2012年11月23日

耐えられない言葉の軽さ~緘黙の勧め



いつから無口が貶められるようになったのだろう。会話の中の沈黙が,いつから無視されるようになったのだろう。
沈黙もまた主張であり,発言だということを,いつから忘れられてしまったのだろう。いつから,黙り続ける自由まで,失ったのだろう。あるいは人がしゃべりたい時まで待つだけの間をいつからうしなったのだろう。緘黙という言葉がある。黙る,ということだ。そこには強烈な意志がある。もっとも,妻から問い詰められて,完全黙秘という完黙というのもあるが。

一体いつから我々はこんなに言葉を雑音のように吐き出すようになったのか。昔の,というと笑われそうだが,父親は必要な時しかしゃべらなかった。ここぞという時にだけしゃべった。それがいつの間にかそういう父親は,父親失格の烙印を押されかけている。しゃべるというのは,ハミングのように言葉をまき散らすことなのか。

もちろん,僕は,「口に出さないことは伝わらない」という主義なので,黙っているだけで感じ取るとか,見ただけで相手を目利きするとかということのできないせいもあるので,しゃべるということをなおざりにする気がないが,何が大事で何が大事でないかの区別もつかないくらい,オンオフなしに,ずっとしゃべり続けていれば,耳は自動的に半開きになり,聞かなくなるのではないか。

さんまに代表されるような吉本芸人が,軽快にしかし薄っぺらにしゃべりつづけるだけのテレビ番組がいつから,ゴールデンタイムを占領するようになったのだろう。芸人だけが楽しんでいるのを,こちらはあほ面をして眺めている(ということは自分も観ているのだが)。軽薄にしゃべり続けることが,どうして価値あるとみなされるようになったのだろう。電車の車内放送から始まって,家庭,警察,みな喋り捲っている。子供に教え諭すように,おせっかいなおばさんのように。もっとも,おせっかいなおばさんも少なくなったが。

例が悪いが,オバマの演説は確かにうまい。しかし,四年たって,あの熱気を引き起こした演説がもたらした効果が,どれだけ本気だったのか,どれだけ実現されたのか,それぞれの希望に灯がついたのか,そろそろ検証されるだろう。演説のうまさだけを云々することに,いまもかつても疑問だった。この間の大統領選が,うってかわって熱気がうせている(伯仲という別の熱気だった)のも,そのせいかもしれない。どうもつい,巧言令色鮮なし仁,を思い浮かべてしまう。わが国にも,演説のうまさは比べようもないけれど,そういう政治家が多い。覚悟がなさすぎる。リスポシビリティとは,有言実行のことだ,と訳した人がいるが,つまりは言ったことに覚悟するということだ。言い訳も,説明も無用ではないか。やったか,やらなかったか,だけなのだから。

その意味では,壺井繁治の詩が好きだ。そこには,饒舌にも,沈黙にも無用な意味を与えていない。しゃべることも黙ることも,同格のコミュニケーションなのだ。

黙っていても
考えているのだ
俺が物言わぬからといって
壁と間違えるな

かつて沈黙は,寡黙に通じ,寡黙は黙考に通じた。しかし無口は嫌われる。自分を主張しろ,という。しかし主張することだけがいつも正しいわけではない。緘黙という言葉がある。意志として黙ることだ。沈黙しがちなことを,しゃべれないとおせっかいに言うようになったのは,なぜなのだろう。なんにでも,病名というレッテルを貼り,そうすることで,相手を理解したつもりになり,無遠慮に,土足で人の中へ踏み込んでくるのとよく似ている。

黙って
暮らしつづけた
その間に
空は
晴れたり
曇ったりした

と壺井繁治は詩に書いた。かつて職人は寡黙であった。静かな毎日がそうして過ぎていった。

黙り虫壁を通す

あるいは

言葉寡なきを求めて子の師たらしむ

とも言う。もちろん,昔から,

木像物言わず

とか,

黙り者の屁は臭い

と,諺にも無口への悪口はある。韻を外すときは,外すことを意識していた。そこに格調があった。しかし誰もがしゃべり続け,韻を外しっぱなしになると,ただ無秩序に,エントロピーが増大し,ノイズが漂うだけだ。底の浅さだけが目立つ。

だからと言って,誤解されたくないので,付け加えるが,昔の日本人は格調が高かったなどとは口が裂けても言わぬ。日中戦争での上海上陸作戦で,上陸に加わった部隊のほとんどが全滅し,わずかに生き残った数十名の中にいた父が,左腕を負傷し帰国した(だから僕が生まれた)が,あるとき,ぽつりと,「(中国では)ひどいことをしてきたからな」といったことがある。その時の表情を忘れない。何か苦いものを飲みこむ感じだった。そんな人でなしのことをしたのも,かつての日本人だ。しかし,こんなに意味なく,むやみにしゃべりはしなかったのではないか。ただそれをかみしめるやつも,かみしめないやつも,黙って受け止める度量があった気がする。器量があった。いまは黙って受け止めるだけの器がない。もちろん僕自身も含めて,器が小さくなった。

平均身長は,何十センチも伸びて,倭人ではなくなったのに,倭人であった頃のほうが,はるかに器が大きかった。それは幻想かもしれないが。

歳を食った人間の繰り言かもしれないが……。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#沈黙
#コミュニケーション
#緘黙
#壺井繁治


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2012年11月28日

発想の前提条件について~マインドセットの切り替え


発想をスキルから考えるのもいいし,人とのキャッチボールから考えるのもいい。例のブレインストーミングストーミングは,いわば,アイデアや発想を自己完結しないためのいい仕組みだ。ブレストについては,

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod083.htm

を見ておいてほしいが,そのほか,コミュニケーションにかかわるチェックリストは,次のように結構ある。

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod064.htm
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod0640.htm
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod06400.htm

基本的に,アイデアや発想に,否定やネガティブはないのだから,このブレスト4条件は,マインドセットの基本中の基本だろう。確か,カーネギーも『人を動かす』で言っていた気がする。
「二人の人がいて,いつも意見が一致するなら,ひとりはいらない」
と。人はそれぞれ違う。しかしその違いは,微細かもしれない。アイデアで大事なのは,その微細にこだわることでもある。アイデアを考えるのは,議論するのではない。勝ち負けでもない。正否でもない。カーネギーの言う,「議論に負けても意見を変えない」というその個を大事にしつつ,しかし,人は一方で,使い慣れた脳しか使わない,機能的固着に陥っている。自己完結は,絶対タブーなのだ。

そのほかに,考えられるのは,3つあるように思う。

第一は,どうしても外に答えを探そうとすることだ。答えは自分たちの中にある。というより,徹頭徹尾自分たちの中で考えなくては,発想とは言わない。自分たちのリソースを使い尽くす。たとえば,「正方形がいくつあるか」という設問がある。

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod021.htm

この出典では,正解が巻末にあった。こういうのをパズルという。たとえば,
ためらわず,こういう人がいる。
 「ラインの交差したところは正方形ではないか」
 それに,どう反応されるだろうか。「そんなばかな」「それは禁じ手だ」「そんなことがOKなら……」
 こういう自由に考える人が必ずいる。こういう意表をつく発想は,大概はそれを押しつぶすか,面白いジョークとして聞き流されて,まともに相手にされない。こういう発想があるから,自己完結してはいけないのだ。キャッチボールする意味がある。

第二は,アイデアに正しい間違いはないということだ。こういう質問がある。「部下に,何かいいアイデアはないか,あったらどんどん出してくれ,というのだが,なかなか出てこない,出てきてもありきたりでつまらないものばかりだ,部下の発想力をアップするいい方法はないか」と。
これに,二つの疑問が浮かぶ。まず,アイデアは完成型でなくてはいけないという誤解がある。アイデアづくりとは,端緒の思いつきをキャッチボールで深めていくものであり,完成品が出てくるものではない。一緒にまとめ上げていく共同作業のおもしろさを管理職は気づいていない。いまひとつは「ありきたり」と思っているのはトップだけかもしれない,ということだ。自己完結している限り,それに気づけない。

むしろ,こう考えるべきだ。くだらないアイデアはない。くだらないといった瞬間,そのアイデアは生かされることなく,消えていく。例えば,くだらないと思ったら,こう聞いてみる。「わかった,もしこのアイデアが実現できたら,何が起こる,あるいはどういうことができるようになる」と。部下は何か言うだろう。そしたら,「その目的を実現するのに,ほかにどんなアイデアが考えるだろう」と,一緒に洗い出していく。どんなアイデアも,完結品ではない。一緒に完成していくプロセスが大事なのではないか。

第三は,まずできるかどうかを考えない。どうなったらベストかを考える。われわれは大体できることを少しずつ積み上げていく。その意味で失敗はないが,突出もできない。ダイソンがあの掃除機を提案した時,どの家電メーカーも見向きもしなかった。我々は扇風機を五枚羽,十枚羽と積み上げて,そよ風を作り出す。しかしダイソンは羽根のない扇風機をつくる。失敗しないために,「できること」を積み上げていっても,「こうなったらいい」「こういうのがあればいい」という発想から,どこまで実現可能か,どうやったら実現できるかを考えるタイプには永遠に追いつけない。

そもそも発想とは,どうしたら実現できるかを考えることであって,できることを積み上げることではない。むしろ,できない(と思われている)ことを,できる (と思える) ようにすることだと信じている。

だから,個人的には,多機能は発想とは言わない,と思っている。組み合わせることは多機能で代替してはならない。なぜなら機能をつけたして働かせるのではなく,機能を加えないで同等の働きをさせるにはどうしたらいいかを考えることが,発想だと思うからである。

川喜田二郎氏の「本来ばらばらで異質なものを意味あるようにむすびつけ,秩序づける」という創造性の定義をかみしめなくてはならない。つなぎ合わせただけではだめなのだ(それは多機能)。つなぎ合わせた時,まったく別の意味が見える。その時,機能は足したのではなく,一つになってしまう,あるいはなくなってしまう,そういうことを考えるのが,発想の面白さなのではないか。

参考文献;
エドガー・ハーディ『「2+2」を5にする発想』(上出洋介訳 講談社)

今日のアイデア;
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#ブレインストーミング
#アイデア
#発想
#キャッチボール
#川喜多二郎
#カーネギー
#ダイソン

ラベル:アイデア 発想
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2013年01月04日

記憶をさかのぼる~物語を語るⅠ



自伝的記憶をさかのぼると,産道から出てくるところまでたどり着ける人もいるらしい。

前にも書いたが,あるところであるお母さんから聞いた話では,自分の子が,言葉をしゃべれるようになったころ,「私は,本当はあの場所から出たくなかったのに,急に明るくなって,お父さんとお母さんに引っ張り出された」といったそうです。帝王切開だったのですが,それをちゃんと覚えているのです。そして,その子は,「お母さんは,バス停でないところで,バスを止めたでしょう」といったそうです。その子を抱いて,確かにそんな経験をしたそうです。

しかし僕の場合,一番古いのは,褞袍をきたオヤジの懐に入れられていたという話だが,これは後年富山時代のこととして,母から聞いたことのように思う。それ以外は,浮かばないのだが,スイカ畑で,例のスイカの緑に墨色の並みの模様が,いっぱいあるのを,デジャブのように時々,見る。ひょっとしたら,富山で見ていた可能性はある。富山でいっぱいスイカをもらったという話を聞いたせいかもしれないが。

それ以前は,佐世保にいたらしいのだが,今にも死にそうなくらい痩せこけていた,ということを後に聞かされた程度で,少なくとも,思い出せない。死ぬ前に,一瞬フィルムのラッシュのように,一生分が目の前を流れるというから,今すら楽しみにしている(ていうか,死んだ奴は語れないので,誰が言ったの?)。

富山の後というと,多治見時代で,幼稚園に行くのに,誰かが呼びに来て,一緒に行ったらしいという記憶が,朧にある。いまひとつ多治見時代のことで鮮明に覚えているのは,矢作川の堤防から見た,今にもあふれそうな川の光景だ。確か,台風が来た翌日位で,土手を上って見に行ったのだと思う。堤防の頭あたりを舐めるように波頭が洗い,茶色く濁った川が激しく波立って流れていたのを覚えている。

幼稚園の学芸会か何かで,終わった後にみんなで撮った写真が残っているが,いいものの星の王子(金色の星を頭にかぶせっている)と悪いものの星の王子(黒い星の絵を頭にかぶせっている)がいた記憶はある。で,僕は主役ではない,悪いものの方をやったらしいのだが,覚えていない。ただ,誰だか知らないが,好きな子がいたらしくて,その時のかすかな心のざわめきだけが,写真から伝わってくる。

多治見の官舎は,矢作川沿いにあり,一階は堤防より下にあたる,いつもジメジメしけったところで,そこに野良犬を拾ってきて飼っていたという記憶はあるのだが,病気にやられた。と,そこまでは覚えているが,その後,犬がどうなったかは覚えていない。

(父は検事をしていたので)大体,2~3年毎に転勤していたので,犬を飼うということ自体が無理な話で,今思うと,よく野良犬を飼うことを,父が許したものだと思う。それにしても,昔の官舎はボロ屋ばかりで,転勤した家は,どれも,狭く古ぼけていた。今の官吏は贅沢だとつくづく思う。閑話休題。

そこから飛んで岡崎になり,城址脇の,小さな官舎に住んでいた。そこで覚えているのは,感謝のすぐ目の前にあった小学校で,泳ぎを覚えた,と言っても,浮かんでいられないので,潜水だけだが。それと,弟が死んだ記憶だ。どうも,その後の高山と混同していたが,確か,生まれたての弟をよく負ぶって,歩いていた。記憶に間違いなければ,夕方遅く,お城の堀のあたりを歩いていて,屋台のオヤジに感心だと,ほめられ,いい気になって毎日その近くを,弟を負ぶって連れまわした記憶がある。そのせいではないが,はしかで,あっけなく弟は死んだ。誤診,と聞かされたが,後年,もう死の床にあった母が,しきりに悔やんでいたのを,思い出す。

もう一つ鮮明に覚えているのは,城址脇の河原の花火大会で,花火より蚊に刺されてかゆくてたまらなかったことの方がよく覚えている。

その後の高山というのは,小学校3年から6年の二学期までいたが,僕の中で,なんとなく故郷というイメージ(あくまでイメージで,知己も知り合いもいない)に近い。これはこれで別に書く必要がある。

ナラティヴ・セラピーで,問題を支持・維持するストーリーをドミナント・ストーリーと言い,それに対抗する別のオルタナティブ・ストーリーを見つけることで,自分を見直すということをするのだが,僕には,それの是非を云々する資格はないが,ひとは「現在」から過去を見る。いまの自分のありようで,過去が違って見える。

人は,因果でストーリーを描く傾向がある。今が幸せなら,それは過去からの必然に見える。そのような自分のストーリーのみを紡ぎだす。今が不幸せなら,それも過去からの必然に見える。だからいまここがあるというようなストーリーを描き出す。

だが,エリック・バーンが(言ったのではないという説もあるが),「過去と他人は変えられない」と言い,ミルトン・エリクソンが,「変えられるのは,過去に対する見方や解釈だけ」といったのも,今(の生き方)次第で,過去が変わって見えるということでしかない。

確かにそう思うのだが,人生は計画通りにはいかない。いったとしても,それは人生と呼ぶに値しない,業務遂行みたいなものだ。人生に,するめのような味わいがあるかどうかは,それはいまこの瞬間を生きているかどうかだ。

