2013年01月06日

「はじまりは国芳―江戸スピリットのゆくえ」を観て思うこと


横浜美術館で,「はじまりは国芳―江戸スピリットのゆくえ」

http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2012/kuniyoshi/topics.html

をみた。国芳については

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%B7%9D%E5%9B%BD%E8%8A%B3

を見てもらうこととして,展覧会の案内には,こうある。


この展覧会は,浮世絵師・歌川国芳(1797 寛政9~1861 文久元)をはじまりとして,国芳の近代感覚にあふれた斬新な造形性が,その一門や系統にどのように受け継がれ,さらに新たな展開を見せていったかを,江戸末期から昭和期の日本画,油彩画,水彩画,版画,刊本などの作品,資料を通して探ろうとするものです。

歌川国芳は,初代歌川豊国門下の浮世絵師で,同門の兄弟子・歌川国貞(三代豊国)と並び,江戸末期の浮世絵界を牽引しました。雄壮奇抜な武者絵をはじめとして,美人画,役者絵,機知とユーモアに富む戯画や風刺画,洋風の表現を取り入れた風景表現など,その幅広い作画領域と画風によって,近年,評価がますます高まっています。

国芳門下の第1世代からは,歌川芳員,落合芳幾,歌川芳虎などの浮世絵師のほか,月岡芳年,河鍋暁斎,そして洋風表現で一派をなした五姓田芳柳などの異才が輩出しました。とりわけ,月岡芳年の門下には,歴史画の水野年方,物語絵・風俗画の鏑木清方,さらに清方の弟子の伊東深水や寺島紫明などが連なり,日本画の一大画系を形成しています。また,清方門下には,版元・渡邊庄三郎率いる新版画運動に参加した川瀬巴水,笠松紫浪らがおり,大正期から昭和にかけて,木版画の新たな可能性を拓きました。


要は,国芳からの系譜を作品で見ていこうというもののようだ。国芳や暁斎には個人的関心があるが,弟子の系譜をたどることにはあまり関心もないし,企画として,多少疑問もあります。別に国芳に連なったことで,その画業が開いたわけではなく,むしろそれを言うなら,国芳の幅の広い絵を全体像として見せてくれた方が,その絵の持つ幅と弟子のすそ野との因果が,もう少し説得力があったように思える。

たとえば,国芳の作品数は,二千数百点に及び,役者絵,武者絵,美人画,名所絵(風景画),戯画,春画まで多岐にわたるそうだが,歴史・伝説・物語などに題材を採った,大判3枚つづりの大画面に巨大な鯨や骸骨,化け物などが跳梁するダイナミックな作品が真骨頂。そのあたりの幅と多様さは,十分アピールされているとは思えない。僕自身,それほど国芳に詳しくないので,改めて調べなければ,こんなことさえ,見終わっても伝わってこない(自分が十分観察眼を持たなかったことは棚に上げている)。

むろん,系譜を伝えるのが主眼なのだろうが,鏑木清方,伊東深水といった絵には大した意味も感動もを見いだせなかったものにとっては,系譜や流れというようなものより,弟子との間,国芳と暁斎,国芳と芳年,国芳と芳員等々,第一世代に,何が引き継がれ,何がどう変わったのかに,具体的に焦点を当てて展示してもらった方が,ずっと図としての国芳が引き立ったのではないか。これでは,結果として,地としての国芳も図としての国芳も,はっきり位置づけられないまま終わった印象がしてならない。

そのために,展示の仕方を工夫して,同じ絵(のコピー)を並べてもいいし,元へ戻らせて確認させる順序の指示の仕方を変えるなど,通り一遍で,人の後からついて流れていくだけの展示から少し脱皮してもいいのではないか,とつい余計なことを考えてしまう。

