はなはだも降らぬ雪ゆゑこちたくも天(あま)つみ空は雲らひにつつ(万葉集)
の、
雲らふ、
は、
動詞「くも(曇)る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」、
の、上代語で、
一面に曇る、
の意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』・広辞苑)。
曇る、
は、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用で、
空のけしきもいたうくもりて、まだ暗かりけり(源氏物語)、
と、文字通り、
雲、霧などで空がおおわれる、
(空が)曇る、
意だが、それをメタファに、
年をへて花のかがみとなる水はちりかかるをやくもるといふらむ(古今和歌集)、
と、
光や色などが不明瞭になる、
色つやがなくなる、
意や、
恋しさのなぐさめがたきかたみにて、涙にくもる玉のはこかな(源氏物語)、
と、
目がかすんではっきりものを見ることができなくなる、
意や、
くもりゆく人の心の末のよをむかしのままに照す月影(続拾遺和歌集)、
と、
心がはればれしない状態になる、
心がふさぐ、
意や、
御容貌(かたち)など、いと華やかに、ここぞくもれると見ゆるところなく(源氏物語)、
と、
(光や色つやが)暗くなる、
くすむ、
意や、
涙にくもる声を上げ(浄瑠璃「国性爺合戦(1715)」)、
と、
声や音がはっきりしなくなる、
涙ぐんだ声になる、
意や、
天下を領ずるほどの人が少も曇たらば四海はくらやみとな郎ず(「巨海代抄(1586~99)」)、
と、
考えなどが、はっきりしなくなる、
物事を判断する能力を失う、
意や、
我身にくもる覚なし(浄瑠璃「日本蓬莱山(1685頃)」)、
怪しい、または疑わしい状態になる、
意や、果ては、
面(おもて)曇る、
の意で、「照る」の対として、
能楽で、憂愁に沈んで、ふし目になる型をいう、
意にまで使われる(精選版日本国語大辞典・学研全訳古語辞典。岩波古語辞典)が、
くもる、
で触れたように、その由来を、
雲を活用させた語(広辞苑)、
「雲」の動詞化(岩波古語辞典・デジタル大辞泉・大辞林)、
隠(くも)る義なりと云ふ(かくむ、かこむ。くくもる、くこもる)。曇ると云ふも、雲を活用せしめたる語なり。沖縄にて、クム、朝鮮にてクラム(大言海)、
と、
雲の動詞化、
とする説があるが、
黒雲の中に(雨)コモル(籠る)は(天)クモル(曇る)に転音・転義をとげた。その名詞形のクモリ(曇り)は語尾を落としてクモ(雲)になった(日本語の語源)、
とする、真逆の説もある。つまり、
クモル(隠る)→クモ(雲)→クモル(曇る)、
ではなく、
コモル(籠る)→クモリ(曇り)→クモ(雲)、
ということになる。しかし、並べてみると、
クモルあるいはコモルから「クモ」ができ、更にそれが動詞化する、
というよりは、
クモルあるいはコモルから、クモルとなり、クモとなった、
とする方が、自然な気がするのだが、どうだろうか。同様に、
「隠る・籠る」と語源が等しいのだろうというのが通説(日本語源広辞典)
ともある。なおさら、
クモルあるいはコモル→くもり→くも、
と見るのが妥当と思えるが、雲の語源については、
雲の動詞化、
以外にも、
クモオフル(雲生)の義(東雅・類聚名物考)、
クモヰル・クモヲル(雲居)の義(言元梯・日本語原学=林甕臣)、
クモ(雲)カサナルからか(和句解)、
コモル(籠)の義(志不可起・日本釈名・国語の語根とその分類=大島正健)、
「薫」(kum)の転音から(日本語原学=与謝野寛)、
等々がある。ただ個人的には、
「コモル」「クモル」→くもり→くも、
以上の説は見当たらない。その他に、
「雲+寄り」の変化です。「雲+り」で、曇天の意味を表します。「日+寄り」、つまり、日和に対する語です、
とする説(日本語源広辞典)もある。しかし、
日和、
は、
にわ、
と訓ませ、
万葉集の「にはよくあらし」を日の和(な)いだことと解して当てた字(大辞林)
日和の字は、万葉集256「飼飯の海の庭よく荒し」、同2609「武庫の海の爾波よくあらし」のニハを、後世、日の和らいだことと解して当てた「日和(ニハ)」という字面が、同義のヒヨリの語に当てられて新しく成立したもの(岩波古語辞典)、
などとあり、
海上の天気、または海上の天気の良いこと、
の意味であり、
庭、
を当て、
魚場、
の意から転じて、
風がなく海面の静かなさま、
