暁月夜(あかときづくよ)
しぐれ降る暁月夜(あかときづくよ)紐解かず恋ふらむ君と居(を)らましものを(万葉集)
の、
暁月夜、
は、
明け方に月の出ている夜、月末近くのさま、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
夕月夜、
で触れたように、
暁月夜(あかときづくよ)、
は、
あかつきづくよ、
あさづくよ、
とも訓ませ(岩波古語辞典・大言海)、
夜と云ふに意味なし、有明の月に同じ、
とある(大言海)ように、
朝月夜(あさづくよ)、
と同じ、
有明の月、
の意で、
陰暦17、8日以後は月の出が遅く、暁に月が残っている、それで、
暁月夜、
夕闇(ゆふやみ)、
という(岩波古語辞典)が、これに対して、
陰暦12、3日以前は月の出が早く、暁には月が沈んでいる、
ので、
夕方の時刻に、空に出ている上弦の月。また、その月の出ている夜、
を、
夕月夜、
暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、
という(仝上)。
暁に月が残っている、
暁月夜、
は、逆に言うと、
特に月の出の遅い陰暦二十日前後、日が暮れてから月が出るまでの真暗な状態、またその時間、
を、
夕闇、
あるいは、
宵闇(よいやみ)、
という(仝上)。
旧暦一五日を過ぎると月の出が夜とともに遅くなり、二〇日過ぎともなると一〇時を過ぎないと上がらない、
という(精選版日本国語大辞典)。それに対し、
月が早く没する陰暦十三日ころまでの、暁に月がなく真暗なこと、
を、暁には月が沈んでいるので、
暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、
という(岩波古語辞典)。この、
朝月夜、
の対になる、
暁闇(あかときやみ・あかつきやみ)、
は、
陰暦で、1日から14日ごろまで、月が上弦のころの現象、
になり(精選版日本国語大辞典)、
夕月夜(ゆふづくよ)暁闇(あかときやみ)の朝影に我(あ)が身はなりぬ汝(な)を思ひかねて〈万葉集〉、
と、
上弦の月は早く出でて(夕月夜(ゆふづくよ))、夜に早く入れば、、暁は闇となる。下弦の月は遅く出でて(夕闇(ゆうやみ)・宵闇(よひやみ))、暁まで残り、暁月(あかつきづくよ)、朝月(あさづくよ)、有明の月となる、
とある(大言海)。
有明の月夜、
で触れたように、
暁月夜、
は、
有明月(ありあけのつき・ありあけづき)、
ありあけづくよ、
朝月夜(あさづくよ)、
あかつきづくよ、
有明の月、
のこんの月、
明の月(あけのつき)、
のこる月、
のこりの月、
残月、
などというのと同じである。なお、
暁月夜(あかときづくよ)、
の、
あかとき、
は、
明時(あかとき)の意(岩波古語辞典・大言海)、
で、
あかつきの古形(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
あかつきの本語(大言海)、
とある。
あかつき、
は、上代は、
あかとき(明時)、
で、中古以後、
あかつき、
となり、今日に至っている。万葉集では、
このころの朝露(あかときつゆに)我(わ)がやどの秋の萩原(はぎはら)色づきにけり(比者之 五更露尓 吾屋戸乃 秋之芽子原 色付尓家里)、
我(わ)が背子を大和へ遣るとさ夜更(ふ)けて暁露(あかときつゆ)に我が立ち濡れし(吾勢I乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之)、
と、
五更露爾(あかときつゆに)、
鶏鳴露爾(あかときつゆに)、
の表記がなされるとおり、夜明け前の未だ暗い頃をさすと見られ、上代語の「あさけ」や中古以降の「あけぼの」よりも一段早い時間帯であった(精選版日本国語大辞典)とある。
もともと、古代の夜の時間を、
ユウベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ、
という区分した中の「あかつき」で、
夜が明けようとして、まだ暗いうち、
を指し(岩波古語辞典)、
ヨヒに女の家に通って来て泊まった男が、女の許を離れて自分の家へ帰る刻限。夜の白んでくるころはアケボノという、
とする(仝上)が、
明ける一歩手前の頃をいう「しののめ」、空が薄明るくなる頃をいう「あけぼの」が、中古にできたため、次第にそれらと混同されるようになった、
とある(日本語源大辞典)。通い婚の習俗では、
あかつき、
は男が女と別れて帰る刻限であり、
あかつきの別れ、
などともいい、一方、男が訪れるのは、
よい、
であり、
よいあかつき、
という言い方もある(精選版日本国語大辞典)。
アシタ、
は、「ヒル」の時間帯を指す、
アサ→ヒル→ユウ、
の「アシタ」と同時だが、「アシタ」は、
「夜が明けて」という気持ちが常に常についている点でアサと相違する。夜が中心であるから、夜中に何か事があっての明けの朝という意に使う。従ってアクルアシタ(翌朝)ということが多く、そこから中世以後に、アシタは明日の意味へと変化し始めた、
とある(岩波古語辞典)ので、
アカツキ→アシタ、
の幅は結構ある。そのためか、和語には、
しののめ、
あけぼの、
あさぼらけ、
あさまだき、
ありあけ、
等々、未明、早朝を示す言葉が、「あかつき」の他にもたくさんある。
あけぼの、
あかつき、
あさまだき、
あした、
朝ぼらけ、
については触れた、
「暁(曉)」(慣音ギョウ、漢・呉音キョウ)は、「あかとき」で触れたように、
形声。「日+音符堯(ギョウ)」で、東の空がしらむこと。明白にすることから、さとる意を派生した、
とある(漢字源)。他も、
形声。「日」 + 音符「堯 /*ŊEU/」。「あきらか」を意味する漢語{曉}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%89)、
旧字は、形声。日と、音符堯(ゲウ)→(ケウ)とから成る。空が明るくなる、「あかつき」、あきらか、転じて、「さとる」意を表す。常用漢字は省略形による(角川新字源)、
形声。旧字は曉に作り、堯(尭)(ぎよう)声。〔説文〕七上に「明なり」とあり、晨明(しんめい)の義。堯は土器を焼竈に入れて積み重ね焼きあげる意の字で、曉はその赤い火光の意をとる。また冥々より暁(あ)けるものであるから、暁知・暁覚の意となる。〔広雅、釈詁二〕「説くなり」とは、人に教え喩す意である(字通)、
と、形声文字とするが、
会意兼形声文字です(日+尭(堯))。「太陽」の象形と「土を高く盛った象形(「土を高く盛る」の意味)と人の上に横線を引いた象形(「高くて上が平ら」の意味)」(「高い」の意味)から、日が高くのぼるところ、「あかつき(夜明け、
明け方)」を意味する「暁」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1857.html)、
と、会意兼形声文字とするものもある。
「形声。『日+音符堯(ギョウ)』で、東の空がしらむこと。明白にすることから、さとる意を派生した」
とあり(漢字源)、あかつき、の意の他に、さとる、明らかになる、意(動詞)をもつ。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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