いざわ
天の川波は立つとも我(わ)が舟はいざわ漕ぎ出(で)む夜の更けぬ間(ま)に(万葉集)
の、
いざわ、
の、
わ、
は、
呼びかけ・勧誘の意の間投助詞、
で(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
さあ、
と訳す(仝上)。
いざわ、
は、
「いざ」に終助詞「わ」を添えた語(広辞苑)、
イザは人を誘う感動詞、ワも感動詞(岩波古語辞典)、
「いざ」は感動詞。「わ」は感動の助詞(精選版日本国語大辞典)、
和訓栞「いざやと同じ」(さやぐ、さわぐ)、神武紀の註に「過、音倭」とあり(私記の攙入なりと云ふ)、過の音は「クッ」なり、廣音に「過、音倭」とあり(大言海)、
などとあり、
誘うときに発することば、
で(精選版日本国語大辞典)、
いざやと云ふに同じ(大言海)、
なので、
さあ、
さあさあ、
の意(広辞苑)、
怡奘過、
率和、
とあてるとする(大言海)が、これは万葉仮名を言っており、
怡奘過、
は、上述したように、
天神の子、汝(いまし)を召す。怡奘過(イザわ)、怡奘過(イザわ 過の音は倭)といふ(日本書紀)、
と使うが、この例は、
八咫烏の鳴き声なので、「イザクヮ」とみる、
とする説もある(精選版日本国語大辞典)。『大言海』は、
率参(いざまゐ)れと云ふことを、烏と云ふに託して設けたる幼言也(橘守部)の注記を、「烏の鳴聲に寄せたるか」、
としている。
率和、
も、
見欲(みほ)しきは雲居に見ゆるうるはしき鳥羽の松原童(わらは)ども率和(いざわ)出(い)で見むこと放(さ)けば国に放(さ)けなむこと放(さ)けば家に放(さ)けなむ(万葉集)
と使われている。
いざわ、
と同義とされた、
いざや、
は、
「いざ」に間投助詞「や」のついたもの(広辞苑)、
「や」は間投助詞(デジタル大辞泉)、
「いざ」に間投助詞「や」の付いたもの。中世に多く用いられる(精選版日本国語大辞典)、
で、
いさや、これ殿上に行てかたらむとて、中将新中将六位どもなど、ありけるはいぬ(枕草子)、
鎮西八郎こそ生捕られて渡さるるなれ。いざや見ん(保元物語)、
と、
誘いかけるときに用いる語(デジタル大辞泉)
相手を誘うときなどに呼びかける語。また、あることを思い立って実行に移そうというときに発する声(精選版日本国語大辞典)、
人を誘うとき、また、自分に対して、行動を促すときに発する語(学研全訳古語辞典)、
他を誘うときや、自分が思い立ったときに発する語(岩波古語辞典)、
で、
さあ、
いざ、
いでや、
どりゃ、
どれ、
といった意になる(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。
いざ、
は、
イは発語、サは誘う聲の、ささ(さあさあ)のサなり、イザイザと重ねても云ふ(伊彌、いや。伊莫、否(いな))、発語を冠することに因りて濁る、伊弉諾(いざなぎの)尊、誘(いざ)ふのイザ、是なり(大言海)、
「いざなふ」と同根(精選版日本国語大辞典)、
いさみ勇むときの掛け声(本朝辞源=宇田甘冥)、
梵語アイサ(阿伊佐)の略語(和語私臆鈔)、
などとあり、
馬並(な)めていざ打ち行かな渋谿(しぶたに)の清き磯廻(いそみ)に寄する波見に(万葉集)、
と、
人を誘い、または思い立って事をし始めようとするときにいう語(広辞苑)、
人を誘う時や自分が思い立った時など、行動を起こす弾みをつけるのにいう(岩波古語辞典)、
相手を誘って一緒に事を始めるときや思いきって行動しようとするときに発する語(デジタル大辞泉)、
相手を誘うとき、自分と共に行動を起こそうと誘いかけるときなどに呼びかける語で、さあ。ある行動を思い立って実行に移そうという時に発する声の、さあ、どれ。(精選版日本国語大辞典)、
人を誘うときに発する語さあ、行動を起こすときに発する語、どれ。さあ(学研全訳古語辞典)、
などとあり、
さあ、
どれ、
いで、
といった意たが、この、
いざ、
は、
ぬばたまの今夜(こよひ)の雪に率(いざ)ぬれな明けむ朝(あした)に消(け)なば惜しけむ(万葉集)、
玉守(たまもり)に玉は授(さず)けてかつがつも枕とわれは率(いざ)二人寝む(万葉集)、
去来(いざ)、我等、此の家を売て其の直(あたひ)を三に分て、三人して分(わか)ち取て此(ここ)を去りなむ(今昔物語集)、
と、
率、
去来、
等々と当てたりする(大言海)。これついては、
「書紀‐開化元年一〇月」の訓注に「率川、此云伊社箇波」、また「書紀‐履中即位前」に「去来 此云伊弉」とある。「率」は「いざなう・ひきいる」という字義から「いざ」とよまれたもの。「去来」はもと、陶淵明の「帰去来辞」中の「帰去来兮」が「かえりなん、いざ」と訓ぜられ、本来は「帰去」が動詞で「来」が語助の辞であるのを、「帰」と「去来」とに分けて、「去来」を「いざ」と理解したものとされる(精選版日本国語大辞典)、
