2013年07月18日

難点


人に良く思われたいと思わなくもないが,

べたべたの関係



スカスカの関係を綱引きしている。

記憶が確かではないが,司馬遼太郎が,『翔ぶが如く』だと思うが,大山巌が,従兄弟の西郷隆盛について,「声望好き」というか「徳望好き」というかそんなことを言っていたと覚えている。人に担がれてしまうと,それを嫌と言えない。それが西南戦争で引っ張り出された遠因だと,評したというのだ。当たらずと言えども遠からず。人には,誰もそういう対人関係における難所をもっているらしい。

人に好かれたいという好かれ方には違いはあるが,大なり小なり,人に好かれたいというひそかな思いはある。それが恐れや不安になると,病気に近づく。

僕は相手の好意が感じられなければ遠ざかる癖があるので,そこに難点があるのではなく,人との距離に敏感なところが難点と言えば難点かもしれない。

微妙な距離感に,結構感度がある。といっても,誰もがそうなのかもしれないが,相手が手を突っ張ってくる,心の感覚が見える。もちろん,そう勝手に思い込んでいるだけの妄想かもしれない。しかし,ミラーニューロンが,距離を無意識で示すしぐさや目つきに敏感で,相手の心の動きが見える気がしてしまう。

それって,両者が同じ土俵にいても,ハイパーな土俵は自分にそう見えるだけで,相手はすでに土俵を下りて,あるいはおりかけて,いる感じなのかもしれない。

つくづく人との関係は難しい。それを自分のコミュニケーションの難所と感じてきたのだが,そうではないのかもしれない。人はそこをスルーできる。しかし僕にはそれがスルーできない。それだけのことだ。だから人にはコミュニケーションは難しくないと見え,僕にはコミュニケーションが難しいと見える。本当は,コミュニケーションの問題ではなく,ソーシャルスキルの問題かもしれないし,人との対人関係の取り方の問題かもしれない。

あるいは,対人距離の取り方,間合いの問題かもしれない。

ずっと小さいころ,学期の途中で,父の仕事の関係で引っ越すことになったとき,ふたつの思いがあった。

ひとつは,むかう先への不安だ。見も知らぬ街へ,しかも六年の三学期から転入するというのだから,まあ不安にならない方がおかしい。

しかし一方で,いままでいた街から離れられることに,少なくともほっとしていた。もちろん人並みに寂しさがないでもないが,子ども心に,どうせ数年で転居するとわかっていて,何かとかその間,うまくやりくりして過ごしたいという背伸びというか,肩肘張ったというか,一丁前の言い方をするなら,何とかうまく関係作りをしていきたいという,それなりに無理な身構えがあったからに違いない。

いつかわかれるという関係は,悲しいが,どこか気が楽だ。ずっとこのまま続くという関係は,安心かもしれないが,どこが気が重い。

それが自分のコントロール外の要因でそうなる場合を別にすると,無意識で僕は自分でどこかで,期限付きの関係というものを設定しているらしい。そう考えると気が楽というのもあるが,そもそも永続する関係というものを,家族以外では想定しづらい。いや,そもそも家族ですら,どこかで,この場合は,死という別れだが,それを予感していないわけではない。いつもそう思っているのではないが,そういう感覚が,どこかにある。

自分勝手という面があるのは否定しないが,それ以上に,孤独というものをどこかで意識している,ということなのかもしれない。



今日のアイデア;
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#コミュニケーション
#西郷隆盛
#司馬遼太郎
#翔ぶが如く
#対人関係
#ソーシャルスキル
#ミラーニューロン





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2013年07月19日

選択


あの野村克也氏が,

女を取るか野球を取るか

と迫られて,女を取ったと,ご自分の逸話を語っていたのを覚えている。それが,あのサッチーなのだが,その是非はともかく,そういう決断をするというのが,僕にはわかる。両方という選択肢はない。それほどの岐路が,確かに人生になくはない。

恋は思案の外

という言い方をするが,いろいろ経緯はあったろうが。結果としてシンプソン夫人を取って国王の位を捨てたエドワード八世の例もある。

棄てても悔いのない決断というのがあるのかどうかは知らない。

もともと決断とは,何かを捨てることだ。そう決定した瞬間,捨ててよかったと自分で思うほかないが,しかし,それは決断のその一瞬で決まるのではなく,その後の生き方で決まるのではないか。

しかし一瞬,ロジックも理性も消えるときがある。それが右脳か左脳かというのは意味がなく,ジル・ボルト・テイラーも言っているように,

わたしはたしかに,右脳マインドが生命を包みこむ際の態度,柔軟さ,熱意が大好きですが,左脳マインドも実は驚きに満ちていることを知っています。なにしろわたしは,10年に近い歳月をかけて,左脳の性格を回復させようと努力したのですから。左脳の仕事は,右脳がもっている全エネルギーを受け取り,右脳がもっている現在の全情報を受け取り,右脳が感じているすばらしい可能性のすべてを受け取る責任を担い,それを実行可能な形にすること…。

なので,それをコントロールすることはできる。それをするかしないかも,脳が選択している。

ジル・ボルト・テイラーは,コントロールのコツをこう言っている。

わたしは,反応能力を,「感覚系を通って入ってくるあらゆる刺激に対してどう反応するかを選ぶ能力」と定義します。自発的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプログラムが存在しますが,このプログラムの一つが誘発されて,化学物質が体内に満ちわたり,そして血液からその痕跡が消えるまで,すべてが90秒以内に終わります。

通常無意識で反応しているのを意識的に,90秒を目安に,自分で選択できる。例えば,90秒過ぎても怒りが続いていたとしたら,それはそれが機能するよう自分数が選択し続けているだけのことだ,というわけだ。

それは,好きとか嫌いという感情についても言えることで,それを選択している。あるいは,理性もまた,それをよしとコントロールしないことを選択している,ということになる。

というかその感情の奔流に流されるのを,よしとした,流されていいと思った,ということだ。

そういえば,映画『卒業』のベンジャミンとエレインは,どうなったのだろうか。それぞれは,どういう生き方をしたのか。その決断を,後から悔いることはなかったのか。いやずっとそれを悔いるような生き方をしたのか,それともそれを忘れてしまうような生き方をしたのか。

一瞬の感情で決断するということは,考えて考えた末決断することと,僕には,それほど差があるとは思えない。結果として,見えない未来は,最後は直感で決めるしかないからだ。

だから,たぶん決断の可否は,その一瞬ではなく,その結果どう生きたかなのではないか。あるいは,逆に,それを機に生き方を劇的に切り替えたかどうか,というべきかもしれない。

思えば,どんな決断も,一つの契機なので,その一瞬に見えた(はずの)シーンというかステージに乗り切れたかどうかなのかもしれない。

そのためにこそ決断したはずなのだから。

僕自身も,それに近い選択をした。しかし,悔いとか振り返るとかはほとんどない。なぜなら,その一瞬がなければスタートしない人生のステージに乗ったからこそ,いまの自分があるからだ。いまの自分は,よかれあしかれ,それがあるから,ある。


参考文献;
ジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳』(新潮文庫)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#ジル・ボルト・テイラー
#奇跡の脳
#卒業
#ベンジャミン
#エレイン
#大脳辺縁系
#決断
#野村克也

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2013年08月02日

執着


拘泥するというとあまりいいニュアンスがない。しかしこだわりというと,少しまたニュアンスが変わる。

何かにフックを掛けられた状態,何かに惹きつけられた状態,そこから心が離れられなくなった状態,といっていいか。しかし悪いこととは限らない。

モノやコトに執着する(こだわる)

ヒトに執着する(こだわる)

カネに執着する(こだわる)

いずれも,自分の想いに執着していることになる。

こだわりにはプラスとマイナスがある。執念も同じ,虚仮の一念といっていい。思いが岩を貫くこともある。

だから,一点集中の良さは,ある意味で,オセロゲームの黒と白の逆転のように一気にひっくり返る。

何かにこだわれば,それは尖がりにもなる。しかしそれが,邪魔して,周囲の変化に気づけず,時代おくれになる。

集中しているから気づけることもあるが,集中しているから,周囲が見えないこともある。

例が悪いが,ストーカー。たぶん自分の想いに振り回されている。思い詰めているので,トンネルビジョンというより,すべての解釈は自分の都合よく変えられている。邪魔をする周囲も,場合によっても,俺のことがわかっていない,と思う。

しかし現象学的に言えば,正しい。人はすべて自分の幻想の中に生きている。見えている現実は人によって違う。いやいや,そもそもクオリア的に言えば,同じ赤だって,同じ色に見えているとは限らない。

執着は,しかし生きるのに不可欠なのではないか。生きたいという思いがなくなれば,食べたくなくなる。動きたくなくなる。いわば,自己完結し,縮小再生産している状態だ。最後には,呼吸するのも面倒になる。

認知症にならない三原則というのを,昔「ためしてガッテン」で言っていた。

脱メタボ

有酸素運動

コミュニケーション

特にコミュニケーションは,脳を自己完結させないためには必要だ。人とのコミュニケーションは,独り言と違って,自分の使わない脳の領域を使わせられる。そういう会話で,眠っていた記憶が引っ張り出される。忘れていた感覚がよびさまされる。それだけで,収斂していた視点が変わり,トンネルビジョンから抜け出すことになる。それには,家族間の,「ふろ」「めし」「ねる」は,コミュニケーションにはならない。脳の固定した機能しか使わないからだ。こういうのを「機能的固着」という。それでは,トンネルビジョンと同じだ。

たぶん,だが,自分が執着していることに気づいていれば,つまりは,自分の執着,あるいは執着する自分を,メタ化できていれば,トンネルビジョンからは抜け出している。

しかしそれが幸せとは限らない。執着が片思いと知った時の切なさは,知らないで,一途に視野狭窄に陥っている,いわばフロー状態近似の心理の方が,幸せかもしれないのだ。

幻と気づかなければ,現はない。執着に没入していることが,必ずしも不幸とは限らない。

今日のアイデア;
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#フロー体験
#クオリア
#現象学
#トンネルビジョン
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2013年08月03日