また同じ引用で申し訳ないが,ガイアシンフォニー3番の,

人生とは,何かを計画している時に起こってしまう「別の出来事」のことをいう。

結果が思惑通りにならなくても,最後に意味を持つのは,結果ではなく,過ごしてしまった,かけがえのないその時間である。

それがかけがいのない時間になっているか,どうか。いまの,一瞬一瞬に,問われている。僕は,計画を悪いとは思わないが,計画に費やす時間は,かけがえのない時間なのかどうか。それによって,自分の過去が,ひとつのストーリーとして見えるかどうかは問題ではない。自分の今が,過去をそう見せているだけだ。

確か,フランクルが言っていたと記憶しているが,誰もが人生の物語を持っており,人はそれを語りたがっている,と。もしコーチングに意味があるとするなら,その人の物語を聞いてあげることだ。そして,次の新しい物語を,一緒に作っていくことだ。


今日のアイデア;
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#自伝的記憶
#ガイアシンフォニー
#コーチング
#オルタナティブ・ストーリー
#ドミナント・ストーリー
#ナラティヴ・セラピー
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2013年01月10日

故郷体験というものについて~物語を語るⅡ


好きな場所ということで,高山のことは一度触れた。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/2012-1105.html

小学校の3年から,6年の二学期までいた。なんだか,老人の思い出話のようだが,自分の物語を語りたがるのは,フランクルに言われなくても,人の習性なのではないか,という気がしてくる。

高山で一番印象深いのは,小学校の修学旅行が名古屋・伊勢・志摩だったのだが(父の実家も母の実家も名古屋で,僕にはこの旅行先は行ったことのあるところだったのだが),汽車(まだ高山線は汽車であった)に乗った瞬間,何人かが酔ってしまったのをよく覚えている。それだけ田舎だったのだが,豪華絢爛たる山車で有名な高山祭でわかるように,田舎だから貧しいというわけではない。天領高山は,結構豊かなのだ。

あそこでは,故郷というところで体験するだろう,すべてを,わずか三年半ほどで味わったという気がしている。典型的な転勤族で,佐世保,富山,多治見,岡崎,高山,大垣,一宮と,父の転勤に合わせて転居し続け,途中で,祖父の死を機に,実家のあった,名古屋城下の小さな屋敷跡も,父が売ってしまったので,官舎暮らしの,全くの浮草であった。

それだけに,いま振り返ると,高山の生活が,一番故郷らしい記憶として残っているのだろうという気がする。そこで,子ども時代に経験するすべてがあった気がするのだ。

まずは,缶けりを中心とした遊び,まあ学校で注意されるほど,本町4丁目の連中は夕方遅くまで遊びほうけていた。梁塵秘抄の「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ」そのままである。

高山祭にも参加したが,宮川の東側は,新しい町ということもあるし,火災にあったせいもあって,子供みこししか,当時はなかった(と記憶している)。祭で,一緒になってみこしを担ぐのは初体験だった。当時は,カメラが当たり前にあるわけではなく,母がヤシカの二眼レフをもっていたが,その写真には写っていなくて,子供用のおもちゃのようなミニカメラ(これも当時はやっていた)で撮ったのが残っている。

毎夏,本町の宮川沿いの広場に,本格的な土俵が作られて,子供相撲大会が開催された。やせこけていて,「弱いなあ」と見届けていた叔父に,からかわれたのを覚えている。夕方になると,たしかその木工所のおがくず置き場のそばに,紙芝居が毎日来た記憶があるが,それよりは,そのおがくずの中はカブトムシの幼虫の宝庫で,掻き出すと,いっぱいとれたのを覚えている。

祭には,当時ヒヨコが夜店で売られていて,何匹かを庭で放し飼いにして,成鳥にしたのだが,どう考えてもオスで,しかも子供がいい加減に飼っているので,痩せこけていて,とうとう持て余してしまった。見かねたオヤジの一声で,かしわやに売った(というより頼み込んで引き取ってもらった)。代わりに鶏肉が来て,なんだか複雑な気持ちになった。食べる気がしなかった。

でも,あの当時は,(お客さんがあると)家で鶏をつぶすのは当たり前で,僕は友人の家で,首を刎ねられた鶏が,それでも,庭を逃げ回っていたのを覚えている。あるいは,狩りで捕まえたウサギの皮を,どういうやり方なのか,見事にくるりとひん剥いて,ピンクの地肌になってしまったのに目を剥いた。さすがの悪童も歓声を上げ,調子に乗ったそのおっさんは,何回も,ウサギの皮むきを実演して見せたものだ。

こう書くと,残酷という言い方をする人がいる。しかしそういう人は,うまそうに食べている牛がどう屠殺されるのか,そしてどう解体されるのかを見てきた方がいい。いまは,きれいなことばかりを見て,その裏でやっていることがブラックボックスになっている。マグロの解体がショーになって,豚や牛の屠殺と解体がショーにならないのは,ご都合主義としか言い様はない。閑話休題。

西小学校には,当時プールがなくて,川向うの何たらという小学校(北小だと思う)に,木枠にビニールを貼ったプールができ,そこへ行ったのだが,何かと面白くなかったのか,北山の裏の川に泳ぎに行く方が多かった。そこでおぼれかけたんだが,そのことは,すでに触れた。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/2012-1205.html

宮川は,今もきれいなのかどうかは知らないが,遊び場のひとつで,友達がやつめうなぎを捕まえたのを聞いて,自分も市販の,尿瓶のできそこないのような仕掛けを買ってもらって,川に仕掛けたが,さっぱりだった。でも川魚(名前を忘れた)を何尾かとらえたのか,もらったのか,宮川に向かった庭に,小さな穴を掘って,促成の池を作ったのだが,その夜だったか翌々日だったか,大雨が降り,見事に魚は川へ消えていった。
宮川の少し上流に,いまでいうと代官所跡前あたりのところに,深い淵があって,そこでも遊んでいたが,雷が鳴ってきて,「水に潜ると安心」とか言い出し,いま考えると危険なのだろうが,平気で潜っていたのを思い出す。

記憶に強く残っているものからいえば,スケートだ。確か長靴に,エッジを直接括り付けるタイプで,積雪が車で固められて堅くなったところが,夜中に零下まで気温が下がって,夜が明けると,道路が臨時のリンクになっていた。学校では厳しく禁止されていたが,トラックの荷台の後ろにつかまって滑るのが流行っていた。これが一番面白い。信号か何かで,止まっている荷台につかまって,行けるところまでついて行って,手を放すと,結構惰性で滑っていく。

スキー(これも,スケート同様,長靴に直接括り付けた)も初体験だった。そんなに雪が多いわけではないが,学校で,確か原山スキー場というところに連れて行かれ,かろうじて転ばないで滑れる程度にはなった。小4か5だったと思うが,友達と二人で,バスに乗って,何度かスキー場へいったこともある。そのとき,弁当に,焼き餅にしょうゆをつけて海苔で巻いたものを持っていたのだが,腹が減って,往きのバスの中で食べてしまったものだ。半ば固い餅と張り付いてしまった湿った海苔の,でも何とも言えぬおいしさはよく覚えている。

一度だけ何十年ぶり家の大雪というまで,官舎の中庭が雪で埋まり,屋根から降ろした雪と一緒に固めて,かまくらを作ったことがあった。これも初体験だが,冷たくて寒いだけで,ちっとも楽しくはないはずなのだが,ただ中に入っているだけで,何がおかしいのか笑い転げていたような気がする。それだけで十分異界な感じだったのかもしれない。

冬の流れで言うと,毎冬,凧揚げをしていたが,新聞を細く切ってしっぽをつけ,宮川の橋の上から揚げたものだ。しかし一番面白かったのは,竹ひごでつくる紙飛行機で,ゴムでプロペラを回して飛ばす。それが流行っていて,何機も作ったことをよく覚えている。竹ひごを注意深く火に当てて,ゆっくり曲げる。ニュームの細い管でつないで,翼を作った。プラモデルとは違って,作り手の腕によって,飛び方が全く違う。歩いて5分くらいの西小の校庭で飛ばしたので,微調整程度では飛ばない失敗作を作った時は,恥ずかしくて跳んで帰ったものだ。

そのほか,高山で遊びのほとんどを覚えた。めんこ,ビー玉,城山と北山ヘの探検の山登り,蜂の子巣とりと蜂の子の味,そうそう,営林署の知り合いにジープで連れてもらって,乗鞍に2度ほど上った。一気に行くので,軽い高山病も,初体験した。

等々ありとあらゆる,子供の時の体験が,三年半に凝縮して味わえたという意味では,充実した時期だったのかもしれない。いまも,故郷は?と聞かれると,「ない」といいながら,心には高山が浮かんでいる(今の高山ではない。いまは新興宗教の伽藍が風景を遮っていて,とても2度と行きたいとは思えない)。

おまけに高山というのは面白いところで,(いまはどうかしらないが)小学校では,必ず楽器を選択しなくてはならず,トランペットとバイオリンのうち,父の反対で,いやいやバイオリンをやらされた。確か,ついこの間まで,子供用のバイオリンが転勤を一緒にして,東京まで運ばれてきていた。おまけに,塾も初体験で,それ以降は一度も行ったことはない。何のかのと言いながら,当時の高山は,独立したエリアながら,独自の文化圏と独自の豊かさがあったように思う。

わずかな年月だが,父は検察官として大きな事件にあったらしいのだが(記憶違いか,それとも何十年も前なので消えたのかは知らないが,ネットで見る限り,別の地域での事件の判決文は見つかった),どっちにしろ小学生の自分にとっての大事件は,高山で生まれた末妹の行方不明事件だ。遊んで帰ったら,家の前が騒然としていて,母親があわてていた(らしい)。結局3歳の子供が,勝手に歩いて,東の北山の向こうで,うろうろしているのを,農家の人が見つけてくれて,事なきを得たが,子供の歩く範囲は,捜索していた範囲をはるかに超えて,かなり遠くまで行ってしまったらしい。

後年母曰く,「ぼろぼろの普段着のちゃんちゃんこを着たまま,街中を歩いていたかと思うと,恥ずかしくて目から火が出る」と。昔は皆同じように貧しかったから,どのみちろくな格好はしていなかったが,親としては,ボロ着のまま外を歩かれたのが恥ずかしかったのだろう。

確かに今に比べると,皆貧しかったが,同じ貧しさにも差があって,妹は,友人の家に,何人かでお呼ばれした時,雑煮だかしるこだかをごちそうになったそうだか,そのひとりが,それをポケットに入れて持ち帰ろうとしたというのを聞いた。妹か弟かにたべさせる,という。小学校一年生が,だ。貧しさに,いま昔も,差がある。知り合いの田舎は,群馬の山の中だが,クマよけの鈴を鳴らしながら,学校へ通っていた一家が,夜逃げをしたという。その本人と,後年東京であったというから,また奇遇というのはある。閑話休題。

どの年の夏だったか,高山別院が火事になったことがある。二階から見ると,ちょうど目の前の感じで,火が燃え上がり,屋根を炎が舐め,棟が崩れるのを眺めていた。子供心にも,一大イベントだったのだろう。結構興奮していたのを覚えている。

なんだかんだと遊びまわったせいか,痩せこけた少年も,それなりに脚力がついたのか,6年の三学期に大垣の東小へ移り,その年か,翌年の東中学校(東小の隣にある)かの学年マラソンで,二位に入った。いかに田舎暮らしで体力を養ったか,大垣といえども,岐阜県では都会なのだと思い知った記憶がある。当然,それ以降は,マラソンは完走すら出来になくなっている。

僕にとって,「故郷」のイメージは,有名な,室生犀星の,

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても
帰るところにあるまじや(「小景異情」)

という,いじいじした,アンビバレントな感情の対象でもないし,憧れでもない,帰りたい対象でもない。その意味では,遊び暮らした桃源郷に近いかもしれない。いまや,知り人もいないし,縁者もいないのだから,当然と言えば当然なのだが,母の死後,母が,当時の担任の先生と賀状のやり取りを続けていたことを知り,今,僕がそれを引き継いでいる。今年も来た。すでに八十を超えてご健在で,「若いころの西小時代が懐かしい」とあった。あのころ,先生も若かったのだ。



今日のアイデア;
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#室生犀星
#飛騨高山
#故郷
#物語

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2013年01月17日

この人生で成し遂げたいことは何ですか~『U理論入門セミナー』に参加して


もともと,「自分を開く」というテーマを,自分の課題とした経緯については,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11031543.html

で書いたように,『U理論』を読んだのがきっかけであった。勝手な早合点かもしれないが,「開くこと」の重要性に改めて目を開かれた思いがしたのだ。特に,内面の「評価・判断の声(VOJ)」「皮肉・諦めの声(VOC)」「恐れの声(VOF)」という,自分の足枷との戦い,というのに結構惹かれたのだ。

もうひとつ,時分の源泉とつながるのに役立つ習慣として,

①朝早く起きて,自分にとって一番効果のある,静かな場所へ行き,内なる叡智を出現させる
②自分なりの習慣となっている方法で自分を自分の源につなげる。瞑想でもいいし祈りでもいい。
③人生の中で,今自分がいる場所へ自分を連れてきたものが何であるかを思い出す。すなわち,真正の自己とは何か,自分のなすべき真の仕事は何か,何のために自分はここにいるのかと問うことを忘れない。
④自分が奉仕したいものに対してコミットする。自分が仕えたい目的に集中する。
⑤今はじめようとしている今日という日に達成したいことに集中する。
⑥今ある人生を生きる機会を与えられたことに感謝する。自分が今いる場に自分を導いてくれたような機会を持ったことのないすべての人の気持ちになってみる。自分に与えられた機会に伴う責任を認識する。
⑦道に迷わないように,あるいは道をそれないように,助けを求める。自分が進むべき道は自分だけが発見できる旅だ。その旅の本質は,自分,自分のプレゼンス,最高の未来の自己を通してのみ世の中にもたらされる贈り物だ。しかし,それは一人ではできない。

というのをメモしていたりした。その意味で,自分のアクションへとつなげた影響という面からみると,『U理論』は,数少ない著作に違いはない。通読してからも,何度か,部分を読み直しては,意味の確認や,再理解をしている部分もある。

しかし,自分の読みは,自分の偏頗な受け止めで,かなり歪んではいるのだろう。中土井さんの話を別に聴く機会は何回かあったが,初めて,自分の中で整理できたこともあり,もう一度まとめてみたい。

冒頭,「この人生で成し遂げたいことは何ですか」と問いがあった。

コーチングを学んでいると,何度かこれに類するものは問われたことがあるし,「未来から自分をみる」ということなのかな,と思いつつ,自分の中から出てくるものに,注意を払うと,ちょっとした気恥ずかしさとともに,「ああ,そういうことを真剣に考えている奴にはかなわないな」という思いが湧いた。と同時に,口には出さなかったが,いつもぱっと出てくる,ひとつの自分の夢がある。その努力は続けているつもりだが,たぶん叶わぬだろうな,という悲哀があった。そう思いつつ,「でも,死んだ時,やり残したことより,やりたいことの中でやれたことの方が過半をしめているといいな」という淡い期待があったのも事実だ。もっとはっきり言うと,今やりかけていることや,やりたいこと,やり残したこと,を指折り数えて,仮に5つあるとしたら,3つ以上はやりげていたい,それは口に出した。