とあり、『大言海』も、
率(そつ)の字は、ヒキヰルにて、誘引する意、開化天皇の春日率川宮も、古事記には伊邪川(いざかはの)宮とあり、去来(きょらい)の字を記すは、帰去来を、「かへりなんいざ」と訓ませたことによるが、帰去来の來(らい)は、助語にて、助語審象に「來者(らいとは)、誘而啓之之辞」など見ゆ(字典に、「來、呼(よぶ)也」、周禮、春官「大祝來(よぶ)瞽)」、キタレの義より、イザの意となる)、帰去来(ききょらい)という熟語の訓点なれば、イザが語の下にあるなり。史記帰去来辞(ききょらいのことば)など、夙(はや)くより教科書なれば、此訓語、普遍なりしと見えて、古くより上略して、去来の二字をイザに充てて用ゐられたり、
としている。なお、
帰去来、
については触れた。
いざ、
は、
いざ鎌倉、
いざさせ給え
いざそらば、
と慣用語になっているものも多いが、
いさ、
でふれたように、
さて(わからない)、
どうだか(知らない)、
の意の、
いさ、
は、たとえば、今日、
いさ知らず、
を、
昔はいざ知らず、現在こんな事を信じる者はいない、
というように、
いざ知らず、
の形で用いるが、この用例は、近世以降の誤用で、
「いさ知らず」の「いさ」と感動詞「いざ」との混同によってできたもの、
で、
いさ、
は、
一つの事をあげて、それについてはよくわからないがの意で、後述するもう一つの事を強調する表現、
として、
…についてはよくわからないが、
…はともかくとして、
の意で用いる(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
いざ、
は、
いざ鎌倉、
と、謡曲「鉢木」により、
幕府に大事が起こってはせ参ずる場合だ、
の意、転じて、
大事が起こった場合、
の意で使う(広辞苑)が、今日では、
いざというとき、
というように、「いざと…」の形で用いられる(精選版日本国語大辞典)。
いざさらば、
は、
いざさらば今日明日経なむ秋の空今幾日かは野邊に残らむ(公忠集)、
と、冒頭にあって、行動をうながす時に発する語として、
いで然らば、さあそれならば、
さあ、それでは、
の意、これを略して、
住みわびぬいざさば我れも隠れなむ世は憂きものぞ山の端の月(月詣集)、
と、
いざさば、
という(大言海・精選版日本国語大辞典)。これが、別れの言葉として、
いまこそ別れめ、いざさらば(あおげば尊し)、
と、
では、さようなら、
の意に転じる(大言海・広辞苑)。
いざさせ給へ、
は、
「たまえ」は尊敬の意を表わす補助動詞「たまう(給)」の命令形で、上に来るはずの「行く」「来る」の意を表わす動詞を略したもの(精選版日本国語大辞典)、
「給え」は尊敬の補助動詞「給う」の命令形。この上に来るはずの「行く」「来る」の意の動詞を略したもの(デジタル大辞泉)、
いざさせたまへ、と云ふは、いざ為(せ)させたまへ、の略、いぞぎたまへ、の義にて、おはしませの意なり(大言海)、
などとあり、
見所あらん御かたち見出でて、いざさせたまへ(宇津保物語)、
では、
さあ、なさいませ、
さあ、やってごらんなさい、
の意、
去来(いざ)、させ給へ、大夫殿、東山の辺に湯涌(わか)して候ふ所に(今昔物語集)、
では、特に、人を誘う場合に用いて、
さあいらっしゃい、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・広辞苑)。中古以降、
親しい間柄、気楽な相手への誘いかけとして、よく用いられている、
とある(仝上)。
いざ、
を重ねて、
いざいざ、
という形でも使い、
いざいざ、これまづ殿上に行きて語らむ(枕草子)、
と、人を誘う時にいう語として、
さあさあ、
の意や、
いさいさ御迎にまいらん(幸若・大織冠)、
と、ある行動を思い立って実行に移そうという時に発する声として、
さあ、
どれ、
いざ、
の意となる(精選版日本国語大辞典)。
いざわ、
の、
わ、
は、
いざ吾君(あぎ)振熊(ふるくま)が痛手負はずは鳰鳥(にほどり)の淡海の海に潜(か)づきせな和(古事記)、
うるはしき鳥羽の松原童(わらは)どもいざわ出(い)で見む(万葉集)、
と、
舟渡せ乎(を)のヲに通ず、誘う聲(大言海)、
勧誘の表現に付いて、強める気持ちを表す。ヱと同様に、上代に僅かに使われ、平安時代以降には衰滅した(岩波古語辞典)、
上代語、副詞・助詞に付く。念を押したり、相手へ呼びかけたりする意を表す(デジタル大辞泉)、
文末に付く。〔感動・詠嘆〕…よ。…わ(学研全訳古語辞典)、
とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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