うら泣く


ひさかたの天の川原にぬえ鳥のうら泣きましつすべなきまでに(万葉集)

の、

ぬえ鳥、

は、

うら泣き、

の枕詞、

うら泣く、

は、

忍び泣き、

とし、

(織姫樣は)ぬえ鳥のように忍び泣きしていらっしゃいました、たまらなくいたわしく思われるほどに、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

トラツグミ.jpg


ぬえ

鵺、

とも

鵼、

とも

恠鳥、

とも

奴延鳥、

とも当てるようだ。辞書(『広辞苑』)には、

トラツグミの異称、源頼政が紫宸殿上で射取ったという伝説上の怪獣。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎に、声はトラツグミに似ていたという。平家物語などに見え、世阿弥作の能(鬼能)にも脚色、転じて正体不明の人物やあいまいな態度にいう、

とある。『大言海』には、

和(ナエ)にて、なびく声に云ふ。即ち、恨むる如く、うらぶる如く、しなふる如くなれば云ふと、

と注記して、

又、ぬえどり。ぬえこどり。梟の類。世に怪鳥として、其鳴くを凶兆とす。吉野山等の深山に棲む。大きさ鳩の如く、黄赤にして、黒班あり。嘴の上は黒く、下は黄にして、脚は黄赤なり。昼伏し、夜出でて、木の梢に鳴く、聊(いささか)、小児の叫ぶが如し。鬼つぐみ。関東に、虎つぐみ、

と、あわせて、

近衛天皇の時、源頼政が射て獲たりと云ふ想像上の怪獣の名。猴首、虎身、蛇尾にて、声は鵺の如し(『平家物語』)と云へるより移りて、世に誤りて、その名とす、

ともあり、あくまで、鳴き声が、つまりトラツグミだったのを、誤って、怪獣の名にしたのだ、というわけである。

うらなく、

は、

心泣く、
裏嘆く、

とあて(広辞苑)、

うら

は、

こころ

の意で(精選版日本国語大辞典)、

表に現わさないで泣く、
忍び泣く、
また、
おのずと泣けてくる(精選版日本国語大辞典)、
心の中で自然に泣けてくる(広辞苑)、
心の中で自然と泣けてくる(岩波古語辞典)、

とあり、

下泣(したな)く、

という言い方もするようだ。普通、

け/け/く/くる/くれ/けよ、

の、カ行下二段活用

とされる(学研全訳古語辞典)が、

霞立つ長き春日(はるひ)の暮れにけるわづきも知らずむらきもの心を痛みぬえこ鳥卜歎(うらなけ)居れば(万葉集)、

の、

卜歎(うらなけ)、

は、

うらなき、

と訓み、

か/き/く/く/け/け、

の、カ行四段活用とする説もある(精選版日本国語大辞典)ようだ。

うら

は、

心、

と当て、

表に見えないものの意、

で、

こころ、
おもい、

の意である(広辞苑)が、

裏、
浦、

と同源で、

裏、

とも当てる。『大言海』は、「うら」は、

事の心(うら)の意、

とし、「心(うら)」は、

裏の義。外面にあらはれず、至り深き所、下心、心裏、心中の意、

としている。「古今集」など、和歌では、「うら」が「心」の意と「浦」や「裏」の意味を掛けて使われ、

いさなとり海の浜辺にうらもなく臥(ふ)したる人は母父(おもちち)に愛子(まなこ)にかあらむ(萬葉集)、

では、「心」と「浦」を掛け、

何も気にかけず、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。上代、

うら(心)思(も)い、
うら(心)思(も)ふ、
うら(心)許(もと)無し、
うら(心)無し、

等々、多くは語素としての用法である(精選版日本国語大辞典)。また造語要素としては、

うらあう、
うらがなし、
うらぐわし、
うらごい、
うらさびし、
うらどい、
うらなき、
うらまつ、
うらもう、
うらやす、

等々、形容詞およびその語幹、動詞の上に付いて、

心の中で、
心から、
心の底からしみじみと、

の意を添えて使われる(仝上)。この、

うら(心・裏)、

は、平安時代までは、

「うへ(表面)」の対、

院政期以後、次第に、

「おもて」の対、

となっていく。

表に伴って当然存在する見えない部分、

をいう(岩波古語辞典)。

下笑(したゑ)まし

で触れたように、

した、

は、上代において、

人に隠した心、

の意で(岩波古語辞典)、

心の中に喜びが満ちあふれるさまである、
心ひそかににこにこしたくなる、

の意で使う(仝上・精選版日本国語大辞典)が、この、

した、

と、

うら、

のちがいは、

うら、

が、

意識して隠すつもりはなくても表面にはあらわれず隠れている心である、

のに対し、

した、

は、

表面にあらわすまいとしてこらえ隠している心である、

とする(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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