む
九月(ながつき)の白露(しらつゆ)負ひてあしひきの山のもみたむ見まくしもよし(万葉集)
の、
山のもみたむ、
は、
山の美しく色づくさまを、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
見まくしもよし、
の、
見まく、
は、
見む、
のク語法で、
そのさまをもうすぐ見られるのは、まことに心楽しい気がする、
と訳す(仝上)。
もみづ、
で触れたように、
もみづ、
は、
我が宿(やど)の萩(はぎ)の下葉(したば)は秋風(あきかぜ)もいまだ吹かねばかくぞもみてる(万葉集)
とある、四段活用動詞、
もみつ、
が平安初期以後上二段化し、語尾が濁音化したもの、
とあり(岩波古語辞典・日本国語大辞典)、
もみつ、
は、
紅葉つ、
黄葉つ、
と当てる(広辞苑)。その、
もみづ、
の連用形の名詞化が、
もみぢ(紅葉。黄葉)、
である。
もみつ(紅葉つ・黄葉つ)、
は、
た/ち/つ/つ/て/て、
の、自動詞タ行四段活用で、その未然形
もみた+む、
となる、
む、
は、
将、
とも当て(大言海)、
ま・◯・む・む・め・◯、
と、四段型活用の、
動作を未来に云ふ助動詞、即ち行かム、落ちム、受けメ、見メ、などの如きなり。このム多くは音便にンと記し、古く、又、東国方言にては、モと用ゐき(大言海)、
「む」は上代から近世まで広く用いられたが、平安時代以後「ん」とも書き、鎌倉時代以後は「う」にも変化した。なお、未然形「ま」は上代、「まく」の形だけに用いられた。また、「めや」(推量の助動詞「む」の已然形「め」に反語を表わす係助詞「や」の付いたもの。推量または意志を反語的に表わし、…することがあろうか、いや、そんなことはない。どうして…でなどあろうか」)という使い方もある(デジタル大辞泉)、
平安時代中期には mu の発音が m となり、さらに n に変わったので、「ん」とも書かれる。また m は ũ から u に転じて鎌倉時代には「う」を生み、やがて u の発音は前の語の末の母音と同化して長音化するようになった。活用語の未然形に付く。助動詞「む」の変化した推量の助動詞「う」は、「◯・◯・う・う・◯・◯」の活用で、現実に存在しない事態に対する不確実な予測を表わす。古くは、「む」と同様、すべての活用語の未然形に付いたが、現代では五段活用の動詞、形容詞「…かろ」、形容動詞「…だろ」、助動詞「ます」「です」「た」「だ」の未然形に付く(精選版日本国語大辞典)、
動詞・助動詞の未然形を承ける語で、「む・む・め」と活用する。「ま」という活用語があるように見えるが、それは、「行かまく」「見まく」など、「まく」の形の場合であり、これはいわゆるク語法による語形変化で、未然形ではない。古くは「む」と発音されたが、、後に「ん」に転じ、さらに「う」になって(mu→m→n→u)今日の「う」につづいている(岩波古語辞典)、
などとあり、用法としては、
繊細(ひはぼそ)撓(たわ)や腕(がひな)を枕(ま)か牟(ム)とは吾(あれ)はすれど(古事記)、
みやこいでて君にあはんとこしものをこしかひもなく別れぬるかな(土左日記)、
と、一人称について、話し手自身の意志や希望を表わし、
……しよう、
……するつもりだ、
……したい、
の意、
い及(し)けい及(し)け吾(あ)が愛(は)し妻にい及(し)き逢は牟(ム)かも(古事記)、
などかくはいそぎ給ふ。花を見てこそ帰り給はめ(宇津保物語)、
と、二人称単数につけて、相手や他人の行為を勧誘し、期待する意を表わし、遠まわしの催促・命令の意となり、
……してくれ、
……してもらいたい、
の意、三人称の動作につけば、予想・推量の意を表わし、
山処(やまと)の一本薄(ひともとすすき)項傾(うなかぶ)し汝が泣かさ麻(マ)く朝雨(あさあめ)の霧に立た牟(ム)ぞ若草の(古事記)、
端にこそたつべけれ。おくのうしろめたからんよ(枕草子)、
と、目前にないこと、まだ実現していないことについて想像し、予想する意を表わし、
……だろう、
の意、
かくの如(ごと)名に負は牟(ム)とそらみつ大和の国を蜻蛉(あきづ)島と謂ふ(古事記)、
をとここと心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて(伊勢物語)、
