雁が音の寒き朝明(あさけ)の露ならし春日の山をもみたすものは(万葉集)
今朝(けさ)の朝明(あさけ)雁(かり)が音(ね)聞きつ春日山(かすがやま)もみちにけらし我が心痛し(穂積皇子)
の、
朝明、
は、
あさあけ、
の約、
夜明け、
明け方、
の意(広辞苑)、多く、
歌語として用いられる、
とある(精選版日本国語大辞典)。前者の、
もみたすものは、
の、
もみたす、
は、
もみつの他動形で、
色づかせるものは、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、後者の、
もみちにけらし、
の、
もみち、
は、動詞、
もみつ、
の連用形、
もみじしたにちがいない、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
もみづ、
で触れたように、
もみつ、
は、
紅葉つ、
黄葉つ、
と当て(広辞苑)、のちに、
もみづ、
と濁音化するが、その連用形の名詞化が、
もみぢ(紅葉。黄葉)、
である。
もみち(もみぢ)、
は、
色を揉み出すところから、もみじ(揉出)の義、またモミイヅ(揉出)の略(日本語源広辞典・和字正濫鈔・日本声母伝・南嶺遺稿・類聚名物考・牧の板屋)、
紅(もみ)を活用す(大言海)、
モミヂ(紅出)の義、モミ(紅)の色に似ているところから(和句解・冠辞考・万葉考・和訓栞)、
モユ(燃)ミチの反(名語記)、
モミテ(絳紅手)の義(言元梯)、
等々あるが、もともとの、
もみつ、
からの語源説明でないと、意味がないのではない。その点では、
もみ(紅)の活用、
は意味がある。これは、
色は揉みて出すもの、紅(クレナヰ)を染むるに、染めて後、水に浸し、手にて揉みて色を出す、
とあり(大言海)、
もみ、
は、
ほんもみ、
ともいう(精選版日本国語大辞典)ので、結果的には、
もみじ(揉出)、
モミイヅ(揉出)の略、
とする語源説と似てくるが。
もみ、
は、
紅、
紅絹、
本紅絹、
と当て(世界大百科事典・精選版日本国語大辞典)、
紅花を揉んで染めるところから、
この名があり、江戸時代には、
紅花染を<
紅染(もみぞめ)、
その職人を、
紅師(もみし)、
といったことされる(仝上)。
もみつ、
は、
た/ち/つ/つ/て/て、
の、自動詞タ行四段活用
もみつ、
が、平安初期以後
ぢ/ぢ/づ/づる/づれ/ぢよ、
と、自動詞ダ行上二段活用となり、語尾が濁音化して、
もみづ、
となる(岩波古語辞典・日本国語大辞典)。
(朝明けの空)
朝明(あさけ)、
は、
「あさあけ」の音変化(デジタル大辞泉)、
「あさあけ(朝明)」の変化した語(精選版日本国語大辞典)、
アサアケの約(岩波古語辞典・広辞苑・大言海)、
明けたる朝というところを、形容詞を下に据える造語法により朝明けとした(万葉集辞典=折口信夫)、
とあるように、
朝明け、
の意となり、
「あかとき(あかつき)」よりも朝に近い時刻をさす、
とある(学研全訳古語辞典)が、
このころの暁露(あかときつゆ)に我(わ)がやどの秋の萩原色づきにけり(万葉集)、
我(わ)が背子を大和へ遣(や)るとさ夜更(よふ)けて暁露(あかときつゆ)に我が立ち濡れし(仝上)
等々の例では、万葉仮名で「五更露爾(あかときつゆに)」、「鶏鳴露爾(あかときつゆに)」と表記されているところから、
夜明け前の未だ暗い頃をさすと見られ、上代語の「あさけ」や中古以降の「あけぼの」よりも一段早い時間帯であった、
との見方(精選版日本国語大辞典)もある。なお、
朝明け、
は、メタファとして、
あけぼの、
黎明、
と同様に、
新しい時代が始まること、
の意でも使う(精選版日本国語大辞典)。
明け方(あけがた)は、
1日のうち夜が明けて明るくなる時間帯を言うが、
明け(あけ)、
夜明け(よあけ)、
暁(あかつき)、
東雲(しののめ)、
曙(あけぼの)、
黎明(れいめい)、
払暁(ふつぎょう)、
等々様々な言い方がある。
あかつき、
は、上代は、
あかとき(明時)、
で、中古以後、
あかつき、
となる。もともとは、古代の夜の時間を、
ユウベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、
という区分した中の「あかつき」(因みに、ヒルは、アサ→ヒル→ユウ)で、
夜が明けようとして、まだ暗いうち、
を指し(岩波古語辞典)、
