苫手(とまで)
秋田刈る苫手(とまで)動くなり白露し置く穂田(ほだ)なしと告げに來(き)ぬらし(万葉集)
の、
苫手動くなり、
は、
仮小屋の屋根の葺き草がかさかさと音を立てている、
意とし、
苫が揺れている、
と訳し、
穂田(ほだ)なしと告げに來(き)ぬらし
は、露を擬人化し、
我身を置くべき穂田がないと告げに来たらしい、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
穂田(ほだ)、
は、
秋になって、稲の穂の出そろった田、
穂が実り、刈りごろになった田、
をいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。
苫手、
は、
とまで、
と訓ませて、
語義未詳。苫(とま)の端の意か、
とあり、一説に、
苫で葺(ふ)いた屋根のおおい、
とある(精選版日本国語大辞典)が、
苫手、
を、
とまて、
と訓ませると、
苫につけてあって、苫を葺(ふ)き合わせる時に縛るのに用いる細い縄、
としている(仝上)。
とまで、
と、
とまて、
の区別は、他にないので、是非の判断はつかない。ここで(伊藤博訳注『新版万葉集』)は、
苫手(とまで)、
としている。この、
苫手、
は、
「衣手(そで)」の誤りとする説、
「廬戸(いほと)」の誤字とする説、
等々がある(精選版日本国語大辞典)が、『大言海』は、
苫手(とまで)、
の、
苫、
を、
艹+店、
の字を当てて、「古義の訓による」として、
秋田刈る艹+店手揺(そでひぢぬ)なり白露は置く穂田(ほだ)なしと告げに來(き)ぬらし、
と解し、『大言海』は、
艹+店は苫の誤なりと。又、宣長曰く「艹+店は衣手(そで)の誤なるべし」と、
とし、
秋田を刈る衣手の誤なるべし、
としている。なお、
衣手、
は、
着物の手、
の意から(精選版日本国語大辞典)、
袖、
の意である(広辞苑)。
とま、
は、
苫、
篷、
と当て(広辞苑)、
は、和名類聚抄(931~38年)に、
苫、度萬(とま)、編菅茅、以覆屋也、
とあるように、
菅(すげ)、茅(かや)を菰(こも)のように編み、和船の上部や小家屋を覆うのに用いるもの、
で、転訛して、
とば、
とも訓ます(広辞苑)。この由来は、
日本書紀に「大苫辺(おほとまべ)尊」を「大戸摩姫(おほとまひめ)尊」ともあるから、トマ(苫)のトはtoの音(岩波古語辞典)、
鳥羽(トハ)の転、鳥の羽を覆いたる如き故の名かと云ふ(大言海)
語源は「泊ま」、泊まる船、泊まる小屋の屋根を覆ったもの(日本語源広辞典)、
泊まりの船に葺くところからトマリ(泊)の義(名言通・和訓栞・本朝辞源=宇田甘冥)、
フナドマリブキ(船泊葺)の略(日本古語大辞典=松岡静雄)、
人のトマル(泊)所を葺くものであるところから(日本釈名)、
雨露を止めるものであるところからトマル(止)の義(柴門和語類集・本朝辞源=宇田甘冥)
トモ(戸衣)の義(言元梯)、
等々、諸説あるがどれもすっきりしない。だから、
衣手の誤り、
と見たくなるのも無理はない。しかし、誤りと断定する根拠は薄いが、
秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手(ころもで)は露にぬれつつ(後撰和歌集)、
に、
衣手、
とあり、万葉集にも、
秋田苅る借廬(かりいほ)を作り我(わ)が居(を)れば衣手(ころもで)寒し露ぞ置きにける、
と、
衣手、
とあるので、原文の、
秋田苅 苫手揺奈利 白露志 置穂田無跡 告尓来良思
の、
苫手、
を、
衣手、
と見る見方がなくない。さて、
苫、
は、かつては簡便な覆いとして使われたらしく、
いつとなく塩やく蜑(あま)のとまびさし久しくなりぬあはぬ思ひは(新古今和歌集)、
の、
苫庇(とまびさし)、
は、
苫で葺(ふ)いたひさし、
み渡せば花ももみぢもなかりけり浦の苫屋の秋の夕ぐれ(新古今和歌集)、
苫屋(とまや)、
は、
苫で屋根を葺(ふ)いた家、
苫葺きの粗末な小屋、
の意で、
とまのや(苫の屋)、
とまやかた、
とも言い、
参らん事も有難しとて、墓の前に苫葺の道場しつらひて(源平盛衰記)、
と、
苫葺(とまぶき)、
は、
苫で屋根を葺(ふ)くこと、
また、
その葺いた屋根、
をいい、
笘舟の日をなくか礒千鳥(俳諧「柱暦(1697)」)、
と、
苫船(とまぶね)、
は、
苫で船の上部または屋根を覆った船、
をいうが、近世では、
停泊中の船が帆柱・番木(つがいぎ)・水棹(みざお)などで仮の屋根組みをし、その上に苫をかける場合が多い、
とある(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉・大言海)。
「苫」(セン)は、
会意兼形声。「艸+音符占(ある場所にしばらくとめおく)」、
とあり(漢字源)、「茅(かや)や菅(すげ)などを編んだむしろ。一時しのぎに小屋や舟の上にまといつけて雨露をしのぐのに用いる」、「とまむしろの敷物(葬儀のとき喪主が敷いて寝るのに用いる)」の意とある(仝上)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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