と、原因や事情などを推測する場合に用い、
……だろう、
……なのであろう、
の意、
命(いのち)の全(また)け牟(ム)人は畳薦(たたみこも)平群(ヘぐり)の山の熊白檮(くまかし)が葉を髻華(うず)にさせその子(古事記)、
大事を思ひ立たん人は、去りがたく心にかからん事の本意を遂げずして(徒然草)、
と、連体法に立って、断定を婉曲にし、仮定であること、直接経験でないことを表わし、
……であるような、
……といわれる、
……らしい、
の意で使う(精選版日本国語大辞典)が、最後の例は、今日の「う」の用法にはなく、
わたつみの海に出(い)でたる飾磨川(しかまがは)絶えむ日にこそ我(あ)が恋やまめ(万葉集)、
と(「もし絶える日があったなら」と訳すが)、
これは仮定を示すもので、未来の日時を示す「日」とか「時」等々の語には、その直前にこの「む」が加わった、
とある(岩波古語辞典)。ちなみに、
む→ん→う、
と転訛した、
う、
は、
活用は終止形・連体形だけで、無変化(◯・◯・う・(う)・◯・◯)。文語助動詞「む」の転。仮に起こったらと想像していう意を表す。古く四段活用以外の動詞に付いたものだが、のちには四段(五段)動詞・形容詞・形容動詞および助動詞「た」「だ」(「だろう」を一語の助動詞とする説もある)「ない」「たい」「です」「ます」の未然形に付く。その他の動詞および助動詞「ける「られる」「せる」「させる」には、江戸時代以後「う」が音変化して生じた「よう」が付く(広辞苑)、
活用は「◯・◯・う・う・◯・◯」。助動詞「む」の変化したもの。古くは、「む」と同様、すべての活用語の未然形に付いたが、現代では五段活用の動詞、形容詞「…かろ」、形容動詞「…だろ」、助動詞「ます」「です」「た」「だ」の未然形に付く(精選版日本国語大辞典)、
[○|○|う|(う)|○|○]《推量の助動詞「む」の音変化》現代語では、五段活用動詞、形容詞、形容動詞、助動詞「たい」「ない」「だ」「です」「ます」「た」「ようだ」「そうだ」などの未然形に付く(デジタル大辞泉)、
と、
……待とう、
……帰ろう、
……よかろう、
といった使い方だが、
よう、
は、
……しよう、
……行ってみよう、
といった使い方になる。なお、
見まく、
の、
まく、
は、
推量の助動詞「む」のク語法、
で、
……だろうこと、
……しようとすること。
で、
見まく、
は、上述したように、
「みる(見)」の未然形に助動詞「む」のク語法「まく」の付いたもの、
で、
見るであろうこと、
見ようとすること、
見ること、
の意味となる(岩波古語辞典)。
見る人の語りにすれば聞く人の視巻欲為(みまくほりする)御食向(みけむか)ふ味原(あぢふ)の宮は見れど飽かぬかも(万葉集)、
にある、
見まく欲(ほ)りす、
は、
「みまく」に動詞「ほりす」の付いたもの、
で、
見ることをのぞむ、
見たいと思う、
意となり、
大海(おほうみ)の荒磯(ありそ)の洲鳥(すどり)朝(あさ)な朝(さ)な見巻欲(みまくほしき)を見えぬ君かも(万葉集)、
の、
見まく欲(ほ)し、
は、
「みまく」に形容詞「ほし」が付いたもの、
で、
将来見たい、
見る状態になってほしい、
意となる(精選版日本国語大辞典)。
ク語法、
は、
見まく、
で触れたが、
「言はく」「語らく」「老ゆらく」「悲しけく」「散らまく」など、活用語の語尾に「く(らく)」が付いて、全体が名詞化される語法、
で、
今日でいうと、
いわく、
恐らく、
などと使うが、奈良時代に、
有(あ)らく、
語(かた)らく、
来(く)らく、
老ゆらく、
散(ち)らく、
等々と活発に使われた造語法の名残りで、これは前後の意味から、
有ルコト、
語ルコト、
来ること、
スルコト、
年老イルコト、
散ルトコロ、
の意味を表わしており、
ク、
は、
コト
とか、
トコロ、
と、
用言に形式名詞「コト」を付けた名詞句と同じ意味になる、
とされる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E8%AA%9E%E6%B3%95・岩波古語辞典)。
おもわく、
ていたらく、
すべからく、
等々については触れた。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
この記事へのコメント