たぶん,そこから今の自分を見た時,自分のなすべきこと,いま優先すべきことがはっきりしてくるのだろう。そのコアがあるかないかで,その人のいまの時間の流れ方が違うのだろう。

すぐれた人をモデルとして生きる時,「何」を「どうやるか」だけでは,またそれをコンピテンシーのように,スキルとして,アイテムとして抽出しただけでは,そのようにはならない。その人の目に見えない部分,「どういう源(ソース)から生じているか」という,彼らの「『内面状況』と表現されている行動の起点となっているもの,すなわちあらゆる行動が生まれ出る源」がわからなければ,ならない。その源について,シャーマーは,

…得られた最も重要な洞察は,人には二つの異なる源による学習があるということだ。それは「過去」の経験からの学習と,出現する「未来」からの学習だ。

という。冒頭の「この人生で成し遂げたいことは何ですか」という問いは,それに関わっている,といっていい。それを,「何を」「どうやるか」ではなく,「どこからやるのか」がパフォーマンスに影響をあたえる,と中土井さんはまとめる。「実現する未来」からの学習,と。「出現する」と「実現する」と微妙に違っている気がする。そこに,主体的に創り出す,という意味が,「出現」よりは色濃い,そう受け止めた。

Uの谷を,下るところが,今回のセミナーの流れになっていたが,レベル1~レベル4までの意識の矢印と,それぞれの関門になっている,レベル1の関門「評価・判断の声(VOJ)」を超えることで,開かれた思考が観察を可能にし,「皮肉・諦めの声(VOC)」の関門を超えることで,開かれた心が感じ取る共感に通じ,「恐れの声(VOF)」の関門を超えることで,開かれた意志が,様々な自分のこだわり,執着を手放すことを可能にする。

しかしそれば頭でわかっても,実際には頭は働かない,心は動かない,意志は動かない。以前,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11027122.html

と,人との距離感の問題で,このレベルの問題をとらえたが,むしろ,自分自身を,自分に対してどう意識を向けるかという視点で見たほうが,自分にとってインパクトが大きい気がした。

例えば,レベル1はいつも自分の枠組みというか,機能的固着したものの見方だけに安住し,それを疑わない。それだと,「評価・判断の声(VOJ)」は,正当化されるばかりで,自分に批判の矢は向かない。自分がダウンローディングに陥っていることは,ここでは気づけない。

レベル2は,観察,観察,観察。自分の中で起こる,「評価・判断の声(VOJ)」を,一旦脇に置いて,自分の選択肢を自由に,パースペクティブを広くとることで,自分自身の評価・判断も脇に置く。その中で,自分の機能的固着の反証が見つかれは,ショック療法になる。ブレストでアイデアを出す時,実は批判するのを脇にのける。ここまでは,割とやっている部分かもしれない。

レベル3は,他者批判の批判軸を自分に向けられるかどうか,そのために開かれた心がいる。「皮肉・諦めの声(VOC)」を超えなくてはならない。相手を指差すときの,親指と人差し指以外の三本は,自分を向いている。しかし,相手の立場で考えると言っても,結果としては,自分の視点から見ている相手でしかない。「自分の靴を脱いで他人の靴を履いている状態」は,体験しないと難しい,という。
「相手の問題と思っていたことを自分の問題と受け止めるときはじめて見えるものがある」相手や周囲ではなく,自分が変わることで,問題が動くことに気づく。TAでいう,「過去と他人は変えられない」という真意はここにあると感ずる。この段階で,過半が終わる,とは,実感はないが,例示された具体例で感じさせるものはあった。

視点を相手に移して,というとき,自分の枠組みを広げて,その枠の中での自己対話だと,自己完結したものに過ぎない。自分を脇に置いて,(相手はどう考えたのか)というのは,ロジャースの言う,「あたかも」相手自身になったように,相手(の枠組みで見るなら)になら,こう見える,こう考える,と想定する。そう思えたら,自分こそが相手の障害物になっている,相手にとって自分こそが問題,と見えてくるかもしれないし,相手自身の気持ちや思いが察せられるかもしれない。

ただ,ここはすごく難しいので,「もし自分の側に問題がるとしたら」「もし自分が障害物としたら」と,仮説を設定して考えてみるという思考実験の方が,やりやすいかもしれない。これは,自分からの観点以外の,別の観点を設定するという選択肢を広げる方法と考える,と頑固な頭も納得するような気がする。

レベル4は,自分が消え場と一体になる。「恐れの声(VOF)」を超えて,初めてここに至る。それは,何かを手放すこと,覚悟という言葉はこのためにある,といわれたが,正直のところ実感はない。

場に関連しては,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11007605.html

でも触れたが,Tグループ体験が,強いて言うと,自分が消えた経験だが,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11044109.html

それと重なる部分もある。自分をさらけ出すことへの恐れを捨ててしまうと,その場でも,人との間でも,いろんなものが受け入れやすくなる気はしている。

こういうプロセスは,大なり小なり,日常的に繰り返している気がする。何かをしようとするとき,恐れを突破しないと決められない。その瞬間,何かを手放しているには違いない。

と,まあいま時点での自分の受け止めを整理してみた。まだまだ…だな。しかし,

いまはとりあえず,最低限,自分を批判する矢印を恐れず,その時の自分の立場や役割をかなぐり捨てられるかどうかが,まず,は自分の心を開く第一歩と自戒する処からスタートしたい,と思っている。

参考文献;
オットー・シャーマー『U理論』(英治出版)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#皮肉・諦めの声(VOC)
#恐れの声(VOF)
#評価・判断の声(VOJ)
#オットー・シャーマー
#U理論
#中土井僚

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2013年01月25日

「嫌い」について


人を嫌う場合,相手の中にある自分を嫌うという言い方がある。それを否定はしないが,どうも自分で引き受ける,というか自己内省という,そういう姿勢は悪くはないにしろ,そういうことで,本来は別のはずのモノが,結局自分の側に嫌う原因がある,だから,自分を正せという方向に行く。しかしそういう説明だけでは納得しきれないものがあるような気がしてならない。たとえば,逆に「好き」というのは,自分の中に似たものがいっぱいあるからといえるのか,というと,どうもそうでもない気がする。

僕自身について言えば,最近気づいたのは,人を嫌うということは,あまりないようで,うん十万貸したままドロンされても,その人を嫌いにはなれない。人に振られた程度では嫌いにはならないし,相手によほど敬遠されても,それでも好きではなくても,嫌いにはなれない。まあ,自分に返ってくると言えば,その通りで,結局自分を責めて,まあおしまい,となることが多い。ただ,あえて言えば,相手が自分を嫌っていれば,そうなるかもしれないが,人間関係が薄いせいか,そう手ひどく憎まれも嫌われもしていない(と勝手に思っているから,そう感じるだけかもしれないが)。

嫌いという時,食べ物はどうか,蛇やゴキブリはどうか,やくざはどうか,性犯罪者はどうか,家庭内別居している相手はどうか,と考えていくと,そう一概には,自分の中にあるとばかりは,言えそうもない気がしてくる。

たとえば,「嫌い」にあるのは,思いつく限りで(学問的なことは別として),その反応パターンをあげてみると,

①生理的反応
②生得的反応(本能的反応)
③価値的反応(感情的反応も含まれる)
④社会的反応(慣習的反応)
⑤文化的反応(地域性や日本性による)
⑥関係性的反応

がある気がする。

生理的反応は,生理的に受け付けないものなので,忌避感や嫌悪感を催すものは,ある意味で共通している。たまにゲテモノ趣味はあるが。これは,自分の中にあるなしはどうも関係ない。

生得的というのは,成育歴を通して感じてきたもので,たとえば,父を憎んでいれば,父に似たものを嫌うという傾向はある。しかしこれは第一印象のようなもので,そのうちに消えて行くことがある。食べ物もそうだが,ピーマンはいつの間にか,好きではないが,嫌いでもなくなっている。

価値については後に回すとして,社会的反応は,社会的差別や忌避とつながる。社会的に忌避するもの,乱暴者,犯罪者等々を嫌うということはある。だが,かつて(もうふた昔前のことだが),留置所で(何でそこにいたかは内緒だが)一緒になったやくざは,個人的に知り合うと,嫌な奴ではなかった。というよりも,池袋をしまにしているらしいのだが,一度遊びに来いかなどと言われた。これは,その相手との距離感の問題だ。

かつて,父親が地方新聞のコラムに書いていたのだが,映画館で,後ろの席にいるやつが,映画の中の悪人を罵倒していた。よほどの正義感かと思って振り向くと,かつて自分が取り調べた小悪人だった,という。一定の距離感の中にいると,個人的親密さとか認知が高まり,相手を知れば,社会的な反応としての,やくざだからという「嫌い」度は,その距離から離れれば離れるほど,高まるのではないか。

これは,いわゆる単純接触効果(ザイアンスの法則)といわれるものと関係があり,接触頻度が高いほど,好意をいだきやすい。これは,関係性的反応とも関係してくるかもしれない。

文化的反応としては,その人の価値にも関わるところがあるし,社会的な反応に関わるところもある。例えば,AVやDVなどへの反応には,個人としての価値に反するという「嫌い」もあるが,社会的な意味で,「嫌い」という反応もある。ここは,価値に絡んで,是非は言えない部分で,犯罪すれすれのところだってありうる。

関係性的というのは,相互の関係性からもたらされるものという意味だ。たとえば,好意の互恵性,ということがあるので,相手が自分に好意を持っていれば,こちらも好意を懐きやすい,当然,「嫌い」も互恵性がある。また自分の所属集団に好意を抱きがちなので,身びいきや愛国心も,自分の所属する集団への好意から敵対相手への「嫌い」が増すことになる。

価値という部分について,例えば,人が人を殴るシーンを目撃した時,「嫌悪」が起きるのは,自分の中にもそういう暴力性があるからだ,という説明がされ,この場合がもっとも,もっともらしく聞こえる。

確かにそういう部分も少なくないかもしれないが,それは価値に関わっているからだと僕は考える。暴力が好きな人もいるかもしれないが,基本は人は暴力を嫌う。これは,扁桃体の反応でもある気がするが,それよりは,その人が生きていくうちに,コアにしている倫理(人としての生き方)に関わるのだと思っている。恐らくは,多くは親や環境から身に着けてきた,その意味ではコヒーレントな(一貫した)何か,なのだ。それを軸と呼んでしまうと,身も蓋もない。

ただ,最近の研究では,「好き」と「嫌い」は別のもので,「好き」の上昇は,「嫌い」を減少させない,という。「好き」でもあるし「嫌い」でもあるという両価性,アンビヴァレンツもあり得る,ということなのだが,言葉に,
「好悪」はあるが「好嫌」はない。言葉の世界では,「好き」の反対は,「悪む」なのだ。

ちょうどいま『あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか』(レイチェル・ハーツ)を読んでいる。その感想を含めて,次はもう少し展開してみたい。

今日のアイデア;
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#好き
#嫌い
#価値
#あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか
#レイチェル・ハーツ
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2013年01月26日

時代おくれについて


歳のせいか,最近自分が時代おくれになった,もう時代の流れにいないということを実感するようになった。先日のあるトークライブで, 50~60代ではなく,30~40代でなくてはだめだというニュアンスの話を聞いたせいばかりでもない。実感としては,ひどく寂しさを感じている。

まずはそこを認めるところから始めたい。

では時代おくれとはどういうことなのだろう。

河島英五の歌に「時代おくれ」というのがある。「時代おくれ」というタイトルが気になって,改めて歌詞を読んでみた。でもこれは時代おくれというよりは,つつましやかなお父さんの自恃の歌,あるいは自戒の歌ではないか,という気がする。

一日二杯の酒を飲み
さかなは特にこだわらず
マイクが来たなら 微笑んで
十八番を一つ 歌うだけ
妻には涙を見せないで
子供に愚痴をきかせずに
男の嘆きは ほろ酔いで
酒場の隅に置いて行く
目立たぬように はしゃがぬように

似合わぬことは 無理をせず
人の心を見つめつづける
時代おくれの男になりたい

不器用だけれど しらけずに
純粋だけど 野暮じゃなく
上手なお酒を飲みながら
一年一度 酔っぱらう
昔の友には やさしくて
変わらぬ友と信じ込み
あれこれ仕事もあるくせに
自分のことは後にする
ねたまぬように あせらぬように
飾った世界に流されず
好きな誰かを思いつづける
時代おくれの男になりたい

目立たぬように はしゃがぬように
似合わぬことは 無理をせず
人の心を見つめるつづける
時代おくれの男になりたい

これは僕の時代おくれのイメージではない。時代おくれとは,感傷的に,さみしさを開き直るのでも,もちろん世の中をすねることでもない。時代おくれという以上,おくれる前がなくてはならない。その時,時代と同時に走っていて,置いて行かれたというなら,単なる落伍になる。そこで開き直ったところで,見苦しいだけだ。時代おくれを矜持ととらえたり,美学ととらえたりするのは,開き直りの一種でしかなく,みっともない。

では,何が時代おくれなのか。いまも懸命に走っている。もちろん若いころのスピードはないが,気づくと,息切れしたり,妥協したり,粘りが失せて,少しずつ時代とずれ,おくれを取り始めている。だが,ここでリタイアしたり,離脱するのは,時代おくれとは言わない。それは道からのいたというだけだ。まだ時代の中で,戦い続けていなくては,時代おくれとは言えない。たとえば,周りから見れば,ドンキホーテでも,本人は恐竜と戦っているつもりでなくてはならない。たとえば,

●時代のスピードについていけない(というか,ついていけなくてもすんでしまう)
●新しい技術についていけない(というか,ついていかなくてもすましてしまう)
●新しい流行・トレンドを知らない(というか,知らなくてもすんでしまう)
●時代への批判力を失う(というか,まあいいか,とすませてしまう)
●時代と格闘しようとしない(というか,しないですむところにいる)
●過去の延長線上から離れられない(というか,それしか知らない)
●若い人とキャッチボールができない(というか,相手にされていない)
●時代への苦情や文句しか言わない(というか,ほとんど自己完結した独り言)

等々の現象が起こっていても,戦線離脱をしてはいない。あくまで,主観的かもしれないが,最前線に立ち止まって,戦場に踏みとどまっている。しかし,主観に反して,戦場の主力とはみなされず,遅れていく。そういう場合だけを「時代おくれ」と呼ぶ。でなければ意味がない。

確かに,時代の最先端を作っているのは,働き盛りの30~40代に違いはない。時代おくれどころか,最先端にいるつもりなのに,悲しいかな,仲間の足を引っ張りかねない自分に,ある時,ふっと気づく。