まあしかし専門家が苦労して並べた企画に,素人がああだこうだ言ってみても仕方がない。ただ,企画した以上,その企画の「企」の部分,どういう夢,どういう新しい世界をここで展開しようとしたのかはもっと明確にしていい気がする。それが目的のはずだから。だから,国芳の偉大さを示そうとするなら,系譜や弟子の数ではなく,国芳の作品そのものの多様性と幅と画期をなす何かが示されなくては意味がないのではないか,と思うまでだ。

ところで,関係ないことだが,浮世絵というものが,同時代性をもち,過去の名画を見るように観てはいけないのだ,とつくづく思った。言ってみると,かつてあった写真週刊誌のように,良くも悪くもその時代の精神と雰囲気を,描き出している。その意味では,本来使い捨てのものなのではないか,と思う。かつて輸出品に緩衝材として,いまで言うと,新聞紙の変わりのように包まれていたものなのだから。だからヨーロッパ人は驚いたのだ。緩衝材として使われている浮世絵の先に,そんなものをごみのように使い捨てる国の文化の高さに。

浮世絵には,歌舞伎,古典文学,和歌,風俗,地域の伝説と奇談,肖像,静物,風景,文明開化,皇室,宗教など多彩な題材がある。「浮世」という言葉には「現代風」という意味もあり,当代の風俗を描く風俗画である,とされるが,例えば歌舞伎なら,何代目何某とあって,それを見る人にとっては周知の人であり,周知の演目であり,その一瞬の所作を切り取っても,その背後の物語が,当然のように周知されていることが前提になっている。説話でも,伝承でも,その主人公のある場面を,一瞬写し出したように描いてある絵柄は,周知のことであり,その動作や古増野一瞬の意味を,そしてその背後の物語を知っている。

逆に言うと周知の物語や舞台,役者や武者,あるいは周知の人物の,どういう場面で,何をしようとしているかを,どう風に切り取って,一枚の中に描き出すのか,ほほう,そういう切り取り方があるのか,と感嘆させる一瞬の描き出し方を競っていた部分もあるような気がする。誰もが知っている物語があるから,大胆な構図を描き出せば出すほど,その驚きが高まる。

ということは,今われわれは,その物語やリアルの役者やリアルの風景を知らない眼で見ているから,その絵にわれわれに見えているものと,その物語や役者を承知の上でその絵を見ている,江戸庶民に見えているものとは絶対に違うのではないか。その驚きも,その歓声も,たぶん質が違う。

もちろん,その時代でも,物を知っているものが見る光景と,物を知らぬものが見る光景は,一枚の浮世絵でも,まったく違っていたに違いない,というのはあるだろうが。

そうはいっても,こんなものが使い捨てで,もちろんコレクションしていた人がいたとは思うが,一般庶民にとっては,瓦版みたいな廉価なものなのだろうから,,そうやって制作され,享受されていた江戸時代の文化度の高さと,庶民のレベルの高さに驚くばかりだ。さしあたり,現代の漫画週刊誌に匹敵するのかもしれない。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#歌川国芳
#河鍋暁斎
#鏑木清方
#伊東深水
#浮世絵
#横浜美術館
#はじまりは国芳
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2014年11月20日

出会い


先日,夜の予定までの余った時間を持て余していたが,先だってのトークライブで,アート・プロデューサーの竹山貴さんが,推奨されていたのを思い出して,ブリヂストン美術館のウィレム・デ・クーニング展,

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/exhibitions/

に回り道して,観てきた。

正直言って,絵画には,ほとんど知識がなく,特に,デ・クーニングの名前すら知らなかった位だから,大したことは言えないが,一見した印象は,

暴力

というか

荒々しさ

というか

淫らさ

である。うまく言えないが,それは,デ・クーニング自身の中にある,女性像なのか,自分の女性への愛憎の葛藤なのかはわからないが,「女性」性の猛々しさを表しているように見えた。

