いちしろし


吉隠(よなばり)の野木(のぎ)に降り覆(おほ)ふ白雪のいちしろくしも恋ひむ我(あ)れかも(万葉集)

の、

吉隠(よなばり)、

は、

奈良県桜井市吉隠(よなばり)、

で、

初瀬の東、

とあり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

野木、

は、

野に生えている木々、

とする(仝上)。

白雪のいちしろくしも、

は、

白雪のように、はっきり人目につくほどに、

と訳す(仝上)。

降り積もった雪.jpg

(降り積もった雪 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%AAより)

しるし

で触れたように、

いちしろし、

は、

天霧(あまぎ)らし雪も降らぬかいちしろくこのいつ柴に降らまくを見む(万葉集)、

と、

しろし、

に、

いちじるしい

で触れた、

勢いのはげしい意の接頭語(デジタル大辞泉)、
勢いの盛んな意(精選版日本国語大辞典)、
イチはイツ(稜威)の転(岩波古語辞典)、
最(イト)(大言海)、

等々と、解釈が異なる、

いち、

を冠したもので、

いちしるし、

の古形(岩波古語辞典)で、

いちじるし(著)、

古形、

でもある(精選版日本国語大辞典)。

しる(著)し、

は、

(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、

の、形容詞ク活用で(学研全訳古語辞典)、

はっきりしている意(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
はっきりしている、かくれもない(岩波古語辞典)、

の意で、室町時代まで、

いちしるし、

と、清音で、後に、

いちじるし、

と転訛する。つまり、

イチシロシ→イチシルシ→イチジルシ、

と転訛したとする(岩波古語辞典)。

しろ(著)し、

は、

(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、

と、

形容詞ク活用で、

しろし(白)と同源(デジタル大辞泉)、
しろし(白)と通ず(大言海)、

などとある。この、

しろ(著)し、

は、

「しる(著)し」に同じ、
「しる(著)し」の転(大言海)、
「しる(著)し」と同根(岩波古語辞典)、

とはあるが、

しろ(著)し、
と、
しる(著)し、

とは、

しろ(著)し、

が、

春はあけぼの、やうやうしろく成り行く山際少し明かりて(枕草子)、

と、

明るくはっきりしている、

意、

しる(著)し、

が、

六位の中にも、蔵人は青色しるく見えて(源氏物語)、

と、

明確だ、

の意と、微妙に、意味が違い、

はっきりしている、

意にシフトしている気がする。『大言海』が、

際立ちたり、
いちじるし、
あきらかなり、

の意としているのは、的を射ている気がする。憶説だが、

しろ(白)し、

の意味と重複していったせいではないかという気がする。その、

しろ(白)し、

は、

(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、

の、形容詞ク活用で、

栲綱(たくづの)の斯路岐(シロキ)腕(ただむき)(古事記)、

と、

色が白い、

意で、それをメタファに、

あて宮の御産屋の設けて……大人、童みなしろき装束をし(宇津保物語)、

と、

衣服、紙などで、どの色にも染めてない地のままの白である、また、何も書いてない、

意、

御火志呂久焼け(神楽歌)、

と、

明るい、かがやいている、あざやかである、

意、さらに、「しろし(著)」と通じて、

素(シロ)くいはんはいかがとて哥に(浮世草子「新吉原常々」)、

と、

明白である、あからさまである、はっきりしている、

意で使い、

諸分合点のゆかぬお客なれば、素(シロ)ひ事ども有べし(浮世草子「好色盛衰記(1688)」、
しろし客薄い雪降る折節に(俳諧・大矢数)

と、

その道の作法・慣習に通じない、
経験にとぼしい、
初心、
素人(しろうと)らしい、
また、
野暮(やぼ)である、

など意でも使い、この場合、

素(しろ)し、

とあてる(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。

しろ(白)し、

の語源は、

シルシ(著)と通ず(大言海)
シルト(著)と同根、
シルシ(著)の義(和句解・和訓栞)、
シルシキ(知如)の義(名言通)、
シロシ(知志・清呂志)の義(柴門和語類集)、
「知る」の形容詞化(日本語の語源)、

等々とあり、

知る、

も、

占領する意のシル(領)から(日本語の年輪=大野晋)、

という説もあるが、

シロ(明)の義(言元梯)、
明白の意で、シロ(白)の義から派生した語(国語の語根とその分類=大島正健)、

等々、

しるし(著)、

とのつながりが深い。

しろ

で触れたように、

しろ(白)、

の語源も、

著(しる)き色の義(大言海)、
シルキ(著)色の義(日本釈名・南留別志)、
シロシ(著)の義(日本語源広辞典)、
シロ(明)の義(言元梯)、

等々、

明、

とつながり、その、

明、

は、

古代日本では、固有の色名としては、アカ、クロ、シロ、アオがあるのみで、それは、明・暗・顕・漠を原義とする(岩波古語辞典)、

とつながる。なお、

色名で、シロシのように、上代から色名をそのまま形容詞として用いているのは、この外、アカ・アヲ・クロに限られる、

ともある(精選版日本国語大辞典)。

白、

については、類聚名義抄(11~12世紀)には、

白、シロシ・キヨシ・マウス・スサマジ・サカヅキ・スナホニ・イチジロシ・カタチ・カタラフ・モノガタリ・トトノフ・カナフ/白晢 シララカナリ/白地 アカラサマ・イチジルシ、

字鏡(平安後期頃)には、

白、ヒル・スサマジ・アキラカ・サカヅキ・トトノフ・キヨシ・スナホニ・モノカタリ・カナフ・シロシ・イチジロシ・マウス・スナホナ、

とあり、

著、

については、類聚名義抄(11~12世紀)に、

著、キル・ツク・ハク・アラハス・シルス・クル・ワタイル、

字鏡(平安後期頃)に、

著、ケガル・アラハス・アキラカナリ・ツラヌク・アツマル・シルシオケリ・ノブ・ツクル・シルス・クルフ・キル・トドマル・ハシ・ハク・キタル・ハウ・ツク・ワタイル、

とある。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
田井信之『日本語の語源』(角川書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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