2013年10月23日

関係づくり


先日,第65回ブリーフ・セラピー研究会「システムズアプローチの基本 ~治療システムと介入の下地作り~ 」(講師:龍谷大学文学部教授 吉川 悟)に参加してきた。その続き。

前回,全体についての印象を記したので,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11343700.html

改めて,システムズアプローチにおける,クライアントとの関係づくりを整理し直してみた。

基本,システムズアプローチは,一対一の面接ではなく,多く,一対多の面接であることが多い,しかし,コーチングに関心のある自分としては,それから学びを得るためには,一対一に置き換えながら,言い換えてみるようにしてみる。

●まず姿勢を見直す

○何より,考え方を切り替えよう~物事が思い通りにいかないのが普通

人相手の場合,思い通りにはならない。働きかけてうまくいかないと,自分の腕のせいと思う。しかし,こう考える,

援助できることは何か
自分がやらなくてはならないことを狭めてみる
うまくいかなければ,複雑に考えずシンプルに考える

○そして,いまの問題を見立ててみる

ほんにちいさなこと,
簡単なこと,
ちょっとしたこと,

自分にできることは何かを考える。言い換えれば,自分は何をするためにそこにいるか,を考える。もっと突っ込むと,やれることには限界がある。そのために,問題を小さく,見立て直してみる。

あるいは,こう言い換えてもいいかもしれない。
どうすれば解決可能になるか,を考えるのが問題解決とすれば,
自分の立場から,解決可能にするにはどうすればいいのか,
あるいは問題をどう自分に解決できるような形に置き換えるといいのか,
ということなのかもしれない。

○その上で,指導・指示するより,仲良くなろう

誰でもわかっていることを言われるのは嫌なもの,

夫婦仲がわるいなら,「性格の不一致」ではなく,「ボタンの掛け違い」,

会社へ行きたくないなら,「不適応」ではなく,「ちょっと調子が悪い」,

言ってみると,問題を小さく,リフレームする。

○最後に,どうするのか~相手のもっているものを使いこなす

相手のニーズを指示に変える,
~したいと相手の思っていることが行動につながる,
相手自身があれこれ考えていることを組み替える~リフレーム

●治療関係をどうつくるか

治療関係(コーチ-クライアント関係と言い換えてもいい)は,両者の関係性が内容を反映する。あるいは,信頼があるかどうかが,内容もさることながら,クライアントがそれをどう受け止めるかに反映する。

相手と忌憚なく話ができるようになる,
相手の構えを崩す,
場の緊張を下げる,
不要な緊張をつくらない,

が不可欠で,こちらの姿勢が相手に反映する。二日目に,どう部屋に入るか,どう挨拶するか,どう着席を促すか,どう話をうながすか等々の実習を徹底的にしたが,大事なことは,

普通にふるまえるか,

だ。それは,

変なことをしない(自分の無意識の癖やしぐさも),
不要な動きをしない,

等々,こちら側の立ち居振る舞いが,緊張を上げることがあることを意識しなくてはいけない。たとえば,

反応がないときは,こちらから動かない,
挨拶は急がない,ゆっくり,
クライアントは,こちらの様子をうかがっている,

等々。最初の場づくりも,その場の相手の様子をきちんと見届けて,それに合わせていく必要がある。ついつい,こちらの手順,ペースに入りたがるが,それに一呼吸も二呼吸もいるのかもしれない。

単に位置関係や,距離だけの問題ではなく,両者の関係づくり,というか,コーチ-クライアント関係の土俵づくりの端緒とみれば,意外と重要なのだとわかる。

これをジョイニングと,システムズアプローチでは言うが,

・ふるまい方に合わせる
・関わり方(役割行動)に合わせる
・考え方・価値観に合わせる(逆らわない)
・(家族の)ルールに合わせる

等々を心掛けるが,それは,家族の日常状態をその場で取り戻してもらうことだ。

信頼関係の目安は,

心やすさ,

というか,

安心感,

にある。心理療法的対話のコツを,

日常会話のエッセンスとして,

ちょこっと,

こんな感じですかね,

と私見を述べてみる,そうできる会話の流れが,理想だ。ソリューション・フォーカスト・アプローチでは,

クライアントの日常の自己対話に紛れ込む,

という言い方をするが,そういう会話ができれば,クライアントの普段の,自然な会話ができていることになる。

それだけに,不意にセラピスト然として,ふるまうのは,全体の流れを崩す。

わずか不用意な質問で,(この人はわかってないと思わせ,関係そのものを)台無しになることはある,

と心にとめておかなくてはならない。

コーチにとっても,そういう自分を見るメタポジションは,絶対不可欠である。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#ブリーフ・セラピー
#システムズアプローチ
#吉川 悟
#ソリューション・フォーカスト・アプローチ