ヨヒに女の家に通って来て泊まった男が、女の許を離れて自分の家へ帰る刻限。夜の白んでくるころはアケボノという、
とする(仝上)が、
明ける一歩手前の頃をいう「しののめ」、空が薄明るくなる頃をいう「あけぼの」が、中古にできたため、次第にそれらと混同されるようになった
とある(日本語源大辞典)。「アシタ」は、「ヒル」の時間帯を指す、
アサ→ヒル→ユウ、
の「アサ」と同時だが、
アシタ、
は、
「夜が明けて」という気持ちが常についている点でアサと相違する。夜が中心であるから、夜中に何か事があっての明けの朝という意に使う。従ってアクルアシタ(翌朝)ということが多く、そこから中世以後に、アシタは明日の意味へと変化し始めた、
とある(仝上)ので、
アカツキ→アシタ、
の幅は、
夜半過ぎから、夜明け近くのまだ暗い頃まで(日本語源大辞典)、
と幅広いが、
「あけぼの」よりやや早い時刻をいう、
とある(学研全訳古語辞典)。ちなみに、この、
あかつき、
の語源は、
明時(アカトキ)の転(時間(ときのま、つかのま。一昨日(をととひ))、をととひ)(大言海・和訓栞・名言通)、
アカトキの転(岩波古語辞典・広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
天が開いて明るくなると考えたことから、アカトキ(開時)の義(東雅)、
アケトキ(明時)の義(万葉代匠記)、
アクル-トキ(時)の義(万葉考)、
アケヌトキ(未明時)→アケトキ・アカトキ→アカツキ(日本語の語源)、
等々あり、
明るくなりかけた未明、
を指す(日本語源大辞典)。
和語の、未明、早朝を示す言葉は、
あかつき、
のほか、たとえば、
ありあけ、
は、
月がまだありながら、夜か明けてくるころ(広辞苑)、
で、かなり幅が広いが、
有明の義、十六夜以下は夜は已に明くるに月はなほ入らである故に云ふ也(和訓栞)、
「アリ(有)+明け、月がまだ天にあるうちに夜が明けることをいう(日本語源広辞典)、
とあるように、
陰暦十五日以後の、特に、二十日以後(岩波古語辞典)、
という限定された時期の夜明けを指す。
あけぼの、
は、
空のほのぼのと明(あか)くなる時(大言海)、
アケは明け、ホノはホノカの義(名語記・類聚名物考・言元梯・名言通・和訓栞・柴門和語類集)、
アケ(朱)色がホノカに出る(桑家漢語抄)、
明ケにホノボノ、ホノカのホノを加えた語(日本語源広辞典)、
で、
「あけぼの」の「ほの」は「ほのかの」「ほの」と同源で、
夜がほのかに明けようとして、次第に物の見分けられるようになる頃(岩波古語辞典)、
東の空が明けはじめ、ほのかに白い状態の時分(学研全訳古語辞典)、
をいい、
あかつきの次の段階(岩波古語辞典)、
とあり、
「朝ぼらけ」に先立つ時刻をさす(学研全訳古語辞典)、
とする。
あかつき、
は、
あさぼらけ、
と並んで、
夜が明ける自分の視覚的な明るさを表す語(日本語源大辞典)、
で、
あさぼらけ、
は、
アサビラキの転にて、アケボノと混じりたる語ならむ(大言海)、
アサビラキ(朝開)の転。アケボノと混じた語(類聚名物考・俚言集覧・名言通)、
朝ホロ明ケの約か、asaforoake→asaborake(岩波古語辞典)、
朝+ほのあけ(ビラケ・ビラキ)の音韻変化(日本語源広辞典)、
アサビラケの転(仙覚抄・日本釈名・柴門和語類集)、
アサオボロアケの約(日本古語大辞典=松岡静雄)、
アサホノアケ(朝仄明)は、ノア[n(o)a]の縮約でアサホナケになり、ナが子音交替[nr]をとげて、アサボラケ(朝朗け)になった(日本語の語源)、
と、
朝がほんのりと明けて、物がほのかに見える状態、またその頃(岩波古語辞典)、
夜明け前のまだ暗い時分の「暁(あかつき)」の終わりころから、日の出前の明るくなる時分(学研全訳古語辞典)、
で、
あけぼの、
と重なるが、
あさぼらけは、多く秋や冬に使い、春は多くあけぼのという、
とある(仝上)。
「あさぼらけ」の方が「あけぼの」よりやや明るい、
とする説もある(日本語源大辞典)。
しののめ、
は、
しぬのめ(小竹芽)の転、メは羣(ムレ)の約、芽を目として、明くるの意より、夜のほがらほがらと明けゆけばなどより転じて、暁方の意となる(大言海)、
篠目、シノノメ、或は東雲とつくる。日本の世話、早朝の義也(文明本節用集)、
