色づかふ秋の露霜(つゆしも)な降りそね妹が手本(たもと)をまかぬ今夜(こよひ)は(万葉集)
の、
色づかふ、
は、
色づく+ふ、
で、
色づくの継続態、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
ふ、
は、
まもらふ、
で触れたように、
フ、
は、動詞の未然形の下に付いて、
は|ひ|ふ|ふ|へ|(へ)、
の、
四段活用の動詞を作り、「呼ぶ」「散る」ならば普通一回だけ呼ぶ、散る意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して、呼ぶ、散る意をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞「アフ(合)」で、これが動詞連用形の後に加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある(精選版日本国語大辞典)
とあり、この「ふ」は、
奈良時代特有の語で、まれに、
「流らふ」「伝たふ」「寄そふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に付いた「ふ」があり、これらは下二段型活用として用いられ(精選版日本国語大辞典)、
また、
「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる(仝上)、
とあり、また、
主にラ行動詞に付くときは、「移ろふ」「誇ろふ」のように未然形語尾のア列音がオ列音に変わることがある(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
とある。この「ふ」が助動詞として用いられたのは上代であり、中古になると、
「語らふ」「住まふ」「慣らふ」「願ふ」「交じらふ」「守らふ」「はからふ」「向かふ」「呼ばふ」など、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した。したがって、中古以降は「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
とされる。この、
ふ、
は、現代語でも、、
「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。
まかぬ今夜(こよひ)は、
は、
枕にせずに独り淋しく寝る今宵は、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
手本(たもと)
は、
袂(たもと)、
の意で、
手本(たもと)の意(広辞苑・精選版日本国語大辞典)、
タ(手)モト(本)の意(岩波古語辞典)、
手本(たもと)の義(大言海)、
テモト(手許)の轉(和語私臆鈔)、
の意(で、
手末(たなすゑ)、
に対し(大言海)、
たもと、
でふれたように、
たもと、
は、
肘より肩までの閒、即ち肱(かいな)に当たる所、
を指すとし、
上古の衣は、筒袖にて、袖の肱に当たる邊を云ひしが如し、
とする(大言海)。つまり、
かいなの部分→そこを覆う着物の部分、
となり、さらに、
袖、
の意にまで広がり、袖の形が変わるにつれ、
(袖の)下の袋状の部分、
をいうようになり(岩波古語辞典)、平安時代以降、
和服の袖付から垂れ下がった部分を指すようになった、
もの(語源由来辞典)らしい。和名類聚抄(931~38年)に、
袂、開張以臂屈伸也(一本、屈伸の上に受の字あり、臂受の誤倒かと云ふ)、
類聚名義抄(11~12世紀)に、
袂、タモト、ソデ
とある。だから、
袖口の下の方、
の意、
つまり、
たもと、
の意で、
そでたもと(袖袂)、
という言い方もする(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、
たなすゑ、
は、
手端吉棄、此をば多那須衛能余之岐羅毗(たなすゑのよしきらひ)と云ふ(古事記)、
とあり、
タはテ(手)の古形、ナは連体助詞、
で(岩波古語辞典)、
手之末の義、
で、
手末、
手端、
とも当て(岩波古語辞典)、
手の端、
手の先、
手の末、
手先、
の意である(大言海・精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。ちなみに、上にある、
かいな、
は、
たぶさ、
二の腕、
でふれたように、
一の腕、
を、
手首から肘まで、
つまり、
ただむき、
を言ったのに対して、
かいな、
は、
二の腕、
といったものらしい(日本語源広辞典)。
ひじで折れ曲がるので、これを2部に分け、上半を上腕upper arm、下半を前腕forearmといい、上腕は俗に「二の腕〉といわれる。腕は脚に相当する部分であるが、人間では脚より小さく、運動の自由度は大きい、
とある(世界大百科事典)ので、手首側から、一の腕、二の腕と数えたということだろう。
うで、
は、
肘と手首の間、
を指す。
かいな、
は、
腕、
肱、
とあて、
抱(かか)への根(ね)の約転か。胛をカイガネと云ふも舁(かき)が根の音便なるべし。説分「臂(ただむき)、手ノ上也。肱(かひな)、臂ノ上也」(大言海)、
カイ(支ひ)+ナ(もの)(日本語源広辞典)、
で、「支えるもの」が語源とするが、これは、なかなか簡単ではない。
カヒネ(胛)の転(言元梯)、
カヒはカミ(神)の転、ナはネ(根)の義(和語私臆鈔)、
カカヘネ(抱根)の約転か(大言海)
カヒは抱き上げるという意のカカフルのカを一つ省いたカフルの変化したもの(国語の語幹とその分類=大島正健)、
女の臂のカヨワイことから(俗語考)、
カヒナギ(腕木)の意(雅言考・俗語考)、
カタヒジナカ(肩肘中)の略(柴門和語類集)、
カキナギ(掻長)の義(名言通)、
「胛臑」の別音Kap-Naの転(日本語原学=与謝野寛)
等々、諸説載せる。「抱える」と関わることが、いちばん説得力がある。のちに混同されることになる、