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2013年12月08日

外在化



第66回ブリーフ・セラピー研究会 定例研究会「ナラティヴ・アプローチ入門」に参加してきた,整理の続き。今回は,ナラティヴ・アプローチの有名なスキル,外在化についてまとめてみる。もうひとつ,時間的には1日を費やした,アウトサイダー・ウイットネスについては,事例を出せないこともあり,簡略にする。

ナラティヴ・セラピーの手順を,レジュメは,こう整理する。

①問題とひととを切り離す-問題の外在化
②問題の歴史をたどり,問題の影響を明らかにする
・問題はいつ頃から出現し,どう形になっていったのか
・問題は,その人の人生にどのような与えてきた(いる)か
③問題をコンテクスト(文脈)に位置づける
 ・問題はコンテクストの中で問題となる。コンテクストを明確にすることで,相対化する
④ユニークな結果を発見する
 当事者がそれをユニークかどうかを判定することが大事
⑤ユニークな結果の歴史と意味を後づけ,オルタナティヴ・ストーリーを見つける
⑥オルタナティヴ・ストーリーを分厚くする
 ・リ・メンバリングする会話
 ・治療的文書の活用
 ・儀式と祝典
 ・アウトサイダー・ウィットネスグループとの会話等々

となっている。この流れの中で,単独で取り出して,自分として活用できそうなのは,外在化である。

そこで,こんなワークショップをやった。

問題を提示する人,インタビューワー,問題を演じる人に分かれ,

問題を提示する人が提示した問題を,取り出し,簡単に,

どんな姿をしているか,
どんな影響を与えているか,
どうやって邪魔しますか,
どんなことをささやきますか,

と明確に対象化し,名前を付ける。そして,

最初に気づいたのはいつですか,
それが入り込む前に何を覚えていますか,
一番強かったのは,
一番弱かったのは,
それがあなたを支配しているのは,1~10のどれくらい

等々,それが人生に及ぼした影響をきいていくが,ここは省略して,本来質問と会話を通して脱構築して,ユニークな結果を発見していくというプロセスを,

それをインタビューワーが問題を演じる人に,

・その成功例(つまり問題提供者をどれだけ困らせたか)
・その失敗例(つまり問題提供者がどう問題の仕掛けをクリアしたか)

に分けて,聞いていくことで代替する,というものである。

言ってみると,実際のセラピーでは,クライアントが一人で,問題提供者と問題を演じる人を語り分けるところを,擬人化して顕在化したもの,ということができる。

僕はインタビューワーをやったのだが,面白いことに,問題を演じる人が悪乗りすればするほど,

問題提供者は,

ひどいなあ,

ええっ,

とか,まるで問題が擬人化された何か,敵対者であるかのように,本気で反応していくようになったことだ。それが,外在化の効果かどうかはわからないが,そうみると,

人の名前,それも外国人の,キャサリンとかオードリーとかというのがいい,

と講師が勧めたのには意味がある,と思えた。ひとに擬せるほど,それと対立し,それと戦う自分が際立ってくる。子供だと乗ってくれる,というのはすごくわかる。

そこで,問題との対決が際立つほど,それに対比して,失敗した例は,問題提起者に,リアルに思い出させる効果があるように見えた。

失敗と成功

は最後は入り混じったが,結果として,そういうやり取りを聞きながら,自分が,

どういうときにうまくやれたのか,

どういうときに失敗しやすいのか,

どうすればいいのか,

というコントロールできるレベルの具体的な対処法が出てくるところが,面白いと言えば,面白い。それが,いわば,問題を意味づけたドミナント・ストーリーに対する,オルタナティヴ・ストーリーということになる。

