五百重波(いほへなみ)


沖つ藻を隠さふ波の五百重波(いほへなみ)千重(ちへ)しくしくに恋ひわたるかも(万葉集)

の、

上三句は序、「千重しくしく」を起こす、

とあり、

五百重波のように、幾重にも幾重にも恋い続けている、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

隠さふ、

は、

動詞「かくす(隠)」の未然形に継続・反復を表わす助動詞「ふ」の付いたもの、

で(精選版日本国語大辞典)、この、

ふ、

は、

さもらふ

さひづらふ

たなぎらふ

などで触れたように、

は・ひ・ふ・ふ・へ・へ、

と、四段活用の動詞を作り、

反復・継続の意、

を表し(岩波古語辞典)、

隠しつづける、
繰り返し隠す、

意となる(精選版日本国語大辞典)。

しくしく

は、

頻頻、

と当て、

動詞「しく(頻)」を重ねたものから、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

物事があとからあとから重なり起こるさま、

をいい、「に」「も」「と」を伴って用いることもあり、

何度も繰り返し行なわれるさまを表わす語、

として、

あとからあとから、
しきりに、
たえまなく、

の意で、

及く及く、

とも当て、

奥山のしきみが花のごとやしくしく君に恋ひわたりなむ(万葉集)、

と、

次から次へとしきりに、

と訳され(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

波の押し寄せて來るように、あとからあとから絶えないで、

の意で使う(岩波古語辞典)。ここでは、

幾重にも幾重にも

と訳している(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

五百重(いほへ)波、

は、

幾重にも重なって寄せてくる波、

のことで、

朝なぎに千重波(ちへなみ)寄せ夕なぎに五百重波(いほへなみ)寄す辺(へ)つ波の(万葉集)、

と、

千重波(ちへなみ 千重浪)、

という言い方もする(精選版日本国語大辞典)。枕詞として、

五百重波、

は、

み崎(さき)みの荒磯(ありそ)に寄する五百重波(いほへなみ)立ちても居ても我が思へる君(万葉集)、

と、幾重にも重なった波が立つの意から、

「立ちても居ても」にかかる、

とされる(精選版日本国語大辞典)。

五百重、

は、

幾重にも重なっていること、

の意で、

五百、

は、

「古事記‐下・歌謡」と「万葉‐四一〇一」には音仮名表記「いほち(五百箇)」の例があり、「万葉」には「五百」をイホの借訓仮名として用いた例「借五百(仮庵)」〔七〕、「五百入(庵)」〔一二三八〕があるから、五百を「いほ」といったのは確かである、

とあり(精選版日本国語大辞典)、

いほ、

と訓ませるが、

イほ五、ホは百の意、五(イ)は他の語の植えにつけて使う。もともと五(イ)と五十(イ)は同語、ポリネシア語などに、ひとつ単語で、四と四十をあらわすものがあるのと同類(岩波古語辞典)、
イは、一(ヒ)、二(フ)、三(ミ)、四(ヨ)、五(イ)、六(ム)、七(ナ)、八(ヤ)、イツと云ふも、五箇(イツ)なり、三箇(ミツ)、四箇(ヨツ)。五十(イソ)、五百(イホ)など、稀に接頭語として用ゐられる。百(ホ)は、百(ヒャク)の古言、百(モ)と通ず(大言海)、

