣の意になるが、要は、
いつでも、
いつも、
の意となる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。関連して、
夕月夜(ゆふづくよ)さすや丘べの松の葉のいつともわかぬ恋もするかな(古今和歌集)、
と、
何時(いつ)とも分かず、
という言い方があり、
いつといって区別することもない、
いつというきまりもない、
いつでも、
の意である(仝上)。
春日野の浅茅が原に後(おく)れ居(い)て時ぞともなし(時其友無)我(あ)が恋ふらくは(万葉集)、
の、
時ぞともなし、
は、
いつがその時ともない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
いつという定まった時もない、
いつともきまっていない
いつも、
年がら年じゅう、
の意で(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)、
忘れ草我(わ)が紐に付く時となく思ひわたれば生(い)けりともなし(万葉集)、
の、
時となく、
も、
のべつまくなしに、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
いつという時を定めずに、
ひっきりなしに、
の意である(岩波古語辞典)。ただ、
時わかぬ五葉(ごえふ)の松のいつはあれど春一しほの緑をぞ見む(「雪玉集(1537頃)」)、
の、
何時(いつ)はあれど、
となると、
(「あれど」は「…の状態にあれど」の意。上の述語が省略された形)いつでもそうであるけれども、特に、
の意になり、
時不在(ときならず)過ぎにし子らが朝露のごと夕霧のごと(万葉集)、
の、
時ならず、
は、
その季節ではない、
時節に合わない、
季節はずれである、
意になる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。
福家(ふけ)の人のないがしろなるけしきを聞くにも、心念念に動きて、時として安からず(方丈記)、
の、
時として、
は、
(打消の語を伴って)一刻も、少しの間も、常に、いかなる時も、
の意や、
ときとして咲つく花の色色をふるきまがきのいかにみゆらん(新撰六帖題和歌)、
と、
時によると、
たまに、
ときどき、
の意で使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。
人、木石にあらねば、時に取りて物に感ずる事なきにあらず(徒然草)、
と、
時に取りて、
は、
場合によって、
の意となる。
名詞「とき」に助詞「に」の付いた、
時に、
は、
我も人も皆はちすの花のうへにゐたり。時に獄卒あきれあやしみて(法華修法「百座聞書抄(1110)」)、
と、
その時に、
の意だが、
時に病気になることがある、
のように、
場合によっては、
時々、
たまに、
の意や、
時に戦後の混乱期のさなかであった、
というように、
まさしくその時、
時あたかも、
の意となる(デジタル大辞泉)。
時めく、
は、
よい時機にあって声望を得、優遇される(岩波古語辞典)、
よい時に遭(あ)って全盛をほこる、よい時機にめぐりあって世間にもてはやされる(精選版日本国語大辞典)、
といった意味で使い、その派生で、
みささぎや、なにやときくに、ときめきたまへる人々、いかにと思ひやりきこゆるに、あはれなり(「蜻蛉日記(974頃)」)、
と、
主人・夫などから、特別に目をかけられる、
寵愛(ちょうあい)をうけて、はぶりがよくなる、
意や、
春宮に立たせ給ひなんと、世の人時明(トキメキ)あへりしに(太平記)、
と、
にぎやかにうわさする、
意でも使う(精選版日本国語大辞典)。
時しもあれ、
は、
名詞「とき」+副助詞「しも」+ラ変動詞「あり」の已然形、
で(学研全訳古語辞典)、
あれ、
は、
動詞「有り」の已然形で、逆接条件を表わす、
とあり、
時がそんな(意想外の、望外の)時であるのに、
適当な時期は外にもあろうに、どうして
他に時もあろうに、まさにこの時、
ふさわしい時期がほかにあるだろうに、
時もあろうに折悪しく、
折も折とて、
折あしく、
等々といった意で使う(岩波古語辞典・広辞苑・瀬精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)が、
時もこそあれ、
ともいい、
略して、
ときし稀けふにしあへるもちがゆは松の千年に君もによとか(「順集(983頃)」)、
と、
時しまれ、
ともいう(仝上)。
時つ風、
の、
時つ、
の、
時、
は、
時刻、
の意(精選版日本国語大辞典)、
「つ」は「の」の意の格助詞、
で、名詞の上に付けて、
時つ海、
時つ國、
などと、
その時期にかなった、
その時にふさわしい、
などの意を表し(デジタル大辞泉)、ほめことばのように用いられる、
時じ、
は、
非時、
とも当てる(大言海)ように、
時となく、
とか、
時とてないように、
の意で、
わが宿のときじき藤(ふぢ)のめづらしく今も見てしか妹(いも)が笑(ゑ)まひを(万葉集)、
と、
季節外れの、
その時候でないところの、
その時でない、
の意(大言海・岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)と、それを敷衍して、
小治田(おはりだ)の年魚道(あゆぢ)の水を間なくぞ人は汲むといふ時じくぞ人は飲むといふ(万葉集)、
と、
トキジクにて名詞となる、
とし(大言海)、
時ならず、
時かさだまっていない、
絶え間ない、
いつでもある、
といった意で使う(仝上)。ちなみに、
時知り顔、
は、
いと、ものすさましき年なるを、心やりて時しりがほなるも、あはれにこそ(源氏物語)、
と、
時節をわきまえたという顔つき、
また、
時を得たのを知りそれを誇るさま、
つまり、
時を得顔、
の意である(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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