通過点


東横線が副都心線につながって,東武東上,西武池袋線と直通になったが,沿線住民にとって,あまりメリットのないことがはっきりしてきた。もともと住民は望んでいない。電鉄会社の戦略だか,思惑だかによって生まれたものだから,住民のメリットなんて言うものは考慮されているとは思えない。

渋谷の駅の乗り降りの厄介さもある,

八両編成が十両編成になって,いつもの車両が目当てが付けにくくなった,

女性専用車が四両目からお飾りのような一両目に変更になった,

気のせいか乗客が変わってきた,

マナーが悪くなってきた,

雰囲気が変わった,

混雑度が増した,

等々デメリットはあるが,沿線には沿線の気質のようなものがある。何十年も乗っていると,出張から帰って,菊名で東横線に乗り換えるとホッとする。気質の差は,沿線のキャラクターといっていい。東武線にも,西武線にもそれはあるだろう。

他の路線は,ターミナルから放射状に郊外の住宅街へと広がっているが,東横線だけが,昔は知らず今は,渋谷と横浜という都市部同士をつないでいる。それだけに独特の雰囲気がある,と感じてきた。

いまはどの路線も相互乗り入れしているが,東横線だけではないか,副都心線とみなとみらい線に挟まって,東横線自体が通路というか,接続経路そのものに変わってしまったような相互乗り入れは。これに何年か後,相鉄線と相互乗り入れすると,東横線という自己完結した路線は消えて,私鉄同士のネットワークのほんの一部になってしまう。

他の私鉄は,大概,終点が郊外のどこかへ伸び,小田急なら箱根,西武なら秩父,東武なら日光,京王線なら高尾山,京浜急行なら三浦半島となっているのに,東横線には,自身の終点がない路線なのだ。

それを東急が望んでいるのかどうかはわからないが,沿線への愛着は減っていくことになる。

かつて東武東上線沿線にも,西武新宿線沿線にも住んだことがある。住むとその沿線の雰囲気になじみ,愛着が出る。しかし,相互乗り入れというより,各私鉄の通過線路のようになってしまうと,独特の雰囲気は消えて行くだろうと,東横線という自己完結した路線そのものがなくなっていくのと同時に,その沿線気質も消えて行く気がする。

通過点。というとき,乗り換えというか,トランジットという意味で考えると,それを経ることで目的地に行けるということになる。トランジションと考えると,過渡期と考えてもいいし,転調のプロセスと考えることもできる。次のステージへと転換していくプロセスというわけだ。東横線が,次のステージのトランジションなのかどうかは知らない。しかし,そうなると,この路線は,人の転機を作り出すステージということになる。

本当?

何処から何処へ?

トランジションには3つの時期があるという。

第一段階 何かが終わる時期

第二段階 一時的な喪失状態の時期

第三段階 新しいはじまりの時期

東横線が,いわば第二段階の,通過儀礼のプロセスということになる。元町や中華街への,あるいは逆に日光や秩父への通過点としてのポジションになる。

しかし,トランジションプロセス自体からみても,東横沿線住民にとっては,何の意味もない,ニュートラルな通過点そのものでしかない。しかも,接続ポイントとなる渋谷も横浜も,地下深くなり,どこへ行くにも,地上へ出なくてはならない不便さだけが最大の贈り物である。

どうせなら,全線地下化してしまえば,トランジションそのものになるような気がするが…。


参考文献;
ウイリアム・ブリッジズ『トランジション』(創元社)

今日のアイデア;
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#トランジション
#通過点
#ウイリアム・ブリッジズ
#東横線
#相鉄線
#東武東上線
#西武池袋線
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2013年08月04日

パニック


いまそこにあったはずのモノが,目の前から消えている。

いつものところにあるはずのモノが,そこにない。

自分が最後に置いたはずのところに,そのものがない。

まあ,探し物は,そういう形で始まる。一種の思い込みだが,先日こんなことがあった。

出がけに着替えて,外出用の時計をしようとして,ワイシャツの袖口がほつれていることに気づき,あわてて,それを脱いで着替えた。まだ時間は5分の猶予がある。悠々だ,と思って腕時計を探したが,見当たらない。外出のために,手帳,財布などと一緒に,一式をまとめてデスクに置いたはずなのに,探しても見当たらない。

その瞬間に,何が起こったのかがわからなくなって,一種のパニックというか,興奮状態になっている。

いわばトンネルビジョン状態だ。

ベッド回り,脱ぎ捨てたワイシャツ近辺,いつも収納するデスク上の引き出し,探し回っても出てこない。諦めて,別の時計を仕掛けて,でも諦めきれずに,再度ぎりぎりまで探して,不意に,チェアの座面に置いてあるのに気付いた。

その瞬間に,ワイシャツを着替える時,そのほつれに気づいたのは,時計を腕につけようとした時だったこと,そのとき,ワイシャツに気を取られて,時計をその近くにあったチェアに置いた,ということが,一連の流れとして思い出された。

つまり,自分の中に記憶の切断があったということだ。

ワイシャツのほつれを気付いて,着替えようという方に意識が向いた瞬間,時計は無意識で手近な場所に置いて,意識の外に投げ出された。そのために,時計がどこにも記憶されないことになった。

で,後は,ただトンネル状態で時計を探していたのだが,そのパニックに近い状態の時,では,本当に砂のなかに首を突っ込んだ状態だったかというと,どうもそうではない。

一方で,自分の動作を振り返って,それをもう一度辿り直してみようとする自分がいて,

他方で,時計が見つからなければ,別のもう一つの時計で行くしかないと考えている自分がいるし,

また,後5分,3分,間に合わない,と時間を計っている自分もいる,

という具合に,別の選択肢をとろうとする自分がいつつ,しかし,時計がふいに消えた理不尽を承服できず,いらだち,悔しがっている自分がいる。

テイラー氏が言うように,

わたしは,反応能力を,「感覚系を通って入ってくるあらゆる刺激に対してどう反応するかを選ぶ能力」と定義します。自発的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプログラムが存在しますが,このプログラムの一つが誘発されて,化学物質が体内に満ちわたり,そして血液からその痕跡が消えるまで,すべてが90秒以内に終わります。

つまり,通常無意識で反応しているのを意識的に,90秒を目安に,自分で選択できる。90秒過ぎても,パニックが続いているとしたら,そう機能するよう自分が選択し続けている,ということになる。

つまり,そのときの僕は,

別の時計をはめて出かける選択も,

探すのを中断する選択も,

いずれも取らず,探し続ける選択をした。しかも,時刻を計りながら,探し続ける方を選んだのは明らかだ。理性では,後で帰ってから探そうというのを,感情が探し続けさせたという言い方もできなくはないが,不意に消えたことが納得できず,諦め悪く,そこにとどまり続けた。

しかし探す手立てがないことも,わかっていた。

そういう状態をぎりぎりまで選択していた。時間の許す限り,という点で言うと,選択していたことに違いはない。

たぶん,帰宅後に探せば,座面の時計がすぐ飛び込んできたに違いない。しかし,ずっと心に引っかかったまま仕事に出かけるのは,気が重かったことも確かだ。この場合は,ぎりぎりまで引っ張って,探し続ける選択をした自分は,結果的には正しかった。


参考文献;
ジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳』(新潮文庫)

今日のアイデア;
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#ジル・ボルト・テイラー
#奇跡の脳
#パニック
#選択

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2013年08月06日

無念


無念



無念無想も,

ふたつの対立する意味がある。

無念は,一方で,

妄念のないこと,無心,

とあり,他方で,

(正念を失って)口惜しく思うこと,不本意,残念,

とある。無念無想も,一方で,

一切の妄念を離れる,無心,

とあり,他方で,

何の考えもない,思慮の足りないこと,

とある。どちらかというと,いまの使い方とは違うが,僕は,

断念の結果,

あるいは,

不承不承の,本意でない意思決定の故の,悔しさを感じる。本来の意味(正念を失うとか妄念をなくす)とは違うが,本意とは違うことをせざるを得なかった口惜しさ,悔しさを言葉からは感じる。

本来意図していたことができなかったには,

自分の内的要因か,

自分の外的要因か,

いずれの場合が多いのであろうか。あるいは,より悔しさが勝るのは,どっちだろうか。

言葉を換えれば,

自分ではできるはずなのに,他力ないし他人の意志で妨げられたときか,

自分ではできるつもりだったのに,自分の中にはそれをやり遂げる力がないことに気づいたときか,

ここで,どちらに悔しさを感じるかは,その人の性分を強く反映しそうな気がする。

僕には,自分ではできるはずなのに,他力ないし他人の意志で妨げられたときは,言い訳が効くような気がする。つまり,弁明可能なのだ。

しかし後者の,自分ではできるつもりだったのに,自分の中にはそれをやり遂げる力がないことに気づいたときは,ふたつの過ちを犯している。

第一は,自分にはできると思い込んだ自己認識の甘さ,

第二に,それをやり遂げられないことを,ぎりぎりまで把握できなかった見通しの甘さ,

という致命的な判断ミスを犯している。それが仕事面であれば,あえて言えば,さらに,

第三に,見積もりの甘さから,そのために必要なリソースを確保しなかった,マネジメント力のミス,

第四に,その段階でも,人の支援やサポートを求めることの出来なかった,リーダーシップの欠陥,

も加えることができる。

その悔しさは,結構尾を引く。自分の努力で,何とかできたはずだ,というマインドは,自分のコンピテンスに関わるもので,次のやる気につながるものではある。

だからこそ,悔しさが募ると言えば募る。

参考文献;
宮本美沙子『やる気の心理学』(創元社)


今日のアイデア;
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#正念
#八正道
#宮本美沙子
#やる気の心理学

