2013年04月10日

箇条書き


かつて上司であった編集長は,部下の書く文章について,箇条書きにすることを徹底させた。おかげで,習い性になり,

http://www31.ocn.ne.jp/~netbs/critique102.htm

を書いた時,最終選考で,選者の一人後藤明生氏から,文学的ではないと評されて,落ち込んだことがある。しかし,やはり,箇条書きにすることは,読み手にわかりやすい,とは思う。

たとえば,何々について言えることは,



という具合である。そして,重宝なことに,いくつという枠を決めると,その数だけ,ひねり出してしまうことができる。言うべきことが,見えてくる。

たとえば,文章に欠かせないことは,五つである,と言い切ったとすると,

①一文のセンテンスで,輻輳させず,言いたいことをシンプルに言い切る
②カンマをある程度多めに入れる。
③「です調」か「である調」か「だ調」か,レベルを統一する
④主語を明確にする
⑤過去形か現在形かの区別は意識的にする

等々である。別にここで言い切ったことが正しいかどうかではない。そう言い切ることで,伝えたいことの枠が決まる。人は枠なしで,ぼんやりものを考えない。同様に,読み手に取っても,書き手の枠組み,いわば窓枠がはっきりした方が,そこから見ている視界がはっきりする。

たとえば,大事なことは,三つです。と先に宣言されると,頭に入りやすいという。口頭のメッセージは25%の歩留りと言われる。しかし,こうやって堰を作ってもらうと,シーケンシャルに流れていく話題が,区切れ,分節化することで,記憶にとどめやすくなる。これも箇条書きの一種といっていい。

当然枠を替えれば見える世界が変わる。たとえば,いまの文章に欠かせない五箇条を別の切り口で書けば,

①語り手は誰か
②語られている世界は何処か
③語られているひと(びと)は誰か
④語られている時間はいつか
⑤語り手はどこにいるのか

という風にも書ける。

ただこういうことで得られるわかりやすさは,決めつけと近似で,わかりやすくするために,何かを犠牲にしていることがある。そこを考え始めると,そう簡単に箇条書きが「わかりやすい」とのみは言い切れない。

別の視点で考えると,箇条書きにするということは,ある次元を網羅することになる。それは,次のサイトにあるような,ロジカル・シンキングでいう,

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod0951.htm

ロジカルツリーには,縦につながる筋を通すことと横のつながりのもれなくすることの二つがあるが,箇条書きで書いているのは,横のつながりだけなので,縦の筋から次元を変えれば,別の箇条書きの項目が生まれてくる。この延長線上に,チェックリストがある,といってもいい。

たとえば,コミュニケーション力を,

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod06394.htm

と,まとめた場合,

聞く力/伝える力/自己開示力/感情コントロール力/人と関わる力/モニタリング力,

とわけるのが,ロジカルツリーで言う縦の筋の第一段階とすると,この各項目が決まれば,その下へブレークダウンした具体的項目を考えることになる。これが横のつながりになる。

だから,箇条書きで書くということは,次元を設定しさえすれば,それを次元を上へあげていくことも,下へ下げていくことも,次元さえ分かっていれば,レベルを変えて書くことができる,ということになる。もっとも,人の脳は,丸めるのが得意なので,上へ丸めるのに比べると,ブレークダウンはずいぶん不得手ではあるが。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#ロジカル・シンキング
#ロジカルツリー
#わかりやすい文章
#箇条書
#ブレークダウン


posted by Toshi at 05:30| Comment(0) | 文章 | 更新情報をチェックする

2013年05月13日

情報を広げる



先日,【第6回 情報発信を通じて夢を実現する研究会】に参加させていた。ラッキーなことに,非常に少人数での開催のため,結構個人として,ネットとのかかわりを学ばせていただいた。

http://www.facebook.com/events/426545137437825/443264695765869/?ref=notif¬if_t=plan_mall_activity


特に,僕は,「ブログ」をどう広く知ってもらうか,に強い問題意識があり,どうすればいいか,結構個人的に深めていただく機会になった。

結論は, 一つ一つの「点」の要素を「線」にしていく,そんな戦略を持つことにより情報発信後、大きなムーブメントを生み出せるのではないか,と期待させるものになった。

98の時代にホームページを立ち上げ,それ一本でセールスしてきた経験から,どうすれば検索エンジンの上位に来るかは,なんとなくインデックスページを目次にする,ということらしいということだけは,技術的にはともかく,感覚的につかんで,必要なキーワードを引くと,ある程度(全部はコントロールできないが)検索エンジンの一ページ目の上位に自分の該当ページが来るようにはなっていた。

