秋の野の尾花が末(うれ)に鳴くもずの声聞きけむか片聞(かたき)け我妹(わぎも)(萬葉集)
の、
片聞け、
は、
ひたすらに聞け、
の意で、
よくよく聞きなさい、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
片聞く、
は、
(二人そろって聞くべきであるのに)一人で聞く(精選版日本国語大辞典)、
二人で共に聞かず、一人で聞く(岩波古語辞典)、
とあり、原意は、
一人で聞く、
というところにありそうだが、冒頭の歌の解釈は、引用では、
よくよく聞きなさい、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、他は、たとえば、
私のいうことは半ばにしか聞かない吾妹よ(https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/detailLink?cls=db_manyo&pkey=2167)、
とあり、この、
片聞く、
は、冒頭の歌のみにしか用例がなく、
「一人で聞く」あるいは「半ばにしか聞かない(中途半端に聞く)」、
と、
「よく(ひたすら)聞きなさい」、
と二つの解釈に分かれている(竹生政資・西晃央「万葉集2167番歌の解釈と「片聞く」の語義について」)らしい。
一方のいい分だけを聞く、
のを、
片聞き、
という(広辞苑)らしいので、今日でも、多少使われているらしいが、
「一人で聞く」あるいは「半ばにしか聞かない(中途半端に聞く)」、
では、冒頭の歌の意味が通じないので、
よく(ひたすら)聞きなさい、
の意味が妥当に思える。前者だと、
私の声も中途半端にしか聞かない、
の意に重ねて、皮肉になるが、後者だと、
もずの声にかこつけて、私の声も聞け、
と求めていることになる。やはり後者ではないか。
片聞き、
の、
カタ(片)、
は、
片待つ、
で触れたように、
名詞や動詞につく接頭語、
で、
カタは不完全、マ(真・双)の対(岩波古語辞典)、
一対のもの、二つで一組のものの一方。片方。片一方(デジタル大辞泉)、
片方の、かたよった、などの意を表わす(精選版日本国語大辞典)、
諸(もろ)の反(大言海)、
とあり、その由来は、
半分の意の、蒙古語kaltas、ツングース語kaltakaと同源、側、片方の意、日本に受け入れられたときには既にカタであった(日本語の起源=大野晋・日本語源広辞典)、
アルタイ諸語のkalta(片)と同源(岩波古語辞典)、
対偶がなくて一つある物の称kat(介)の転音(日本語原考=与謝野寛)、
介(人+八)分ける意katから、片方の意(日本語源広辞典)、
カタカタ(偏)から(和句解・名言通)、
一方(ひとかた)の意か(大言海)、
等々あるが、わざわざアルタイ諸語由来と考えるまでもなく、類聚名義抄(11~12世紀)には、
片、カタハシ・ハシ・カタハラ・カタツカタ・カタオモテ、
字鏡(平安後期頃)には、
片、カタオモテ・シリソク・カタハラ・ハシアハス・カタハシ・サク・カタカタ・カタ・ヲフ・カタヘ・ハシ・サス、
とあるのを見れば、
マ(真・双)の対(岩波古語辞典・デジタル大辞泉・学研全訳古語辞典)、
とみなせば、
一方(ひとかた)、
の意と見るのが一番妥当に思える。
片、
の対である、
マ(真)、
は、
真鳥、
で触れたように、
名詞・動詞・形容詞について、揃っている、完全である、優れている、などの意を表す(岩波古語辞典)、
名詞・動詞・形容詞・形容動詞などの上に付いて、完全である、真実である、すぐれているなどの意を加え、また、ほめことばとしても用いる(精選版日本国語大辞典)、
体言・形容詞などに冠し、それそのものである、真実である、正確であるなどの意を表す(広辞苑)、
等々とあり、
ま袖、
真楫(かじ)、
真屋、
では、
二つ揃っていて完全である、
意を表し、
ま心、
ま人間、
ま袖、
ま鉏(さい)、
ま旅、
等々では、
完全に揃っている、本格的である、まじめである、
などの意を添え、
ま白、
ま青、
ま新しい、
ま水、
ま潮、
ま冬、
等々では、
純粋にそれだけで、まじりもののない、全くその状態である、
などの意を添え、
ま東、
ま上、
ま四角、
まあおのき、
真向、
等々では、
正確にその状態にある、
意を添え、
ま玉、
ま杭(ぐい)、
ま麻(そ)、
ま葛(くず)、
等々では、
立派である、美しいなどの意を込めて、ほめことば、
として用い、
真弓、
真澄の鏡(まそ鏡)、
真鉋(まかな)、
等々では、
立派な機能を備えている、
意を表し、
真名、
では、
仮(かり)のもの(仮名・平仮名・片仮名)でも、略式でもなく、正式・本式であること、
を表す(精選版日本国語大辞典・広辞苑・岩波古語辞典)。
真鴨、
真葛、
真魚、
真木、
ま竹、
まいわし、
真鳥、
等々では、
動植物の名に付けて、その種の中での標準的なものである、その中でも特に優れている、
意を表す(岩波古語辞典)。とすれば、
片、
も、名詞の上に付いて、