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2013年08月16日

覚悟


人は独りでは生きていけない。

しかし,それは人に頼ることや人のサポートが前提ではない。まず,

人は独りでしか生きていけない,

ということがあるから,というかこれがなくては,人として信用できない。

人は独りで生きていくしかない。

人は独りで生きるしかない。

これを覚悟という。水におぼれかけた人を,向う見ずにすぐ飛び込んではいけない。なぜなら,その人は助けに来た人にしがみつき,共倒れというか,道連れにされてしまう。

覚悟は何で見きわめるか。その人が,自分でどれだけ努力しているかを見きわめる。例えば,自分で服を脱ぎ,何とか自力で努力しようとしているかどうか。でないと,すがりつかれて道連れになるだけだ。

それが覚悟なのではないか。その見極めを人に非難されるかもしれない。それでも,確実に人も我も助けるためにどうするかを考える。それがなくても,とっさに飛び込むかもしれない…が。惻隠の心,と孟子は言っていたが…。

昔,僕はサラリーマンにはなりたくないと思っていた。しかしサラリーマンにしかなれないと思っていた。なぜなら,一人で生きる技量も度量も器量もない。そんな奴に,自立して生きることは難しいと思っていた。そこにはサラリーマンを貶める気持ちがあった。

しかし今は,そうは思わない。自立して,独立自営しているものを偉いなどとは思わない。

どれも,選択のひとつに過ぎない。

毎朝,9時出社し,仕事をこなして退社する,それを馬鹿にしてはいけない。それは,無言の選択と覚悟なのだ。出来不出来はあるかもしれない。技量,器量の差はあるかもしれない。しかし,そこには覚悟がある。9時に間に合うように起き,間に合うように通勤していくという選択,大袈裟な言い方をするなら,そういう生き方を選択し,それを淡々とこなしていく生き方にも,覚悟がいる。

淡々と生きる。

一見平々凡々に見える生き方を馬鹿にしてはいけない。そこに覚悟を見ない人には,所詮人間はわからない。

個人事業主にできることなんぞはタカが知れている。その一人の器量と技量以上の仕事はできない。組織を動かすには,それなりの覚悟と,技量と器量と度量がいる。

僕はそれぞれの優劣を感じなくなっている。感じる心をむしろ軽蔑している。

ともすると起業するのをよしとする風潮がある。しかし考えてみれば,起業した奴が,社会を動かす力を持つことなどほとんどない。そういう人がたまさかいるかもしれないが,社会は動かない。動くのはその人の関係性の枠の中だけだ。

たとえば,コミュニケーションで動くのはコミュニケーションレベルであって,社会も組織も動かない。社会や組織を動かすのは,コミュニケーションとは異なるレベルのアクションでなくては,動かないからだ。まったくレベルというか,位相が異なる。その差異に気づかないと極楽とんぼになる。

話が横へ逸れた。

まず人は,自分がどんな覚悟をして生きているのかを確かめておく必要がある。選択とは,覚悟だ。そういう生き方をすることは,どういう生き方にせよ,そう生きるように生きる覚悟をしている。その覚悟が自覚的とは限らない。

ただそう思っているだけかもしれない。

ただ仕方なくそうしているだけかもしれない。

不承不承そうしているだけかもしれない。

しかしそうして生きている限り,意識しようがしまいが,そこには選択があり,選択がある限り,決断があり,決断がある限り覚悟がある。覚悟がなければ,早々に離脱しているはずである。

人の覚悟に多寡も優劣もない。その人なりの覚悟だ。きちんと生きていないものに,人の覚悟が見えるはずはない。

僕はこの頃,いまさらめくが,

平々凡々,

淡々と生きる,

ということの凄味に気づいた。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm






#覚悟
#選択
#個人事業主
#生きる
#平々凡々
#淡々
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2013年09月21日

意志



早起き賊あるいは早起きについては,すでに触れたことがある。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11286743.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11240473.html

その第12回に参加してきた。

https://www.facebook.com/events/224270651060516/?ref_newsfeed_story_type=regular

例によって,アジェンダから…。

・早起きのビジネス上の価値
・寒い時の有効な起床方法
・目覚めのタイミング
・夜更かしはネガティブ思考というがでは,早起きはポジティブ思考か
・何時に寝ると調子がいいのか

不思議なことに,夜更かしは別に意志とか工夫をしなくても,だらだらとなんとなくでも夜更かしできる。しかし,このアジェンダを見ても,早起きしようとするには意志と工夫がいるように見える。

今回は一つ一つ結論を出してみたが,

寝るゴールデンタイムは10~2時と考えられるが,おおよその合意は,もちろん個人差はあるが,

3ないし4時間~6ないし7時間

の睡眠時間がベスト。それより多くては,体も重いし,頭も働きだすのにタイムラグがある,という意見でまとまった。

睡眠の脳波の一番深いところから,あがってきた上がりっぱな,そのタイミングで目覚めると,すっきりした1日が始まる。逆に,そこからだらだらと寝ると,浅い眠りが続き,その意味では寝足り感のない,無駄な眠りではないか,ということになった。

レム(Rapid eye movement)睡眠中は,身体は眠っているのに,脳が活動している。急速眼球運動のほか身体はほとんど動かないが,脳波はシータ波が優勢で覚醒時と同様の振幅を示す。外見的には寝ているのに,脳は覚醒状態にある。入眠時にはまずノンレム睡眠が現れ,続いて約1時間から2時間ほどでレム睡眠に移る。以後,ノンレム睡眠とレム睡眠が交互に現れ,レム睡眠はほぼ90分おきに20 - 30分続く。一晩の睡眠では4 - 5回のレム睡眠が現れる。
夢を見るのはレム睡眠中であることが多い,とされる。

その意味では,ノンレム睡眠,レム睡眠の波をどううまく眠りの質として使うかが,コントロールは難しいが,目覚めのすっきり感とつながる感じなのである。

ただたまたま目覚めた時が,深い眠りの上っぱなならいいが,逆に,深い眠りへの降りっぱなだとすると,ちょっとつらい,ということになる。

こう見ると,早く起きるために,

あるいは早く起きるだけでなく,目覚めと同時に頭も体も活発になるためには,どういう眠りにしたらいいのか,

どれだけ寝たらいいのか,

どうしたら眠りの質を担保できるのか,

等々の工夫を体験的にし続けているのが,早起き派ということになる。

その意味で,何度も言うのは気が引けるが,早起きは意志であり,そういうライフスタイルを採っている,ということなのだ。

早起きの効用は一杯あるが,岡潔が,

タテヨコナナメ十文字,
考えに考えて,
考え詰めて,
それでもだめなら寝てしまえ,

といったように,トンネルビジョン状態に陥った発想のどん詰まりを,

リセット

してくれる効果がある。それは,いわば,自分の状態に一定の距離を置くことで,メタ化効果が生まれる,といってもいい。つまりは,視点が変わるのである。別に早くなくてもいいではないか,と言われそうだが,夜どん詰まりになる前に,早々に寝てしまって,リセットする方が,はるかに効果的だと思うのである。それは早いほどいい。

その価値,特にビジネス上の値打ちということになると,なかなか難しい。しかし,少なくとも,

早起き

ということ自体が,世の中では,夜更かしより,プラスのイメージであり,それだけで,一つアドバンテージを得ているという感じなのだ。

そのプラスイメージは,普通の人にとって,なんとなく憧れるが,できない,というイメージが加味されればされるほど,高まる。だから,

6時起き

ではインパクトが薄いが,

5時,

さらには,4時,

となると,インパクトが増し,3時,2時とさかのぼるにつれて,ちょっと逆効果になるかもしれない。

その意味で,早起き,超早起きは,ひとつ,人に与えるイメージがプラスなのだが,それは,ポジティブというよりは,アクティブ,あるいはアグレッシブということになる。

それは,思考ではなく,生き方が,

ということなのだ。そんなに早く起きて,ぼおっとしているとは人は思わない。そんなためにわざわざ人より早く起き出したりはしない。早く起きるということは,

何かをするために,

何かしたいことがあるために,

何かを積極的にチャレンジするために,

起きている,と思われる。そのイメージが,前回書いた,

早起き賊青年局長

という名称にハロー効果のようについて回ったといっていい。

そして,早起きがライフスタイルであるということは,

早起きである,

と吹聴しても,なんとなく,嫌味にはならない。世の中,いまは,重役出勤というのは死語で,偉い人ほど早く出勤する。それは,ライフスタイルであると同時に,ステータスでもある。

くだらないことに煩わされず,きっぱりと切り上げて,さっさと寝て,さっと起きる,

これは意志そのものである。いくら早起き派でも,早く寝なければ,毎日早く起きつづけられない。

早く寝る,

とは早く寝られる生き方をしている,

ということだ。

しがらみや拘束をかなぐり捨てて,

速く起きるために早く寝られる,

という意味では,早く寝られるような,そういう生き方を選択しなければ,それはできない。つづけられならない。

そういえば,早起きは,

禁煙

と似ているように見える。単に意志の問題というよりは,そういう生き方を選ぶかどうか,だ。別に夜更かしも,喫煙も,意志として,そういう生き方を選んでいるのなら,早起きと同類となる。問題は,

ただなんとなく,

というのがいけない。




今日のアイデア;
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#早起き
#ノンレム睡眠
#レム睡眠
#禁煙
#トンネルビジョン
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2013年09月28日



毎年,二度名古屋の菩提寺に墓参りに行くのだが,父が祖父の死を機に建て替えた墓の後ろに,古ぼけた赤茶色の小さな墓石がずっとある。戦災で焼け残った元々の我が家の墓らしい。母は,墓参りの度にそこにも花を手向けていたので,いまもその慣習を続けている。

その墓は,祖父がまだ小さい時,養子の夫と幼子の祖父を残して,男と出奔した祖父の母(僕から言うと曾祖母)が入っているという。結局他国で死んで,ここに入っているということらしい。幕末のことだ。