上記⑥のオルタナティヴ・ストーリーを分厚くする,という部分を,

アウトサイダー・ウイットネス

で代表してワークしたのだが,そこでは,

(問題の)物語の聴衆になるべく参集した人=アウトサイダー・ウイットネスが

①当事者と支援者の再著述する会話を傾聴
②アウトサイダー・ウイットネスによる(それに対する)語り直しを聴く
③語り直しに対する当事者からのコミットメント
④全員が合流して議論


ワークでは,一人のクライアント役とセラピスト役=講師の会話(ドミナントからオルタナティヴへの脱構築がなされる)を聞いて,アウトサイダー・ウイットネスによる(それに対する)語り直しを,文書に書いて,フィードバックすることになった。

時間が余ったので,僕もフィードバック役として,文書を読んだが,そこでの反省というか,振り返りとしては,よほど,当事者のオルタナティヴ・ストーリーを強化するのだという意識を持っていないと,

単なる感想,
助言,
分析,
賞賛,

になってしまう。ただ,そこで受けためたものを,正直に返せば,そこから,当事者に反照することはあるのだとは感じた。そのためには,自分の中ら起こった,

共鳴,

共振,

こころの動き,

を返すことなのではないか。ひょっとすると,ただ傾聴するのではなく,そこで,何がオルタナティヴ・ストーリーを強化するのに役立つかを意識していないと,単なるフィードバックになってしまう,そんなことをしきりと反省しつつ,自分の聴き方の特徴に,ハッと気づいた,ワークでもあった。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


#オルタナティヴ・ストーリー
#ドミナント・ストーリー
#ナラティヴ・アプローチ
#外在化
#アウトサイダー・ウイットネス


posted by Toshi at 05:53| Comment(2) | セラピー | 更新情報をチェックする

2014年03月16日

セラピスト


最相葉月『セラピスト』を読む。

経糸に精神科医・中井久夫の絵画療法とユング派分析家・河合隼雄の箱庭療法を,緯糸に,戦後ロジャーズが持ち込まれて以降のカウンセリング史,彩りに,ご自身のセラピー体験を織り交ぜた,言ってみると,日本のセラピーの現状を,見事なタペストリーに織り上げている。

『絶対音感』の著者による,セラピーそのものへの肉薄である。そのために,著者は,取材を続けながら,

臨床家を目指す人々が通う大学院に通い,週末は,臨床心理士を始め対人援助職に就く人々が通う専門の研修機関で共に学びながら,臨床家になるための,またプロフェッショナルの臨床家であり続けるための訓練の一端を知ろうと考えた…。

この動機を,こう語る。

自分のことって本当にわからない―。そう。自分のことって本当にわからない。
そもそも私はなぜ専門機関に通ってまでこの世界を知りたいと思ったのだろう。私の内面にどんな動機や衝動があったのだろう。
守秘義務に守られたカウンセリングの世界で起きていることを知りたい。人はなぜ病むかではなく,なぜ回復するかを知りたい。回復への道のりを知り,人が潜在的にもつ力のすばらしさを伝えたい。箱庭療法と風景構成法を窓とし,心理療法の歴史をたどりたい。セラピストとクライエントが々時間を過ごした結果,あらわれる景色を見たい…。

まさにそのようにまとめられた著作になっている。

この問題意識にぴったりだったのが中井久夫である。中井は,河合に刺激を受けて,独自の絵画療法を工夫していく。

中井は当時,精神科医になって四年目。…患者が寡黙になる回復過程に絵画が使用できないものかと試行錯誤していた。(中略)中井が病棟を歩きながら思い描いていたのは,個別研究を通して(回復過程の)モデルを作ることだった。

その成果である「精神分裂病者の精神療法における描画の使用―特に技法の開発によって作られた知見について」で,精神医学における二つの問題を指摘している。

第一に,臨床では,なによりも徹底した研究が不足し,一般化への指向性が希薄であること,
第二に,分裂者の言語が歪められていること,

精神病理学の歴史はこれまで,患者の言語の歪みを切り取って妄想と名付け,これがいかに歪み異質であるかばかりに着目してきたけれど,臨床においてはむしろ,言語的であれ,非言語的であれ,治療者と患者がいかにして交流を可能にするかのほうが重要である。描画もこれと同じではないか。精神科医は患者の描画の異質さや特殊性にばかり注目してきたが,本当に重要なのは,意志と患者がいかにして描画で交流することができるか。