では,時代おくれにならない指標は何か。リストアップしてみると,こうなる。

①たえず新しいものを創り出す思考力があるか
②おのれ自身の頭と感性でアウトプットを出し続けているか
③時代の先を読み,次に何をすべきかの先手を打っているか
④過去の延長線上ではなく,フラクタルに,あるいは非線形的に,新しい未来を作り直せているか
⑤自分の旗を立て,人を引っ張って,先頭を走る力があるか
⑥新たな業を創り起こす構想力があるか
⑦まだ先達の教えを乞い学び続ける成長への意欲があるか
⑧新たなコラボレーションの場を作っていくリーダーシップがあるか
⑨新しいことへの好奇心と関心に引っ張られて探索し続ける探究心があるか
⑩最先端に立ちはだかる壁を突き破る突破力があるか
⑪あらゆる情報にアンテナを立てその意味を再構成していく判断力があるか
⑫協働する仲間を絶えず維持・強化していける魅力があるか
⑬政治へコミットメントをするパワーがあるか
⑭既成の利権や権威に対する批判力はあるか
⑮人を目利きし,育てるエネルギーはあるか
⑯時代の潮流に棹さしおのれを生かし切る行動力があるか
⑰時代の潮目を見切り大胆な方向転換する勇気はあるか
⑱長老,功労者,権威者におもねらずおのれを律するプライドはあるか
⑲作り上げたものをリセットして作り直すクリエイティブな情熱があるか
⑳妥協や中庸を拒み,あくまで尖がって走り続ける気概はあるか

丸まらず,物分りよくならず,訳知り顔にはならず,絶えず尖がって走り続け,時代の真ん中に居続ける。そういう気骨あるつもりでも,時代からずるずると,置き去りにされていく,その不安こそが,時代おくれという精神でなくてはならない。その心意気だけは失ってはならない。歎いたり,すねたり,ましてや苦情や文句だけを言うようになったらおしまいだ。老人かどうかというより,人間としておしまいだ。まして,安全なところから,人を煽るだけだったり,評論家になっていては,もう論外。

不遇時代の美空ひばりが,焦らず,怒らず,諦めず,を自戒していた。いつも,それを,こう言い換えている。腐らず,驕らず,諦めず,と。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#時代おくれ
#河島英五
#50~60代
#30~40代

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2013年01月29日

「開く」「愛」「聞く」について~対話への途についてⅠ


自分を開くについては,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11031543.html

また,「恋」「愛」「好」との関係については,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11041914.html

で触れたし,自己開示については,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/2012-1222.html

で触れた。自分を開くについての個人的体験についても,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/2012-1226.html

で触れたが,別の視点から,もう一度「開く」について考えてみたい。つまりこうだ,開く以上,そのことで,人と深くつながりたい,そのことを少し深めてみたい。そして,その究極,人との対話をどうしていくのかに話をつなげていければ一応成功。

こんな文章を書きとったメモがあった。出典もあるが,記憶にあまりない。

他の人間そのものに自己を向け,自己の中に世界を受け取る。わたしの存在によって受け入れられ,全実存の圧縮の中に,わたしと向かい合って生きる存在の他者性のみが,わたしに永遠の輝きをもたらすのである。存在のすべてをあげて,相互に語り合い,<なんじはそれなり>というときのみ,彼らの間に現存の住み家が存在するのである。(ブーバー『対話』)

これから,

一人の人をほんとうに愛するとは,すべての人を愛することであり,世界を愛し,生命を愛することである。誰かに「あなたを愛している」と言うことができるなら,「あなたを通して,すべての人を,世界を,私自信を愛している」と言えるはずだ。(フロム『愛するということ』)

が,ちょうと裏返しのように対になっている。「そこにいるあなた」を,他にかけがえのないものとして意識することを通して,そのひとのいる世界を受け取る。それは,裏返せば,その人を愛することを通して,その人がここにいること,あるいはその人がこうして,いま,ここにいる世界をまるごと受け入れることに通じる。その人とともにその人のいる世界を受け入れることだ。

もちろん,これは「愛」について言っている。しかし「愛する」もの同士の関係は,実は相互に相手をどう受け入れるか,という関係性の典型的なあり方を示しているが,特殊な関係ではないような気がする。

アダム・カヘンはこう言っている。

私たちは,すべてのステークホルダーの人間性と自分自身の人間性に目を向け,耳を傾け,心を開き,受け入れない限り,人間の複雑な問題に対する創造的な解決策を生み出すことはできません。創造性を発揮するには,私たちの自己のすべてを必要とします。私たちの思考,感情,人格,経歴,欲望,そして魂を必要とするのです。固定された事実や考えを理性的に聞くのでは十分ではありません。相手が自分の可能性や彼らの置かれている状況の中に存在する可能性に気づくことを促すような聴き方をする必要があります。この種の聴き方は相手の横で感情を共有する,いわゆる「同情」ではありません。彼らの内側から分かち合う「共感」なのです。このような聴き方は,既存の異なる考えに目を向けることを可能にするだけでなく,新しい考えを生み出すことを可能にしてくれます。

そしてこのとき,聴き方について,オットー・シャーマーの4つの聴き方を紹介している。

①ダウンローディング(Downloading) これは,『U理論』で紹介されていたものだが,自分のストーリーの中から聞いているというもので,いつもの自分の言い方,聴き方から離れないやり方である。自分の言っていることや聞いていることが単なるストーリーでしかないことに気づいていず,他人のストーリーには耳を貸さない。自分のストーリーを支持するストーリーだけを聞き取る。

②ディベーティング(debating)  討論という聴き方。このとき,討論会や法廷の審判のように,外側から互いの話や考えを聞いている。

ダウンローディングやディベーティングをしているときは,既存の考えや現実を提示し,再生しているだけで,何も新しいものを生まない,と,アダム・カヘンはいっている。

③リフレクティング・ダイアローグ(reflective dialogue)  内省的な対話。自分自身の声を内省的に聴き,他の人の話を共感的に聴く。主観的に「内側から」聴く。

④ジェネレーティブ・ダイアローグ(generative dialogue) 自分や他人の話を内側から聴くばかりではなく,「システム全体」から聴く。

③④が,世界の紛争当事者との間で,どんな対話をしたのかは,著書を見てもらうことにして,コーチングとの類比を感じました。当然聴くというテーマなのだから,当たり前といえば当たり前だが。

コーアクティブ・コーチングでは,傾聴を3レベルに分けている。

レベル1 内的傾聴 意識の矛先は自分自身。つまり自分の内側の声。自分の考えや意見,判断,感情,身体感覚に意識が向く状態で,クライアントにふさわしい傾聴レベルとする。

レベル2 集中的傾聴 コーチの意識は,レーザー光線のように,クライアントに向いており,すべての注意がクライアントに注がれている。恋人同士の関係性をアナロジーとして使っている。

レベル3 一つのことに焦点を当てるのではなく,自分の周りのあらゆるものごとに意識の焦点を向ける。

つまり,傾聴のレベルでは,少なくとも,自分が「開かれ」ており,「愛」の関係に近く,自分だけではなく,相手および相手の世界に対しても開かれていなくてはならない。

では,それがどう対話につながるかは,次回に。


参考文献;

マルティン・ブーバー『我と汝・対話』(岩波文庫)
アダム・カヘン『手ごわい問題は対話で解決する』(ヒューマンバリュー)
エーリッヒ・フロム『愛するということ』(紀伊國屋書店)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#開く
#ダウンローディング
#ディベーティング
#ダイアローグ
#リフレクティング・ダイアローグ
#ジェネレーティブ・ダイアロー
#レベル1
#レベル2
#レベル3
#エーリッヒ・フロム
#マルティン・ブーバー
#オットー・シャーマー
#アダム・カヘン
#U理論
#手ごわい問題は対話で解決する
#我と汝・対話
#愛するということ

posted by Toshi at 07:20| Comment(10) | 日記 | 更新情報をチェックする

2013年02月04日

共同・共働・協同・共同・協働



共同・共働・協同・共同・協働は,微妙に意味が違うようだ。手元の辞書(広辞苑第五版)では,

共同;commonの訳語。二人以上が力を合わせること。協同と同義に用いることがある。
共働;coaction,相互作用。共生的,敵対的・中立的な関係に大別できる。たとえば,捕食者・被捕食者関係。
協同;【後漢書】ともに心と力を合わせて助け合って仕事をすること。協心。
協働;cooperation,collaborationの訳。協力して働くこと。

とある。ネットで見た三省堂の国語辞典では,次のような見解を出している。

 「共同」「協同」「協働」は,音が同じで,意味も似ているので,まぎれやすいことばです。このうち,最もしばしば目に触れるのが「共同」,次に「協同」です。「協働」も戦前からあったことばですが,近年,「官民協働」などの形でよく使われるようになったので,『三省堂国語辞典』でも今回の第六版から採用しました。
 「協働」の意味は〈同じ目的のために,力をあわせて働くこと〉です。したがって,「官民協働」は行政と民間が力を合わせて働くこと,「協働契約」はメーカーと原材料の生産者などが力を合わせて働く契約,と解釈されます。
 ただ,それならば,「共同」や「協同」でもかまわないのではないか,と考える読者もあるでしょう。「協働」を辞書に載せる以上は,「共同」「協同」との違いをはっきり説明しておく必要があります。そこで,両者の語の説明を改めて見直しました。
 従来の第五版では,「共同」は〈ふたり以上の人が力をあわせてすること〉,「協同」は〈力を あわせること〉となっていました。それぞれ違うようでもあり,同じようでもあります。「協働」を含め,どれも結局「力を合わせる」点で共通するようにも読めます。
 しかし,「協同」はこれでいいとして,「共同」には「力を合わせる」という要素は必ずしもありません。「共同浴場」「共同受信アンテナ」は,べつに力を合わせて風呂に入ったり,電波を受信したりするわけではありません。施設をいっしょに使っているだけのことです。そこで,第六版では「共同」の語釈を以下のようにしました。
 〈ふたり以上の人が いっしょに・する(使う)こと。「―研究・―浴場」〉
 「共同研究」は,力を合わせなければ完成しませんが,それは結果としてそうなるものです。ことばの意味そのものは,「力を合わせてする研究」ではなく,「ふたり以上の人がいっしょにする研究」ということです。

ここでは,協働する,と言うところに,単に協力して働くのではなく,目的を共有するということがある。「協」という字には,「合わす」「叶う」「和らぐ」「つきしたがう」という意味がある。だから,やわらぎあうという「協合」,話し合いの「協議」,心を合わす「協心」,あわせてかなでる「協奏」,力を合わせる「協力」がある。

思うに,その時,場ができているかどうかなのだと思う。一人一人の力が消えて,場としての力が主体として動き出す。場をチームと置き換えてもいい。誰かがとか誰々のチームと言っているとき,チームも場もまた自立していない。

ネットで,こんな言葉を見つけた。(http://hetagasaki.blogspot.jp/2012/01/blog-post_29.html

 わたしたちが,最終的に目指しているのは「協働」であろう。「共同」や「協同」は,作業の均一な配分とか成員の均質性を前提とするが,「協働」は,成員間の異質性,活動の多様性を前提とし,異質な他者との相互作用によって成立する。英訳するとイメージがぴたりとくる。協働学習は「collaborative leaning」である。

思うに,大事なのは,互いの異質さを前提にして,場として昇華できることだ。そのためには,本気の衝突が必要かもしれない。本気の中に,その人の価値と譲れないものが見えてくる。それをどう生かして場にあげていくか。場の中に乗せていくか。その丁々発止こそが,場を場として立たせるカギのような気がする。

昔「踊る仔馬亭」という喫茶店をやっていたことがある。すぐにぴんときた方もあるだろうが,『指輪物語』でホビットたちが逃げ込んだ宿の名だ。あの当時,それに凝っていた友人が訳者にわざわざ断って,名前を使わせてもらった。しかし惨憺たる結果であった。ほぼ二年,お互いの本音をぶつけ合って,どうしていくかを話し合った。言ってみると,場を作り上げるのではなく,どう場を終焉させるかの話だったが,振り返ると,あの話をし続けた三人が,いまもときどき旅に出る仲間だ。あれは,逆向きだったかもしれないが,その前の夢を語る日々は,上っ面の話だったことが,どん底になってみて,初めてわかる。

いまぼくは,この協働について,ひとつのポリシーがある。自分を突っ支い棒とすることだ。いくつもの場がなくなるのを見てきた。大きくは会社,小さくは自分たちのチーム,仲間の場,自分が意思決定に関われなかった場合もあるが,なくなってみて初めてその持つ意味の大きさに気づくこともある。自分にとって大切な場や人には突っ支い棒の役を果たそうと思っている。自分は主役を張るタイプではない。かつては自分を過大評価していたが,今はそう思っている。従って,どう場を支えられるか,小さなことから大きなことまで,自分なりにやってみよう。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#共同
#共働
#協同
#協働
#共同
#広辞苑
#踊る仔馬亭
#指輪物語
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2013年02月07日

「地に足をつける」と「浮き足立つ」


先日「地に足をつけてご機嫌に生きる」ワークショップに参加させていただいた。このグラウンディングのエクササイズは,半年ぶりの二度目。タイミング的には,前回参加の時も大きな転機を控えていて,今回も,前以上に大きな経験をする直前,いってみると自分の根っこを確かめなくてはならない,そんな心境の時機に参加させていただくことになった。
奇しくも,節句。立春を控えて,前年を振り返り,新たな年の展望をする絶好の機会ともなった。

グランディングのエクササイズそのものは,自分のわかっている範囲でたどると,

①足を腰幅クライアントに開き,
②左右のくるぶしを結んだ線の真ん中と,会陰の真下の線が交わる点から,6500キロ下の地球の中心核があると思い,
③そこから神聖なプラーナ(生命力)をいただく。目を閉じ,眼球だけを真下に向ける。
④次に,頭上の真上40~50センチを意識する。
⑤中心核から伸びている直径20センチのプラーナ管が,会陰を通り,頭上40~50センチまで身体を串刺しにしていると思う。
⑥中心核からプラーナ(生命力)や聖なる四大元素(水,,火,土,大気)をいただいている思い,
⑦心の中で生かしていただいていることを感謝する。

ということになる。大事なのは,地球の核心とつながっているという感じなのだろう。

半年前は,透明の管が,大地に突き刺さり,地球の核心への深い穴が見えた気がして,その瞬間何か風のようなものを感じて,立っているからだが揺らぐような感じがしたものだ。その感覚は,なんだろう,大地の中心につながるものと接しているという感じで,確信とまではいかなくても,ちょっとした安心があり,検査入院している一週間,立てるようになってからは,毎日,sok-sokという言葉と一緒に,グランディングをしていて,なんとなく支えにしてきた気がする。

ネットなどで調べると,

グラウディングとは簡単に言うと,地に足をつけてしっかりと現実を見据えて生きることであり,イメージで,グラウディングコード(自分とを結ぶコード= 線 )によって,地球の核にしっかり繋がる感覚を持つことです。

とある。考え方は違うが,地球の中心核とつながる感覚で,大地にしっかりと,基軸を持つこと,と言っていい。

地に足をつける,反対に,浮足立つ,という言葉がある。昨今,柔術などでは,

必要なのは「地に足をつける」ことではなく「浮き足立つ」ことが重要。一般的な言葉のイメージだと「地に足をつける」はプラスのイメージ、「浮き足立つ」はマイナスのイメージです。 しかし柔術の稽古ではそれが逆転する。 地に足がつくというのは地に足が居つくことであり、浮き足立つというのは自由に動ける状態。

剣道でも,

現代剣道の足運びは、主に右足を前に出して踏み込み、引き、防ぎます。後ろ足はつま先立ってます。踏み換えて稽古することはまずありません。却って滑稽に見えるかも知れません。

等々という。しかし,宮本武蔵は,全く反対のことをいう。

足の運びは,つま先を少し浮かせて,かかとを強く踏むようにする。足使いは場合によって大小遅速の違いはあるが,自然に歩むようにする。とび足,浮き足,固く踏みつける足,はいずれも嫌う足である。