その色遣いにしろ,激しい筆遣いにしろ,女性というものに対する,愛憎相半ばしつつ,しかし,強く執着する心を感じた。僕には,ちょっと異和感があって,心がついていけないところがあった。こちらが,その猛々しさについていくだけの気力がないせいかも知れない。

http://www.cinra.net/uploads/img/news/2014/20140929-willemdekooning2_v.jpg

あるいは,激しい恋情というよりは,欲情と言った方がいいのかもしれない。その華やかな色どりからするとあけすけの感じである。ひょっとすると,憎しみよりも愛着の方が強いのだろうか。

でも,そこに,寂しさがなくもない。むしろ鮮やかな色遣いにもかかわらず,寂しさというより,哀しみのようなものがなくもない。それは,描き手のそれなのか,女性のそれを表しているなのかはわからない。

しかし,それは,そう見る僕自身の愛憎を投影しているだけのことかもしれない。こちらは,老いているので,そんな激しい感情表現は,ついぞできなくなっている。激情の奔出には,体力がいる。若さがいる。

ひとつだけ,制作のプロセスを分解したようで,面白いと思った作品がある。

『マリリン・モンローの習作』

というタイトルの,上半身,腹部,下半身を,別の紙に描いたものを,つなぎ合わせているのである。三つの視角からの絵を,一枚にしようと試みた,のかもしれないが,ここにモチーフの一端が出ていて,立ち止まった。

ところで,日本語では,

絵(繪)
あるいは

あるいは
絵画

という。「繪」の,「會」は,

「△印(あわせる)+曾(=増,ふやす)」

で,寄せあわせること,

という意味になる。糸を加えた「繪」は,

色糸を合わせて刺繍の模様をつくること,転じて彩色を施した絵のこと

という。「画」(畫)は,前にも触れたことがあるが,

「聿(ふでを手に持つさま)+田の周りを線で区切って囲んださま」

で,ある面積を区切って筆で区切って区画を記すこと

である。

なぜこんなことを改めて確認したかというと,英語で絵画は,

Painting

であることに改めて気づいたのだ。Paintingは,辞書的な意味だけで言うが,

(絵の具で)絵をかくこと; 画法.
(1 枚の)絵,油絵,水彩画.
ペンキ塗装.
彩色.
(陶磁器の)絵付け.

となり,その言葉自体は,塗装も,絵付けも,絵画も,落書きも区別はなく,

色を塗る

ということで,Paintなのだということをつくづく思い知らされた。デ・クーニングの絵に,その塗りたくる筆遣いの,手の,腕の,あるいは,全身の激しさを感じたのだ。

ところで,その展覧会の流れで,別室の収蔵品を観ていくうちに,

堂本尚郎の『作品』

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/collection/artist45/

ザオ・ウーキー
http://www.bridgestone-museum.gr.jp/collection/artist47/

白髪一雄『白い扇』『昏杜』『観音普陀落浄土』

の作品に惹かれた。とくに,ザオ・ウーキーは,展示されていた六作品すべてが僕には素晴らしく,その静かな崩壊,というか崩壊の刹那を捉えたというような静寂に,「エントロピー」とつぶやいていた。これを観るためだけに,また行きたいと思ったほどだ。

ふと,ずいぶん昔,牛に引かれて訪れた直島の,李禹煥美術館でみた,リ・ウーハン作品を前にした時の,感嘆を思い出していた。いいものに出会えた。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)





今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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2015年01月12日

李禹煥

DSC02456.JPG

牛に曳かれて,原美術館,

http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html

に出かけ,『開館 35 周年記念 原美術館コレクション展』

http://www.haramuseum.or.jp/jp/common/pressrelease/pdf/hara/jp_hara_pr_HMCollection_141204.pdf

を見た。美術館のコレクション展だが,何だが,肩透かしを食らった感じであった。草間弥生も,一点展示されていた(『自己消滅』)が,造形というか,オブジェが一点のみ,荒木経惟の『エロトス』の一部等々,写真も交じり,部分的に,インスタレーションのような部屋があり,と全体の統一性というか,まとまりというか,展覧会のコンセプトのはっきりしない美術展であった。案内では,「もの派」に焦点を当てたということだったが,美術のムーブメントに疎い僕には,さっぱりぴんと来なかった。

