かてに


己夫(おのづま)にともしき子らは泊(は)てむ津の荒磯(ありそ)まきて寝む君待ちかてに(万葉集)

の、

己夫(おのづま)にともしき子らは、

は、

自分の夫にめったに会えないあの子は、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

ともし

は、

乏し、
羨し、

と当て(広辞苑・岩波古語辞典)、類聚名義抄(11~12世紀)に、

乏、トモシ、貧、トモシ、マズシ、

とある。現代語でいうと、

ともしい(乏しい、羨しい)、

になる。その由来は、

トム(求)と同根。跡をつけたい、求めたいの意。欲するものがあって、それを得たいという欠乏感・羨望感を表す(岩波古語辞典)、
動詞トム(求)の形容詞化(日本古語大辞典=松岡静雄)、

とあり、

オソル(恐)とオソロシイの関係と同じく、トム(求)から派生した語であろう。求めたいと思う対象が稀少であったり、心ひかれる対象についての情報量が少ない時に懐く感情をいう、

とある(日本語源大辞典・精選版日本国語大辞典)のが妥当なのだろう。

とむ、

は、

尋む、
求む、
覓む、

と当て(広辞苑・岩波古語辞典)、

トは跡の意、

で、

時に川上に啼哭(ねな)く声有るを聞く。故、声を尋ねて覓(トメ 別訓まき)往(いてま)ししかば、一(ひとり)の老公(をきな)と老婆(をむな)と有り(日本書紀)、

と、

跡をつけていく、
たずねる、
さがしもとめる、

意である(仝上・精選版日本国語大辞典)。

ともし、

は、上述の由来から、

思ほしきことも語らひ慰むる心はあらむを何しかも秋にあらねば言問の等毛之伎(トモシキ)子ら(万葉集)、

と、

物事が不足している、
不十分である、
(もっと欲しいと思うほど)少ない、
とぼしい、

意や、

乏(トモシキ)者(ひと)の訴は水をもて石に投ぐるに似たり(日本書紀)、

と、

財物が少ない、
貧しい、
貧乏である、
とぼしい、

意というように、

少ない、乏しい、貧しい等々、対象の客観的状態等を主とする(日本語源大辞典)、

状態表現として使われ、

八千種(やちくさ)に花咲きにほひ山見れば見のともしく川見れば見のさやけく(万葉集)、

と、

(存在の稀なものに)心惹かれる、
珍しく思う、

意や、

日下江の入江(くさかえ)の蓮花蓮身(はちすはなはちすみ)の盛り人(さかりびと)登母志岐(トモシキ)ろかも(古事記)、

と、

自分にはないものを持っている人などをうらやましく思う、

意などのように、

心惹かれる、羨ましいなどの意未は、対象に対する話し手の感情を主とする(日本語源大辞典)、

価値表現となる。ただ、中古以降、この用例は、

ほとんど見られなくなる、

といい(仝上)、

うらやまし、

等々に代替された(仝上)とみられる。ここでは、こうした背景をくんで、

(会いたくても)めったに会えない、

と意訳したとみることができる。

かてに、

は、

我(わ)れはもや安見児(やすみこ)得たり皆人(みなひと)の得かてにすといふ安見児得たり(万葉集)

の、

かてに、

の、

カテは、補助動詞カツの連用形、二は打消しヌの連用形、

とし、

得かてにすといふ、

を、

手に入れがたいと言っている、

と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

夕されば君來(き)まさむと待ちし夜(よ)のなごりぞ今も寐寝(いね)かてにする(万葉集)

の、

今も寐寝(いね)かてにする、

を、

いまも寝つかれないでいる、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

かてに、

は、

克てに、
勝てに、

などとあて(岩波古語辞典)、

ニは打消しの助動詞ズの古い連用形(岩波古語辞典)、
「耐える」「できる」意の「かつ」に否定の助動詞「ず」の古い連用形「に」の接続した語。のちに、語頭が濁音化し、ガテ(難)ニと意識された(広辞苑)、
補助動詞「かつ」の未然形に、打消の助動詞「ず」の上代に使われた連用形が付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
可能等の意の補助動詞「かつ」の未然形+打消の助動詞「ず」の上代の連用形(学研全訳古語辞典)、