また柳生宗矩は,『兵法家伝書』で,

さきの膝に身をもたせ,あとの膝をのばすべき事

あとの足をひらく心持の事

と述べていて,どうも足を浮かすという風には読めない。浮いた状態は,すぐに動けるかもしれないが,不安定で,重い太刀を構えているものの取る姿勢ではない。

斎藤孝さんは,こんなことを言っています。

江戸末期や明治初期の写真を見ると,当時の日本人は,とてもしっかりと立つことが出来ました。足は長くないが,臍下丹田や親指の足の付け根に力が入っていた。

さらに,

踏ん張るという感覚がありますね。この感覚がわからない人に相撲はできません。でも現在,この踏ん張る感覚を持たない子供も少なくないんです。彼らは,頑張ることはできるんです。頑張って相撲は取れる。ところが頑張るというのは精神的な感覚です。でも踏ん張るというのは,身体的な感覚なんです。ただ頑張るだけでは,心が先に行ってつんのめっているような状態。

大地にしっかり立てなければ,思いを果たすべき身体はついていけない。まずはグランディングから,自分の基軸を大地に根差す感覚を養わなくてはならない。



参考文献;
宮本武蔵『五輪書』(教育社)
柳生宗矩『兵法家伝書』(岩波文庫)
甲野善紀『古の武術を知れば動きが変わるカラダが変わる』(MCプレス)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#グランディング
#宮本武蔵
#五輪書
#柳生宗矩
#兵法家伝書
#甲野善紀
#斎藤孝
#地に足をつける
#浮き足立つ

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2013年02月08日

コーチングを受ける意味と効果~理想としてはこうありたい


クライアント体験については,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11050625.html

で,書きましたが,それでは,逆に,理想のコーチングセッションで得られるものを,これは別のところでも書いたことですが,改めて整理してみますと(いまさらめきますが),どうなるでしょうか。まあ,そうありたいという理想ですが,そうなればベストという目標でもあります。

①自分の最大のサポーターを手に入れる効果
 コーチは,クライアントの見方です。どんなときも,クライアントを信じ,守ってくれる人です。自分が信じられる人にとっては,コーチは最大の,力強いサポーターです。自分を信じられない人にとっては,コーチは,自分を信じてくれる最初の人を手に入れることになります。どんなときも,クライアントを信じ,見守り,承認してくれ,サポートしてくれる最大の支持者を手に入れることになります。

②自分の夢(やりたいこと)を実現する効果
 自分の求めているもの,なりたい自分,あるいは夢,もしくはやりたいことを自分の中で明確化し,その実現のために何をするかを,自分の力で発見し,それを実行するように促してくれるのが,コーチです。コーチは,自分の支援者であり,自分のサポーターとして,自分の夢の実現を,最後まで見届けてくれる人を手に入れたのです。

③目標達成度をフォローできる効果
 立てた計画が計画倒れになったり,途中で挫折したりするのは,いつも自分の意思が弱いからだと,自分を責めていないでしょうか。しかし,コーチは,立てた計画を最後まで遂行することを促し,そのために,どうしたらいいのかを,一緒に考え,フォローし続けてくれる人です。それは,計画遂行のパートナーを手に入れたことになります。

④人生の同行者を手に入れる効果
 同行二人という言葉があります。お遍路さんは,お大師さんと同行二人です。コーチは,クライアントの向き合う人生の道に,一緒に向き合い,一緒に考え,歩き出す勇気と動機を与え続けてくれるもちベーターです。

⑤自分を見守るもう一人の自分を手に入れる効果
 自分自身のメタ化というか,自分を鏡に見るように,自分を見るもう一人の自分を手に入れることになる。そのことによって,自分について,気づかなかった発見や自分の可能性や自分のリソースを見つける手がかりを得ることになります。しかも,そのもう一人の自分は,いつも責めてばかりの自分とは違い,温かく支援するもう一人の自分なのです。

⑥目標達成のための最適の行動と手段を選ぶ知恵を手に入れる
 自分がやろうとすることのために,どういう選択肢があるかを十分考えることを可能にし,しかも,その中から,最適の方法を選択するのを可能にするだけでなく,それを持続していくための勇気と知恵を手に入れることが出来ます。

⑦行動の効果測定ができる効果
 いくら賢い行動を選んだとしても,それを持続していくにはかなりの精神力がいる。しかしコーチをつけることで,そのサポートのエネルギーとフィードバックの正確さを手に入れ,どこまで確実に歩んでいるかをきちんと測定できる立てを手に入れたことになるでしょう。

⑧自己表現力を高める効果
 言いたいことがいえなくて悩んだり,そのための勇気がなかったり,言葉にする力がなかったりすることは多い。コーチは,クライアントの添削者であり,それを表現するためのアンプであり,エネルギー源でもある。どうすれば出来るか,どうすれば実行できるかを,とことん,出来るまで,一緒になって考えていくことが出来ます。

⑨自己確信度を高める効果
 コーチングの中で,自分自身について新たな発見をし,本当に自分のありたい状態にふさわしいゴールを目指そうとする。この発見は,自分の発見であり,自分のリソースの発見であり,更には自分自身への信頼と確信の確率のプロセスとなります。それは,個人的なあるいは仕事上での成長を加速するのに効果があります。

⑩コミュニケーション力をアップさせる効果
 コーチと向き合うことで,コーチからの様々な問に答えることを通して,自分について,自分の価値について,自分の求めていることについて,自分の人生について,自分の将来について,考えることを余儀なくされる。それは自分を知ることであり,自分を語ることである。その中で,気づかないうちに,自分自身を表現する力を身につけ,それを表現する勇気を身につけていくはずです。

⑪人への説得力を高める効果
 人を説得するとは,自分を受け入れさせることではなく,相手を受け入れることです。コーチを通して,自分が受け入れられ,承認されていることを気づくことで,それが人にとってどれだけ重要かに気づく。それは人への説得力の要諦を手に入れたのと同じことです。

⑫自分が見え,人が見える効果
 人は,自分を受け入れている程度でしか,相手を受け入れない。コーチングを通して,自分が理解されることを実感する中で,自分自身を,過不足なく受け入れ,そのことを通して,人をも,そのまま受け入れられるようになります。それが人を理解することなのです。

⑬視点を多角化する効果
 コーチは,もう一人の自分になってくれます。しかしそれは自分のコピーがもうひとりいるのではありません。コーチという別人格が,その人生と,経験・知識でクライアントを見てくれることなのです。それは,自分とは別の視点を手に入れることを意味しています。

⑭発想を転換する効果
 コーチは,クライアントのパースペクティブとは異なるパースペクティブからいろいろな質問,フィードバック,リクエスト,提案をしてくれます。それは,自分のパースペクティブでは見えない視点から,異なるパースペクティブを与えてくれることを意味します。それこそがまずは発想転換の第一歩となります。

⑮自分の可能性を発見する効果
 自分が生きてきた一本筋は,必ずしも単線ではありません。そこには自分の気づかない,自分だけの成功体験もあれば,知識や知恵もあるかもしれません。スキルもノウハウもあるかもしれません。それを掘り起こし,自分のリソースの再構築につなげていくことが出来るのです。その手伝いを,異なる視点からコーチは手助けしてくれるのです。


実は,コーチングでは質問を有力なスキルとして使っていますが,その目的は,整理すると,次のようなものになります。上記のコーチングの効果とほぼ重なることに気づかれると思います。つまり,以下の目的のために質問しているのです(コーチは「~のために」質問しますから,「~」に以下の項目を入れていただければ,コーチの意図がはっきりするはずです)。以下で,自分というのはクライアント自身という意味です。

●その先を明確にする
 ・将来イメージを作る
 ・未来を予測する
 ・ゴールの先を明らかにする
●目指すものを明確化する
 ・目標を設定する
 ・モデルを見つける
●リソースを見つける
 ・リソースを探し出す
 ・知識,スキルを棚卸しする
 ・自分の基盤を強化する
●現状を明確にする
 ・いまできていることを具体化する
 ・例外(気づかずできていること)を探す
●変える
 ・視点を変える
 ・思いこみを崩す
 ・固定観念を崩す
 ・ものの見方を変える
 ・ものの受け止め方を変える
 ・自分の見方を変える
 ・変化を促す
●アウトプットする
 ・考えを整理する
 ・アイデアを出す
●自分を発見する
 ・自己イメージを明確にする
 ・気づきを促す
 ・自分のタイプ(特徴)を知る
 ・価値観を知る
 ・自分を客観視する
 ・価値を明確にする
●課題を明確化する
 ・問題をはっきりさせる
 ・意味をはっきりさせる
 ・足りないものを洗い出す
●自分を動機づける
 ・自分を止めているものを確かめる
 ・モチベーションをあげる
 ・やる気を促す
 ・意欲を高める
 ・やる気のエンジンを探す
 ・ニーズを満たす
●手段を見つける
 ・選択肢を探す
 ・発見を促す
 ・具体化する
●行動を促す
 ・着手点を見つける
 ・ステップを具体化する

従って,コーチはコーチングのセッションから,最大のものをクライアントに得てほしいと思っています。そのためには,クライアント自身も,コーチングから最大限のものを手に入れるために,取り組んでもらいたいことがあります。なぜなら,コーチングは,一方通行ではなく,コーチングの一瞬一瞬を,同じ土俵の上で,Dance in this momentなのですから。それをより効果的にするために,パートナーとしての務めがあります。

・自分が何を求めているかにフォーカスし続ける
コーチングは,クライアントが明確なゴールをもっているときにもっとも効果を発揮します。まず最初に,クライアントは人生をどんなものにしたいのかを考えてください。それから,今の状態とクライアントが望む状態とのギャップをはっきりさせます。コーチングはそれを明確にするのに非常に役立つツールです。

・変わっていく自分を受け入れる
多くのクライアントは,ある特定のゴールを達成するためにコーチをつけます。しかし,コーチングを受けているクライアントは,コーチングの中で,自分自身について新たな発見をし,本当に自分のありたい状態にふさわしいものにゴールを シフトさせていけることに気づきます。自分がコーチングを通して,微妙に変化し,成長していることを受け入れ,その自分に付き合う姿勢が必要です。個人的な,そして仕事上での成長を加速するのに,コーチングは非常に効果的です。

・出来るという確信をもつ
コーチはコーチとしてたくさんのことを要求します。クライアントが新しいアプローチを試し,積極的に新しいことを試すことを望んでいます。コーチは,クライアントに本当のことを話してほしいし,クライアントの個人的な基準を上げ,さらに高いゴールを目指すことを望んでいます。クライアントが成長したいと望めば望むほど,多くのものをコーチングから手に入れることができます。 そのサポートをするためにコーチがいます。不安になったら,コーチにそう求めればいいのです。

・すべてのセッションに準備をして臨む
コーチングセッションから多くのものを手に入れるためには,セッション毎に話したいことを準備しておいてほしいし,メールで事前にコーチに送 れば,セッションをさらに有意義にすることができます。

・コーチのリクエストに応える
毎週,クライアント自身で,自分のとる行動とゴールを決めてもらいます。もしセッション後の一週間が忙しい週になるとわかっていれば, コーチはそうやって,クライアントに高いハードルにチャレンジすることを求めます。もちろんハードルや宿題のハードルを下げることは出来ます。するのはご自分自身なのですから。いずれにしろ,コーチはクライアントが自分の可能性をすべて引き出すことができるようにサポートします。

こう考えると,どこまで,コーチとしても,クライアントとしてもできているのか,改めて考え込んでしまいます。いい反省です。初心忘るべからず,というところです。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#コーチ
#コーチング
# Dance in this moment
#質問
#リクエスト

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2013年02月11日

茶道具について


先日,静嘉堂文庫美術館で,「曜変・油滴天目 -茶道具名品展-」
http://www.seikado.or.jp/010100.html
に行ってきた。無粋な人間なので,茶道やお茶にはまったく向かない人間なのだが,「付藻茄子」という名の茶入れには,この由来を見ていると,ちょっとだけ惹かれるものがある。

この茶入れは,「作物(つくも)」「九十九髪(つくもかみ)」とも記され,松永久秀が,信長に献上し,大和一国が安堵されたという逸話がある。松永久秀の手に入るまでも,足利義満,義政,山名豊重,朝倉家などを経て,松永から信長に渡り,本能寺の変で焼かれたのが,焼け跡から発見され,秀吉の手に渡り,大阪城落城の後,徳川家康の命で,焼け跡から探し出され,塗師(ぬし)藤重藤元,藤巌父子の手で漆繕いされ復元,家康から下賜されたという。その後転々として,岩崎弥太郎の手に入った,といういわくつきのものである。

しかしである。茶道では「唐物」として珍重されるこの一品も,生産地の中国では,薬や油を入れる容器にすきなかったという。それが佐々木道誉や足利義満によって茶道具の一品としての価値が付与され,おのれの権威の威信を示すものとして機能させられたという経緯がある。そういえば,千利休が,安南あたりの安い土器に,価値を見つけて高額化させたという話もある。単なる日用雑器に「美」を見つけたと言えば,そうには違いないが,自分のような俗物には,なんだか詐欺まがいに見えなくもなく,よくわからない。

権力者のいわば権威の証のように,本能寺へ,信長は,三十八種の茶道具を持参した。信長祐筆の楠長諳が,茶会に参加予定の島井宗室に宛てた「御茶湯道具目録」には,次のものがあるという。

九十九茄子・珠光小茄子
円座・勢高肩衝
万歳大海
紹鷗白・犬山かづき天目
松本・宗無・珠光茶碗
数の台二つ
堆朱龍の台
趙昌の菓子・古木と小玉澗・牧谿のくわい・ぬれ鳥の各絵
鳥の香炉
二銘・珠徳の浅茅茶杓
相良高麗・同鉄火筋
開山五徳の蓋置
宗及炭斗
貸狄・蕪なし・筒瓶青磁の花入
切桶・同かえり花・締切の水指
柑子口柄杓立
天下一合子水翻
藍・立布袋の香合
宮王・田口釜

これだけのものがあるぞ,それが手に取れるのをありがたく思えと,参加者に知らしめさせた真意はまあ,権力者の自慢と恩着せがましさといえなくもない。このうち,前述のように,九十九茄子が焼け跡から発見されたが,そのほか,玉澗の「枯木絵」は,宗室とともに本能寺に泊まっていた紙屋宗旦(神屋宗湛)によって救い出されている。宗室は,リストにはない,空海の千文字文を持ち出した。いわば,どさくさに紛れて天下の名物を,おのれの権威を増す材料として,盗み出したに等しい(宗湛のその振る舞いを,『盗人宗湛』という小説にした人もいるらしい)。

これで思い出すのは,東大寺正倉院に収蔵されている香木の,蘭奢待(らんじゃたい)は,天下第一の名香と謳われる。これまで足利義満、足利義教、足利義政、土岐頼武、織田信長、明治天皇が切り取っている。それと同じで,おのれの権威を示す材料として,茶道具が,権力者に珍重されたのだろう。

面白いのは,二度目に信長に背いた松永久秀は,信貴山城に立てこもり,信長におのれの首と名物平蜘蛛の釜が手に入るのを拒んで,火薬で木端微塵になったという。あいつだけには渡さぬ,という最後の意地というべきものなのだろう。