その中で,僕が個人的に面白かったのは,外のエアコンの室外機が,端正な日本庭園に,「恥部」のようだと,中国製の250円の竹ぼうきを並べただけのオブジェ,(杉本博司の)『アートのほうき』だっか,『かえりな垣』だったか記憶がはっきりしないが,窓越しに見えたのが,妙に印象に残った。そうか,竹箒を並べただけで垣根ができるのか,と別な感心をしてしまった。それがあるだけで,確かに窓越しに見る庭の風情が変わり,庭と竹(箒)垣とが,マッチしてしまっていたのが,作家の腕だ,と感心した。この辺りの,日常風景と地続きになっていくのは,観客と舞台を一つにしてしまったような,アングラ劇時代からの流れをふと感じて,勝手に妄想していた。ひとつの芸術作品の,この世へのありようとして,逆にインパクトがあった。これが収蔵作品なのかどうかは確かめなかったが,即興なのでないか,と勝手に推測している。

変な言い方だが,これが一番印象深かったのは,皮肉に思える。

作品群のなかでは,やはり,李禹煥(リ・ウーファン)の作品が,よかった。直島の李禹煥美術館で,彼の作品に出会って以来の久々の対面であるが,不遜ながら,近作(2012年)の『対話』は良くない,緊張感がない,と感じた。やはり,代表作の,『点より』『線より』シリーズからの,

「点より No79032」
「線より No790323」

の二作品が,圧倒的に印象に残った。好みを言えば,「線より」がいい。

しかし,よく聞くことは,どんな分野の作家も,処女作(もっと広く言えば,初期に達成した高み)を超えようとして,ついにに超えられない,という言葉だか,ここで並んでいる「対話」を見る限り,僕には,初期に,強烈にインスピレーションを得て,創り出した(だろうと,勝手に想像しているだけだが)「線より」「点より」のもつ,緊迫感と高揚感のようなものは,「対話」にはない。「対話」は落ち着きと静寂に「余白の芸術」という言い方もあるのかもしれないが,そこには,あまりオリジナリティを感じなかった。素人風の言い方なのは勘弁してほしいが,「点より」「線より」には,画面に時間がつなぎとめられていた。それは,生きていた。しかし,「対話」は,時間が死んでいた(と感じられた)。それを静寂というなら,そういうものは,とうの昔の絵画で達成されているような気がしてならない。すでに,それはやり尽くされていて,新しいパースペクティブを現出させるのは,よほどの力技かアイデアしかない。しかし,この作品からは,既にどこかで見た,というデジャヴを拭えなかった(まことに畏れ多いことだが,僕にはそう感じられた)。すでにある発想やコンセプトには,僕はあまり興趣を感じなかった。

美術館自身が,案内で,

「原美術館は一昨年,李禹煥作『対話』(2012 年)を収蔵しました。当館は初期の代表作『線より』(1979 年),『点より』(1979年),90 年代の大作『風と共に』(1990 年)3 点と立体作品『関係項』(1991 年)を既に収蔵しておりましたが,2000 年代の秀作が加わることにより,いまや唯一無二の存在として大きな役割を担う李の制作の流れを俯瞰できるコレクションとなりました。」

と誇らしげに言っているのだから,その四点を一堂に展示して,作家のキャリアの時間軸の中に,観客に身を置かせてもよかったのではないの?と,疑問を感じてしまった。ま,渋川と屋外にあるとのことだから,難しかったのかもしれないが,工夫の余地はある。すべてを映像で並べてみる手もあるし,実物に,画像を織り交ぜてもいい。キャリアの歴史を一堂に見せる余地はあったと思う(失礼!まあ払った入場料分ですのでご容赦)。