家付き娘が出奔したため,養子となった夫は家を出て,祖父の祖母が,祖父を育てた。この人は,城の奥勤めをしてきた人らしく,厳格な人らしく,後年,祖母が嫁入りした後も,健在で,

たい(祖母の名)さん,

といって,障子の桟を指先でなぞって,ここがまだ汚れている,と言っていたと,祖母が何かの折に話していた。

その屋敷も空襲で焼け落ち,その跡地も,そこに父が立てた家も,いまはもう人手に渡っている。寺にあったという過去帳も空襲で焼けて,その赤黒いほんとに小さな墓石だけにしか,我が家の歴史は見えない。

どの家にも,それに似た出来事はあるのだろう。

母の実家は,中村と言うが,曾祖父は,鳥羽伏見とその後の混乱で幕臣の両親を失い,下僕だが家臣だかにおぶさって逃げのび,維新後,その助けられた家の苗字を名乗った,というのだが,本当だか嘘だか,もう確かめようはない。

過去に遡って,いまを正当化(正統化)しようとするのが家系図だが,いずれも源平藤橘か天皇家に源を発する,という嘘が通用する。そんなものが何の役にも立たない時代になってほしい,とつくづく思う。

人君なんすれぞ天職なる
天に代わりて百姓を治ればなり
天徳の人に非らざるよりは
何を以って天命に愜(かなわ)ん
堯の舜を巽(えら)ぶ所以
是れ真に大聖たり
迂儒此の理に暗く
之を以って聖人病めりとなす
嗟乎血統論
是れ豈天理に順ならんや

という横井小楠の詩が,いまもインパクトがあるということは,出自や貴賤や富貴を貴ぶ風潮がまだある,ということだ。二代目だの三代目だの,何代続いたのということを誇りにする店も,芸も,仕事も,僕は大切とは思わない。一子相伝するものは,ただ守るだけだ。祖先が守破離で破ったものを,また殻に閉じ込め,後生大事に守るという気風が,僕のようなどこの馬の骨という人間にはさっぱりわからない。むしろ才能あるものをこそ,その後継者にもってくるといいうことが伝統を続けていく意味になるはずだ,江戸時代に歌舞伎がそうであった例があるように。

もっと突っ込んだことを言うなら,親の財産はすべてその代で召し上げ,次世代育成のファンドにする,というくらいでいい。すべての子供が横一列で競う時代こそが活力の時代を生む。明治前後までは,少なくとも,村の有力者は村の優秀な人材を都に上って学ぶのを後押ししていく懐の深さがあった。せめて,すべての優秀な人材が,学費をサポートしてもらえる奨学金制度を充実しなければ,日本は少子化とともに保守化し,墨守化し,それとともに縮小再生産に陥る懸念がある。米百俵の例は,こういう時にこそ使う例ではないか。箱モノばかりを再生産するオリンピックなんぞに,ムダ金を使っている余裕はないのだ。

さて話が横へ流れた。

墓石があろうとなかろうと,人の人生は,

人間到る処青山あり

なのであり,一人おのれの器量と技量と度量のみで競うことが,生きることだ。

分け入つても分け入つても青い山

山頭火の句にある。

かぎりなく
はこびつづけてきた
位置のようなものを
ふかい吐息のように
そこへおろした
石が 当然
置かれねばならぬ
     空と花と
おしころす声で
だがやさしく
しずかに
といわれたまま
位置は そこへ
やすらぎつづけた(石原吉郎「墓」)

まあ,墓は,この場合,墓石のことではない。おのれの胸に刻む墓石のことだ。

そうやって静かに,おのれの生を終える,ということが,自分の望むことかもしれない。そして,そこに,おのれ自身で碑を刻む。墓碑銘を刻む。とっさに,

Confusion will be my epitaph

というキング・クリムゾン「エピタフ」の,フレーズが浮かんだ。

今日のアイデア;
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#石原吉郎
#山頭火
#墓
#キング・クリムゾン
#エピタフ
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2013年09月30日

逃げる


「三十六計逃げるに如かず」。いわばあれこれ無駄に評定するくらいなら,ともかく逃げて後の計画を立てたほうがいいと言う。

第三十六計目は,「走為上」(逃ぐるを上と為す)であるという。

言わば,負けるが勝ちである。孫子の兵法にも,「戦わずして人の兵を屈するは善の善なるもの」とある。織田信長というひとは,逃げるとか,卑怯とか,弱みとか,残虐とかということに先入観のない珍しい人物で,朝倉攻めの最中,後背を浅井氏の裏切りで閉ざされると,全軍に撤兵を指示して,さっさと一騎で京へ逃げ帰った。そういえば,黒澤明の『隠し砦の三悪人』では,藤田進演じる何某という武将が,「裏切りご免」と,寝返ったが,これも,いつの頃からかマイナスイメージに転じた。

「逃げる」をマイナスに捉えたのは,いつからだろう。平和になり,かえって武士というもののありようが問われるようになった江戸時代中期以降か。大体,サムライでないものが,サムライ精神を言挙げすると,いつも勇ましくなる。山形有朋の軍人勅諭の,

軍人は武勇を尚ぶべし

なんぞは,普通の人間に,鍛錬したサムライと同じにせよと言っているようなもので,もともと無理がある。どうもそういう軍隊は弱い。どだい,本当のサムライは,自分のことをサムライとは言わない。誰かが日向に傘を差すような振る舞いはせぬものと言っていたが,サムライの看板を背負って歩くような奴は,見かけ倒しと相場が決まっている。サムライでないものの方が,強くサムライを意識する。土方歳三や近藤勇などはその例だ。

生きて虜囚の辱はずかしめを受けず,死して罪禍の汚名を残すこと勿なかれ

ということを戦陣訓にしたのが誰かは知らないが,これを示達した東條英機のような器量の小さいものほど言いたがる。そういえば,逃げるのを非難する向きは,高みの見物している奴か,旗だけ振って後ろからけしかける政治家や評論家と相場が決まっている。自分は前線に出ないとわかっているからだ。まずは勇ましいことを言うやつを前線に出してみることだ。

大体が,

人に備わらんことを求る勿れ

という。小人ほど,人に完全を求める。

尖閣でけしかけた何たらという前都知事は,政治家なら,まずはおのれが直接中国に乗り込んで見せよ。それからかっこいいことを言え,と若手(もうそうでもないか)の新右翼の論客にすら後ろ指さされていた。彼はいつも安全なところから人をけしかける,と。

安全地帯で旗を振る輩ほど勇ましい。

そういう輩に利いた風な口をきかせてはならない。

暴虎馮河し,死して悔いなき者は,吾与にせざるなり,必ずや事に臨みて懼れ,謀を好みて成さん者なり,

と孔子の言うとおりである。大体そういうのは,猪武者といってもサムライとしても下の下である。

戦争を政治の手段に位置づけたのは『戦争論』のクラウゼヴィッツだが,そもそも戦いになったら,政治の失敗なのである。勝利が目的なら,戦うことのみを目的化するのは意味がない。勝つために何をすべきかだけが大事なのである。勝つことを徹底すれば,いかに素早く逃げて,次に備えるかが肝心となる。

負けるが勝ちとは,事態の正確な把握を必要とする。危機は危機と認識できるとは限らないと同様,敗北が敗北と認識できるとは限らない。しかし,それは戦いの前に,戦いの目的を見失っているのに等しいのではあるまいか。

戦いは,目的があってはじめたはずだ。とすれば,少なくとも勝てないまでも,負けない戦をしなければ,何のために戦いを始めたのかがわからない。そもそもそこで,既にリーダーシップが欠けているとしか言えないのだ。勝つために何をすべきか。彼我の戦力差の認識と戦いの状況の正確な把握である。

寡兵で敵に戦うために,背水の陣をひく。かつてカストロは,退路を断つために,上陸してきた船を叩き壊した。漢の韓信は,一万兵で二十万の敵に対するのに,河を背にして布陣し,逃げ場をなくして必死で戦い,背後に回った味方の挟撃の時を稼いだ。これも,自らを追い詰めるという決断であって,そこには彼我の差の正確な自己認知があるからだ。

西夏に備えていた宋の武将の配下五千名が反乱を起こして,西夏へ逃亡したことがあった。部下の将軍たちが慌てる中,泰然自若として,「かれらはわしの命令で行動した」から騒がなくていいとのんびりした口調で語ったという。それが,西夏に疑心暗鬼を引き起こし,逃げ込んだ五千名を殺させたという。騒いだところで,兵が戻ってくるわけではない。その事態を正確につかめば,何をすればいいかは,明白だ。何もなかったようにしているしかない。

野村克也氏に,「勝ちに不思議の勝ちあり,負けに不思議の負けなし」という名言がある。それはここでも正しいようだ。

いやいや,話が勝ち負けに流れた。言いたいことは,「負ける」でも「逃げる」でも,それに価値観を当てはめると,ろくなことはないということだ。

ただ,逃げると避けるは違うように思う。

逃げるはその場を捨てる,去る。避けるは,やり過ごす。その場にとどまる選択肢といっていい。だから,避けるには決断はいらない。しかし,逃げるは決断がいる。決断がいるということは,覚悟がいるということだ。

何から(何を)逃げるのか。

その人か,

そのモノか,

その場所か,

そのときか,

その位置か,

その役割か,

その立場か,

自分からか,

自分の執着からか,

まあ何にしたところで,逃げるには逃げる理由がある。黒澤明のように,徴兵を逃れた人間は,徴兵忌避ではなく,徴兵回避であって,大した決断はいらない。だから覚悟が決まっていない。

逃げるというのは,実は戦場では最も危険である。したがってその場に留まって敵を防ぐ殿軍は,決死である。だから猪武者より,思慮と器量と度量がいる。決断といい,覚悟と言ったのはその意味だ。