という意味になる。上述の、『日本語源広辞典』の解釈は、無理筋のようである。
では、名詞「くも(雲)」の語源は、どうか。
コモル(隠・籠)の義(閑田耕筆・名言通・和訓栞・言葉の根しらべの=鈴木潔子・大言海)、
天体をコメル(籠)ところからクミと呼ばれ、それが転じたもの(日本古語大辞典=松岡静雄)、
クマ(隠)の転(言元梯)、
クグモルの義(桑家漢語抄)、
クモリの約(冠辞考)、
すべてをひきこめてしまうところからコムモロの反(名語記)
といった、
コモル系、
水気が集まってできるというところから、クム(組)の転(箋注和名抄・雅言考・碩鼠漫筆)、
クム(酌)から出た語。水をクミ(酌=雲)あげなければアム(浴=雨)ことができないことから(嚶々筆語)、
といった、
クム系、
などの他、
雲の姿から、クは内へまくり入る意、モは向かう義(仙覚抄)、
クはクラキの下略。モはモノ(物)か、モト(基)か、ヨモ(四方)のモか。また、いつも起こるところから、いつものモか(和句解)、
キムレヲリ(気群居)の義(日本語原学=林甕臣)、
煙の上昇する意の「薫」(kum)の転音転義(日本語原学=与謝野寛)、
朝鮮語で雲をいうkuramと同源か(万葉集=日本古典文学大系)、
クロシ(黒)、クラシ(暗)等に含まれるアイヌ語に似た語根kurがあり、さらに朝鮮語kurum(雲)と比較すると、kumoはkur + moから来たか(日本語の系譜=服部四朗)
等々と諸説があるが、やはり、普通に考えれば、
クモル(隠る)→クモ(雲)→クモル(曇る)、
か、
コモル(籠る)→クモル(曇る)→クモ(雲)、
だろう。僕は、後者に与したい。
動詞「くも(曇)る」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」、
の、
ふ、
は、
さもらふ、
さひづらふ、
たなぎらふ、
まもらふ、
みなぎらふ、
霧らふ、
などで触れたように、
は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、
と、動詞の未然形の下に付いて、四段活用の動詞を作り、
反復・継続の意、
を表し(岩波古語辞典)、
をとめの寝(な)すや板戸を押そぶら比(ヒ)我が立たせれば(古事記)、
秋萩の散ら敝(ヘ)る野辺の初尾花仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて雲離(くもばな)れ(万葉集)、
では、その動作が反復して行なわれる意を表わし、
しきりに…する、
何回も繰り返して…する、
意で、
楯並めていなさの山の木の間よもい行き目守(まも)ら比(ヒ)戦へば(古事記)、
では、その動作が継続して行なわれる意を表わし、
…し続ける、
ずっと…する、
意で、
常なりし笑(ゑ)まひふるまひいや日(ひ)異(け)に 変はら経(ふ)見れば 悲しきろかも(万葉集)、
では、その変化がずっと進行していく意を表わし、
次第に…する、
どんどん…していく、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。
例えば、「散る」「呼ぶ」と言えば普通一回だけ、散る、呼ぶ意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して散る、呼ぶ意をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞アフ(合)で、これが動詞連用形のあとに加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある。動詞の表わす作用の発現の様態にかかわるものであり、動詞に密着して、間に他の助動詞などを入れることがない。それで接尾語として扱う説もある。(精選版日本国語大辞典)、
動詞の未然形に付いて、その動作が反復・継続する意を表す。奈良時代に多く使われたが、平安時代以降は限られた語に使われ、次第に使われなくなった。四段に活用するものが多い。「散る」に「散らふ」、「嘆く」に「嘆か譜」の類。「流らふ」のような下二段活用の例は少なく、四段活用のものと同じ期限かどうか未詳。四段活用の「ふ」の語源は「あ(合)ふ」と見る説がある(広辞苑)、
などとあり、その際の動詞語尾の母音の変形に三種あり、
[a]となるもの ワタルがワタラフとなる、
[o]となるもの ウツルがウツロフとなる、
[ö]となるもの モトホル(廻)がモトホロフとなる、
の例があるが、これは、