とある。

五百は、

五百、

という数の意の他に、

天(あめ)にいます月読壮士(つくよみをとこ)賄(まひ)はせむ今夜(こよひ)の長さ五百(いほ)夜(よ)継ぎこそ(万葉集)、

と、

数の非常に多いこと、

の意でもあり、ここでは、

五百夜(ごひゃくよ)分も継ぎ足してほしい、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、

五百枝(いほえ)、
五百年(いほとせ)、
五百名、
五百引き、
五百機(はた)、

等々と使う(岩波古語辞典)。なお、前述のように、

「八百(やほ)」と同列であるが、「五百」は「八百」とは別に、「千(ち)」と対にして用いられることが多い、

ともある(精選版日本国語大辞典)。で、上に挙げた、古事記、万葉集での表記の、

五百箇(いほち・いほつ)、

の、

ち、

は、

「ち」は数を数える時に用いる接尾語(精選版日本国語大辞典)、
物の個数や数詞の下に添える語(岩波古語辞典)、

で、

チはツの転、

とある(岩波古語辞典)。

五百箇、

は、

数五百個。または、ばくぜんと数の多いことをいう、

とある(精選版日本国語大辞典)が、

名詞の上について、数の多いことを表す。特に五百と数を限定しているわけではない、「千(ち)」と対になって使われることが多い、

ともあり(岩波古語辞典)、

いほち(五百箇)、

を、

あるいは、「ち」は「千」で、「五百、千」か、

とする見方すらある(精選版日本国語大辞典)。ちなみに、類聚名義抄(11~12世紀)に、

三百、ミホ、六百、ムホ、八百もヤホ、九百、ココノホ、

とある。ついでに、

百重、

は、

心には千重(ちへ)に百重(ももへ)に思へれど人目を多み妹に逢はぬかも(万葉集)

とあり、

ももえ、

と訓み、

数多く重なり合うこと、
いく重にも重なっていること、

の意だが、

百、

は、

類聚名義抄(11~12世紀)に、

百、佰、モモ、モモチ、

色葉字類抄(1177~81)に、

百日、モモカ、

とあるように、

もも、

と読み、

百、または数の多いこと、

の意だか、

単位としての百は、ホという、五百(いほ)、八百(やほ)の類、

とされる(岩波古語辞典)。類聚名義抄(11~12世紀)に、

百、モモ・モモチ・ハゲム・ミミ、

字鏡(平安後期頃)に、

百、モモチ・モモ・ハゲム、

とある。

「百」.gif


「百」 甲骨文字・殷.png

(「百」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BEより)

「百」 金文・西周.png

(「百」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BEより)

「百」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「百」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BEより)

「百」(漢音ヒャク、呉音ハク)の異体字は、

佰、陌(大字)、

とあるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BE。字源は、

形声。「一+音符白」を合わせた字(合字)。もと一百のこと。白(ハク・ヒャク)は単なる音符で、白いという意味とは関係がない、

とある(漢字源)。他も、

合字。「一」+「白{百}」。「100」を意味する漢語{一百 /*ʔit.prˤak/}を表す字。のち「100」を意味する漢語{百 /*prˤak/}に用いる。
もと「白」が仮借して{百}を表していたが、のち{一百}を表していた「百」を{百}に用いるようになったhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%99%BE

形声。一(数のはじめ)と、音符白(ハク)から成る。大きな数、「ひゃく」の意を表す(角川新字源)

形声文字です(一+白)。「1本の横線」(「ひとつ」の意味)と「頭の白い骨または、日光または、どんぐりの実」の象形(「白い」の意味だが、ここでは、「博」に通じ、「ひろい」の意味)から、大きい数「ひゃく」を意味する「百」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji133.html

と、解釈は異にするが、形声文字としている。ただ、『字通』のみ、

指事。声符である白(はく)の上に、一横線を加えて、数の百を示す。卜文では白の上に二を加えて二百、三を加えて三百とする。〔説文〕四上に「十の十なり。一白に從ふ。數、十十を一百と爲す。百は白なり。十百を一貫と爲す。貫は章なり」(段注本)というが、文義をえがたいところがある。卜文の字形には、白の中央に鼻竅(びきよう)を示すらしい△を加えている。白が頭頂を示すのと、いくらか異なる。〔説文〕が古文の形をあげ、「古文百は自に從ふ」とするのは、その古い字形を誤り伝えたものであろう。百は単位の成数であるから、全体や多数を意味することが多い、

と、指事(抽象的概念を点や線の位置関係等で示す)文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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