月見れば国は同じぞ山へなり愛(うつく)し妹(いも)はへなりてあるかも(万葉集)
の、
山へなり、
の、
へなる、
は、
山が隔てとなる、
意で、
山が遮っている、
と訳し、
妹(いも)はへなり、
の、
へなる、
は、
隔たっている、
意で、
(山の向こうに)隔てられてしまっている、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
たたなづく青垣山のへなりなばしばし君を言(こと)とはじかも(万葉集)
の、
へなる、
も、
隔たってになる、
意で、
へなりなば、
は、
間をへだてたならば、
と訳し、
言(こと)とはじ、
は、
お便りすることができなくなる、
と訳す(仝上)。また、
愛(うるは)しと我(あ)が思(も)ふ妹(いも)を山川を中にへなりて安けくもなし(万葉集)
では、
へなり、
を、
山や川が中に隔てとなっていて、
と訳す(仝上)。
へなる、
は、
隔る、
とあて、
ら/り/る/る/れ/れ、
の、自動詞ラ行四段活用で、
隔たっている、
遠く離れている、
意だが(学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉)、
へなる、
は、
遠く来て(山が)間を隔てる障害となっている、
意とする説もある(精選版日本国語大辞典)。たとえば、
春霞たなびく山の隔(ヘな)れば妹に逢はずて月ぞ経にける(万葉集)、
では、
間に物があってさえぎられる、
意で、
うるはしと我(あ)が思(も)ふ妹を山川(やまかは)を中に敝奈里(ヘナリ)て安けくもなし(万葉集)、
でも、
山や川が中に隔てとなっている、
と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。ここで、
へなる、
は、確かに、
間に障害がある、
意で使っており、
両者の距離、
ではなく、
両者を遮る障壁、
の意だが、メタファと考えれば意味の外延の中に入るのではないか。この、
へなる、
は、
ヘダタル(隔る)が「タ」を落としたヘダルをヘナルという、
とある(日本語の語源)。
隔(へだ)てる、
の文語形は、
隔(へだ)つ、
だが、
「隔つ」の自動詞は、
た/ち/つ/つ/て/て、
の、タ行四段活用で、
「隔つ」の他動詞は、
て/て/つ/つる/つれ/てよ、
の、タ行下二段活用になり、
タ行四段活用の、自動詞、
隔つ、
は、
へだ(隔)たる、
に、
タ行下二段活用の、他動詞、
隔つ、
は、
へだ(隔)てる、
へと転じていく。つまり、
タ行四段活用の自動詞「隔つ」→へだたる(隔)
タ行下二段活用他動詞「隔つ」→へだてる(隔)、
へと転嫁していく(精選版日本国語大辞典)。前者、
隔つ、
は、
二つの物の間に境を作って、行き来、見通しを妨げる、
意、
後者の、
隔つ、
は、
二つの物の間に境界を立てて、互いに見えず、行き来できなくするのが原義、
とあり(岩波古語辞典)、類義語、
へなる、
は、自動詞なので、
へだたる→へなる、
と転訛したことになるが、
境界が自然になる意、
としている(岩波古語辞典)。だから、冒頭の歌の、
へなる、
は、
隔たっている、
と訳した(伊藤博訳注『新版万葉集』)ことになる。
隔つ→隔てる、
は、
両者を隔てる、
仕切りで隔てる、
というように、
間に距離や遮るものを置く、
間にあって両社を離す、
という空間的な意味とともに、それをメタファに、
時を隔てて、
というように、
二つの行為の間に時間的な距離を置く、
意としても使うが、その由来は、
重(へ)を立つる意(大言海)、
ヘダツ(重立)の義(菊池俗語考)、
ヘタテル(経立然)の義、また、ヘタテル(戸立然)の義(日本語原学=林甕臣)、
ヘダツ(戸立)の義(和句解)、
ヘダツ(歴絶)の義(名言通)、
ヘタツ(重断)の義(言元梯)、
ヘダチはヘタ(隔方)に活用語尾チの付いたもの(日本古語大辞典=松岡静雄)、
等々とあるものの、すっきりしない。ちなみに、自動詞の、
隔つ、
の由来は、
重(へ)の立つ意(大言海)
とある。外部的な意志ではないので、どの語原としても、
そうなった、
という意味になる。なお、
動詞「へだてる(隔)」の連用形の名詞化が、
へだて(隔)、
動詞「へだたる(隔)」の連用形の名詞化が、
へだたり(隔)、
で、それと同義だが、
動詞「へだつ(隔)」の連用形の名詞化が、
へだち(隔)、
となる(精選版日本国語大辞典)。なお、
へなる、
は、たとえば、
月読(つくよみ)の光にきませあしひきの山きヘなりて遠からなくに(万葉集)、
の、
きへなる(来隔る)、
を、
来て遠く隔たる、
来て離れる、
意とする(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)が、一説に、
間に障害がある、
意とも(仝上)、
遠く来て(山が)間を隔てる障害となっている、
の意ともある(仝上)。「へなる」の、
隔たっている、
遮る障害がある、
の両義を引きずっているようで、現に、
へだたる、
意(古語大辞典)とし、
山が隔てとなった遠い道のりでもないのに、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)し、
道ゆく我は白雲のたなびく山を岩根踏み越えへなりなば恋しけく日(け)の長けむそ(万葉集)
の、
こえへなる(越え隔る)、
は、
山、川、国ざかいなどを越えて、遠くにへだたる、
