2012年11月18日

防衛的悲観と防衛的楽観~第四回ポジティブ心理学コーチング勉強会に参加して


一昨日,福島規久夫コーチの主催される,
第四回ポジティブ心理学コーチング勉強会 (http://www.facebook.com/home.php#!/events/366695360085500/)
に,前回に続いて,参加しました。

招待いただいた,案内には,こうあります。

「 今回の勉強会では、楽観主義と悲観主義に加え、その中庸的なタイプの人に関して考察し、どうコーチングに活かすことができるかについて対話をしていきます。

コップに半分入った水を見て、「まだ半分ある(^^)」「もう半分しかない(*_*)」ということで楽観的と悲観的の2極に分類して考えることがありますが、実際には「水が半分入っている」と中庸的な見方をする人たちもいます。

楽観主義であることによって心身の健康に良い影響があることなどについてはすでに研究されてきていますが、「以前はうまくいった。でも次はわからない。だから、リスクはしっかりと考えて 対処していこう」と考えて成果を上げていく人も存在します。」

楽観主義と悲観主義の中間に位置する「防衛的悲観」というタイプがあるという考え方なのですが,たとえば,「防衛的悲観主義質問票」というのがあります。僕は50点だったのですが,満点で84で,一点減点という方がいました。その方は,「その状況にのぞむ前に,起こりえることは全てしっかり考える。」の「全て」に引っかかり,「とてもよくあてはまる」ではなく,「だいたいあてはまる」にしたと言います。

このタイプの方は,必ず考えられる手だてを考えつくすのだと言います。「こういうどうする,こうなったらどうする」と。だから,「これから迎える状況について,最悪の事態を予期」し,代替案を想定していくタイプなのだそうです。だからと言って,悲観的なのではなく,「ありうる事態を心配し手順することがポジティブなパワーになっている」というのです。

だから防衛的悲観の人は,将来を能天気に楽観するのではなく,起こりうる事態を想定し,それに対案を考えておかなくてはいられない人です。こういう人がサポートとしていれば,アイデア一杯で,懐の甘いトップにとっては素晴らしい補佐役です。ひょっとすると本田宗一郎と藤沢武夫の関係はそういうものだったのかもしれません。

ところで,自分はというと,まず走り出します。例えば,98が出たころ,客先から「これからはメールで」と言われて,あわててパソコンを購入し,マニュアルも見ずに,見よう見まねでメールを打てるようになった,というような具合です。もちろん落ち込みます。自殺したくなるくらい,落ち込むのですが,結局立ち直っていきます。どこかに,勝手に可能性を見つけてしまうのです。あるいは,「できない」「無理」「やれっこない」と口で言いつつ,頭の中で,どうせ受けざるを得ない,と考えて,できるかどうか,過去の経験を引っ張り出して考えます。もちろん見込み違いも,大失策も一杯ありますが,何とか,というより,意外と立ち直りが早い。感情に左右され,気分で振幅しても,方向は,たぶん楽天的なのだと思います。

それを勝手に防衛的楽観と名付けてしまいました。

防衛的悲観主義の特徴を,こうレジュメにはありました。
①説明スタイルは中庸的(楽観的でも悲観的でもない)
 ・失敗しても,落ち込んだり,失望したり,「自分は無価値だ」とは思わない
 ・問題の原因は「自分にもある」と考える
 ・しかし努力することで問題を自分でコントロールすることができると信じている
②将来の不安を受容することができる
 ・自分の過ちを正確・具体的に表現できる
 ・悲観主義者は過ちを回避し,大まかであいまいにしか表現できない
③問題解決能力に優れている
 ・課題,弱点,ワーストケースを想定(メンタル・リハーサル)
 ・失敗やリスクを予期し,代替案を想定
 ・効果的なプランを策定

では,防衛的楽観をそれに当てはめてみるとどうなるか。

①説明スタイルは情熱的(楽観にシフトしている)
 ・失敗したとみなすと,見切りが早く,ひどく落ち込み,一瞬「自分は無価値だ」との思いにさいなまれる
 ・自分の過ちを自分の準備不足として,受け止める
 ・しかし努力することで問題をコントロールすることができるはずと信じている
②将来の不安を受容することができる
 ・不安への対応策として,準備を終えることでカバーしようと,前のめりになる
 ・早め早めにことを進め,あらゆることを前倒しで準備しようとする
③問題提起能力に優れている
 ・課題,弱点,ワーストケースを素早く提起する
 ・失敗やリスクではなく,そこに思い入れし,過大に意味づける
 ・前倒しで,提起した時は準備が終わっている

ご覧の通り,似て非なるもので,悲観によって,リスクに備える防衛的悲観に対して,楽観によって,未来へ投影する防衛的楽観は,ある意味では現実逃避の一種ではないか,と感じました。丁度真反対だが,防衛的悲観がバックアップ作用を果たすとすると,防衛的楽観は,前のめりにこける恐れがあり,つっかい棒がないと,独り相撲に終わる恐れがあります。しかし,そんなに前へ出るタイプでは,本来なく,いってみると,単に仕事の早い事務屋といった程度なのだと思われます。やれやれ。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


#福島規久夫
#ポジティブ心理学
#防衛的悲観主義
#セリグマン
#本田宗一郎
#藤沢武夫


posted by Toshi at 09:46| Comment(2) | ポジティブ心理学 | 更新情報をチェックする

2013年04月25日

気づき


先日,第7回ポジティブ心理学コーチング研究会に参加した。

http://www.facebook.com/home.php#!/events/141692922680056/

今回のテーマは,「気づき」。事前に,

気づきはどうやって生まれるのか?
気づきを促すにはどんなことができるか?