片恋、
片手、
片われ、
と、
一対のものの一方、一組になっているものの一部、
などの意を表わし(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
片山、
片岡、
片親、
片生(かたおい 十分生長しないさま、かたなり)、
片泣き、
片かんな、
片思い、
片言(こと)、
片仮名、
と、名詞の上に付いて、
不完全な、整っていない、少しの、
などの意を表わし(仝上)、
片田舎、
片淵、
片添へ、
と、名詞の上に付いて、
一方に偏した、かたよった、
の意を表わし(仝上)、
片時(かたとき わずかな間)、
片手間、
片かど、
片まけ、
と、
わずかな、少ない、
の意を表し(デジタル大辞泉・岩波古語辞典)、
片聞き、
片敷き、
と、
ひとり、
の意を表し(岩波古語辞典)、
片待つ、
と、主として動詞の上に付いて、
しきりに、
ひたすら、
の意を表わす(精選版日本国語大辞典)。この使い方からすると、
片、
を、
一方に偏る→一途に、
と、心のシフトと考えると、
片待つ、
は、
ひたすら、
といった意味になる。
片聞く、
も、その意味変化に似て、
一人聞く→片寄って聞く→ひたすら聞く、
意に意味のシフトをしていることになる。
「聞」(漢音ブン、呉音モン)の異体字は、
䎹(古字)、闻(簡体字)、𡕼、𡕽、𡖀、𤔿、𥹢(古字)、𦔴、𦔵(俗字)、𦕁、𦕌、𦖞、𦖫(古字)、𪖴(同字)、𱚘(俗字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%81%9E)。字源は、「声聞」で触れたように、
会意兼形声。門は、とじて中を隠すもんを描いた象形文字。中がよく分からない意を含む。聞は「耳+音符門」で、よくわからないこと、隔たっていることが耳にはいること、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(耳+門)。「耳」の象形(「きく」の意味)と「両開きの扉」の象形から「たずねてきく」を意味する「聞」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji218.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。耳と、音符門(ボン)→(ブン)とから成る。ききわける意を表す(角川新字源)、
形声。声符は門(もん)。卜文にみえる字の初形は象形。挺立する人の側身形の上に、大きな耳をしるす形で、望の初文が、挺立する人の側身形の上に、大きな目をしるすのと、同じ構造法である。その望み、聞くものは、神の啓示するところを求める意である。また卜文の聞字に、口のあたりに手を近づけている形のものがあり、これは「以聞(いぶん 天子に奏上すること)」をいう形であろう。のち昏(こん)声の字となる。〔説文〕十二上に門声の字を正字、昏・昬に従う字を重文とし、「聲を知るなり」(小徐本)と聞知の意とする。聽(聴)・聖の初形は、卜文の聞の初形に、祝詞の器の形であるᗨ(さい)を加えたもので、みな神の声を聞く意である。周初の金文の〔大盂鼎〕に「我聞くに、殷の、命(天命)を墜せるは」の聞を耳+昏の形に作る。その昏は、金文の婚・勳(勲)・車+昏(こん)の従うところと同じく爵の形を含む。神意を聞くときに、そのような儀礼があったのかもしれない。耳+昏はその形を存するものであろう。聞は戦国期に至ってみえる後起の字である。門は声符であるが、闇・問が廟門において「神の音ずれ(訪れ)」を聞く意であることからいえば、廟門において神の声を聞く意を以て、門に従うものであるかもしれない(字通)、
形声。「耳」+音符「門 /*MƏN/」。「きく」を意味する漢語{聞 /*mun/}を表す字。東周時代に *-wən と *-un の二つの発音が接近したことにより、「門」が音符として充当された。原字(甲骨文字)は「耳」+「卩」で耳を強調した人を象る会意文字で、のち音符を「門」にした形声文字となる(下図参照)(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%81%9E)、
と、いずれも形声文字としている。
(「聞」の変化の流れ https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%81%9Eより)
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
竹生政資・西晃央「万葉集2167番歌の解釈と「片聞く」の語義について」(https://www.manyo-world.com/files/TakefuMS-2009-006a.pdf)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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