2012年11月15日

ひらめきと発想の脳機能~『脳には奇妙なクセがある』からⅢ


引き続き,池谷祐二『脳には奇妙なクセがある』について

直感とひらめきの違いについて,池谷さんはこんなことを言っている。

ひらめきは思いついた後に,その答えの理由を言語化できる。直感は,本人にも理由がわからない確信。ただなんとなくとしか言いようがないあいまいな感覚。根拠は明確ではないが,その答えの正しさが漠然と確信できる。しかし「直感は意外と正しい」という。ヤマ勘や思い付きではない。そして,ひらめきを,知的な推論,直感を動物的な勘,ひらめきは,陳述的,直感は,非陳述的,と説明する。

直感は,線条体や小脳が関与するが,ひらめきには,脳の働きとして,理詰めで正答が導ける場合と,相手の出方を推測しながら,判断しなければならない場合があり,同じひらめき型では,まったく脳の使い方が異なるようだ。ただ,ひらめいた瞬間,脳の広範囲が活性化すると言われている。それについては,ここでは触れられていないが,直感の時とは,少し違う気がする。直感は,パターンで感じ取る,という気がする。将棋や囲碁のプロが,蓄積した経験の中から,直感する場合,なぜかは説明できないが,それが結論として動かないことに変わりはない。

ではアイデアがひらめくときはどうなのか。

グレアム・ウォーラスによれば,着想の王道は,
① 課題に直面する
② 課題を放置することを決断する
③ 休止期間を置く
④ 解決策をふと思いつく
だそうだが,特に③の熟成期間が重要らしい。ある実験では,課題を長い時間起きて考えていた人より,睡眠をとった人のほうが,成績が良いという結果が出ているらしい。特にREM睡眠と呼ばれる,浅い眠りの多い人ほど好成績だったという。

こうしたステップでは,ジェームズ・ヤングの『アイデアのつくり方』が最近では有名だが,そこでは,

第一段階 資料集め
第二段階 集めた資料の加工  【ここまでが準備】
第三段階 孵化段階      【孵化(あたため)】
第四段階 アイデアの誕生   【啓示(ひらめき)】
第五段階 アイデアの具体化  【検証】

とある。たぶん,②と③が孵化プロセスにあたる。

ヴァン・ファンジェの定義以来,創造性とは既存の要素の新しい組み合わせとされており(川喜多二郎氏は,これを,「本来ばらばらで異質なものを結びつけ,秩序付ける」といった),その組み合わせを見つけた時,脳内の各所とのリンクというかたちで出現するのではないか,とひそかに考えている。そのための準備期間がいる。今まで考えられていたものごとのつながりを崩して,新しいつながりを見つけるには,ある種の視点転換がいるのだから。

これで思い出したのだが,数学者の岡潔さんが,タテヨコナナメ十文字,考えに考えて考えつめて,それでだめなら寝てしまえ,といっていたのと符合するのではないか。ただ,この眼目は,ただ熟成すればいいのではなく,その前の段階で,脳をフルに使いこんで,考えつめたプロセスがあってこそ,寝てしまうことで,その間,トンネルビジョンに陥っていた着想を,違う視点から考えるきっかけになる,というところではないかと思う。

そこで,睡眠ということが,かぎになる。

睡眠中の脳の活動については,まだ決定的な答えは出ていないようだが,睡眠の役割の一つは,「記憶の整序と固定化」にあるといわれる。実際,レミニセンス現象と呼ばれる睡眠効果が実験で確かめられている。たとえば,ある訓練をして,12時間後,やってみると,平均50%に低下するのだが,その後7時間睡眠をとると,前日の訓練直後の成績に戻る,という。

睡眠でも,浅い眠りの時は,海馬がシータ波という脳波を出し,情報の脳内再生を行っている。逆に深い眠りの時は,大脳皮質がデルタ波を出し,記憶として保存する作業を行っている,とされる。ということは,深い眠りの時に,効果的にデルタ波をだせば物覚えが良くなるということが実験で確かめられている。