中井はそう考え,

治療者として患者にどう向き合うか,

を心掛ける。そして,箱庭療法からヒントを得て創案した「風景構成法」を,この論文で発表する。

箱庭は統合失調症の患者に使うには慎重でなければならない,という河合の紹介を受けて,

患者に箱庭療法をしてもらってよいかどうか,その安全性をテストする方法として,また,紙の上に箱庭を造るに,三次元の箱庭を手っ取り早く二次元で表現する方法として編み出した,

のが風景構成法である。この研究を踏まえて,

精神分裂病状態からの寛解過程―描画を併用した精神療法をとおしてみた縦断的監察

という,通称「寛解仮定論」をまとめる。

従来,統合失調症の精神病理学では発病の過程は多く観察されて記述されているのに,寛解(回復)の過程にはあまり関心が向いていない。中井は,統合失調症の患者に向き合って判明した事実を解説したのである。

そこでは,中井は,

沈黙に耐えられない医者は,心理療法家としてダメだと思います(山中康裕は10分間の沈黙を中井に陪席して体験している)
患者さんは,沈黙が許容されるかどうかが,医師を選ぶ際の一つの目安だと思っている…。

という姿勢であり,山中は,

中井の診察風景はまるで「二人の世界」だったとして,

こう言っている。

絵を描いてくださいというのではなく,流れの中にある。道具もわざわざ別の所からだしてくるのではなく,手元にあるものをさっと出して,ちょっと描いてみない,と誘う。とても自然です。患者が描いている間は,ほほ-,ほ,ほ,といって鑑賞する。上手下手の評価はせず,二人の世界で遊んでいるという感じでした。

この雰囲気を,著者は,一度は,クライエントとして,二度目は,中井をクライエントとして体験する。それが,逐語として載っている。著者は,

中井と行った絵画療法の逐語録を配置したのは,ふだんなら削除してしまう間や沈黙,メタファーで語り合う場の空気を感じとっていただきたいと思ったから…,

というが,読む限り,その雰囲気は,独特で柔らかである。

中井は,こう書いている。

絵を媒介にすると,治療関係が安定するのです。言葉の調子,音調が生かせるのです。ナチュラルな音調を交わすことができて,自然に気持ちが伝わる。
言葉はどうしても建前に傾きやすいですよね。善悪とか,正誤とか,因果関係の是非を問おうとする。絵は,因果から解放してくれます。メタファー,比喩が使える。それは面接のとき,クライエントの中で自然に生まれるものです。絵は,クライエントのメッセージなのです。

でも,それが一番わかるのは,不眠に悩む外来患者を見送る際,こう声を掛けるのだというエピソードだ。

「今晩眠れなかったら明日おいで。眠れたらせっかくの眠りがもったいないから明後日でもよいけれど」

こういう中井の姿勢というか態度に,いままでになかった精神療法の先達を見る。

著者の言う通り,箱庭療法や風景構成法は,数ある心理療法の一つでしかない。しかも,増大する心の病に対応するには,昨今はやりの認知行動療法やブリーフ・セラピーに比べて,時間がかかりすぎるかもしれない。

しかし,箱庭療法と絵画療法は,患者に向き合う中から日本独自に完成された療法である。そこには,第一級の河合隼雄と中井久夫という巨人の,真髄がある。

そう言えば,神田橋條治さんが,よく中井久夫のことを,尊敬をこめて言及していたのを思い出す。

読んでいて,確かにブリーフ系というかミルトン・エリクソン系譜に言及がないが,精神科医に焦点を当てたのだからやむを得ないという以上に,噂には聞いていたが,巨人,中井久夫の謦咳に接した気がして,アマゾンで,予約中の『新版・精神科治療の覚書』(中井久夫著)を,思わす速攻で購入予約してしまった。

参考文献;
最相葉月『セラピスト』(新潮社)



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


posted by Toshi at 04:39| Comment(0) | セラピー | 更新情報をチェックする