どうもそういう茶道具を巡る人間臭いところに関心が向いて,肝心の天目茶碗に話が向いていないので,最後にその話をまとめて締めくくりとしたい。

ちらしには,こうある。

世界に三碗のみが現存する「曜変天目」(すべて国宝)のうち、最も光彩が鮮やかな一碗、淀藩主稲葉家に長く秘蔵されたことで知られる“稲葉天目”と、独特の大きな朝顔形の姿に銀色の斑文が美しい「油滴天目」。本展では、この二つの名碗を中心に、信長―秀吉―家康と、天下人の手を経て今日に伝わる“大名物”茶入「付藻茄子」「松本茄子(紹鴎茄子)」、そして仙台藩主伊達家・加賀藩主前田家といった旧大名家、寺社・豪商・著名な茶人等によって所持された茶道具の名品を精選し、公開いたします。

で,国宝 曜変天目茶碗(稲葉天目)には,こんな説明がある。

「曜変」とは元来「窯変」「容変」を意味し、唐物茶碗「土之物」の筆頭に分類格付けされてきた。「星」または「輝く」という意味をもつ「曜」の字を当てて文献に記されるようになるのは、十五世紀前期の頃からである。静嘉堂所蔵の曜変天目は、もと将軍家所蔵であったものを淀藩主稲葉家が拝領し、代々秘蔵したことから「稲葉天目」と称される。産地は中国福建省建陽県に位置する建窯であり、窯址調査から、そのうちの蘆花坪窯である可能性が考えられているが、まだ曜変の明瞭な斑文を伴う陶片は出土していない。今日、世界中で現存する曜変天目茶碗は三点(京都・大徳寺龍光院、大阪・藤田美術館、静嘉堂)であり、斑文の美しさはそれぞれ別趣であるが、すべて寸法や器形が酷似している。いずれも焼成前に決定されているはずの素地土は最良のものが用いられ、高台の削り出しも精緻を極めていることから、曜変天目は、焼成中の偶然の所産であったばかりでなく、陶工が試行錯誤の果て、わずか完成をみた作品であった可能性もあるであろう。

ただ,茶を喫すという意味からいうと,曜変天目茶碗は少しあでやかすぎ,螺鈿のような華やかさで,好みからいえば,渋い油滴天目がいい。黒地に油の滴が水面に散ったような,銀色の斑紋は,茶の鮮やかな緑とマッチして,茶碗にふさわしいと思える。

まあしかし,茶会にも茶の湯にも疎い素人が言うのだから,あまりあてにはならない。

参考文献;
高木昭作監修『織田信長家臣人名事典』(吉川弘文館)
小島 毅『織田信長 最後の茶会』(光文社新書)


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#織田信長
#松永久秀
#油滴天目茶碗
#曜変天目茶碗
#静嘉堂文庫美術館
#本能寺の変
#徳川家康
#付藻茄子
#藤重藤元,藤巌父子
posted by Toshi at 07:24| Comment(285) | 日記 | 更新情報をチェックする

2013年02月12日

その人になる場をつくる


自分が生かせる,とはどういうことか,ひとつはいまの自分のありのままで,生き生きと心身ともに活動できることだが,同時に,自分のキャパ一杯に活動することで,新たな自分を日々つくりだしていける,そういう成長性もなくてはならない。

自分を受容することが,ともすると,そのままの自分でいい,という自足を勧めるように聞こえて,どこか納得いかない。それでは,自分の気づいていない,自分の可能性を伸ばす機会を自分で棄ててしまうことになる気がしている。

自分の限界は,自分で「もうこれまで」と思うもう一つ先まで,自分を出し切らなくては見えてこない。そうすると,そのギリギリが当たり前の常態になるような努力をする。すると,さらに自分の限界線が広がる。閾値を決めてしまって,それを限度とするのは,自分を貶めることだ。

確かに,自分はかって,自己肥大で,自己を過大評価していた。しかしだからこそ,取り組めたこともあった気がする。それが自分の領域をはるかに超えたところだと,やってみて気づくこともある。そこが一つの目標になる。いつの間にか,それができている日が来る。そういうことの繰り返しの中で,自分のキャパを少しずつ超えていく。

場については,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11007605.html

で書いたが,そこで自分が生き生きするためには,自己完結した自分を手放すこと,それは,逆に言うと,自分のためではなく,大事な誰かのために,その人が生き生きできるような場を設え,そこでその人が生き生きし,限界にまで,楽しんでチャレンジできるように,サポートしきる,そういう場を作ることが,ひとつの方法なのではないか,そんなことに気づいている。

それをどう伝えたらいいのか。いやいや,それがどうしたら可能なのか,そのことがまだ見えていない。おのれを捨てることが,そして,そこで大事な人がおのれのパフォーマンスを最大限発揮し,実現しきれること,それを支え,実現することが,自分自身の新たな可能性を広げることになる,そういう場を創りたいと思っている。

つくづく自分の我執にこだわる自分が本当に卑小でちっぽけな存在に思えてくる。おのれの限界が見えてしまったいま,その努力はまだまだ続けるけれども,それが見えなかったときに比べて,やはりモチベーションが違う。その目的は,少しずつ遠ざかっているように見える。

フロムはいう。

集中できるということは,一人きりでいられるということであり,一人でいられるようになることは,愛することができるようになるための一つの必須条件である。もし,自分の足で立てないという理由で,誰か他人にしがみつくとしたら,…二人の関係は愛の関係ではない。逆説的ではあるが,一人でいられる能力こそ,愛する能力の前提条件なのだ。

ならば,少しは資格はある。さらにフロムは言う。

愛とは,特定の人間に対する関係ではない。愛の一つの「対象」にたいしてではなく,世界全体にたいして人がどう関わるかを決定する態度,性格の方向性のことである。

しかし,フロムが引用する,マイスター・エックハルトの言う,

もし自分を愛するならば,すべての人間を自分と同じように愛している。他人を自分自身よりも愛さないならば,本当の意味で自分自身を愛することはできない。

をもじるなら,たった一人を愛することができないなら,それ以外の人を愛する力量は知れているともいえる。

だから,視点を変えた時,自分自身を生かすという我執を手放すなら,それを自分ではなく,人が生きる場,人が自分を生き生きと成長させていく場と考えれば,その場は,自分自身が人を生かすべき舞台となる,新しい場ができる気がしている。

まだまだ模索なのだが,自分だけでなく,その場の人が,共に生き生きするというにはどうすればいいのか。

フロムの言葉にヒントがあるかもしれない。

二人の関係がそれぞれの存在の本質において自分自身を経験し,自分自身か逃避するのではなく,自分自身と一体化することによって,相手と一体化するということである。愛があることを証明するものはただ一つ,すなわち二人の結びつきの深さ,それぞれの生命力と強さである。

自分から逃げないこと,自分がしようとすること,自分のしたいことと一体化すること,そこからしか出発点はない,当たり前だが,そんな確認からはじめよう。

ふと気づくのだが,これって,究極のコーチングの場そのものなのではないのか。


参考文献;
エーリッヒ・フロム『愛するということ』(紀伊國屋書店)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#エーリッヒ・フロム
#愛するということ
#場
#成長

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2013年02月13日

創ることと生きること~好きなフレーズⅢ


創造性とは何か,といったとき,ヴァン・ファンジェの定義,

①創造者とは,既存の要素から,彼にとっては新しい組み合わせを達成する人である
②創造とは,この新しい組み合わせである
③創造するとは,既存の要素を新しく組み合わせる(組み替える)ことにすぎない

が有名だが,いまいちピントこなかった。あるとき,川喜田二郎が,

創造性とは,本来ばらばらで異質なものを意味あるように結びつけ,秩序付けること。

と書いているのを見つけて,ようやく腑に落ちた記憶がある。つまり,意味あるように組み替える,あるいは新しい意味が見つかるような組み合わせを見つける,ということだ,と。自動的に見つかるわけではなく,エジソンではないが,普通の人はもうこれだけやったんだ,と思うところに来て,やっとそのわずか先に光明が見える,そういう努力の中からしか生まれてこない,という意味なのだろう。それは,永遠に見つからないということも含めている。

しかし,

窮すれば即ち変じ,変ずれば即ち通ず,

という易経にある言葉もある。窮しているということは,ひとつの壁だ。壁があるということは,多くの人がそこで投げ出す一つにハードルだと思えればいい。そうすると,選択肢が見える。引き下がるのも,そうだが,横へずれてもいい。ここで,しばらく立ち止まってもいい。岡潔さんは,

タテヨコナナメ十文字考えぬいて,それでもだめなら寝てしまえ,

といった趣旨のことを言っていた記憶がある。それもその一つだ。ひらめく一瞬は,0.1秒脳の広範囲が活性化する。いつもと同じ筋道で見ている限り,いつもの答えしか出ない。脳の,いつもと違うリソースとリンクさせなくては,あるいはリンクするまでのタイムラグが,いわゆる孵化の時間ということになる。脳は,問題意識を掲げると,勝手に考えていく。答えは,脳から出てくる。

「アイデアいっぱいの人は決して深刻にならない」というのは,フランスの詩人ポール・ヴァレリーが言った,僕が大好きな言葉だが,広角な視界は,いつもたくさんの選択肢が出せるとところからくる。そういうゆとり,自分への間合いが必要な気がする。

キルケゴールはいう。人間は精神である。しかし,精神とは何であるか?精神とは自己である。自己とは何であるか?自己とはひとつの関係,その関係それ自身に関係する関係である。あるいはその関係において,その関係がそれ自身に関係するということ,のことである。

結局人は,自分と会話している。あるいは,自分と,自分A,自分B,自分C,自分D…自分nと対話している。田中ひな子さんは,カウンセラーは,

その人自身が自分としている会話(「自分を巡る自分との対話)であり,セラピストは,クライアントのしている「自分との会話」に入っていく。

といった(http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11065948.html)。その自分との対話の間合いを自分で測る,それが選択肢を出すカギだと思う。心の余裕が必要な所以なのだ。

サルトルは,こんな言い方をしていた。

自己とは,それ自身との一致であらぬ一つのありかたであり,「同」を「一」として立てることによって「同」から脱れ出る一つのありかたであり,要するに,いささかの差別もない絶対的凝集としての「同」と,多様の綜合としての「一」とのあいだの,つねに安定することのない平衡状態にあるひとつのありかたである。

こんな不安定の中での自分との間合いが,ゆとりなくしては生まれないというのも,ちょっと常識的で嫌だが。

ところで,ハイデガーは,人は死ぬまで可能性の中にある,と言ったが,サルトルは,私は,まさに私の行為が可能でしかないがゆえに,不安なのである,と言っていた。

「可能性」とは,「その約束の場所で私自身に会えないかもしれない」という恐れであり,「もうそこへ行こうとしないかもしれないおそれ」である,とも。記憶違いかもしれないが,「握った手は握ることができない」といったのもサルトルだったように思う。学生の時の授業で聞いたそのことはだけが妙に印象に残っている。そうだよな,握った手は握った手だ,と。

神田橋條治は,いう。ボクは精神療法の目標は自己実現であり自己実現とは遺伝子の開花である,と考えています。「鵜は鵜のように,烏は烏のように」がボクの治療方針のセントラル・ドグマです。

鵜は鷹にはならず,鷹は家鴨にはなれない。おのれ自身の可能性とは,そういうことだ。後は,そのための努力だ。確か,論語にあった。一人に備わらんことを求るなかれ,と。一人の完全性には限度がある。

そういえば,論語曰く,

己れを知ること莫きを患えず,知らるべきを為さんことを求む。

かつては,自惚れが強かったので,この意識が強かった。しかしいまは,

人のおのれを知ること莫きを患えず,人を知らざるを患えよ

が,強く響く。たぶん,「人を知る」ということの重要さを,ようやくこの歳で知った。すべておのれ一個の力でできると,過信していた。しかしそういう過信が,人の後を金魚のうんこのようについて歩くのを,よしとはしなかった。そういう若気の至りがあってもいい,と今はおのれを許す。

カーネギーはいう。議論に負けてもその人の意見は変わらない。よく落ち込んだものだが,議論ではなく,対話だと考えると,正しいか間違っているかではない。対話については,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11072771.html

で触れた。ガチの対立になるのは,N・R・ハンソンの言う,人が,それぞれ知識でものを見ていることを失念しているからだ。

N・R・ハンソンは,こう書く。20世紀の天文学者が,宇宙空間の適当な位置から眺めれば,地球が太陽のまわりに軌道を描くように見え,その逆ではないことを見るように,13世紀の天文学者は,宇宙空間の適当な位置から眺めれば,太陽が地球の周りに軌道を描くように見え,その逆ではないことを見たのである。ゲーテがわれわれは知っていることだけを見る,といった。ウィトゲンシュタインが「~として見る」といったことを,そうハンソンはたとえた。

おのれを知るとは,おのれの限界を知る,ということでもある。しかしそれは,謙虚さからしか生まれない。つくづくそう思う。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#サルトル
#N・R・ハンソン
#論語
#キルケゴール
#ヴァン・ファンジェ
#川喜田二郎
#岡潔
#ハイデガー
#ウィトゲンシュタイン
#ゲーテ
#神田橋條治

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2013年02月19日

「趣味は何ですか?」と聞かれて…


あるところで,久しぶりに,

「趣味は何ですか?」

と聞かれた。で,一瞬のうちに,何もないということに気づいた。

というより,いつも一見趣味に見えることが,自分にとって達成すべきタスクになっていて,建替えた庭が砂埃を立てているのを見かねて,大量にネットで姫高麗芝を買い付け,一日かけて植えまくり,ついでに残っていた石を並べたり,足りないものをレンガを購入して並べたりと,一気に花壇と芝庭を造り上げてしまった。一見,そのプロセスは,ガーデニングが趣味のように見える。

事実低灌木の庭木を何本も,ネットで注文して,植えまくり,庭らしくなるのに3年くらいかかったが,それで一気に熱が冷める。自分のなすべき仕事としてやっていただけなのだ。

一事が万事,すべてこの調子なので,趣味という類の,心を寛がせて,のんびりやる,ということが全くない。

ずいぶん昔,若いころは,「趣味は何ですか?」と聞かれると,趣味はない。と言っていた。事実やはり,なかった。学生時代,クラブで人形劇の脚本を書いたり,人形を造形したりすることは,趣味ではなかった。一種の仕事であった。この体験については,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11056480.html

に書いた。

「趣味」に関する質問は,その頃たびたび受けたが,「ない」と本気で思っていたし,逆に,そういう極楽なことは持っていない,と言うことで,胸に秘めた夢を温めていた感じがなくもない。しかし,いまはそれを口にして,あるいは人から言われて,「いやあ,趣味ですよ!」などと言っている。

しかし,「いやあ,趣味ですよ!」などと言って,心ではそうでもないつもりなのだが,そう言っているうちは,たぶんダメなのだろう。結局本気度が試されている。本気でそれをやっているなら,たとえものにならなくても,何年低迷が続こうとも,「まだまだ,諦めてませんから!」と言えなくてはならない。夢は趣味ではないのだから。

昔,「君の夢は?」と聞かれて,「夢は語るものではなく,実現すべきものだ」などと頑なに,語ることを拒んでいた。語ると,それが安っぽくなる気がしたのももちろんあるが,それを語ることが衒いに思えた。静かに心に温め,ひそかに努力し続けるものだと思っていた。

人に語ろうと,語るまいと,実現できる夢はさっさと達成され,実現されぬ夢は,はるかな遠い頂に見える。中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」にある。

