丹(に)のほ(穂)


我(あ)が恋ふる丹(に)のほの面(おも)わこよひもか天の川原に石枕(いしまくら)まく(万葉集)

の、

丹のほの面(おも)わ、

は、

紅い頬のふっくらしたあの子は、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

面わ、

は、

面輪、

とあて(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、

「わ」は輪郭の意、

とあり(仝上・デジタル大辞泉)、

顔、
顔面、

の意である(仝上)。

丹のほ、

は、

丹の穂(広辞苑・デジタル大辞泉)、
丹の秀(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・大言海)、

とあり、

赤い色の目立つこと、
赤くおもてにあらわれること、
目立って赤いこと、

の意である(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・広辞苑)。同じ、

あか、

でも、

赤、
紅、
朱、
丹、

と当て別けているが、

べに、

は、

紅、

とあてるが、古くは、

へに、

清音で、

䞓粉、

とも当て(大言海)、和名類聚抄(931~38年)に、

䞓粉、和名閉邇(べに)、䞓(テイ)、赤也、染使赤、所以著(着)頬也、

とあり、

頬丹(ほほに)の転か(大言海)、

として、

臙脂(べに)を白粉(しろきもの)に和したるもの、頬に着けて装う、

とある(仝上)が、

末摘花

で触れたように、

ベニバナ、

を、

末摘花、

と呼ぶのは、

茎の末の方から花が咲き始め、その茎の末に咲く黄色の頭花を摘み取って染料の紅をつくるからいう、

とある(広辞苑・大辞林)。

ベニバナ、

は、日本には5世紀頃に渡来したといわれ、古くは和名を、中国伝来の染料の意味で、

くれのあい(呉藍)、

といいhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%8A

万葉集にも、

外(よそ)のみに見つつ恋ひなむ紅の末摘む花の色に出(い)でずとも、

と詠われ、上代の和歌では、

紅の末摘花、

などと、

色に出づ、

を導き出す序詞とされる(精選版日本国語大辞典)。ここから、

へに、

が転じて、

べに、

になったとする(大言海)。だから、

べに、

の由来は、



ノベニ(延丹)の義、紅花をのべた丹の意(日本釈名・滑稽雑誌所引和訓義解・名言通・和訓栞)、
ハニ(延丹)の転か(国語の語根とその分類=大島正健)、
ベニ(脣紅)の義(俗語考)、

と、紅花に絡めるが、

あか

で触れたように、

赤(アカ)、

は、

明(アケ、夜明けの「あけ」、あかつきの「あか」)が語源で、暗・黒(クラ・クロ)が、これに対する、

とされるし、

埴生

で触れたように、

はに(埴)、

の、

に、

にあてる字は、

土、
丹、

で、

土・丹の意をなす「な」の転(広辞苑)、
に(丹)はニ(土)と同根(岩波古語辞典)、
ニ(丹)は赤土(アカニ)に起こる(大言海)、

とあり、

土、

丹、

の両者の関係は深いが、

土(に)、

は、

櫟井(いちひゐ)の丸邇坂(わにさ)の邇(ニ)を端土(はつに)は膚赤らけみ底土(しはに)はに黒きゆゑ三栗のの中つ邇(ニ)を(古事記)、

と、

土、特に赤い色の土、

また、

取り佩ける大刀の手上に丹(に)画き著け(古事記)、

と、

辰砂(しんしゃ)あるいは、赤色の顔料、

つまり、

あかに、

を言い(日本語源大辞典)、

丹(に)、

は、

海は即ち青波浩行(ただよ)ひ、陸は是れ丹(に)の霞空朦(たなび)けり(常陸風土記)、

と、

赤い色(日本語源大辞典)、

あるいは、

朱色の砂土、顔料にした(岩波古語辞典)、

を言うので、

赤色の土→赤色→顔料、

という流れが通底している。

朱、

は、

黄色のかかった赤、また、黄色みを帯びた赤色の顔料、

で、

成分は硫化水銀、天然には辰砂(辰沙)として産し、朱砂、丹砂、丹朱ともいい、水銀と硫黄の混合物を加熱・消化させてつくる。古くから顔料の朱としても用いられた、

とある(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。同じ

あか、

でも、由来を異にし、おそらく、

丹は、赭土(シャド)、赤土の色、
朱は、黄色がかった赤、
赤は、明けのアカ、
紅は、紅花の汁で染めた、わずかに紫がかった赤、

と、色合いも、微妙に異なる。ちなみに、漢字では、赤系の色を示す字は、

「赤」は、火(あるいは太陽)の赤く燃える色。きらきらとあかきなり。
「紅」は、植物性の染料のあかさ。桃色なり。
「丹」は、丹砂の色なり。大赤なり。
「茜」は、夕焼け空の赤い色
「絳」は、深紅の色。大赤色なり。
「緋」は、染料によって染められた繊維のあかさ。目のさめるような鮮やかな赤色。深紅色なり。

と使い分ける(字源)。

「穂」.gif

(「穂」 https://kakijun.jp/page/1570200.htmlより)

「穂」(漢音スイ、呉音ズイ)の異体字は、

穗(旧字体)、穟、𥝩、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A9%82

「穗」の略体(「惠」→「恵」の類推)、

とある(仝上)。

「穂(穗)」.gif

(「穗」 https://kakijun.jp/page/ho17200.htmlより)

「穗」(漢音スイ、呉音ズイ)は、

会意文字。「禾(いね)+惠(=慧、ほそい、細かい)」、

とある(漢字源)。他に、

会意。正字は𥝩(すい)に作り、爪+禾(か)。禾穂を摘み采る意。〔説文〕七上に「禾成りて秀あり。人の收むる所以(ゆゑん)なり。爪禾に從ふ」とし、また穗の字形をあげて惠(恵)声とするが、声が合わない。〔慧琳音義〕に引く〔倉頡篇〕に穗・穟を同訓としており、𥝩・穗・穟は同字異文と考えられる。惠に三隅矛(みつめぼこ)の意があり、禾麦の穗がそのような形に出ていることを、惠の字形によって示したものであろう。金文の惠の字に、上を三穂の形に作るものがあり、繫縛の縛も、古くは上部に三本の紐が出ている形であった(字通)、

と、会意文字とするものもあるが、

形声。「禾」+音符「惠 /*WIT/」。「ほ」を意味する漢語{穗 /*swits/}を表す字https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%A9%97

もと、𥝩と書き、会意で、禾と、爪(そう)(とる)とから成り、人がとるいねの「ほ」の意を表す。旧字は、𥝩の俗字で、形声。禾と、音符惠(クヱイ)→(スイ)とから成る。常用漢字は省略形による(角川新字源)

と、形声文字とするもの、

会意兼形声文字です(禾+恵(惠))。「穂の先が茎の先端に垂れかかる穀物」の象形(「稲」の意味)と「糸巻きの象形と心臓の象形」(「いちずな心を傾ける・めぐみ(幸福・利益をもたらすもの)」の意味)から、穀物のめぐみを意味し、そこから、「ほ(穀物の茎の実のつく部分)」を意味する「穂」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1343.html

と、会意兼形声文字とするものに分かれる。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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