ここで問題は海馬である。記憶の再生ということは,その前につめに詰めたことを,もう一度違う形で再生していることを意味する。自分の経験では,すごく緊張する,新しい場,たとえばワークショップに初参加したような夜,すさまじく刺激的な夢を見た,という経験をしたことがある。夢は記憶の再整理ともいわれるが,このプロセスで,意識的に眺めていたものを,俯瞰したり,別の文脈(夢は多くそんな,まったく別のシチュエーションで展開されるケースが多いように感じる)に置かれることで,着想につながることがあるのではないか,という気がする。

自分の体験では,脳内の着想や問題意識は,無意識の中で,ずっと続いていく気がしている。そして,ふと,何か関係ないものの中で,たとえば人との会話や読んでいる本の中から,刺激を受けて,ふいに着想することがある。これは,メモをとりつづけていると,同じ傾向の発想が断続的に思いついていく,そしてそれが少しずつ発展しているのに気づく。その意味では,休止とは,そこにのめりこむことから,一旦離れる,ということも含んでいるのかもしれない。




今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#海馬
#夢
#ひらめき
#着想
#脳には奇妙なクセがある
#池谷裕二
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2013年08月14日

発想


発想に否定はない。

発想にダメ出しはない。

発想に批判はない。

ブレインストーミングに批判がないのは,当たり前で,「ダメ出し」では基本的に,発想できない。「ダメ」ではなく,どうすれば「ダメでなくできるか」「可能になるか」を考える,それが発想だからだ。

当然ネガティブはない。

川喜田二郎氏は,創造性をこう定義した。

本来ばらばらで異質なものを意味あるようにむすびつけ,秩序づける。

異質なものを組み合わせて,そこに意味を見つければいい。

いや,意味さえ見つかれば,何でもつなげていい,ということだ。それに良い悪いも,正しい間違いもない。どれだけ新しい意味があるように組み合わせられたか,なのだ。

くだらないなどと言ってはいけない。客観的に見て,どんなにくだらなかろうと,それはアイデアを練り込んでいく端緒に過ぎない。出発点に過ぎない。そのくだらない(と見える)アイデアが練り込みのきっかけを作ってくれるのだ。

ある管理職曰く,

部下に何かいいアイデアはないかと言ったら,出てきたアイデアがどれもこれもありきたりで…

と。この発言がばかげている理由はふたつある。

第一は,「ありきたり」と言っているのは,その管理職だけかもしれない。自分にはありきたりに見えているというだけのことかもしれないということに,いささかも,本人は思いが至っていないことだ。

第二は,アイデアは完成品が出てくるものと思っていることだ。それなら,あんたはいらない。部下から出たすばらしいアイデアを拾い上げるだけなら,はっきり言ってマネジメントはいらない。

大事なことは,アイデアを自己完結しないことだ。

アイデア自身に閉じ込めない,

自分だけに閉じ込めない,

となると,そこに初めて,一緒になって完成させていくという,プロセスが出てくる。そこでマネジメントが生きる。そこ以外にマネジメントをいかす場所などない。

いいアイデアはないか,

と部下に指示したのは,マネジメントでも何でもない。そんなものは,ただ権力を笠にきて,命じているだけだ。

基本,アイデアにくだらないものはない。

くだらないと決めつけている固定観念(これを機能的固着という)があるだけだ。くだらないかどうかは,まだわからない。ただアイデアを練り込んでいく端緒に過ぎない。それを素材に,どう練り込んでいくか,そこにこそマネジメントの神髄がある。

一緒に練り込むプロセスで,

自分の目指すことがより部下に伝わるかもしれない,

自分自身も,そのプロセスで自分の目指すことと部下の受け止めていることのギャップに気づくかもしれない。

部下の発想スタイルが見えてくるかもしれない。

アイデアを考え出すということはどういうことかを学ぶプロセスになるかもしれない。

そうやって一緒に完成させていくプロセス以外に良いアイデアにしていく王道はない。

アイデアを創り込んでいく鍵は,自己完結させないことだ。

自分の中だけ,

そのアイデアの中だけ,

に。ひらめく一瞬,0.1秒,脳の広い範囲が活性化する,という。それと同じだ。どう多様な人と人とのリンクの中で,それに違う光をあてられるか。

一見くだらないと思えたものが,人と人のキャッチボールの中で思わぬものになっていく,

それが発想というものの神髄だ。そうすることがアイデアの練り込みであり,発想というものだ。

そうなれば,どんな(くだらないと思える)アイデアにも無駄はない。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm





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#ブレインストーミング
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#川喜多二郎
#創造性
#意味



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2014年03月22日

コーヒーショップ


コーヒーについての思い入れについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163584.html

で書いたことがあるが,昨今は,セルフサービス型のコーヒーショップが大流行だ,スターバックスだの,タリーズだの,ベローチェだの,ドトールだの,プロントだの,サンマルクカフェだの,エクセルシオールだのとあって,昔風の,喫茶店と言えるのは,珈琲館だの,ルノアールだのがわずかにあるだけで,なかなか落ち着かない。

だから,多く時間調整か,暇つぶし,時間稼ぎ程度の使い方になる。

あるいは待ち合わせて,そうそうに出る,というような。

そんなわずかな時間つぶしによくするのは,いまだと,

スマホ

をいじるということのようで,本を読んだりしているのは,学生さんの勉強を除くとまず見かけなくなった。確かに,ツイッターを眺めていたり,フェイスブックわ見ていれば,時間つぶしにはなる。

が,ふともったいない,と感じる。ツイッターで得られる情報というのは,あるが,玉石混交,悪意に満ちた書き込みを見ていると,こちらの心が乱れるし,こちらが汚れる気がする。

もともと,僕はメモ魔で,バスや電車の中で,結構メモを取る。

メモは忘れるために取る,

という名言を吐いた人がいたが,短期記憶にとどめておける絶対容量は少ない。で,メモることで,それを忘れて,脳の中の流れを滞らせない。

面白いもので,メモは,結構問題意識の持続を反映していて,間歇的に同じことを思いついていることに気づく。それも少しずつ発展して,思いつく。

脳は,「?」を投げかけると勝手に考え続ける,

とはよく言ったものだと思う。ただ,文脈に依存したことをメモした場合には,少し状況説明的なことを加えておかないと,全くその意図が思い出せないことがあるが。

で,だ。そういうメモを取ることに時間つぶしを当てる時,僕は,よく,

モードを決める,というか,

さあて,考えるか,

とスイッチを入れて,モードを切り替える。で,

よし,これから仕事の○○について,考えるぞ,

とか,

よし,これから(毎日1アイデアを課しているので)アイデアを考えるぞ,

とか,

よし,追いかけているテーマについて,考えるぞ,

とか,

よし,ブログのテーマ出し(テーマから中身を書き出すので)をするぞ,

と,考えるモードを決める。決めて,すぐに,前に考えていたことの継続を意識し始めることもあるが,決めても,他へ流れたり,雑念が出たりする。しかし,そうやって,行きつ戻りつしていることで,結果的に,アイデアが浮かんだり,別の仕事についての着想を思いついたり,と考えモードは持続していく。

傍から見ると,それは,ぼんやりしている状態といっていいが,

ぼんやりしている,

という状態は,実は,外への関心や注意を手放して,内部の意識の流れそのものにゆだねる,と言うのに近い。外への注意・警戒がいらない,コーヒーショップ,電車の中,旅行中の列車の中は,その意味で最適といってもいい。

アイデアの三上,

厠上
馬上
枕上

というし,英語でも,3B

Bus
Bath
Bed

と言う。

脳は,自分の知っている以上を知っている,

とも言う。自分のリソースが産み出すに任せても,たまには,いい。ことは意識的にいつもなるとは限らない。

そうそう,ぼくは,よく夢の続きを見る。思い違いかもしれないが,あっ,これはこの間の続きだ,と夢の中で気づくことと,目覚めてから,ああ,この間(何年も間隔があくこともある)の続きだった,と気づくこともある。

だから,ずっと継続している感覚が,いつもある。

脳は勝手に働いている。



今日のアイデア
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

ラベル: メモ
posted by Toshi at 06:26| Comment(1) | アイデア | 更新情報をチェックする