このほかでは,森村泰昌の『輪舞』,インスタレーションというものなのか,オブジェというものなのかは,わからないが,便器を抱え込んでいるピエロ(?)には既視感はなかった。

庭にあった,三島喜美代の『newspaper 84-E』という,英字新聞のも見捨てられたようなオブジェも,いろいろ考えさせられた。捨てられた新聞紙(過去の情報)は情報の墓場ではなく,ゴミに過ぎないのかもしれない。それと,ダニエル・ポムロールの,「自分に満足しない私』も,惹かれた。タイトル,にだが。

展覧会へ出かけるのは,新しいパースペクティブを手に入れるためだ。知識は,ある意味,

知ることは,超えることの前提である。

と吉本隆明が言うように,新しいパースペクティブを与えてくれる。しかし,絵画も,彫刻も,オブジェも,自分の知らない異空間のパースペクティブを与えてくれる。そのはず,と思って出かけていく。

たとえば,今回,美術館の庭の足元で,踏み石の上に,黒い御影石のようなものが乗っかっていた。そのとき,それは,並んでいたオブジェよりはるかにインパクトがあるように見えた(そこにあった李禹煥のオブジェのせいかもしれない)。その瞬間には,「おもしろい」と思えたのだ。しかし,帰って,改めて見て見ると,やはりただの踏み石に過ぎない。

別に何の新しい見え方を,あるいは新たな見方を手に入れてはいない。まあ,ひねくれ者が,ちょっと奇を衒ってみたものの,現に返ってみれば,ただの石というわけだ。

新しいパースペクティブが,そうそう手に入れられるわけはない。

今回は,李禹煥の「線より」に出会えたことでよしとしよう。






今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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2015年12月13日

ソフト


金沢を訪問したついでに,評判の,金沢21世紀美術館,

https://www.kanazawa21.jp/

を訪問した。絵画に全くの知識のない素人が言うのも口幅ったいが,正直がっかりした。評判倒れとはこのことだ。

丁度開催されていたのは,

「誰が世界を翻訳するのか」

と題された現代アート展であった。

「015年度の金沢21世紀美術館展覧会事業は、『ザ・コンテンポラリー』と題し、今日の世界を照射する現代美術の作品について考察しています。」

ということで,

春・夏の「ザ・コンテンポラリー1 われらの時代:ポスト工業化社会の美術」

に続く,

秋・冬の「ザ・コンテンポラリー2 誰が世界を翻訳するのか」

だそうである。で,曰く,

「異なる文化に立脚した現代美術作家たちが、自らが属する共同体を取り巻く世界の有り様をどのように捉え、伝えていこうとしているのか、特に異文化間を『移動』『横断』していくことが常態化している現代社会においては、あらゆる関係が流動的であり、これまでに描かれた歴史や価値観も、誰がそれを伝えるのかによって、さまざまな意味を浮き彫りにします。本展は特に周縁地域から爆発的に生まれ続ける多様な作品を生への『実践』と捉え、私たちと同じ時代に別々の場所で別々の時間を生きる人々が、世界をどのように見ているのかについて、考えていきます。」

とある。現代アートについても,詳しくないので,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/407311875.html