行先を照らすのは
まだ咲かぬ
見果てぬ夢
はるかうしろを
照らすのは
あどけない夢

これだけの年月を経ると,かつて熱く語った友の行方は知れず,市井の中で老後を静かに送っているか,野辺で野垂れ死にしているか,あるいは栄光の賞賛にもまれているか,それはわからない。事実,夜逃げしたという噂の友もいる,生死も分からぬ音信の絶えた友もいる。

しかしいまの方が,自分についても,人についても,よく見えている気がする。自分の夢や思いのフィルターで見ると,無意識に,意識的に選別していた気がする。いまは,ただ相手自身を見る。

相手を夢の多寡でも見ない。
相手をキャリアでも見ない。
相手を風采でも見ない。
相手を身なりでも見ない。
相手を実績でも見ない。
相手を有名無名でも見ない。
相手を功名でも見ない。
相手を言動でも見ない。
相手を知識の多寡でも見ない。
相手を地位でも見ない。
相手を高名でも見ない。
相手を好悪でも見ない。
相手を善悪でも見ない。
相手をエネルギーの多寡でも見ない。
相手を情動の多寡でも見ない。
相手をイデオロギーでも見ない。
相手を思想でも見ない。

ただ相手へ感じた好意のみを信ずる。広津和郎が,松川事件の被告たちを,ただ直感だけで,無実と信じたように,おのれの,その直感を信ずる。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#中島みゆき
#ヘッドライト・テールライト
#夢
#趣味
#広津和郎
#松川事件

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2013年02月24日

提案について


CTPのテキスト(僕の受けた2004年当時)には,提案について,

提案とは,新しい視点を提起要することです。提案と,「指示・命令」は違います。「提案」は,あくまで彼ら(クライアントを指す)が自分の責任で行動を選択することを促します。言い換えれば,「YESかNO」の選択権は常に相手にあるという立場に立って伝えるのが,「提案」です。

とある。CTI流だと,「YES,NO,逆提案」となる。逆提案が入っている分だけ,対等という感覚が強まると言ってもいい。

提案というのは,指示命令とは違う,という。しかし,望まれていないアドバイスは,命令に聞こえる。「俺の言うことをきけ」と。だから,提案も同じだ。望まれていない「提案」は,YESと言えというふうにしか聞こえないかもしれない。

人は,自分が選択したと思えなければ,強制されたと感じる。ではどうすれば,強制と感じないで,自分の選択と感じられるのか。

第一は,その選択肢の選定プロセスに,相手も一緒に加わり,そのどちらかに選ぶのがベストと感じることができている場合だ。つまり,一緒に提案の中身を,つくりかあげていくプロセスがあることだ。

第二は,選択できる,ということだ。提案が,ひとつではなく,いくつかあり,その中から,自分が自主的に選んだと感じられることだ。

その場合,二者択一では選択と言わない。「YESかNO」を迫っているのと変わらない。選択できる,という意識が持てるのは,最低限3つがいる。あまり多くなると,選べなくなる,ということをよく言うが,せめて3つの中から選べるのがいい。

その理由は,

①当然第一に述べたように,これっきゃないところから,諾否のみを求められるのは,押し付けられているという感覚が強い。特に,心理的に上位と感じている人からのそれは,強制のニュアンスがどうしても出る。コーチングではそれはないと思われるかもしれないが,そう思っているコーチは思い上がっている。クライアントには,潜在的に,「コーチに嫌われたくない」「コーチによく思われたい」という心理があり,それが強迫性をもつ。

②二つだと,二者択一,つまりあれかこれか,から選ぶことになる。これだと実際やってみるとわかるが,心理状態は諾否に近い。

③三つの良いところは,二つある。少なくとも選んだ感はある。いま一つは,人は上中下とあった場合,大概真ん中を選ぶ傾向がある。従って,相手に選んでほしいものがある時,本命をそこに置くと,割と選ぶ傾向が高まる。

その意味で,提案者にとっても,選択者にとっても,3つの選択肢は,好感度が高い。できるなら,提案する以上,相手に選んでほしいし,また相手に選んだと思ってもらいたい。

ソリューション・フォーカスト・アプローチでは,クライアントに提案(Suggestion)を行う。その場合,
行動提案(クライアントに何かするように求める)

観察提案(生活の中で解決作りに役立ちそうな部分に注意を払うように求める)
とがある。いずれを出すかは,面接中に集められた情報を基にするが,その場合注目すべきは,

「初回面接の終了時までに,ほとんど例外なく,臨床家とクライアントは共同作業によって,クライアントの望みを明確にできる。…提案を決めるために最も重要なことは,クライアントが何か違いを求めているかどうかに注目することである。」

とし,解決したい問題があり,自分が何とかしなくてはいけないと考えている状況では行動提案,問題に気づきながらも自分を解決の一部であると考えていない場合は,観察提案,といった選択基準を提起している

どうやら,提案は,協働作業として,おのずとそれをすることが自分にとって不可欠と思える状況というか,文脈をつくって,一緒にそこへたどり着くのがいいのではないか,と思えてくる。

ただ,さらに付け加えると,僕は提案は,受ける,受けない,逆提案という選択肢の中で,ただ並べるのではなく,クライアントの想定外の提案がいいと思っている。しかもそれがコーチとクライアントの協働関係の中で,必然的に飛躍が起こりうる,というようなものでなくてはならない。

ただ価値に合うとか,大きな主題に合うというコーチの理屈ではなく,それをやってみることが,いまの自分にとって必要なんだと思わせるものだ。

僕はその流れは忘れたが,絶対やりたくないものを列挙し,その中から,何かにチャレンジするという提案を,コーチから受けた記憶があるが,それは自分が変化とかチャレンジということを言ってきた文脈から出た提案であった。その文脈に納得し,その文脈に乗って,コーチとともに,やりたくないことを列挙し,その中から,選択していく。それも自分でも想定外のことを選び,チャレンジする。

それを断ったら,チャレンジという自分のやろうとすること自体が口先三寸になる。そういう文脈であった。

そう,だから,提案は,それだけが突出しても,提案ではなく,指示命令にしかクライアントには聞こえない。一連のコーチングという協働関係の中から,コーチもクライアントも,ともにそういうことだよな,と納得できる提案が,ぽろりと落ちる,しかも想定外に,そういうものなのだと思う。

参考文献;
インスー・キム・バーグ他『解決のための面接技法【第三版】』(金剛出版)

今日のアイデア;
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#インスー・キム・バーグ
#ソリューション・フォーカスト・アプローチ
#提案
#YES,NO,逆提案
#行動提案
#観察提案
#文脈
#場


posted by Toshi at 06:55| 日記 | 更新情報をチェックする

2013年03月13日

どんな人生にも意味がある


所詮おためごかしに聞こえるかもしれないが,最近心底そう思えるようになった。言うまでもないが,「人生はすべて意味がある」ではない(そんなのは当り前)。「すべての人生に意味がある」の意味だ。

どんな人生にも意味がある。

偉い学者はもちろん,
成功した大金持ちも,
貧乏の中でのた打ち回り野垂れ死にした人も,
有り余る金で贅沢に一生を過ごした人も,
凶悪な殺人者も,
その犯人に殺された人も,
自殺するまで追い詰めたいじめっ子も,
追い詰められた校舎から飛び降り自殺した人も,
コインロッカーに遺棄された赤子も,
ロッカーにへその緒を附けたまま我が子を見捨てた母親も,
居眠り運転して人身事故を起こしたドライバーも,
暴走した乗用車に跳ね飛ばされた幼稚園児も,

すべての人の人生に意味がある。是非善悪は神の視座でなくては下せない。しかし僕は神の存在を信じない(まあ創造主の意味の神で,可愛げのある八百万の神は,信じているが)。いま宇宙は膨張し続けている。しかし一転収縮に転じ,ビックバン以前になった時,宇宙は極小の粒に圧縮される。神がいようといまいと,すべては消える。そんなものに,是非をゆだねるべきではない。もし神が,その圧縮された点の外にいるなら,無傷でそんなところにいるようなものに,傷つき歎く人間のことなど分かるはずはない。もはや神ではない。世界と,すべての人間と丸ごと一心同体,一緒に世界とともに消滅する神でなくては,神として信ずるには足りぬ。なら,神は,宇宙とともに圧縮され潰れる。

しかも,意味の有無も,価値の是非も,所詮その人単体で,自己完結して下そうとすると,それも,そもそも間違っている。人は,社会的動物であり,人と人とのつながりの結節点としてしか存在しえない。なら,その人が意味も価値もないのなら,それに連なる人々も意味も価値もなくなる。

そんなことはありえない。

その人の意味も価値も,その人と連なる人ごととのリンクの中でしか浮かび上がってはこない。

僕の弟は,10か月で,誤診のため急死した。10か月では戒名もない。死ぬ前,母がしきりに悔いていたのを耳にした。しかしその弟も意味があると信じている。いま,思い出を兄弟に残した。母の悔いを残した。ぼくに記憶を残した。

意味を見つけられないのは,是非の眼で曇っているか,こちらの知恵と見識の不足のせいだけだ。

どんな人生にも意味がある。

家中の襖という襖をバットの先で破りまくった高校生も,
リストカットを繰り返して,手首に何本もの筋を創ってしまった娘も,
追い回した果てに憎さ百倍でその両親を殺してしまったストーカーも,
毎日ガード下でただ飲むために飲んでいる酔っ払いも,
脳溢血で半身不随になり,自暴自棄になっている独居老人も,
家賃が払えずほおり出されてコンビニの賞味期限切れをあさっている男も,

何かをしようとしていても,
何もしなくても,
ただそこにいるだけでも,

何かを成し遂げても,
何も成し遂げなくても,
ただ立っているだけでも,

すべての人の人生に意味がある。是非を抜き,前提抜きで,掛け値なく,すべての人の人生に意味がある。

すべての人の人生に物語があり,物語のない人生はない。である以上,その物語に,たった一人で登場する人は一人もいない。一人もいないということは,その人一人に自己完結させて意味を見つけようとすることはできないということだ。

天の視点も,神の視点も,宇宙の法則もいらない。ただのおのれの人生をよく見ているひとには,すべての人の人生に意味が見える。

意味に価値を入れてはいけない。

成功したかどうか,
幸せだったかどうか,
楽しかったかどうか,
面白かったかどうか,
その行為の可否ではなく,
その行動の是非ではなく,

ただ,その存在とその人生に意味がある。それがクライアントに丸印を附けるということの,真の意味でなくてはならない。

しかしだ,自己完結した人生そのものの中にいる本人は,その意味には気づけない。どっぷりつかり,絶望し,やけくそになり,自暴自棄になっている本人には気づけない。

それに気づくには対象化がいる。メタ化がいる。自分自身と,自分のありようとを対象化しなくてはならない。方法は二つしかない。

一つは,人の眼だ。評価ではなく,ありのままに,その人自身と,その人のありようと,人生をフィードバックすること。

いまひとつは,自分が自分を,自分のありようを,自分の人生を,言葉にして語ること。

それを一人でできる人もいるが,聞き手がいて,それをフィードバックすることの効果は大きい。鏡効果によって,自分で自分を認知できる。

ここにこそ,シャインのいう,プロセス・コンサルテーションに携わる,援助職の出番がある。

是非の色眼鏡,可否の色眼鏡,善悪の色眼鏡は,自分の人生を見るときにいらない。ましてや援助職には,それが有る無しが,その人の技量のメルクマールだ。眼鏡なしで,相手を見られない人は,プロセス・コンサルテーション,いわゆる援助職についてはいけない。まして,色眼鏡で相手を峻別している自分に気づいていないような人に,支援をされたくはない。

今日のアイデア;
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#プロセス・コンサルテーション
#意味
#E・H・シャイン
#メタ化
#援助職
#ビックバン
#神
#八百万の神

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2013年03月16日

コーチの技量はコーチングの場でしか決まらない!


コーチングとファウンデーションを強く関係づけることに絶対的な疑問がある,ということを書き続けている。これを最後にする。

コーチがいなくても世の中は回る

という人がいる。いや,

コーチがいない方が世の中は回る

という人がいる。コーチングを指しているのかコーチを指しているのかははっきりしないが,コーチングについて言っている。カウンセリングについてこう言われることはないだろう。

それにこたえるのは,コーチのリアル世界の栄耀や名声ではなく,コーチングの場でのセッションしかない。

ファウンデーションは,コーチ自身の生活の基盤だ。生活の仕方の問題だ。それは,コーチングの場の問題には,もちろん無関係とは言わないが,直接つながらない。

もし,ファウンデーションを強化することが,コーチング力アップになるというのなら,どこかコーチングへの誤解があると思えてならない。

コーチは,おのれの生き方をクライアントに教示する必要もないし,まして示すことは邪道だ。それは,コーチがモデルだと強要していることになる。

コーチングで,コーチの生きざまが問題になることはある。しかし,それは立派な生き方や成功した自己実現を示しているのではない。それは,コーチのリアル世界での生き方の問題に過ぎない。コーチはそういう生き方をしている,というだけのことだ。クライアントにはクライアントの人生があり,生き方がある。

生きざまというのは,別に生き方の成否や是非が問題なのではない。その生き方を意識し,自覚し,それがどんなに無様でも,クライアントに開示できるかどうかだ。それを含めて生きざまという。自分のありのままの生き方を恥じず,あからさまに容認し,開示できる,あるいは開示する覚悟だ。

立派,というのが何を指すかは知らないが,どんな生き方にも可否,是非はない。ただそれを自覚しているかどうかだ。

誤解があるのは,コーチングの場と,コーチのリアル世界の生き方をつなげてはならない,ということがわかっていないことからくる。

コーチングの場で必要なのは,ロジャーズの言う,自己一致・共感・受容の世界を,クライアントと共に作ることだ。その一瞬リアル世界のおのれを捨て,コーチとしてクライアントに向き合う。ファウンデーションを言う人は,その切り替えを,ごちゃごちゃにしている。

もちろん,クライアントはリアル世界のクライアントであり,そのままコーチングの場にいる。それでいい。

少なくとも,ファウンデーションを言うコーチは,僕の知っている限り,コーチングが下手だ。少なくとも,私は,ファウンデーションを言っていた人のコーチングでひどい目にあった。家族曰く,「ものすごく凹んで帰ってきた」と。そんなコーチングをコーチングと呼ぶことすら拒否したい。コーチは,リアル世界の自分を,コーチングの場に持ち込んではならない。自分が成功している,相手は落ち込んでいる,その位相差のままコーチングの場づくりをしている。もはやコーチングとは呼べないことに,気づいていなかった。まあ,たまたまをそもそもとしているきらいはあるが。

もちろんそのとき,承認も認知もない。絶え間ないレッテル貼りだけが続き,ダメ出しと欠点の暴き出しが続いた。もちろんたまたまそうだったのかもしれない。しかしコーチングに二度目はない。その一瞬で創り出したものがすべてだ。その一瞬の場での現出感がすべてだ。コーチングにトライアルはない。だから,その一瞬の時を創る,と言っている。Dance in the momentを創り出す,とはそのことだ。

コーチが立派な生き方をしていることが,コーチングを支えるのではない。
AというコーチのAとしての生き方は,A自身のためのものであって,クライアントのものではない。