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#孫子
#兵法
#三十六計
#土方歳三
#近藤勇
#勝海舟
#黒澤明
#野村克也
#戦争論
#クラウゼヴィッツ
#背水の陣
#殿軍
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2013年10月02日

空白


死ぬ瞬間,自分が身体から剥離して,部屋を俯瞰する位置で,自分を取り巻く人々の様子を見る,という。死んだ人間は語らないので,真偽は知らない。

あるいは,死ぬ一瞬に,一生分を,フィルムのラッシュのように,眼前を流れていくのだという。これも,真偽は知らない。

僕は前にも書いたが,三度ほど死にかけたが,一番鮮明に覚えているのは,小学校の二,三年の時,川で泳いでいて,深みにはまり,泳げないので,川底へ沈み,そこから,川水をレンズのように通して,青空を見ていた。

そのときの心境をよく覚えていないが,なぜかじたばたしていた記憶がない,というか,したばたした後,力尽きて川底へ沈んだのか,そのあたり全く覚えていず,川底から流れる水にきらきらとさざめく青空を眺めている記憶しかない。

だから,誰に助けられたのかも,どうやって救ってもらったのかも,ほぼ記憶から消えている。そのときは,覚えていたのかもしれない。口から水を吐き出しながら,耳の水が気になって,熱い石を探していた記憶がかすかにある。

人はどうして大事なことを覚えていないのだろう。

幼稚園児の時,悪ふざけしながら,後ろ向きで階段を下りていた記憶があり,その後途切れて,ダンプの車体の下に仰向けになっている自分の記憶になっている。それを目撃されていた保母さんが,まだご存命で,母の死後お手紙をいただいたが,タクシーだと記憶しておられる。僕の記憶ではダンプかトラックのような,車高の高い車なのだが,記憶が違っている。

いずれにしろ,自分は,この場合も,轢かれる瞬間は覚えていない。気づくと,車体の下にいた,という記憶しかない。

ここからは想像なので,どうでもいいのだが,その断裂した記憶,というか記憶の隙間というかは死と直通しているような気がする。

気づくと死んでいる,

のと,

気づくと車の下にいる,

のとの違いは,ほんのわずか,紙一重なのではないか。

そのわずかの差,その深い深淵をひと飛びするところを,意識が追い続けていられるのかどうかが,ちょっと疑わしい。

眠りに落ちるのと,

死んで行くのと,

の差は,その一瞬を,どちらに渡るかでしかないが,本人にだってわからないような気がする。

眠るように死んでいった母のことを思い出すと,確かにつむった眼が動いていて,レム睡眠らしいと思うのだが,ほんの一瞬後,気づくと,それが止まっていて,あわてた記憶がある。

本人だって,あるいは,どこまでか夢で,夢を見ているつもりになっているうちに,フェードアウトして,その先は,真っ暗の闇なのかどうか,そのことを気づいているかどうかも,いまは確かめようはない。

意識の空白というのは,よく不注意の問題で起きるが,人は一点をじっと集中してみていられるわけではない。

僕は先だって,カメラでモノを撮っていて,後ずさりしているうちに,何かに引っかかって,転倒したが,その間の何秒かが意識から飛んで,気づくと,カメラのレンズが吹っ飛んでいて,あおむけに転んでいる自分に気づいた。それからしばらくして,脚の痛みに気づき,脛をすりむいていることに意識が向いた。

そう,この意識の飛んでいる一瞬の間隙が,生と死の間隙に思えてならない。

変な言い方だが,

気づくと,転がっている自分がいる,

というのと,

気づくと,死んでいる自分がいる(と気づくことがあるかどうかはわからないが)

とは,紙一重なのではないか,ということなのだ。

その意識の空白部分に,運否天賦がある,といえば言えるのかもしれない。


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#死ぬ瞬間
#紙一重
#記憶
#レム睡眠
#死

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2013年10月03日

思い込み


思い込みと,思い入れとは微妙に違う。

思い入れは,よほどのことがないと,自分に思い入れすることはない。相手か,言葉が,考えか,ともかくそれに思いを致す。芝居で言う,「思い入れたっぷり」というのは,役柄に入れ込むのであって,自分ではない。

しかし思い込みは,思いの力点が,自分側にある。自分の信念,自分の観察,自分の思いを,信じて疑わない。

思い入れは,仮託,託すといっていい。思い込みは,固執,あるいはこだわりといっていい。

だから,思い入れは,代理なのかもしれない。自分でできない思いを,誰かに託す,誰かに事寄せて,その実現を期待する。その分,自分への執着はすくないかもしれない。

思い込みは,逆だ。誰かに託すなどということは真逆だ。あくまで我執,あるいは自分の思いへの執着だ。その分,自分を過大に信じている,と言えるのかもしれない。

恋に思い入れはない。あるのは思い込みだ。

是非善悪は,ここで入れていない。

思い込みのない仕事はない。そのとき,その仕事に思いが託されている。その仕事に強い思い入れがなければ,自分の動機づけにはならない。しかし,そこに,思い込みがなければ,執念がなければ,単なる憧れに終わる。

一念岩をも通す,

の一念とは,思い込みでしかない。

よく言えば,思い入れは,信頼やファンとかになるし,思い込みは,確信や信念になる。

悪く言えば,思い入れは,執心となり,思い込みは,執念になる。

たとえば,

思いが入らない,

思いが込もらない,

と,否定形にしてみると,もう少し違いがはっきり見える。

思いが入らない,あるいは,思いが入れられない,は信じられないことを指す。仮託する相手(もの)への拠りどころが自分の中にない,ということを意味する。あるいは,自分の中に,そのことへの思いが薄い,力が入らない,というふうにも言える。

思いが込もらない,あるいは,思いが込められない,は相手や何かに,というふうに言えなくもないが,自分の,とつけると,自分の中に,そのことへの強い思いがない,というふうに見える。

あるいは,時間軸で見ると,未来にあるのが,思い入れで,過去からいまにあるのが,思い込みという言い方もできる。

いずれにしたって,自分の中の思いだ。外へ託すか,自分に託すか,その境界線はそんなにはっきりしているわけではない。

僕は人への思い入れはない。むしろ,思い込みがある。人に対しても,自分の思いのこもり方が強すぎる。それは,仮託ではない。

だから,自分の思うに任せないと,

投げ出すか,

腹を立てる,

厄介な思い込みよりは,思い入れの方がいい。はじめから,託しているのだから,叶わぬのは,別におのれのせいではない。

しかしそれでは人生はおのれの人生ではない。

自分(の思い)に執着し,自分(の思い)に執心する。それでいい。なにも,遠慮はいらない。ひとさまが,代わりに,僕に人生を担ってくれるわけではないのだから。


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#思い込み
#思い入れ

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2013年11月25日

異端


子曰く,異端を攻(おさ)むるは,これ害るのみ,と。

貝塚茂樹氏の注に,

織物の両端から一度に巻きはじめるように,別々の傾向の学問を一度に手掛けると,中途半端になって,害しか受けない,

とある。まさにおのれのことだ。さらに言う。

この文章の意味は難解で定説がない。清朝の経学の一方の旗頭であった戴震によると,物事には織物のように両方の端がり,それを異端と言う。学問は,ひとつの専門に打ち込むと精密になり成功するが,一度に二つの端から別々の学問を兼修すると,ものにならないのだという。私はこれに暗示を得て,異端を収めるとは,反物を一度に両方から巻きはじめるようなもので,それではうまく巻きおさめることができない。傾向の違った学問に一度に手をつけると一家の学を成すことはできないといって,弟子を戒めたのであると解する。

とも。

しかし,辞書的には,

異端(いたん,heterodoxy あるいはheresy)とは,正統からはずれたこと。正統orthodoxy と対立する異説。

「異端」は「正統」の動的な対概念である。「正統」からはずれたものが「異端」ということになる。正統からはずれたものと見なすこと,異端として扱うことを「異端視」と言う。

となる。孔子の言うそれとは少し違う。正統に対して,異端と指さす感じか。へそ曲がりなので,そういうポジション,立ち位置が嫌いではない。むしろ,異端は好むところだ。

というよりは,一つコトを深く掘り下げられない質なので,あっちこっちと食いついて,異説を好む,と言うか,異説にならざるを得ない。異説を拾い集めて,それをつなぐので,どうだろう,いつの間にか正統にすり寄っていなくもない。でもどこかに正統への嫉妬と憧れがなくもない。

石原吉郎は,僕の解釈では,その微妙な心の綾を,こう書く。

かりにそうでもと
いうひとところで
ふみちがえた
おわりのひと研ぎで
その刃は思案をこえた
その刃を当てなおすために
その膝がわずかに
ずれるだろう
ずらせたそのはばへ
斬撃のおもいは
のこるだろう
正統を恋うとは
そのことなのだ(「正統」)

異端へとはみだしたものの,悔いと反撥とは均衡するようなものだ。異端に出てみたことのないものには見えない。

しかし,異端が異端であることを表明できない時代は,不幸かもしれない。多様性は,時代にとっても,社会にとっても柔軟な力の源泉なんのだから。

ふと思い出して,昔の本を引っ張り出した。吉本の有名な『異端と正系』にこうある。

ただ,単にオーソドックスな思想や集団というものは存在できないし,存在しない。それはいつも背中に異端の思想や集団というものを合わせていることによって,はじめて存在しうる。そして,オーソドックスな思想や集団は,ひとつの契機によって異端に転化し,異端の思想や集団は,ひとつの契機によってオーソドックスに転化する。

何とナイーブなと,いまなら思う。それでも,これが鋭い切っ先だったあの時代は,どういう時代だったのか,と思う。

しかし,考えてみると,いままたぞろかつてのオーソドックスがオーソドックスに戻りつつあることを思うと,異端は,いつも異端なのかもしれない。

改めて,時代の主流への異を唱える立場は,時代に竿さすよりもはるかに時代の多様性にとって重要だと思う。そのとき,その重要性に時代側が気づかないにしても。

是は是,

非は非,

でなくてはならない。それが異端の心意気というものだ。

参考文献;
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)
吉本隆明『異端と正系』(現代思想社)