意で(精選版日本国語大辞典)、
遠くへだたってしまったなら、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
「隔」(漢音カク、呉音キャク)は、
会意文字。鬲(レキ)は、中国独特の土器を描いた象形文字で、間をしきってへだてる意を含む。鬲という土器は、上半分には穀物が入り、下半分と三脚には水が入り、両部分は穴あき板で仕切られている。三脚の下で火を燃やし、上半分の穀物をふかす。隔は「阜(壁や土盛り)+鬲」で、壁や塀で仕切ることを示す。鬲を隔の音と考えて、「阜+音符鬲」の会意兼形声文字とする考えもある、
としている(漢字源)。別に、
会意兼形声文字です(阝+鬲)。「はしご」の象形と「脚が高く、地上からへだてる鼎(かなえ。古代中国の金属製の器)」の象形から、「へだてる」を意味する「隔」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1486.html)、
と、会意兼形声文字とするものもあるが、他は、
形声。「阜」+音符「鬲 /*REK/」。「へだてる」を意味する漢語{隔 /*kreek/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%9A%94)、
形声。阜と、音符(レキ、カク 鬲に変わった形)とから成る。わけへだてるものの意を表す(角川新字源)、
形声。声符は鬲(れき)。〔説文〕に収める鬲声八字のうち、翮・槅・䃒・搹は隔と同声。来母の字にk・l二系の音をもつものが多い。〔説文〕十四下に「隔は障なり」、次条に「障は隔なり」とあって互訓。𨸏(ふ)は神の陟降するところ。そこでの隔離儀礼を示す字で、聖所に鬲をおいて境界としたのであろう。鬲よりそそぐを一+口+ヰ+冂+八+丅(かんれい)といい、祼礼(かんれい)に用いる。周初の麦氏諸器に「麥の宮に一+口+ヰ+冂+八+丅(くわん)す」「邢侯の出入に一+口+ヰ+冂+八+丅せん」とあり、聖所への出入に一+口+ヰ+冂+八+丅の儀礼をした。そのようにして聖俗を分かつことを隔という(字通)、
と、形声文字としている。
(「鬲」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AC%B2より)
(「鬲」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AC%B2より)
(「鬲」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)・小篆 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AC%B2より)
「鬲」(①漢音レキ・呉音リャク、②漢音カク・呉音キャク)は、
象形。土製の三本脚の蒸し器を描いたもの。土器を表す字の音符となる。また、三脚の部分と上部とが、別に区切られていることから、へだてる意味を表す、
とある(漢字源)。三本足の蒸し器、の意の場合①の音、隔にあてた用法で、へだてる意の場合は、②の音とある(仝上)。他も、同じく、
象形文字です。「3本の足のある鼎」の象形から、「かなえ」を意味する「鬲」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji2914.html)、
象形。三本の中空の足を持つ煮炊器を象る。「かなえ」を意味する漢語{鬲 /*reek/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%AC%B2)、
象形。かなえの類。三足がふくらみをもつ款足(かんそく)(中空)の分当(ぶんどう)形の器。〔説文〕三下に「鼎の屬なり。五(こく)(穀)を實(い)る。斗二升を觳と曰ふ。腹の交文と三足に象る」という。先史の土器に鬲形のものが多く、実用性の高い形状のものである。重文として瓦に従う字、また㽁のように厤声に作る字がある。㽁は漢令にみえる字である。金文に「人鬲(じんれき)」という語があり、また「臣十家、鬲百人」を賜う例があり、徒隷のような身分のものをいう語であった(字通)、
と、象形文字とする。
(鬲(れき) 精選版日本国語大辞典より)
鬲、
は、
袋状の三足をもつ煮沸用具。鬲の上に甑(そう)(こしき)を重ねて用いる。鬲に水を入れ、甑に穀物を入れ、下から加熱して穀物を蒸す。肉類を煮沸した鼎(てい)と並んで、中国の三足器の代表的器形である。鬲の出現は竜山文化の時代で、殷(いん)代から西周にかけて盛行する。礼器としての青銅鬲も存在するが、実用具の多くは陶製の鬲である。殷代の陶製の鬲は、器全体に縄文や籃文(らんもん)が施され、口縁がくびれ、腹部が張り出し、袋状の足の先端は錐(きり)状にとがっている。西周時代から春秋戦国時代の鬲は、足がしだいに退化し、鬴(ふ)とよばれる釜(かま)形の器形に変化していく。鬲と甑が一体になった甗(げん)とよばれる器形も、殷代から戦国時代にかけて用いられている、
とあり(日本大百科全書)、
鬲(れき)、
と、
鼎(てい)、
は、
器形はに似るが、鬲は、足が中空の袋足である点で鼎と異なる(マイペディア)とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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