末尾の母音を同化する結果生じた、
とする(仝上)。
ふ、
は、まれに下二段活用として用いられ、
「流らふ」「伝ふ」「よそふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に「ふ」が付いたと思われる例がある。ただし、これらの「ふ」は下二段型活用である。なお、「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる、
とある(精選版日本国語大辞典)。この接尾語とされる、
ふ、
は、上代、
助動詞として用いられた、
とされ(学研全訳古語辞典)、中古になると、
語らふ、
住まふ、
慣らふ、
願ふ、
交じらふ、
守らふ、
呼ばふ、
等々、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した(仝上)。中古以降では、「ふ」の受ける動詞がきまってくるので、「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である。上代でも、「さもらふ」「向かふ」など、まったく一語化しているとみてよいものがある(精選版日本国語大辞典)。この、
ふ、
は、現代語でも、、
「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。
(「雲」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%B2より)
「雲」(ウン)の異体字は、
云(簡体字)、𦤆、𩂱、𮦖、(同字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%B2)。字源は、
会意兼形声。云(ウン)は、たちのぼる湯気が一印につかえて、もやもやとこもったさまを描いた象形文字。雲は「雨+音符云」で、もやもやとたちこめた水蒸気、
とある(漢字源)。他は、同じく、
会意形声。雨と、云(ウン)(くも)とから成る。「くも」の意を表す。「云」の後にできた字(角川新字源)
会意兼形声文字です(雨+云)。「天の雲から雨水が滴(したた)り落ちる」象形と「雲が回転する様子を表した」象形から「くも」を意味する「雲」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji102.html)、
と、会意兼形声文字とするものと、
形声。「雨」+音符「云 /*WƏN/」。「くも」を意味する漢語{雲 /*wən/}を表す字。もと「云」が{雲}を表す字であったが、「雨」を加えた(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9B%B2)、
形声。声符は云(うん)。云は雲の初文。雲気の下に竜尾のみえる形。〔説文〕十一下に「山川の气なり」という(字通)、
と、形声文字とするものに分かれる。
「曇」(漢音タン、呉音ドン)は、
会意文字。「日+雲」で、雲が深くて日を隠すことを示す。底深く重い意を含む。雲がおく深く重なって重苦しいこと、
とある(漢字源)。他も、
会意。「日」+「雲」。「くもり」を意味する漢語{曇 /dom/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%9B%87)、
会意。日と、雲(くも)とから成り、日光が雲にさえぎられて日がかげる、「くもる」意を表す(角川新字源)、
会意文字です(日+雲)。「太陽」の象形と「雲から水滴が滴(したた)り落ちる」象形と「雲が回転する」象形から、太陽が雲の中に隠れて「くもる」、「くもり」を意味する「曇」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji337.html)、
会意。日+雲。日光が雲にさえぎられる意。〔説文新附〕七上に「雲布(し)くなり」とあり、陸雲の〔愁霖の賦〕に「雲、曇(たん)として疊結(でふけつ)す」と形容の語に用いる。〔説文〕〔玉〕にはこの字がみえず、仏典の翻訳語として作られた字である。梵語dharmaを曇摩といい、僧名に曇を冠することが多い。梵字を悉曇(しつたん)という(字通)、
と、すべて会意文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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