今日のアイデア;
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#貝塚茂樹
#論語
#吉本隆明
#異端と正系
#異端
#正統

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2014年06月18日

ブログ


もうこれで,600日近くブログを書いたので,かれこれ,一年半は超える。しかし,なぜブログを書くかについては,あまり深く考えていない。はじめの頃,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163113.html

という趣旨で,一応自分なりのブログを書く意図のようなものをまとめた。そこで,

①まずはなにより,オリジナリティがなくてはならない。そういう視点で見ることができるのか,そういう考え方をしてもいいのか等々
②まずは,物知り顔,訳知り顔ではなく,独りの人間の尖がった意見であり続けること。先端という意味ではないが,尖りがほしい。変に妥協した,目配りした物言いをしない。
③隠さない。弁解しない。怖じず,おびえず,ひるまずに,直言していきたい。開示というと生易しい,もっとももっと開く。
④時代におもねらない。媚びない。流行を追わない。しかし時代とは闘い続けたい。時代の主流にはなれなくても,時代の厳しい批判者ではあり続けたい。
⑤そして人としてのありようについての,信念は曲げまい。どんな人も,人である。人であるという前提を失わないこと。人であることを尊重し続けよう。

と書いたが,まだまだ実行できていないところもあるが,変わりはない。そこで,ルイス・キャロルがたった一人,姪のためだけに,

『不思議の国のアリス』

を書いたことになぞらえて,

誰かたった一人を念頭において,ただひたすら語り続けてみよう。ひょっとしたら,思いは届かないかもしれない。しかし,そのたった一人にも届かないような思いや考えは,きっと誰にも届かないのだろう。少ししかないにしても,自分の知識と経験を絞りに絞って,その都度,たった一人に届くように,語り続けてみよう。

と書いた。まあ,

ラブレター

というとちょっと言い過ぎかもしれないが,究極,そういう自己表現には違いない。しかも,日記と違うのは,そもそも公表を前提にしているので,結局誰かに向かって書く。誰でもない誰かより,

特定の誰か,

の方が,伝わりやすいのかもしれない。

たった一人にさえ伝わらないのなら,それは誰にも伝わらない,

のかもしれない。そこで,テーマごとに,誰かを想定してみている。しかし,その人が読んでくれているかどうかは,確かめようがないことが多い。それでもそのことで,テーマが立てやすいということはある。

ところで,自己表現は,日記でもそうだが,書くということの中に,

虚実の皮膜,

に漂うところがある。書いた瞬間に,ウソではないが,表現化されたとき,現実との乖離が生まれる。そもそも対象化するとか,メタ・ポジションになったとき,見えるものは,即自の自分のそれとはギャップがある。

ある意味自分でも読み返せば,読んでいる自分と書かれている自分とは,微妙な隙間ができる。

時間が経たせいかもしれないし,

自分自身が,日々微妙に変化しているせいかもしれない。

しかし,そもそも書くということが,

リアルとの距離を取ること,

なのだからかもしれない。かつて読んだユンギアンの本に,

言葉を覚えると空を飛ぶ夢を見る,

という趣旨の一文があった。僕自身も,幼少の頃,よく空中を泳ぐ夢を見た。言葉そのものが,リアル世界を丸めることだからだ。抽象化と言い換えてもいい。

とすると,言葉の選び方,言葉の連ね方一つで,意味が変わる。言葉は,

言葉の前後の脈絡

に支配されるので,語った瞬間,語られることとは関係なく,語る側の筋の流れ(文脈)に拘束される。文脈によってそう書くよう促されざるをえないところがある。

言いたいこと

が,

言えることに変わる。表現は,言いたいことを書くことではなく,書けることの中で,折り合いをつける。言葉の選択然り,言葉の続き方然り,文章の流れ然り。

毎回,言葉との格闘(というほどでもないが)の中で,いつの間にか,

皮膜,

の隙間で漂うことになる。

というか,同じことを書こうとしても,日々,言葉の選択,つなげ方で,微妙に意図がずれていく。その面白さが,書くことの面白さなのかもしれない。

結局ここに行きつく。

これを知る者はこれを好む者に如かず,これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

その隙間の空間に漂うのが楽しいのかもしれない。


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2014年06月20日

未完


いまひそかに僕が読んでいて,その続きを首を長くして楽しみにしているのは,

原泰久『キングダム』

である。きっかけは,NHKのアニメだったが,途中で放映が終わってしまい,気になってその続きを読み,さかのぼって,一巻からKindle版で読み直した。アニメ化では,いくつかが削られていて,それを削ったら,将登場人物の背景の持つ陰翳が削られて,まずいだろうというようなところも見つけたりしながら,Kindle版では待ちきれず,単行本で,いま34巻まできた。来月35巻が出るのを,待ちきれずに,もうアマゾンに予約したくらいに楽しみにしている。

まだ,嬴政が,丞相・呂不韋との権力争いで,秦国内の実権を握れていない。中華統一までは,まだまだ遥かに遠く,長い。僕が生きている間に終わらないだろうな…!

そういえば,白土三平の『カムイ伝』も,まだ終わっていないらしい。

かつて,漫画は毎号堂々と変えず,とびとびに密かに買って読んだ記憶がある。それでも,「冒険王」か「少年画報」…だったかを読んでいた記憶があるし…,好きだったのは,杉浦茂のギャグ漫画(の走り?)の『猿飛佐助』。因みに赤塚不二夫は,杉浦のファンで,レレレは,杉浦に由来するという。

僕はスポーツ音痴なので,スポ根系は,あまり好きにならない。

009は流れ星になり,鉄腕アトムは太陽に向かって飛んで行った,

という名文句を,石子順造という評論家が書いたのを読んだ記憶があるが,作品の終り方は難しい。

長ければ長いほど,その終り方は,難しくなる。無理に終わらせて,墓穴を掘った例は多いのではないか。しかしそれ以上に難しいのは,いったん終わったものを再開させる場合だ。『サイボーグ009』も再開したが,到底蛇足としかいいようがない。

だから,はじまりよりも,終らせ方が難しい,

とつくづく思う。コナン・ドイルは,ファンの声に押されて,

シャーロック・ホームズを帰還させて以降,駄作になった。

中里介山も,『大菩薩峠』中で長さを誇っていたが,ついに終わらせられなかった。未完のままのものというのは,結構多い。

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』もそうだし,

プルーストの『失われた時を求めて』もそうだし,

ムージルの『特性のない男』もそうだし,

夏目漱石の『明暗』もそうだし,

そうだ,カフカの『城』もあったし,マニアックなところでは,

国枝史郎『神州纐纈城』もあったし,

埴谷雄高『死霊』も,途中で付き合うのをやめてしまった…,

と,数えあげていけば,結構ある。僕の好きな,ショーロホフの,

『静かなドン』

は,未完ではないが,新田たつおの漫画『静かなるドン』にタイトルを剽窃されて汚された気がしてならない。ショーロフの題名を意識したらしいが,腹を立てている。「ドン」の意味が全く違う。ウィキペディアによると,小林信彦の『唐獅子シリーズ』で最初に使われたギャグからきたものといわれている。真似の真似,ということだ。ギャグなら,福田善之『真田風雲録』くらいの見識と上質さがないと。

話が横へ逸れた。流れたついでに,漫画というなら,

つげ義春の『沼』

が好きだ。『ねじ式』もいいが,『もっきり屋の少女』系がいい。そう言えば永島慎二の『フーテン』や『漫画家残酷物語』もいい。

大友克洋の『童夢』

がいい。『AKIRA』も確かにいいが。

『機動戦士ガンダム』はアニメか(因みに,これも続編中,耐えられるのは,その後のアムロの出てくる『Zガンダム』くらいだ),

宮崎駿のアニメではなく,漫画の,

『風の谷のナウシカ』

もいい(アニメもいいが)。

何か大事なものを忘れているかもしれないが,挙げればきりがない。

でも,終り方が,やはり気になる。

未完は,作家の構想大きさに,ついに手と時間が足りなかったということだ。

手塚治虫は,まだ頭の中に構想が数本あったという。

広がった構想を,展開するだけでなく,それを収斂し,大団円に持っていくには,構想が大きければ大きいほど,難しいのだろう,と想像する(しかないが)。

そんな大構想は,僕には,リアルにもフィクションにもないが…。

参考文献;
原泰久『キングダム』(集英社)



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2014年07月29日

墓参


友人の墓参に行ってきた。

電話で,彼の死の報とともに墓の場所を聞いた友人と待ち合わせ,出かけてきた。

横浜から,かれこれ片道二時間の道のりである。酷暑の予報通り,照りつける日差しに辟易しての道中だったが,下車駅に近づくにつれて,天が俄かにかきくもり,いきなり雷鳴と激しい雨に見舞われた。電車が停車して,ドアがあくと,そこから激しく雨が吹き込んで,車内の床とシートをびしょ濡れにするという状態だったが,下車駅では,何とか小降りになった。

あいつが,来るな,

と言っているのか,などと二人で冗談をかわしたほどだが,激しい雷鳴は続いていて,広々とした霊園では雷が怖いが,まあ,行くだけ行くか,と送迎バスに乗り込んだ。

メモリーパーク

というのに初めて出かけたが,山すそを切り開いた,だだっ広い丘陵が,整然と区画整理されている。しかし,雷鳴がずっと続いていて,こんなところで雷に打たれてはシャレにならない,というほどだったが,幸い,当該区画に着いたときは,雨も,雷鳴も少し遠のいていた。