そんなことを考えながらお集まりください。

とのメールをいただいていたので,僕が事前に考えたのは,2つ。

一つは,地と図。気づくというのは,今まで意識の地平では,地であったものが,焦点が当たり,図として顕在化する。あるいは意識に上ってくる。

いまひとつは,ひらめきとの関係で,脳のさまざまな部位とのリンキングで,今まで関係ないものがつながってくる状態。バラバラだったものが,関連したひとつながりのものとして,意識される状態。

話の中で出たのは,思い出すということ。過去の経験や知識が,蘇ってくる。例えば,人と話していて,人の言葉が,キーワードになって,気づくことがある。その場合,そこで話されている話題の中心からはそれていることが多い。これは,過去と現在が,自分の中でリンクすること,あるいは,自分の中で,時間軸,空間軸を超えて,つながりが見えてくること,といえるのかもしれない。

では気づきを促すには,どういうアプローチがあるのか。

・たとえを使う。たとえば,いまのポジションを表現するのに,「何合目」かになぞらえる。
・自己対話の中から,無意識に,ぽろっと出てくるのを拾い上げて,返す。要約する。フィードバックする。
・語尾に注目して,そこに焦点を当てる。たとえば。「何々なんだけど…」の「けど」のように,語尾があいまいになっていくところを注目して,「けと?」というように返して,意識化してもらう。
・クライアントの沈黙を待つ。この場合,絶対的に,クライアントが声を出すまで,どれだけども待つ,というのが印象的であった。つい,「質問を変えましょうか」「待ちますよ」とか,クライアントを先取りして口を出してしまう。それは,クライアントの価値を下げることになる。言い換えると,「答えはクライアントの中にある」と言いながら,それを信じていないコーチがいる,ということになる。「暗い部屋の中で,明かりをつけられるのは,クライアントだけ」という表現が印象的であった。

このクライアントの沈黙について,「商談の中,お客様が黙った時,相手に何か言わせることができれば,プラス」という事が,セールスの活動にあるのとつながる,という話になった。では客先が黙った時どうするのか。

・「困っているようにみえますが」(相手の状態をそのままフィードバックする)
・「何が起きているのですか」(ネガティブに,何か問題でも,というよりはポジティブないしニュートラルに)

これは,そのまま,コーチングでも応用できそうだ。その時,ではこちらは何をしているのか。例えば,黙ったクライアントを前に,コーチは何をしているのか。

・質問を心の中で反芻する
・ただひたすら,クライアントの反応を見守る
・クライアント息遣い,様子のわずかな変化を見落とさない

たとえばこんなことを挙げてみることができるが,もう一つは,自分自身の呼吸を意識し,身体の中で起こっていることを意識し,と自分の内側に注意を向けるというのも,新鮮であった。

相手の沈黙というのは,上司と部下関係でも,子供との関係でもありうる。その時,どう相手に対応するかは,「待つ」だけではなく,相手の状態を聞き出すために,たとえば,仕事の指示の場合だったら,

・何がわかっているかを確かめる。(何からどう始めるかを確かめる)
・今かかえている仕事全体を聴き,優先度をただす(自分の依頼が急ぐ場合でも,それより優先度の高いものがありうる)
・心理面の追い込まれ度を確かめる(困っている状態なのか,少し余裕があるのか)

ただ,前にも触れたが,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/10969083.html

「大丈夫?」は禁句だ。その状態で,そう聞かれたら,「大丈夫です」としか言いようはない。

そこから,気づきについて,「悟り」や「覚醒」のようなものへと話がつながっていったが,どうも,それは気づきとは別物だと,いまは思っている。そこには,宗教的なものも,そうでない様々なものも含めて,どこかに「正しい境地」のようなものがあって,そこへ到達したかどうかが問題にされている。

しかし気づきは,あくまで,いま現在の自分の中で起こっている,異なる自分,今まで意識しなかった自分,あるいは今まで気づかなかったこと,いままで意識しないできた関係性のようなものが,自分の中で,図として,ある意味を持って,ある関係性を持って,見えてきたまでのことで,それは,そこで完結するわけではなく,次には,また新たな気づきが起こる。あくまで,気づきは,経過の中の,水泡のように浮き上がってくるものだ゜,という気がした。

