赤らひく色ぐはし子をしば見れば人妻(ひとづま)ゆゑに我(あ)れ恋ひぬべし(万葉集)
の、
しば、
は、
しばしば、
の意、
赤らひく、
は、
「色ぐはし子」の枕詞、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
ほんのりと紅い頬をした目にも霊妙な女(ひと)、
と訳す(仝上)。また、
赤らひく肌も触れず寐寝(いぬ)れども心を異(け)には我(わ)が思はなくに(万葉集)
の、
赤らひく、
は、
肌の枕詞、
で、
心を異(け)には、
は、
あだな心を持っている、
と訳す(仝上)。
赤らひく
は、
赤ら引く、
赤羅引、
と当て(広辞苑・大言海)、
「ひく」は「引く」で、帯びる意を表わし、「あからひく」は赤くなるの意。実景の描写を兼ねて用いる(精選版日本国語大辞典)、
アカラは、アカラムの語根、明根映(あかねさ)すと同意、明(あか)く光る日とかかり、赤みの映(さ)す子(女子)、君、(紅顔の意)、膚とかかる(枕詞)(大言海)、
明るく光る、あるいは、赤実を帯びる意で、月、日、子、君、朝、膚、敷栲、にかかる枕詞(広辞苑)、
とあり、
明るく光る、あるいは、赤みを帯びる(広辞苑)、
赤い色を帯びる、赤みがさす(岩波古語辞典)、
意で、
ぬばたまの夜はすがらに赤羅引(あからひく)日も暮るるまで嘆けども(万葉集)、
と、
明るく照り映える意から「日」「朝」にかかる(デジタル大辞泉)、
赤い色を帯びて輝く意から「肌」「日」「朝」などにかかる(学研全訳古語辞典)、
夜が明けていく意で、「日」「朝」「昼」にかかる(精選版日本国語大辞典)、
枕詞として、また、冒頭の、
朱羅引(あからひく)色ぐはし子をしば見れば人妻ゆゑに我(あ)れ恋ひぬべし、
と、
赤みを帯びる意から「色」「肌」にかかる(デジタル大辞泉)、
赤みを帯びた美しい肌の意で、「肌」や「子」にかかる(精選版日本国語大辞典)、
枕詞として使われる。この名詞、
あからひき(赤引)、
は、
赤い色を帯びること、
で、
赤引絲(あからひきのいと)参拾伍斤(持統紀)、
と、
生糸の称、
として、
あからひきのいと(赤良引絲)、
と使われ(大言海)、
大神宮(伊勢神宮)の神衣(かんみそ)祭(まつり)に、織りて供(そな)ふるものに云ふ、
とある(仝上)。
あかひきのいと、
ともいう(仝上)。この、
赤(あか)が明(あき)らかに転ず、明衣(あかはとり)のアカなり、明潔の意にて、稱辞(たたへごと)なり、
とある(仝上)。ちなみに、
あかはとり(明衣)、
とは、
明衣(あかはとりの)料、絁二疋、調布二端、綿八屯(「延喜式(927)」)、
とあり、
あかはといふは、明衣とかく。御湯帷子をいふ也(「御代始鈔(1461頃)」)、
とあるように、
浄衣(じゃうえ)、
をいい、
もと沐浴の後に用いた湯帷子(ゆかたびら)をさしたが、神事、儀式に用いる浄衣をも意味した、
とある(精選版日本国語大辞典)。
あかは、
あかるたえ、
あけのころも、
きよぎぬ、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。ついでに、
神衣(かんみそ)祭、
の、
かんみそ(かむみそ)、
は、
神御衣、
神衣、
神服、
とあて、
又、天照大神の、方に神衣(カムミソ)を織りつつ、斎服殿(いむはたとの)に居(ましま)すを見て(日本書紀)、
と、
神のお召しになる衣服、
神のお召しになるものとして、神に捧げる衣服、
をいい、
かんころも、
ともいう(精選版日本国語大辞典)。
かんみそ祭、
は、
神御衣祭、
とあて、
毎年、陰暦四月一四日と九月一四日に、朝廷から伊勢の皇大神宮にそれぞれ夏冬の神衣を奉る祭、
をいう(仝上)。
閑話休題。
赤ら、
の、
「ら」は接尾語、
で、他の語の上に付いて複合語をつくり、
赤らたちばな、
赤ら引く、
など、上代、
赤みを帯びて美しいさま、
にいい、
月待ちて家には行かむ我が挿せる赤ら橘影に見えつつ(万葉集)、
と、ここでは、
色づいた橘の実を月の光に照らしださせながら、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)ように、
つやつやと赤みを帯びて照り輝くもの、
を表わす使い方をするが、後には、価値表現から状態表現に変じて、
赤ら顔、
のように、
赤みを帯びているさま、
にいう語となる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。近世には、
先祖より酒の家に生れ、あから呑(のめ)といはれて此かた(浮世草子「本朝二十不孝(1686」))、
と、
(酒を飲むと顔が赤くなるところから)酒の異名、
として使われ、
あか、
ともいった(仝上)。
べにといふものいとあからかにかい付けて(源氏物語)、
と、
赤(あか)らか、
は、
「か」は接尾語、
で、
赤みを帯びているさま、
赤く色づいて鮮やかなさま、
赤みを帯びて美しいさま、
と、価値表現になる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)し、
三栗(みつぐり)の中つ枝(え)のほつもり阿迦良袁登売(アカラヲトメ)を誘(いざ)ささば良(よ)らしな(古事記)、
の、