その隙に,何とか見つけようとしたが,区画はあっていたが,番号が違っていた。友人は四桁と聞いてきたが,ここには三桁しかない,と近くにいた係員に言われ,順次探っていったが,見当たらず,呆然と立ち尽くした友人の側へ戻ってみると,その目の前の墓石に,かすかに,うろ覚えのご子息の名前の,ローマ字表記が見えた。近づくと,確かに,友人の姓が読み取れた。

びっくりさせられること,どうやら,不思議なことに,此処だと,呼ばれたものらしい(てなわけはないが)。

自然石を断って無造作に立てたような墓石に,

鳥飛如鳥

で終わる詩句が刻まれ,その下に,小さく,ご子息の名がローマ字表記されていた。彼らしい,ちょっと凝った墓石であった。先に亡くなったご子息の個人名の墓である。ここに,彼は入っている。

雷鳴が近づくとともに,また雨脚が激しくなる中,花を添え,缶ビールを開け,

献杯

して,片づけ始めたときに,本降りになった。

ずっと雷鳴が続いているのに,駅へ戻ると,青空が広がり,陽射しが強まっていた。

帰りの直通電車が時間が合わず,地元へ帰ってからのつもりが,そこでちょっとやっていくことになり,それでまた時間を逃し,結局目当ての直通電車を外して,とろとろと乗り継いで帰る羽目になった。

途中で乗り換える時,座席から立って,ドアまで行ったところで,僕は,ふいに崩れた。すぐに意識が戻ったが,瞬間しゃがんだ自分がどこにいるかわからなくなり,一瞬意識が飛んでいた。友人に言わせると,

腰砕けのように

崩れたという。すぐに,座り込んでいる自分に気づいて我に返ったが,ほんの数秒頭が真っ白で,視界がぼやけていた気がする。亡き友人のいたずらかと思ったが,朝から水を飲んでいなかったせいではないか,と気づいた。

まあ,いろんなことがあった墓参であったが,気になって,詩句を調べると,恥ずかしながら,道元の有名な箴らしく,道元が宏智『坐禅箴』を受けて自ら撰述『坐禅箴』にその一句があった。『正法眼蔵』に収められている,という。

多分墓碑は,

水清徹地兮
魚行似魚
空闊透天兮
鳥飛如鳥

とあったと思う。書きとめたわけではないが,そうか,道元ときたか,と亡くなった彼らしいと思う。

座禅箴

とは,

真実の坐禅の意義を示したもの。「箴」とは処方のことである

という。

「箴」は,意味としては,

布を合わせて仮に留めておく竹ばり

らしく,しつけばりや漢方の石張りも指し,鍼や針と同類。

竹+咸(とじ合わせる)で,深く入り込む意味

らしく,そこから,

いましめ,箴言

につながったものらしい。

で,墓碑銘だが,

水清んで徹地なり 魚行いて魚に似たり
空闊透天なり 鳥飛んで鳥の如し

これだけだとちょっとわかりづらいが,座禅の境地を指している,というのだろう。彼の意図はわからないが,先だったご子息へのと同時に,自分自身への心境のような気がする。全文は,

仏仏の要機 祖祖の機要
不思量にして現じ 不回互にて成ず
不思量にして現ず 其の現自ら親なり
不回互にして成ず 其の成自ら証なり
其の現自ら親なり 曾て染汚無し
其の成自ら証なり 曾て正偏無し
曾て染汚無きの親 其の親無にして脱落なり
曾て正偏無きの証 其の証無図にして功夫なり
水清んで徹地なり 魚行いて魚に似たり
空闊透天なり 鳥飛んで鳥の如し

とあり,偏りなき境地のことを指しているらしいことが読める。只管打坐では,

人脱落して人の如し

との箴があるらしい。

結果として,その墓碑銘に,彼は,自分自身の境地をも刻んだことになった。

まさか,自分が彼の墓参りをすることになるとは,予想もしなかったが,どうやら,これで自分の気持ちもひと段落となればいいのだが。まさに,

鳥飛んで鳥の如し

かもしれない。


今日のアイデア;
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2014年07月30日


死は,

歹(骨の断片)+ヒ(人)

で,人が死んで骨片になることを指す。

逝は,あの世へ行く
歿は,姿が見えなくなること,
暴は,いなくなること,
崩は,山が崩れるようになくなること。天子の死に用いる,
薨は,見えなくなることで,諸侯の死に用いる,
卒は,身分の高い人の死ぬこと,四位五位の人が死ぬこととある,
寂は,入寂,僧侶の死に用いる,
瞑は,死者が目を閉じて永眠するのを指す,

等々ある。まあしかし,おのれについては,

くたばる,

がふさわしい。あるいは,

朽ち果てる,



お陀仏

か。昨今,

不在のそこ,

ということを,しきりに意識する。前にも,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/401327978.html

書いたが,

自分のいないそこ,

という意味だ。嫉妬に近い。別に死期を察している,というような殊勝なことではない。

死期については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/398561730.html

で触れたが,近さが,間違いなく実感できるほどになったということだ。

死は,両親の死も堪えるが,友人の死の堪え方は,ちょっと違う。これについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/398323501.html

で触れた。まあ,まだ立ち直れないというか,立ち直ることはないだろう。むしろ,おのれの死をどう向かい入れていくか,というように変わるのかもしれない。

唐詩選の有名な,

年々歳々花相似
歳々年々人不同

をふと思い出す。

洛陽城東 桃李の花
飛び来たり飛び去って誰が家に落つる
洛陽の女児 顔色好し
行くゆく落花に逢うて長歎息す
今年花落ちて顔色改まり
明年花開くも復た誰か在る
已に見る 松柏の摧けて薪となるを
更に聞く 桑田の変じて海と成るを
古人無復洛城の東に無く
今人還た対す 落花の風
年々歳々、花相い似たり
歳々年々人同じからず
言を寄す 全盛の紅顔の子
応に憐れむべし 半死の白頭翁

かつては,若い人の立場で,そう見ていたように感じる。いまは,

半死の白頭翁

で見ている。歳の移り変わりを,詠嘆する気にはなれない。

明日ありと思う心のあだ桜,夜間に嵐の吹かぬものかは,

とは親鸞の言らしいが,

花に嵐のたとえもあるぞ

とか,

月に叢雲,花に風

とかは,この一瞬の楽しさ,美しさが,束の間に消えていく,

ことを言っている。いわば,

無常

だが,どうも,そのポジショニングは,自分には

よそごとか,上から目線か,

を感じてしまう。もっと切実である。

明日死ぬ,

と思っている人間に,言える言葉ではない,と考えてみれば,そのギャップは大きい。

そのいま位置いるのである。別に深刻ぶっているのではなく,実感である。だから厄介なのだ。



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ラベル:唐詩選 親鸞
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2014年08月09日

ゲーム?


僕には,自滅の癖がある。というか,あるらしい。

自然に滅ぶ

のである。あるいは,

滅ぶようにふるまう。

あるいは,TA(交流分析)でいう,ゲームをしているのかもしれない。



は,

おのずから
みずから
より

の意味があるが,「自」は,人の鼻を描いた象形,という。「私が」というとき,鼻に指さすので,自分の意に転用,あるいは,出生の際,鼻から先にして生れ出るし,鼻は人体の最先端にあるので,「~からおこる」「~から始まる」という起点を顕わすことになった,という。

ついでに,念のため,



は,

戉(まさかり,ほこ)+火

の会意文字で,刃物で火種を切って消すことを示す。「滅」は,それに水を
加えた文字で,水をかけて火を消し,また見えなくすること,という。

自ら,盛る火に水を差す,

という感じかもしれない。

デスペレート

とか,

自暴自棄

という感じとはちょっと違う。だから,ゲームなのである。裏の意味があるらしいが,そのことに自分でも自覚的ではない。

まあ,言わば,嫌な奴

に属する。かつて,議論を積み重ねていて,不意に,すべてをひっくり返すようなことを言い出して,顰蹙を買ったことがしばしばあるが,それも同じ伝である。

ゲームを,調べると,

エリック・バーンは,こじれた人間関係やパターン化された対人トラブルを引き起こす自滅的なコミュニケーションのことを「ゲーム(game)」と定義した。交流分析におけるゲームとは,相手を自分の都合の良いように操作したり利用しようとしたりすることで始まるコミュニケーションであり,その最後はドラマチック(感情的)だが紋切り型の不幸な結末となる。
過去に激しい対立や喧嘩(言い争い)といったトラブルを起こした人は,同じような相手・状況で同種のトラブルを起こすことが多いが,この『パターン化した対人関係』にはゲームの仕掛けが影響している。

という。しかし,同じパターンを繰り返しているかどうか,主観的にはあまり自覚的ではない。

こういう言い方もある。

交流分析では人はストローク(承認,愛情)を求めて互いに交流を行う,と考えます。また,人は肯定的ストロークが得られないと,否定的ストロークを求めるようになる。そこで,生育の過程で,否定的ストロークを交換する態度が習慣化したものがゲームである,

と。こちらの方がわかりやすい。だから,交流分析でいう,表面の会話と裏面の心理的レベルの会話がずれている,ということになる。あるいは,単純に,

わがまま

すねる

ひがむ

ひねくれ

という心性と地続きなのかもしれない。しかし,他罰ではなく,自罰へ向かうのだとすると,ゲーム分析の範疇の中に入るのかもしれない。

そう考えると,ちょっとアサーティブのことを思い浮かべる。アサーティブ以外の自己表現スタイルに,

攻撃型ノー・「ドッカン」(平木典子さんの言う攻撃的自己表現=アグレッシブ)
受身型ノー・「オロオロ」(平木典子さんの言う非主張的な自己表現=ノン・アサーティブ)

というのがあるが,それ以外に,森田さんの分け方では,

作為的なノー・「ネッチー」

というのが加わる。

はっきりノーと言わないで,なんとなく相手に悟らせようとしたり,回りくどい言い訳をしたりするパターン,

である。果ては,雑巾を洗った水でお湯を沸かし,嫌な上司にお茶をいれるところまで行くかもしれない。実は,現実的にはこのパターンの方が多いのではないか,とひそかに思っている。で,これは,ひねくれ,すねる,の心性と地続きになる。見かけほど,攻撃型と受身型の差があるわけではなく,