とあり、動詞の連用形に付いて、

……することができなくて、
……に耐えられずに、

の意を表す(広辞苑・精選版日本国語大辞典)。

がてに

で触れたように、

あは雪のたまればかてにくだけつつわがもの思ひのしげきころかな(古今和歌集)、

の、

かてに、

は、上述したように、動詞「克つ」からできた連語。「こらえかねて」の意。他の動詞につくと、

桜散る花のところは春ながら雪ぞ降りつつ消えがてにする(古今和歌集)、

と、

「がてに」の形になる、

とある(高田祐彦訳注『新版古今和歌集』)。これは、

「かてに」の「かて」に「難」の字を用いているものは、「かて」に否定の意を含み、本来打消の助動詞である「に」を助詞と解したものと思われる、

故とされる(精選版日本国語大辞典)。

がてに、

は、すでに上代から、

春されば吾家(わぎへ)の里の川門(かはと)には鮎子(あゆこ)さばしる君待ちがてに(万葉集)、

と、

その例がみられる(大辞泉)ように、

ガテは難シの語幹と混同され、ニは格助詞のように意識された(広辞苑)、
語頭が濁音化し、一語と考えられ、ガテ(難)ニと意識された(大辞泉・学研全訳古語辞典)、
「難(かた)し」との語形の類似から、「かて」に「…することに耐えない、できない」の意を含み、「に」を助詞と解したことによる(精選版日本国語大辞典)、
本来、こらえられずにの意の「かて(克)に」であったが、すでに奈良時代からその語源意識が薄れ、カテはカタシ(難)の語幹と混同され、ニは格助詞と意識されて、ガテニが成立した(岩波古語辞典)、

などとあり、動詞に付いて、

わが宿に咲ける藤波立ち返り過ぎがてにのみ人の見るらむ(古今和歌集)、

と、

……しがたく、
……できずに、
……するに耐えないで、

の意を表すようになる(広辞苑)。このため、

かてに、

は、平安中期ごろ消滅した、

とある(岩波古語辞典)。そのため、

がてに、

は、

難てに、

と当てられる(岩波古語辞典)。ちなみに、

かつ(克・勝)、

は、

て/て/つ/つる/つれ/てよ、

の、タ行下二段活用で、補助動詞として用いられ、動詞の連用形に付いて

未然形「かて」に打消の助動詞「ず」の上代の連用形「に」や連体形「ぬ」を伴う「かてに(がてに)」や「かてぬ」、あるいは終止形「かつ」に打消推量の助動詞「まじ」の古い形「ましじ」を伴う「かつましじ」の形で使われることが多い、

とされ(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、

大坂に継ぎ登れる石群(いしむら)を手越(たご)しに越さば越し介氐(カテ)むかも(日本書紀)、

と、

…するに耐える、
…することができる、

の意味に使い、転じて、

あは雪のたまればかてにくだけつつわが物思ひのしげき頃かな(古今和歌集)、

と、

耐える、

意で使う(精選版日本国語大辞典)。この場合、

和(か)てに、

と、

…する一方では、

の意とする説もある(仝上)らしいが。

「克」.gif

(「克」 https://kakijun.jp/page/0722200.htmlより)


「克」 甲骨文字・殷.png

(「克」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%8Bより)


「克」 金文・西周.png

(「克」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%8Bより)


「克」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「克」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%8Bより)

「克」(コク)の異体字は、

剋(繁体字)、𠅔(古字)、𠅡(古字)、𠧳(古字)、𠧻(古字)、𡱠(同字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%8B。字源は、「がてに」で触れたように、

会意。上部は重い頭、またはかぶとで、下に人体の形を添えたもので、人が重さに耐えてがんばるさまを示す。がんばって耐え抜く意から、勝つ意となる。緊張してがんばる意を含む(漢字源)、

とあり、別に、

象形文字です。「重いかぶとを身につけた人」の象形から、「重さに耐える」、「打ち勝つ」を意味する「克」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji1497.html

象形。人が甲冑(かつちゆう)を着けた形にかたどり、甲冑の重さに耐える、ひいて「かつ」意を表す(角川新字源)、

象形。木を彫り刻む刻鑿(こくさく)の器の形。上部は把手、下は曲刀の象。〔説文〕七上に「肩(かつ)ぐなり。屋下の刻木の形に象る」とあり、支柱の意とする。しかし金文の字形では、下部が曲刀をなしており、また〔説文〕古文の第二字は明らかに刻彔の形、すなわち錐もみの器である。刻鑿・掘鑿(くつさく)に用いる。〔詩、大雅、雲漢〕「后稷(こうしよく)克(しる)さず」の〔鄭箋〕に「克は當(まさ)に刻に作るべし。刻は識(しる)すなり」とあり、克はその克識を施すための器である。ものを刻することから、克能・克勝の意となり、また克己のように用いる(字通)、

と、象形文字ともするが、

不詳。複数の説が存在するが定説はない、

としているhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%85%8B

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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