で書いた,

ヨコハマトリエンナーレ,

http://www.yokohamatriennale.jp/2014/index.html

を頭に起きながら,比較していた。

「世界を翻訳」とは,僕流に言い換えると,

新たな視界を開く,

あるいは,

見馴れた「地」に新たな「図」を見つけ出す,

という,作家の世界観の表現がある,ということなのだろうと,誰もが期待する。しかし,たとえば,

たとえば,壁面いっぱいに布を垂らした,エル・アナツイの,

パースペクティブ,

は,

パースペクティブ.jpg


ギャグにしか見えない。この布に,パースペクティブを遮るだけの世界観があるとは思えない。僕がもっとも面白いと思ったのは,アルフレド &イザベル・アキリザンの,

移動-もうひとつの国

だが,これは,ひっくり返って,転倒した船の造形が,「移動」と題されていることだ。一種皮肉りながら,この世界の中で,逆立ちする夢,

どこにもない国へ行く夢,

を,一つの世界として見せている気がして,惹かれた。我々にとって,夢とは,

逆立ちそのもの,

だが,その夢そのものもまた転倒している。逆の逆が正立とはならない。

もう一つの国.jpg


しかし,規模は仕方がないとしても,全体として物足りないと感じていたのは,その直前,石川県立博物館

http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/gaiyo/index.html

を訪ねていて,そこで観た,

鴨居玲

http://www2.plala.or.jp/Donna/camoy.htm

の「くものいと」

http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/syozou/sakuhin_detail.php?SakuNo=08048000

がずっと頭に残っていて,無意識にそれと比較していたのかもしれない。その絵にある,

思いの暗さと深さ,

と対比して,多くは,軽く(ちゃっちいと言い換えてもいい),どこにも破壊力を感じさせるものがなかった。

最後に,どうして,作品リストのペーパー位,入場者に渡さないのだろう。最近,言うと,コピーを出してきたりするケースがあるが,ここでは,しれっと,ありません,という。

空間自体,

というか,

展示スペース自体

が作品というのだろうか。それにしては,回遊させる空間に,そんなコンセプトがあるようには見えなかった。

DSC06210.JPG


DSC06218.JPG


むしろ,今回の展示とは関係なく,建物のあちこちに仕掛けられた構造の面白さの方が,展示されている作品を上回っていたように思えた。これは,美術館としていいことかどうかは知らない。ただ,ハコモノに強いが,ソフトに弱い,いまだに「ものづくり日本」というしかない我が国の未来に,ふと危惧を懐かせた。


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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2015年12月27日

葬送


「鎌倉からはじまった。1951‐2016」

http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2015/kamakura_part3/index.html

http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/pdf/2015_kamakura_part3.pdf

を観てきた。全体の出品作品は,

http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2015/kamakura_part3/listofworks.pdf

らしいが,経緯は知らず,結果として鎌倉近代美術館が,鎌倉八幡宮の敷地から出るという,いかにも今の日本らしい出来事に,笑うしかないが,例年通り,荒神様を戴くついでに,収蔵展を覗いてきた。

「『鎌倉近代美術館(略称:カマキン)』として長く皆様に愛されてまいりました鎌倉館での最後の展覧会となるPART3では、1951年の美術館誕生から1965年までの15年を取り上げます。草創期の当館では、戦前、戦中の文化的空白を埋めるべく、佐伯祐三、萬鉄五郎、古賀春江、松本竣介などの、小規模ながらも充実した展覧会が開催されました。そうした調査と研究を重視した展覧会のあり方は、美術館の礎として受け継がれてきました。本展では、この時期に取り上げた作家による作品を所蔵品から選んで展示すると同時に、美術館の活動に伴って改修が重ねられてきた坂倉準三設計による鎌倉館の変遷を、図面や写真、映像資料で紹介します。」

と,案内にはある。これは,

坂倉準三設計による鎌倉館

が,壊される,と言うことをも意味する。

僕は絵画史には疎いので,その時代の位置づけはわからないが,一番僕の目を惹いたのは,

麻生三郎「死者」

http://www.moma.pref.kanagawa.jp/webmuseum/collect/jp/detail_view.do?data_id=151

であった。画面が小さいのでわかりずらいが,

194.0×130.6

なので結構大きい。樺美智子の死への鎮魂とは,後日知ったが,そんな動機がなくても,物の形が,融けていくような,全体の絵の印象は,死というものの在りようを,強烈なイメージで描きとめている,と感じ,しばし立ち止まっていた。隣で物知り顔の男が,手をつないだ女性と,ここに顔が,と説明していたが,僕にはその識別がよく出来なかった。むしろ,顔があるかなしかに崩れていくのが,そして誰彼の輪郭が崩れていくのが,よく分かる絵だと感じていた。