うで、
は、
ウ(大)+手(『日本語源広辞典)
で、小手に対する「大手」が語源とする。
小手(こて)、
は、
手首、
あるいは、
肘と手首の間、
を指すが、
手の腕頸より先。小手先。「小手返し」「小手調べ」「小手投げ」。これに対して、腕・肱を、高手(たかて)と云ふ。人を、高手小手(たかてこて)に縛ると云ふは、後ろ手にして、高手、小手、頸に、縄をかけて、縛りあぐるなり、
とある(大言海)。「腕頸」は、
手首、
の意で、
たぶし、
たぶさ(手房)、
こうで(小腕)、
ともいい、
腕と肘との関節、曲り揺く所、
とある(仝上)。だから、
到底できないことを無理算段してやりくりする、
意で、
ない袖を振る、
とはいっても、
ない袂を振る、
とは言わないが、手本を使う言い回しはかなりある。例えば、
ほに出ぬ物思ふらし篠すすきまねくたもとの露しげくして(源氏物語)、
と、
袂にかかる涙、
の意の、
袂の露、
諸人袂をしほる計なり(「沙石集(1283)」)、
ひどく泣くことを、
袂を絞る、
と言ったりする(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。また、
袂おとしの匂ひ袋が落してありしもおかしけれ(人情本「英対暖語(1838)」)、
と、
たもとおとし(袂落)、
というものもある。
タバコ入れ・汗拭いなどをはさむ小さな袋、
だが、
紐の両端に結びつけ、懐中から左右の袂に落としておいたのでこの名がある、
という(精選版日本国語大辞典)。
(たもとおとし 精選版日本国語大辞典より)
くちなしの花色衣ぬぎかへて藤の袂になるぞ悲しき(右京大夫集)、
と、
喪服のたもと、
つまり、
藤衣(ふじごろも)のたもと、
の意の、
藤の袂(ふじのたもと)、
秋の野の草のたもとか花すすき穂に出てまねく袖と見ゆらん(古今和歌集)、
と、
草を衣とみて、その袂、
の意、転じて、
粗末な衣、
の意の、
草の袂(ころも)、
みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ(古今和歌集)、
と、
苔の衣の袂、
の意で、
僧侶や隠遁者の衣服の袂、
を指す、
苔の袂(たもと)、
かりの身とうはの空なる涙こそあきのたもとの露とおくらめ(「是貞親王歌合(893)」)、
と、
物思いの季節である秋の、涙に濡れている衣の袖をいう、
秋の袂(たもと)、
は、
秋の袖、
という言い方もする。
左にやたもとのたまも結ぶらん右はあやめの根こそ浅けれ(赤染衛門集)、
と、
くすだま(薬玉)の異名、
としても使い、
宣旨なれば人々も、なごりのたもとふり切て、涙ながらに帰らるる(浄瑠璃・蝉丸)、
と、
なごり(名残)の袖、
の意でも使う、
なごり(名残)袖(そで)、
は、なごりを惜しむ意の「袖を分かつ」にかけていう語で、
別れを惜しむことのたとえ、
にいう。そのほか、
人と行動を共にする、
意の、
袂を連ねる、
取りすがる袂を払って去って行く、無理に別れて行く、
意の、
袂を払う、
はなやかな衣服、
意で、
花の袂、
たなびいている霞を袂にたとえていったり、美しい衣装のたとえ、
の意で、
霞の袂(かすみのたもと)、
行動を共にした人と別れる、離別する、
意で、
袂(たもと)を分(わか)つ、
等々ともいう(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。漢語にも、
たもとを振って勢いよく起つ、
意で、
楚子之れを聞き、袂を投じて起(た)つ。履(くつ)は窒皇(てつくわう 軒下)に及び、劍は寢門の外に及び、車は蒲胥(ほしよ)の市にぶ(左伝)、
と、
投袂(とうべい)、
袂を連ねる、
つまり、
並ぶ、
意で、
徳秀惟だ樂工數十人、聯袂して于蔿于(うゐう)を歌はしむ(唐書)、
の、
聯袂(れんべい)、
は、
意気盛んなさま、
で、
袂をうち払う、
意で、
袂を揮つて長劍を撫し 仰いで雲の征(ゆ)くを観る
と、
揮袂(きべい)、
袖をたれる、また、袖手(しゅうしゅ 両手をそでの中に入れていること、ふところで)、
意で、
漁父なる者有り、船を下りて來る。鬢眉(ひんび)交々(こもごも)白く、被髮して袂を揄(ひ)く(荘子)、
と、
揄袂(ゆべい・とうべい)、
霞のようにうすい袂(たもと)、
の意で、
雲衲(うんのう 衲袈裟(のうけさ)、粗末な袈裟をまとって各地を遍歴し修行する僧)霞袂、
と、
霞袂(かべい)、
舞う、
意で、
或いは袂(たもと)を揚げて屡々(しばしば)舞ひ、或いは劍を扣(たた)きて清歌す(曹植・酒の賦)
と、
揚袂(ようべい)、
舞う、
意では、
操袂(そうべい)、
ともいう。
決起する、
意で、
文無畏の宋に死するを傷み、袂を奮ひて起つ(淮南子)、
と、
奮袂(ふんべい)、
相親しむ、
意で、
但だ衡・巫峻極、漢水悠長なり。何(いづ)れの時にか袂(たもと)を把(と)り、共に心腹を披(ひら)かん(梁・元帝・蕭挹に与ふる書)、
と、
把袂(はべい)、
袂を連ねると雲帳となる、人の多いことをいう、
意の、
臨淄(りんし 戦国期の斉都)は三百閭(りよ)、袂を張るときは陰を成し、汗を揮(ふる)ふときは雨を成す(晏子)、
と、
袂雲(べいうん)、
袂を顔にあてて泣く
意の、
反袂(はんべい)、
等々がある(精選版日本国語大辞典)。
「袂」(漢音ベイ、呉音ヘイ、慣用マイ)は、
会意文字。「衣+夬(切り込みを入れる、一部を切り取る)」。胴の両脇を切り取ってつけたたもと、
とあり(漢字源)、
会意。衣+夬(けつ)。夬は玉器の円環の一部を欠くもの、欠落のある意。袂は衣の袖口の形をいう。〔説文〕八上に「褎(しう)なり」とあり、夬声とするが、声が合わない。前条の褎字条に「袂なり」とあって互訓。袖は褎の俗字である(字通)、
ともある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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