受身か作為かは,ある意味堪えている状態で,不満が満タンになれば,何らかの形で爆発する。

専門的なことはわからないが,自分に都合の悪いことを,直截に言わないで,ぼかしたり,ごまかしたり,裏をいったり,なんとなくぼそぼそと独り言を言っていて,あるとき不意に爆発するというパターンは,場合によっては,ノンアサーティブではあるが,それを繰り返していれば,まあゲームにも近い。

いやいや,まあ,そんな回りくどい人間なのかもしれない。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
杉田峰康他『ゲーム分析』(チーム医療)
森田汐生『「NO」を上手に伝える技術』(あさ書房)
アン・ディクソン『第四の生き方』(つげ書房)



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2014年09月11日

類推


たとえば,まったく未経験というわけではないが,必ずしも習熟しているわけでもないようなことを,引き受けることになったとき,たとえば,

いままでとはちょっと違う種類の仕事が舞い込んできたとき,

やれる,

という感覚があるのは,どういう根拠なのだろう。

できると思うのは,ただの錯覚かもしれない。しかし,その

できる感

が,錯覚ではなく,なにがしか根拠があるのと,錯覚(過信とも,思い上がりとも呼んでいいが)との差は何だろう。

まったく同じことなら,たとえ規模が大きくなろうが,単に運営上の問題に過ぎない。しかし,微妙にテーマや課題がずれている。にもかかわらず,その瞬間に,自分の中に,何か具体的なイメージのようなものがわく(ような気がする)。そのときは,

できる

気がする。逆に,明らかにずれているというか,ベン図ふうに言うと,自分の円と依頼の(想定する)円とか,かけ離れていれば,まず,やれるとは感じない。

無理

と思うのと,

できる

と思うのとの境界線は,そこだろう。しかし,別の言い方をすると,

できそう,

できるかも,

できる,

との差は,

できる

できると思う

の差といっていい。その差は,ベン図の円の重なり具合の差なのだろうか。

できる気がするとき,それは,根拠というような確かなものではない。自分の経験とスキルと知識を,過半はみだしたものなのに,何か,類推が効くところがある,と言ったらいいのか。

類推,

とは中国語で,

類比+推理

を言う。類似のものに基づいて,他を推し量る,という意味になる。

まったく同じではないが,似たような仕事をしたことがあり,その経験とノウハウを当てはめると,何とかやれる,

そんな感覚か。あるいは,小さなスケールで経験したことがあるが,その何十倍ものスケールということになると,そのまま当てはまらない隙間がある。それでも,その経験からなんとなくやり方とか構成が読める,というイメージか。しかし,

そのままやれるわけではないので,その隙間というか,その未知の部分が,不安をもたらす。

昔から,仕事というのは,

自分のやれるカタチに置き換える,

ということだと思ってきた。それを自責化と呼んできた。その意味では,未知で未経験なのは,

やれるカタチに置き換えのきかない部分が大きく残るときなのだと言い換えてもいい。

若い頃なら,怖いもの見たさで,まあ,失敗するのも経験と言えるが,ある程度のキャリアを積むと,なかなかそうはいかない。だから,逆に怖さはない。失ったところで影響は知れているからだ。

むしろ,自分の中の問題の方が大きい。

できると思うのだが,その根拠が見当たらないとき,結局,

できること

できそうなこと

との隙間を埋めるのは,ある種の経験でしかない。僕は,人の能力は,

知識(知っている)×技能(できる)×意欲(その気になる)×発想(何とかする)

だと思うが,問題は,

何とかした経験が,

何とかなる,

の背景に必要なのだろう。まあ,そのときの,

悪戦苦闘

の経験といっても言い。

知識には,

Knowing that(そのことについて知っている)

Knowing how(どうやるかを知っている)

とがいるが,Knowing howは,やった数で決まる。そして,未知の領域を埋めるのは,単なる過去の経験ではなく,過去の,未知と未経験を,

何とかした経験,

でしかない。それもまた,

Knowing how

なのかもしれない。




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2014年12月29日


傘というと,連想が変かもしれないが,傘化けを思い出す。水木しげるの妖怪でも登場する,一本足で,ひとつ目の妖怪である。

妖怪については,かなり前,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163408.html

で触れたことがあるが,使い古して捨てられた道具が妖怪になる,それを,つくも神と呼ぶ。

つくも神とは,ウィキペディアに,

付喪神,は当て字で,正しくは「九十九」と書き,この九十九は「長い時間(九十九年)や経験」「多種多様な万物(九十九種類)」などを象徴し,また九十九髪と表記される場合もあるが,「髪」は「白髪」に通じ,同様に長い時間経過や経験を意味し,「多種多様な万物が長い時間や経験を経て神に至る物(者)」のような意味を表すとされる,

とある。長く生きたもの(動植物)や古くなるまで使われた道具(器物)に神が宿り,人が大事に思ったり慈しみを持って接すれば幸をもたらし,でなければ荒ぶる神となって禍をもたらすといわれる。つまりは,親しみ,泥んだものや人や生き物が,邪険にされて妖怪と化す,というわけだ。どうもそれはものや生きもの側ではなく,こちら側の負い目や慙愧の念に由来する影に思える。確か,花田清輝が,

「煤払いのさい、古道具たちが、無造作に路傍に放り出されるということは、彼らにとって代る新しい道具類のどんどん生産されていたことのあらわれであって、室町時代における生産力の画期的な発展を物語っている」

と書いたいたように,こちらの都合によるものらしい。だから,捨てられたものは,妖怪に化す。

傘のような日用品は,とりわけそうなのだろう。そのほかに,化けぞうり,化け下駄,甕のやお化け甕長(かめおさ)等々あるようだ。八百万の神々をまつるわれわれらしい。そう言えば,長く生きた大木や昔からある岩に神が宿ると考えるので,それらもつくも神と見なすことはあるようだ。

ところで,日本語では,語源的には,

カザス,カザシの語根

で,雨,雪,日光を防ぐために頭にかぶるもの,のことを意味する。古来「かさ」は笠を指し,傘は「差しがさ」と呼称したらしい。

確か,ずいぶん前,朝日新聞の記者が,防水性を調べた時,編笠,陣笠,網代笠等々と比較して,いわゆる三度笠が最も優れている,という体験記を記していたように記憶しているが,昔の旅人の知恵はなかなかしたたかなのだと,思い知らされる。

調べると,「三度笠」は,股旅ものなどの時代劇で渡世人が被っている印象が強いが,

もとは江戸,京都,大坂の三ヶ所を毎月三度ずつ往復していた飛脚(定飛脚)のことを三度飛脚と呼び,彼らが身に着けていたことからその名がついた,

と言うのだから,雨に強いのは当たり前と言えば当たり前だ。しかし,笠には,「陣笠」や「塗笠」というのがあり,

塗笠は,檜や杉の板材を薄く剥いだ「へぎ板」に和紙を貼って漆を塗って作成
陣笠は,竹で網代を組んで和紙を貼り,墨で染めて柿渋を塗って作成。刃や矢などから身を守る防具

といい,陣笠は,戦国時代の足軽が貸与されたもので,それだと,

締めた皮革の裏側に「筋金」と呼ばれる鍛鉄製の骨板を渡し漆をかけたもので,

後には鍛鉄製のものに代わったほどだが,これは鉄炮が主流になったのに対応したものに違いない。こうなると,まったく別の用途で,雨に濡れないのは当たり前だが,ただ三度笠に較べると,動きやすさから,直径がはるかに小さくなっているはずである。

ところで,傘というと,高貴な人に差し掛けている天蓋(開閉できない傘)を思い描く。それは古代中国で発明されたらしく,その後百済を経て,仏教儀式の道具として日本に伝わり,「きぬがさ」(衣笠)と呼ばれた,らしい。

平安時代に製紙技術の進歩や竹細工の技術を取り込んで改良され,室町時代には和紙に油を塗布する事で防水性を持たせ,現在と同じ用途で広く使用されるようになった。それと共に傘を専門に製作する傘張り職人が登場,技術が進歩し,『七十一番職人歌合』には傘張り職人の姿が描かれている,

という。

そういう経緯からか,「唐傘」と呼ばれたようだが,

和傘はおもに竹を材料として軸と骨を製作し,傘布に柿渋,亜麻仁油,桐油等を塗って防水加工した油紙を使った。洋傘の骨が数本程度に対して,和傘の場合数十本の骨が用いられる。これは洋傘と傘の展開方法が異なるためで,余った被膜を張力で張るのではなく,竹の力により骨と張られた和紙を支える仕組みとなっているためである。窄めた際に和紙の部分が自動的に内側に畳み込まれる性質を持つ。

という。

それにしても,基本的に,洋傘にしろ,和傘にしろ,

全体を支える中棒,

全体を覆う傘布(カバー),

傘布を支える骨,

によって構成される。これは傘のはじまり以降変わらない。折り畳み傘だって,骨が屈折できることをのぞけば,一向に変わらない。

傘が,手に持たなければならないいわれはなく,雨を防げればいいのだから,たとえば,

頭上に雲のように,

あるいは,

風船のように,

浮いていてくれても,雨は防げる。誰もが同じことを発想するらしく,ネットでこういうタイプの傘(と当てていいのかどうか)が詐欺案件としていっとき話題になったことがある。あるいは,収納性という点で言えば,

ミウラ折り

のように折り畳める平の面の方が,いいのに,

平たい円錐形

という原型からあまり出ないのには,理由があるのだろうか。

大きな三度笠に,市女笠のような,雨除けのカーテンようのものがついていれば,両手があくし,好都合に思えるのだが,ちょっと見かけは悪い。







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