麻生三郎は,

http://matome.naver.jp/odai/2134250237539196901

といった作品群があるらしいが,他の絵だったら立ち止まらない,と感じた。この絵がいい。

松本俊介「立てる像」も,

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201105110315.html

と縷々いわれる如く,有名らしいが,

立てる像.jpeg


僕は,こんな青年だけの立ち姿を描いた絵を知らない。作業服だろうか,それとスリッパをはいている。「立てる像」というタイトルがまたいい。まさに,立てる,姿である。何かのメタファとして見てもいい。しかし,そんな意味を見なくても,普通の青年が,たっている。それがいい。

もうひとつは,難波田龍起(なんばたたつおき)「哲学の杜B」がよかった。記憶では,ちょうど,「死者」の向かい側にあったのも,意図とすれば,なかなかすごいと感じた。「死者」とは,正反対の,緑と青を基調とした,ただ,板垣の塀のように並んでいる,そこに静かな雰囲気があった(という気がする)。

それにしても,こういう近代美術館の建物を壊す,というのは,今の日本の何がしかを象徴しているように思えてならない。


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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2016年10月17日

御舟


山種美術館の「速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造―」

http://www.yamatane-museum.jp/exh/current.html

を観てきた。絵について造詣があるわけでもないし,まして日本画について,薀蓄を語れるほどの知識も経験もないので,まったく個人的な関心,若描きの作家の絵が,どんな問題意識で,

どう成長したのか,

を観ようと思った。注目したのは,

写実力
と,
空間配置,というか空間の間(余白)の取り方,あるいは,地と図のバランス,

である。僕には,有名な,

『炎舞』

は,その頂点にある,と見えた。ここには,一つの世界がある。

御舟・炎舞.jpg

『炎舞』


例えば,『遊漁』(1922年)という作品がある。まだ間(余白)のないただ泳ぐ魚を写しただけのものだ。それが,『沙魚図』(1925年)になると,上部に間(余白)が広がり,『春池温』(1933年)になると,梅の枝先に悠然と泳ぐ一尾の鯉が描かれ,写実と間(余白)取りが一体になる。この流れの中に,彼の目指したものかどうかは知らないが,間(余白)と写し取る力とが一つの頂点を示す。その意味では,『紅梅・白梅』(1929)の,シンプルな構図がいい。地という間(余白)次第で,図としての絵が生きる,という感じがした。

春池温.jpg

『春池温』


僭越ながら,『炎舞』と並んで著名な,

『名樹散椿図』

は,僕には,つまらなく見えた。こちらの現実感覚に依存している分,ひとつの世界として屹立する力が弱い。屏風絵のせいかもしれない。『炎舞』と比べての話だが。

『名樹散椿図』.jpg

『名樹散椿図』


僕は,間(余白)というか,「地」に惹かれるらしく,『夜桜』(1928年)もいいが,『あけぼの・春の宵』《あけぼの》と「あけぼの・春の宵」《春の宵》(1934年)もいい。

「夜桜」.jpg

『夜桜』

あけぼの・春の宵」《あけぼの》.jpg

『あけぼの・春の宵』《あけぼの》

「あけぼの・春の宵」《春の宵》.jpg

「あけぼの・春の宵」《春の宵》


最晩年の,絶筆とされる,『円かなる月』(1935年)は,月の位置がいい。それと張り合うように,松の枝が,間を詰めて,一つの世界を描いている。

《円かなる月(絶筆)》.jpg

《円かなる月(絶筆)》


人には,必要なことが起き,必要な結果がもたらされる,という。とすれば,これが,死を目前にしたこの世の絶景なのではないか。そう見るとき,月の位置がことのほか,意味深に見える。御舟の目の高さが,反照しているように。

参考文献;
http://www.yamatane-museum.jp/collection/collection.html
http://www.yamatane-shop.com/product-group/3

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm

今日のアイデア;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/idea00.htm
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