ゆ
田子の浦ゆうち出(い)でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(山部赤亼)
の、
ゆ、
は、
通過地を示す、
とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
田子の浦をうち出てみると、
と訳し(仝上)、
妹が手を取石(とろし)の池の波の間(ゆ)鳥が音(ね)異(け)に鳴く秋過ぎぬらし(万葉集)
の、
ゆ、
は、
池に立つ波の間から、
と訳す(仝上)。
ゆ、
は、
自、
従、
とあて(広辞苑・大言海)、
格助詞、上代語、「よ」に同じ(広辞苑)、
格助詞「より」が語尾を落とした「よ」は「ゆ」になった。起点や経由地を示す上代語。〈み芳野の真木立つ山ゆ(から)見降ろせば〉(万葉集)。〈田児の浦ゆ(ヲ通ッテ)うち出て見ればま白にぞ富士の高嶺に雪は降りける〉(万葉集)(日本語の語源)、
上代の歌語。類義語に「ゆり」「よ」「より」があったが、中古に入ると「より」に統一された(学研全訳古語辞典)、
「書紀‐歌謡」と「万葉集」に用例が見られるのみである。体言または体言に準ずるものを受けて「より」と同様に用いられる上代語(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
はしきよし 我家の方由(ユ)雲居立ち来(く)も(日本書紀)、
天地(あめつち)の分かれし時ゆ神(かむ)さびて高く貴き駿河(するが)なる富士の高嶺(たかね)を(万葉集)、
と、動作・作用の起点を示し(時間的な場合と空間的な場合とがある)、
……より、
……から、
……以来、
の意、冒頭の、
田子の浦ゆうち出(い)でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(万葉集)、
伊那佐の山の木の間由(ユ)もいゆきまもらひ(日本書紀)、
と、動作の行なわれる場所・経由地を示し(時間的・空間的・抽象的な用法がある)、
……を、
……を通って、
の意、
小筑波(をづくは)の茂(しげ)き木の間よ立つ鳥の目由(ユ)か汝(な)を見むさ寝ざらなくに(万葉集)、
と、動作の手段を示し、
……で、
……によって、
の意、
うち靡(なび)く春見まし従(ゆ)は夏草のしげきはあれど今日(けふ)の楽しさ(万葉集)」、
と、比較の基準を示し、
……よりも、
の意などで使う(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典)。
ゆり(後)、
で触れたように、上代には、共通の用法をもつ格助詞として、
ゆ、
ゆり、
よ、
より、
の四語があった(精選版日本国語大辞典)が、
より、
は用法が最も多く、中古以降も使われ(精選版日本国語大辞典)、中古に入ると、
ゆり、
よ、
ゆ、
は、「より」に統一されていく(学研全訳古語辞典)。
ゆ、
ゆり、
よ、
より、
の語源については、
接尾語的な「り」が落ちたり、「ゆ」が「よ」に転じたりして成立したもの、
とみると、四語のなかで、「ゆり」の勢力が弱いのは、
ゆり、
が、最も古いからであると考えられる(精選版日本国語大辞典)。他方、
よ、
は、
よりの古形、
とある(岩波古語辞典)ように、
ゆ、
よ、
がまずあって、それに接尾語的な「り」がついて、
ゆり、
より、
が派生したと見る説がある(精選版日本国語大辞典)が、確かに、
ゆ、
よ、
は、後述するように、古い用例しかなく、それに、「り」がついて、
より、
ゆり(「より」の母音交替形)、
と見ていいような気がする。
よ、
ゆ、
は、用例は「書紀‐歌謡」「古事記‐歌謡」と「万葉集」に見られるだけであり、
より、
と、その母音交替形、
ゆり、
が残り、最後に、
より、
だけになった、ということだろうか。
ゆり(後)、
でふれたように、
ゆり(後)、
は、
後(のち)、
今後、
後刻、
後日、
の意(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・広辞苑)で、
緩(ゆり)の義、
とあり、
しばらくしてのち、
ゆるりとすること、
ともある(大言海)が、格助詞、
ゆり、
の源となった語(岩波古語辞典)とされる。その、
ゆり、
は、
ヨリの母音交替形(岩波古語辞典)、
とされ、
時や動作の起点・経過点をあらわす(岩波古語辞典)、
名詞・活用語の連体形に付く。動作・作用の起点を表す(デジタル大辞泉)、
体言または体言に準ずるものを受け、時間的、空間的起点を示す(精選版日本国語大辞典)、
とあり、
かしこきや命(みこと)被(かがふ)り明日(あす)ゆりや草(かえ)が共(むた)寝む妹(いむ)なしにして(万葉集)、