Aというコーチの存在感は,コーチングの場でこそ問題になるのであって,Aというコーチがどんな立派な生き方をしているかどうかは関係ない。もちろんどうしようもない人間では,そもそもコーチングを受けないだけのことだ。

必要なのは,コーチングの場で,コーチとクライアントとの間で,一瞬の場を創れるかどうかだ。
コーチに必要なのは,立派な生き方をしているかどうかではなく,自分のくだらなさも自覚して,それがクライアントにも開示できることだ。それを覚悟という。

もちろんクライアントにはリアル世界でのアクションが問題である以上,ファウンデーションはいる。それが目標達成のリソースになる。

少なくとも,コーチはクライアントのリアル世界での行動達成のモデルではない。教師でもない。講師でもない。師匠でもない。コンサルでもない。そこでアクションを取るのは,クライアント自身であって,クライアントしかいない。クライアントの人生とコーチの人生は関係ない。

クライアントのリアル世界にコーチはいない。杖にも支えにもなることはできないし,なってはならない。

Aというコーチが,リアル世界で生きているAであっても,コーチングの場にいる時,そのリアル世界の生き方を持ち込んではならない。リアル世界の生き方がどうであれ,コーチングの場で,コーチングを創れるかどうかが問われている。コーチングの世界が作れなければ,コーチではない。

その意味で,コーチングとコンサルティングとカウンセリングを分けるのも意味がない。問題なのは,リアル世界の自分が,コンサルタントであれ,カウンセラーであれ,コーチングの場で,コーチとして向き合えなければ,コーチではないのだ。

ただ,クライアントには,リアル世界とコーチングの場での自分との境界線はない。当たり前だ。

コーチの存在感とは,リアル世界のそれではない。コーチングの場でのそれだ。そこでコーチとしての覚悟と決断でクライアントに集中しているかどうかだ。

AコーチとしてのAの生き方で,クライアントに影響を与えたいなら,コーチングなどという,まだろっこしいものはいらない。ティーチングでもコンサルティングでも,モデリングでも,直接影響を与える方法を使えばいい。

もしコーチの生き方が新しいモデルとしてクライアントに見えたとしたら,それはコーチングの失敗だ。そのモデルは,コーチの生き方であって,クライアントのそれではない。その差異を厳密に考えないなら,どんなコーチングも,コーチングを逸脱した失敗作だ。コーチの自分をモデルとして示してしまっているからだ。それは,答えをクライアントの中ではなく,外に,目の前の自分に見つけさせてしまったことでしかない。

コーチングが生きざまだというのは,そういう自己欺瞞に自覚的かどうかなのだ。

人生での成功も失敗も関係ない。大体何をもって成功,失敗というのか,その色眼鏡こそが,クライアントに向き合う時に邪魔になる。そのことに気づけなければ,まあ,何をかいわんや。

そんな基準や価値を出した瞬間,おのれの価値でクライアントを見る。玲のファウンデーション・コーチに,レッテル張りが多かったのはそのせいだろう。タイプ分けもそれだ。おのれの価値でクライアントを見たら,そこに見ているのは,クライアントではなく,おのれの影だ。

自分を偽らず,ごまかさず,正直にさらけ出せる,生き方をさらす。自分で自分を見つめられないものに,ひとに自分を見つめさせることができようか。

自分が神とか宇宙人とか超越した人間と思い込むのも自己欺瞞でしかない。そういう人は,自己認知能力に欠けている。それが,欠けている分,ひとにレッテルを貼るのには長けている。

自己欺瞞が問題なのではない。おのれの自己欺瞞に無自覚なことが問題なのだ。

コーチングは,自分の生き方のために在るのではない。クライアントのためにある。この原則を踏み外すと,AコーチのAとしての生き方や,BコーチのBとしての生き方が問題になる。まったく無関係とは言わないが,コーチとクライアントの創る,コーチングの場こそがすべてだ。その場を創り,クライアントと向き合うために,コーチがいる。

セラピーでも,高名な人がセラピストとして優秀とは限らない。セラピストとしての技量は,リアル世界での名声や成功とは関係ないからだ。もちろんハロー効果を起こすことはあり得るだろうが,ファンや信者になるのでない限り,クライアントに違和感が生まれる。もちろん他のセラピストを知らなければ,それでも,「セラピーとはこんなものか」と我慢するだろうが。

コーチングとは,クライアント自身が自分と向き合って,自分の中に答えを見つけていくプロセスだ。そのための視点と自信と確信を持つことをサポートし,リアル世界でクライアント自身が夢や目標を達成できると思えるようにしていく。

そのとき主役も脇役もすべてクライアントの一人のみ。コーチは黒子に過ぎない。影にすぎない。それが自分のファウンデーションを前面に出してどうする。そういうのを無覚悟という。

そして,本当の理想は,クライアントに向き合った時,コーチであること自体も手放せることだ。そこまで到達できれば,その場にいるのはクライアントだけであり,クライアントA,クライアントB,クライアントC,クライアントD…クライアントnの,クライアントの自己対話だけがある。コーチは,その場そのものになっている。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#ファウンデーション
#コーチ
#コーチング
#自己欺瞞
#セラピスト
#コンサルティング
#カウンセリング
#ロジャーズ
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2013年03月18日

自分を受け入れる


JCAK主催の「パーソナル・ファウンデーション・ワークショップ」に参加してきた。
パーソナル・ファウンデーションには,10の柱がある,という。つまり,

●妥協するのをやめる(Zap the Tolerations)
●自分自身を完了させる(Get yourself Clear of the Past)
●統合性を取り戻す(Restore your Integrity)
●自分のニーズを満足させる(Get your Needs met)
●境界を広げる(Extend your Boundaries)
●基準を引き上げる(Raise your Standards)
●蓄える(Create a Reserve)
●家族の基盤を強くする(Strengthen your Family)
●コミニニティを深める(Deepen your Community)
●価値に向き合わせる(Reorient around your Values)

このうち,第一回のテーマは,「蓄える」。この場合。蓄えるとなっているが,StockやStoreの意味ではなく,Reserve,つまり予約や確保の意味,つまりあらかじめ取っておく,というニュアンスになる。これは,前倒しやチャージといった,将来に備えた心構えを含むとみていい。

僕自身は,実は,あまりファウンデーションに関心がない。前回までに,コーチでファウンデーション強化をいうことについて,批判した。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11119390.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11120402.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11121354.html

それは,リアル世界の強化はコーチングそのものの強化とはつながらないだけでなく,意味なくリアル世界のコーチ自身を,クライアントに顕在化させるだけではないか,ということであった。で,最後のところで,こう書いた。

コーチングとは,クライアント自身が自分と向き合って,自分の中に答えを見つけていくプロセスだ。そのための視点と自信と確信を持つことをサポートし,リアル世界でクライアント自身が夢や目標を達成できると思えるようにしていく。

そのとき主役も脇役もすべてクライアントの一人のみ。コーチは黒子に過ぎない。影にすぎない。それが自分のファウンデーションを前面に出してどうする。そういうのを無覚悟という。

そして,理想は,クライアントに向き合った時,コーチであること自体も手放す。そこまで到達できれば,その場にいるのはクライアントだけであり,クライアントA,クライアントB,クライアントC,クライアントD…クライアントnの自己対話だけがある。コーチは,その場そのものになっている。

つまり,コーチとして存在するということは,いやでも応でも,僕という存在が,クライアントに介入する。それをしない。ただ,場を創り,風になって,クライアントがいくつもの自分と対話し続け,自分で,答えを見つけていく。

そんな話をしたら,ワークショップで,ある一人が,仏陀の前へ出て自己問答して,自分で答えを出していく,という喩を言われた。そこまで,言うのはおこがましいが,そういう自分でありたいと思う。

「蓄える」つまり,未来へ備えるというのは,すでにそれ自身,未来あるだろう自分というものにまだこだわっている。僕は,そういうこだわりを脱したい。

自分への執着を捨て
自分への見栄を捨て,
自分への拘泥をすてる,

そこにあるのは,あるがまま,いまの自分を受け入れることだ。自分を許容し,受け入れ,そのまま開示し,さらけ出せること,そういう自己であることで, クライアントが自分へのこだわりを手放すのを手伝えるのではないか。

その意味では,自分をまるごと認める。

「自分に軸がない」「ぶれる」「ふらつく」「一喜一憂する」等々と自分をマイナスに表現し,自分のファウンデーションを確立することが大事だという声をワークショップの中でいくつも聞いた。しかし,それは,おかしい。ぶれない自分は,朴念仁ではないか。固定した軸とは,頑固一徹ではないのか。生きるとは,ぶれることだ,揺らぎ,振れることだ。ぶれもせず,揺らぎもしない人生なんてない。

落ち込む自分を認めよう。まだ落ち込むだけの力が残っているのだから
怠ける自分を認めよう。明日はまだ地球はあるのだから
揺れる自分を許そう。自分にそれだけの幅があるのだから
ぐらつく自分を認めよう。まだ固まっていない成長余力があるのだから
凹む自分を認めよう。凹み切ったら凸になるしかないのだから。
悩む自分を見守ろう。まだ悩む若さがあったのだから。
自信がない自分をゆるそう。過信しないだけの知性があるのだから。
一喜一憂する自分を許そう。だってそんなに感情豊かなのだから。
過去を見ようとしない自分を許そう。だって未来の方が楽しいのだから

マイナスは,そのままプラスだ。物事には裏表がある。ファウンデーションという言葉にとらわれて,強固な自分をもっている人に憧れるのは,やめた方がいい。それは自分を捨てることだ。

揺れるから人間なのだ。
悩むから成長する
凹むから頑張る

ファウンデーションは魔法の杖ではない。自分を偽ったところで,自分からは逃れられない。そういう自分を受け入れた瞬間,そこに自分のファウンデーションが出現している。

今日のアイデア;
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#ファウンデーション
#パーソナル・ファウンデーション
#コーチ
#コーチング

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2013年03月22日

マイ・コーチ


いままで,四人のコーチのコーチングを受けたが,いまのコーチのコーチングは,いままでとは全く違うコーチングだと感じている。

それは,コーチングを受けているという感じではなく(コーチをしてもらっているという感じではなく),コーチングの場そのものの持っている雰囲気が,自分自身と親和性が高いということをずっと感じている。

これは,誰かに向き合っているというよりは,自分が,自分の未来や自分の現在やほんの少し自分の過去と向き合い,自己対話しながら,自分を統合していくプロセスというのに近い気がしている。

だから,そこにコーチはいるが,コーチは雰囲気そのものになっている,風になっている,空気になっている,というと言いすぎか,でも,コーチがコーチらしく振舞わないということは,自己対話を決して,コーチの自意識やコーチの存在で,介入することがない,という感じなのではないか。

コーチングを受け始めて1年くらいした時に,チャレンジする期間があって,セッションの流れで,自分が絶対にやりたくないと思っていたことを列挙し,それに次々とチャレンジするという課題が与えられたことがあった。

普通何かにチャレンジするという時,なんとなく身構えるが,自分が挙げた『決してやりたくないこと』は,挙げていくうちに,自分自身のリソースの一つのように感じていた,という気がする。だから,出来るかできないかではないし,やりたくないとかやりたいではなく,ただそれはやったことがないというニュアンスで挙げたのではないか,と思う。やったことがないことなのだから,やってみよう,というがスムースに口から出たのではないか。

やったのは,「料理」であり,「インプロ」であり,「マラソン」であり,さまざまなワークショップだったが,あれを越えたくらいから,口癖のように言っていた「変化したい」とは言わなくなったように思う。コーチ系ではないワークショップなどにもどんどん行くようになったし,やったことのないことにも平気でチャレンジするようになった。

それも,自分の自己対話を促す雰囲気がさせるものなのではないか,という気がする。

あるいは,ずっと毎年やろうとしているテーマも,一年一つが当たり前になっている時に,では,二つは無理かと問われると,やっていないだけだから,やれないというよりは,やってみたらできるかもしれない,という雰囲気が自分の中から,浮かび上がってくる。自然と,次のチャレンジが始まっていく。

いまコーチングは自然の流れで生活の一部になっている。自分にとって,そのテーマの実践が,一年の時間の流れの中でスケジュール化されている。それが,生活の一部になっている。しかしそれ以上に,生活のリズムとテンポを創り出し,確認する場として,コーチングがあるように思う。

日々の生き方の中で,あまり気張ったり,構えたりする必要のない,ほとほととしたリズムというのが,コーチングの中から,毎回創り出され,流れだされてきたのではないか,というのがいまの僕の感じなのである。
それは,コーチングそのもののもつ雰囲気によって,僕の中から引き出されてきたのではないか。他の人とのコーチングがどんなリズムなのかはわからないが,こんなコーチングのリズムとテンポは,焦ったり,必死にならせるものを少しずつ削り取っていったのではないか,言い方を変えると,毒気が抜けたおいしい毒キノコになったような感じなのである。

それを,自然体と呼んだり,素直と呼んだり,ありのまま,と呼んだり,飾らない,と呼んだりすることができるが,それはやってもらっているコーチングのリズムとテンポの結果なのではないか,という気がしている。その雰囲気は,どこか懐かしい,穏やかな,心地よさというべきものなのではないか,そうつくづく思っている。
何気なく質問をされているうちに,素に戻るというか,素の自分になっていく感じがある。たぶんその質問は,僕が僕に問いかけている質問と同じ質だからだ。そうやっていつのまにか服を脱ぎ,ぬるい露天風呂につかっている。そこでは飾り気も見栄も外聞も必要ない。そういう感覚というのが,それは,いまの自分の状態を受け入れることにつながっている。いま,自分のプラスもマイナスも受け入れることができるようになっている。

いまでは「変わりたい」とは言わなくなった。確かに,「変化」にはこだわらないが,「変化しようとする」のではなく,いつのまにか自分が,「変化していく」ことに気づく,あるいは気づくと,「変化している」。シフトが,いつの間にか,「既に起きている」ということが多い。

考えてみれば,「変化」は選択肢のひとつ。選ぶも選ばないも自分次第。しかし,「変化しない」を選んでも,またひとつの「変化」になっていくところがみそだろう。

こういうコーチングのプロセスそのもののリズムとテンポが,自分の生活のリズムとシンクロして,自分の生き方の自然さにつながっていく。いま自然体であると,衒いも照れもなく,平気で言えるようになっている。それは,あるいは,そのままコーチにも反映し,それがコーチングの場にも反映し,自分に反映し,そしてまたコーチに…という循環なのかもしれない。

その多くは,自己対話,杉浦A,杉浦B,杉浦C,杉浦D,杉浦E,杉浦F,…杉浦nによる相互の活発な対話を促す風として,促しやすい場として,あるいは促さざるを得ない雰囲気として,コーチはいる。そこにコーチとしている時の方が,違和感があり,コーチの質問は退屈であったりする。そういうコーチングが,僕には理想なのだ。

コーチが説教を垂れるなどは最悪だが,コーチが存在として自分を主張するのも,ただ「うざい」だけだ。コーチらしい振る舞いや質問も,ためにする問いに見える。コーチとしていることを証明しなくてはならないというように。そういうコーチは,コーチかもしれないが,コーチングには必要ない存在だ。

いま僕は理想的なコーチに出会っている。

子曰く,これを知る者はこれを好む者に如かず,これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

楽しむコーチングこそが,自分の人生のリズムを創る。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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posted by Toshi at 04:54| Comment(314) | 日記 | 更新情報をチェックする