でなければ,人は成長しない。生きているということは,そういうことなのではないか。


いずれにしても,コーチングという視点から見たとき,「気づかせる」ことはできない。あくまでも,「気づきを促す」ということでなくてはならない。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#ポジティブ心理学
#コーチング
#気づき
#ワークショップ
#コーチ


posted by Toshi at 06:22| Comment(44) | ポジティブ心理学 | 更新情報をチェックする

2013年11月29日

因果



どうして人は因果関係を見たがるのか。たぶん,想像するに,次を予測するのに,一番便利だからだ。しかし,今の自分を過去に何かがあったから,と考えるのは,いかがなものか。

過去生から始まって,前世がどうしたこうした,母がどうしたの,父がどうしたの,となんでもいまの自分に結びつけるのを聞くと,ちょっと後ずさりする。僕が両親からいい意味でも悪い意味でもそういう強いインパクトを受けなかったせいかもしれない。

それは,自分が仮託しているのだ,とどうして認めないのか。それだけ過去の何か,誰かに縛られている自分を強調して,何が楽しいのか。僕にはさっぱりわからない。

仮に,それがあるとしても,そうやって輪廻転生や因縁を仮定することで,自分のいまの言い訳であり,自分のいまの理由がわかったからといって,それは自分ではコントロールできない。コントロールできないことをいっぱい並べるのは,自分のいまを言い訳しているようにしか見えない。

仕方がない,

と言ってみて,それでそこに甘んじられるなら,それもいい。しかしそうでないなら,そんな訳を知ったところで,どうなるのか。それを変えられるわけではない。

「まあ,しょうがない」と思うだけでは,
しょうがないだけの選手で終わってしまう。

とは,落合博満の言。

器械じゃあるまいし,原因が特定できるわけではない。

なぜそうなった?

なぜ?

と言ったところで,原因点のようなものが特定できるわけではない。人の人生に,

特異点

はない。いくつもの選択肢(選択できない選択肢もある)を経て,いまがある。両親を選択できるようになっているわけではない(選ばれたという見方もあるが,そう思うことで幸せになれるならそう思えばいい程度のことだ)。自分が選択したわけでなければ,結局,自分のコントロール外でしかない。

自分のコントロールできないことに縛られると,結局何をしても事態を変えられないと,ただおのれの無力を思い知るだけではないのか。これを,

学習性無力感,

学習性絶望感,

というらしい。要は,

努力を重ねても望む結果が得られない経験・状況が続いた結果,何をしても無意味だと思うようになり,不快な状態を脱する努力を行わなくなる,という。

あるいは,

長期にわたって,ストレス回避の困難な環境に置かれた人は,その状況から逃れようとする努力すら行わなくなるという。

心理学者マーティン=セリグマンが,1967年に,マイヤーと,犬を用いて行った,という。ネットではこうある。

予告信号のあとに床から電気ショックを犬に与えるというものである。犬のいる部屋は壁で仕切られており,予告信号の後,壁を飛び越せば電気ショックを回避できるようにした。
また,前段階において次の二つの集団を用意した。
電気ショックを回避できない状況を用意し,その状況を経験した犬と足でパネルを押すことで電気ショックを終了させられる状況を経験した犬である。
実験ではその二つの集団に加え,なにもしていない犬の集団で行った。
実験の結果,犬の回避行動に差異が見られた。前段階において電気ショックを回避できない犬はその他の集団に比べ回避に失敗したのである。具体的にはその他の集団が平均回避失敗数が実験10回中約2回であるのに対し,前段階において電気ショックを回避できない犬は平均回避失敗数が実験10回中約7回である。
これは犬が前段階において,電気ショックと自分の行動が無関係であると学習しそれを認知した為,実験で回避できる状況となった場合でも何もしなくなってしまったと考えられる。

これを学習性無力感と呼んだわけだ。これが,うつ病に至る心理モデルの一つとして有力視されているらしい。

しかしおもしろいのは,これを発見したセリグマンが,ポジティブ心理学の創始者でもあることだ。

セリグマンは30年以上にわたってうつ病やうつ状態の研究をしてきた。多くの患者は,つらい出来事に心を奪われた状態が続いて,いつまでも不幸な状態が続いていた。ある時セグリマンは,それまでの心理学が,病気を治すための努力はしてきたが,「どうすればもっと幸福になれるか」については,あまり研究してこなかったことに気がつき,ポジティブ心理学を創始した,と言われる。

つまりこうだ,過去からの因果にとらわれるのではなく,

個人や社会を繁栄させるような強みや長所を研究する,

と。

ただ精神疾患を治すことよりも,通常の人生をより充実したものにするための研究,

が必要とみなしたということだ。これは,ソリューション・フォーカスト・アプローチもそういう発想だ。

なぜではなく,

どうしたらいいのか,

どうなったらいいのか,

というソリューション・トークによって,未来を変えようとする。どうせ因果も因縁も変えられないなら,

変えられるものを変える,

動かせるものを動かす,

それで変わるというよりは,動かすという主体的な活動が,自分に効力感を回復させてくれるのではないか。

出来ない理由より,

どうすればできるか,

を考えた方が,発想は活発になる。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#マーティン=セリグマン
#学習性無力感
#ポジティブ心理学
#因果
#因縁
#輪廻転生
#前世

posted by Toshi at 05:23| Comment(0) | ポジティブ心理学 | 更新情報をチェックする