と、
……から、
の意である(仝上・岩波古語辞典)。
ゆ、
は、上述したように、「書紀‐歌謡」と「万葉集」に用例が見られるのみで、上代にのみ使われており(精選版日本国語大辞典)、
名詞に付く(デジタル大辞泉)、
体言、活用語の連体形に付く(学研全訳古語辞典)、
体言または体言に準ずるものを受けて「より」と同様に用いられる上代語(精選版日本国語大辞典)、
であるが、
よ、
も、用例は「古事記‐歌謡」と「万葉集」に見られるだけで、
体言、活用語の連体形に付く(学研全訳古語辞典)、
名詞、活用語の連体形に付く(デジタル大辞泉)、
体言または体言に準ずる語を受けて「より」と同様に用いられる上代語(精選版日本国語大辞典)、
とあり、用例は、
ゆ、
と、ほぼ重なり、
ゆ、
とどう使い分けているのかはよくわからないが、
狭井河用(ヨ)雲立ち渡り畝火山木の葉さやぎぬ風吹かむとす(古事記)」、
天地の遠き始め欲(ヨ)世の中は常無きものと語り継ぎながらへ来れ(万葉集)、
と、時や動作の出発点をしめし、
……から、
の意、
己(おの)が緒(を)を盗み死せむと後(しり)つ戸用(ヨ)い行き違(たが)ひ前つ戸用(ヨ)い行き違ひ窺(うかが)はく知らにと(古事記)、
旅にして妹に恋ふれば霍公鳥(ほととぎす)わが住む里に此(こ)欲(ヨ)鳴き渡る(万葉集)、
と、動作・作用の行なわれる場所・経由地・経過点を示し空間的・抽象的な場合があり、
……を通って、
……を、
の意、
浅小竹原(あさじのはら)腰泥(なづ)む空は行かず足用(ヨ)行くな(古事記)、
鈴が音の駅家(はゆまうまや)の堤井(つつみゐ)の水を給へな妹が直(ただ)手よ(万葉集)、
と、動作の手段を示し、
……で、
……によって、
の意、
雲に飛ぶ薬はむ用(ヨ)は都見ばいやしき我(あ)が身また変若(を)ちぬべし(万葉集)、
と、比較の基準を示し、
……よりも、
……より、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典・学研全訳古語辞典)。
より、
は、
体言または体言に準ずるものを受ける(精選版日本国語大辞典)、
体言や体言に準ずる語に付く(学研全訳古語辞典)、
名詞、活用語の連体形、副詞、一部の助詞などに付く(デジタル大辞泉)、
体言たはそれと同じ資格の語を承ける(岩波古語辞典)、
とあり、
置目(おきめ)もや淡海(あふみ)の置目明日用理(ヨリ)はみ山隠(がく)りて見えずかもあらむ(古事記)、
昔より言ひ來(け)ることの韓国(からくに)のからくもここに別れするかも(万葉集)
と、動作・作用の起点を示し、
……から、
以来、
の意、
堀江欲里(ヨリ)水脈(みを)引きしつつ御船(みふね)さす賤男(しづを)の徒(とも)は川の瀬申せ(万葉集)、
と、動作の行なわれる場所・経由地を示し、
……を通って、
……を、
の意、
つぎねふ山城道(やましろぢ)を人夫(ひとづま)の馬従(より)ゆくに己夫(おのづま)し歩(かち)従(より)ゆけば(万葉集)、
と、動作や作用の手段・方法を示し、
……によって、
……で、
の意、
ひと余里(ヨリ)は妹ぞも悪しき恋もなくあらましものを思はしめつつ(万葉集)、
と、比較の基準を示し、
……より、
の意、事柄や範囲を限定する意を示し、
枕よりまた知る人もなき恋を涙せきあへずもらしつるかな(古今和歌集)、
と、下に「ほか」「のち」などを伴って、
……より、
……以外、
の意で使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)が、この用例は比較的新しい。
より、
ゆ、
よ、
にある、
動作の行なわれる場所・経由地を示す、
動作や作用の手段・方法を示す、
比較の基準を示す、
という用法は、
ゆり、
にはない(精選版日本国語大辞典)ので、あるいは、
ゆり、
が最も古い、とする説は妥当なのかもしれない。そうみると、
ゆり→ゆ→(母音交替形)→よ→より、
ということが考えられる。だとすると、
ゆり、
が、
よりの母音交替形、
ではなく、
より、
が、
ゆりの母音交替形、
というべきなのかもしれない。もちろん、憶説だが。
今日でも、
より、
は使うが、
あいつより上、
とか、
昨日より今日、
など、
比較の基準を示す、
用例が大半で(仝上)、その他の用法は、中世末ごろから、
から、
にて、
で、
などに譲っている(デジタル大辞泉)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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