あからをとめ(赤ら少女)、
も、
血色の良い美少女、
バラ色の肌をした美しい少女、
の意と、価値表現である。
沖ゆくや赤羅小舟(あからをぶね)につとやらばけだし人見てひらき見むかも(万葉集)、
の、
赤ら小舟(あからをぶね)、
は、
赤く塗った舟、特に官船、古代官船は赤く塗ったから、
とあり(広辞苑)、状態表現のようであるが、
「播磨国風土記逸文(釈日本紀所載)」で、神功皇后が新羅遠征成功を祈って、航海に赤色を用いたことからも、魔除け、厄除けの呪術的意味があったと考えられる、
とあり(精選版日本国語大辞典)、価値表現であると知れる。
引く、
は、
退く、
曳く、
牽く、
惹く、
弾く、
挽く、
碾く、
轢く、
等々と、意味に応じて当て別けており、色葉字類抄(平安末期)に、
引、ヒク、音胤、
牽、ヒク、牛馬、
曳、ヒク、曳衣、
彎、ヒク、彎弓、
控、ヒク、控弦、
弾、ヒク、弾琴、鼓琴瑟也、
易林節用集(慶長)に、
挽、ヒク、木、
等々とある。本義は、
相手をつかんで、抵抗があっても、自分の手許へ直線的に近づける意、また、物や自分の身を、自分の本拠となる場所へ戻す意(岩波古語辞典)、
対象を手もとに近づけようと力を加える、手繰り寄せる、引っ張る(日本語源大辞典)、
とあり、
手に取って引き寄せる意の本来二音節語(日本語源広辞典)、
ヒク(日來)の義(柴門和語類集・日本語原学=林甕臣)、
ヘリク(減來)の義(日本語原学=林甕臣)、
ハリキ(張來)の義(名言通)、
ノヘクル(延繰)の義(言元梯)、
ヒイク(日往)の義(言葉の根しらべ=鈴木潔子)、
ヒはノビ、及びまたはヒキ(低)のヒ。クは來の義(和句解)、
贔屓を活用したもの(国語本義)、
等々の由来説があるが、どうもすっきりしない。
くる(來)、
とかかわらせるなら、
ひ、
は、
何なのだろう。音からの連想では、経糸(たていと)の間に緯(ぬき)糸を通すのに使う、
ひ(杼・梭)、
だが、もちろん憶説である。ここで、
赤らひく、
の、
ひく、
は、
惹く、
とあて、
人目をひく、
目をひく、
といった使い方の、
人の注意や関心を向けさせる(精選版日本国語大辞典)、
人を誘う。気持を近寄せるようにさせる(デジタル大辞泉)、
心をこちらに向けさせる、関心をよぶ、誘う(広辞苑)、
意なのだろう。
(「赤」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B5%A4より)
(「赤」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B5%A4より)
(「赤」 金文・春秋時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B5%A4より)
(「赤」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B5%A4より)
(「赤」 簡牘(かんどく)文字(「簡」は竹の札、「牘」は木の札に書いた)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B5%A4より)
(「赤」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B5%A4より)
「赤」(漢音セキ、呉音シャク)の異体字は、
㫱、䦝、䬉、灻、烾、𤆍、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B5%A4)。字源は、
会意文字。「大+火」で、大いにもえる火の色、
とある(漢字源)。他も、多く、
会意文字です(大+火)。「両手・両足を伸びやかにした人」の象形と「燃え立つ炎」の象形から、火の光を浴びる人を表し、そこから、「あかい」を意味する「赤」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji136.html)、
本字は、会意。火(ひ)と、大(おおきい)とから成り、火が盛んに燃える、また、その色の意を表す。赤は、その変わった形(角川新字源)、
会意。大+火。〔説文〕十下に「南方の色なり。大に從ひ、火に從ふ」とあり、〔段注〕に南方大明の色の意であるという。大は人の正面形。これに火を加えるのは禍殃を祓うための修祓の方法であり、また、さらに攴(ぼく)を加える赦(しや)は、赦免を意味する字である。〔周礼、秋官、赤犮(せきふつ)氏〕は、火を用いて禍害を防ぐことを掌る。一切を清め終わった心を赤心、一切を失い果てたことを赤貧・赤手のようにいう(字通)
と、会意文字としているが、
「大」と「火」から構成され、人が燃やされるさまを象る象形文字と考えられるが、原義は不明。また一説に形声文
字で、「火」+音符「亦 /*LAK/」の略体。「あか」を意味する漢語{赤 /*k-l̥ak/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%B5%A4)、
と、異説もある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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