しかしそれは考えてみると自己完結した,一方通行のもので,ブログを始めた時も,まだその感覚が強く,フェイスブックと連携はしたものの,主体的に働きかけるというのはどうしていいか分かっていなかった。だから,「読んでもらう」ところで止まり,それをシェアして広げてもらうのは,あなた任せになっていた。

そこでは,ブログ,フェイスブックが,実は線につながっていない,そのカギになるのが,ツイッターであるということを教えていただいた。

ツイッター→フェイスブック→ブログ→ツイッター…

と循環させることで,点が線になる。ツイッターの持っている機能が,その場合重要になる。ツイッターは,フェイスブックに比べて,フォローの相手は自由に選べる。その敷居が低い。片思いでいいというわけだ。それが双方向になり,フォロワーがふえれば,ブログとフェイスブックによるリンクより,ブログの拡散には強力な助っ人になる,ということらしい。

それには,まずはフォローする絶対数を増やし,それをベースに,さらにフォロワーの数を増やしていくという努力がいる。そのための細かな秘訣を教示していただいたが,そのこと以上に,自分にとって大きいのは,自分の発信だけでは限界があり,その発信を発信してくれる人がどれだけいるかが,重要で,実はそれがその人の社会的な影響力をも示す,と事実である。そのツールとして,ツイッターが使えるらしいという感覚を手にした感じだ。

その意味では,ブログが仮に面白くても,それを知ってくれる人がな少なくてはどうにもならないし,いま一つ大事なのは,読んでくれた人のところで止まってしまっては,広がるのに限度がある。フェイスブックとブログのリンクだけだと,「いいね」か「コメント」で止まってしまう。その先に,たとえば,シェアしてもらえたとしても,シェアは強制できないし,シェアのシェアのシェアような広がりを考えると,広げていくインパクトは,単にブログの中身の良し悪しだけではない,ということに気づけたのが大きい。

これに,ツイッターが加わると,ブログ更新が,ツイッターにリンクし,それを見てくれる人の数が大きくなる。それとフェイスブックのシェアに比べて,「リツィート」は,簡単で,心理的なハードルも低い。今までの人の輪の外へ出ていく一つの手がかりを得た気がする。

ブログにとって,フェイスブックは,仲間内への告知だが,ツイッターは,広く世間へフックをかけていくことになる予感がする。その分,ブログの中身に反映してくることはあるだろう。それもまた,自分の楽しみとしたい。

こういう構造になるのではないかと,現段階では仮定している。つまり,

フェイスブック⇔ブログ

という関係を,

その前に,ツイッターが加わり,ツイッター→フェイスブックの流れに,ブログが媒介して,

ツイッター→フェイスブック
   ↑     ↑
    ブログ

この全体で,ブログの主張を,広く,世間にフックを掛ける仕掛けにしていく,ということだ。

あるいは,同心円の中心にブログがあって,その外に,仲間内のフェイスブックがあり,その外にツイッターが広がり,その外に広々とした世間が広がっている,というイメージだろう。

このための方法としては,一つは,いまのフェイスブック上の友達を増やしていくことだが,いま一つは,フォロワーを増やすための努力がいる,ということだ。ただ,やみくも広げるというよりは,わかってもらえる人に読んでもらえるだけでいいという思いも強いので,ただ,増大する,というエンジンをふかしし続けたいとは思っていないが,

まずはツイッターのアカウントを取り,

@tsugiura1

つづいて,まずフォローを積極的に増やすところから始めていこうとしている。

ただ,数を増やすというより,そのことによって,自分の周囲に広がる空気の変化が,僕にどんな影響を与え,それが僕の表現にどんな変化をもたらし,ブログだけではなく,自己表現の完結した世界をどう崩していくのか。そんなことに,ちょっとした期待を懐いている。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#ツイッター
#ブログ
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#フォロー
#フォロワー
#自己表現

posted by Toshi at 05:18| 文章 | 更新情報をチェックする