シノ(篠竹)の目、篠の間から白み始める意(日本語源広辞典)、
暁の山の端が細くしらむのを、シノノメ(篠芽)の細いことにたとえたもの(万葉代匠記・万葉集類林・和訓栞)、
篠の間から見えるところからシノノミエ(篠見)の約(名言通)、
一説に、「め」は原始的住居の明り取りの役目を果たしていた網代様(あじろよう)の粗い編み目のことで、篠竹を材料として作られた「め」が「篠の目」と呼ばれた。これが明り取りそのものの意となり、転じて夜明けの薄明かり、さらに夜明けそのものの意になったとする(広辞苑)
イヌ(寝ぬ、下二)……の名詞形を用いて、寝ている目をイネノメ(寝ねの目)といったのがイナノメに転音し、……歌言葉として音調を整えるため、子音[s]を添加してシノノメになり、母音交替[ao]をとげて、シノノメ(東雲)に変化した(日本語の語源)、
篠の芽、または、篠を編んで作ったすだれのようなものをいうか。上代和歌では「しののめの」は同音の「しのふ」
「しのぶ」を導く序詞の一部として使われる(精選版日本国語大辞典)、
古語としての「東雲(しののめ)」は平安時代の「古今和歌集」などに用例が見出せる。もともと「しののめ」という読み方は「篠の目」から転じた語とされる。篠の目は、住居に採光の用途で設置された篠竹の目のこと。(篠の目から射す光量はそう多くない)。明け方の薄明を篠の目になぞらえて「しののめ」と呼ぶようになり、さらに明け方を象徴する「東雲」が当て字されて、「東雲(しののめ)」という語彙が成立したと考えられている(実用日本語表現辞典)、
「しののめ」<「篠の目」。明かり取りに用いられた篠竹の編み目から転じ「夜明けの薄明かり」を指すようになり、更に夜明けの時間帯を言うようになった(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%AE%E3%81%AE%E3%82%81)、
「篠(しの)の目」で、昔、住居の明かり取りに用いた篠竹の編み物の編み目をさし、そこから「夜明けの薄明かり」の意を生じ、さらに夜明け方の意に変化したという(学研全訳古語辞典)、
等々とあり、
夜明けの空が東方から徐々に明るんでゆく頃(実用日本語表現辞典)
夜明け、わずかに東の空の白む頃(岩波古語辞典)、
の意である。万葉集では、
小竹之眼、
細竹目、
と表記されているので、これを、
篠竹を簾状に編んだものと考え、この編目が明かり取りの用をなしたとろろから、夜明けに転じた、
とする説(日本語源大辞典)が、視覚的で、ぴたり来る気がする。
朝まだき、
は、
(「あさまだき」の)マダキは、急ぐの意の、マダク(噪急)の連用形、……「まだく(またぐ)」(急・速)は、時を待ちかねて急ぐ、はやる意(大言海・広辞苑)、
朝+マダキ(まだその時期がこないうちに)(日本語源広辞典)、
「まだき」は、まだその時になりきっていない、の意(学研全訳古語辞典)、
とあり、
夜のまだ明けきらない頃(広辞苑)、
の意だが、
夜明けを基点として、まだそこに至らないのに、既にうっすらと明けてきた、
という含意のように見受けられる。
またぐ、
には、
俟ち撃つ、待ち取る、などの待ち受くる意の、待つ、の延か(大言海)、
として、
期(とき)をまちわびて急ぐ、
意とあるので、
夜明けはまだか、まだか、と待ちわびているのに、朝はまだ来ない、
という意味になる。
あさあけ→あかつき→あけぼの(あさぼらけ)、
の順序は、ある程度固まるが、
アカツキ→アシタ、
の時間幅全体を「アカツキ」とみて、その時間帯を、細かく分け、
あけぼの、
あさぼらけ、
の先、
あさまだき、
しののめ、
は、
はどういう順序なのだろうか。
あさまだき、
は、
まだかまだか、
という気持ちから見ると、
あかつき→あさあけ→あけぼの→あさぼらけ、
の前かもしれない。で、
篠竹の目の間から白み始める、
しののめ、
は、最後になるとみると、
あさまだき→あかつき→あさあけ→あけぼの→あさぼらけ→しののめ、
となるが、どうだろうか。
あかつき、
で、
あさまだき→しののめ→あけぼの→あさぼらけ、
とした順序の修正になる。
朝、
あした、
については触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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