2013年08月17日

解決状態


僕は問題解決について,

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/prod09600.htm

という枠組みを考えている。大事なのは,問題に焦点をあてないということだ。人は,何を期待値(達成値あるいはあるべき姿)とするかによって,問題は違う。問題に焦点をあてるのではなく,

どうなったら問題解決したことになるのか,

に焦点をあてる。

何を問題にするか,

ではなく,

なぜ問題にするか,

と言い換えてもいい。

「問題」はいつも誰かの目を通してのみ問題となる。どこかに「問題がある」のではなく,誰かが「問題にする」ことによって「問題になる」。

だから,誰かにとっての「問題」は,僕の「問題」とは限らない。その人にとって「問題」と思えても,他の人にとっては何でもないこともありえる。もし,誰の目から見ても「問題」なら,実行する,つまり誰が,いつ,どういう解決をするか,だけが問題となる。

問題とする基準,たとえば達成すべき目標,維持すべき水準,保持すべき正常状態,守るべき基準等々,何と言ってもいいが,要は,その人にとって,「どうなったら解決したことになるか」は,ひとりひとり微妙に違う。

それぞれの,「どうなったら解決したことになるか」には,それぞれの理想状態(なりたい状態,ありたい状態),目標状態(やりたい状態),満足状態,期待状態,あるいは価値や意味等々からきている。それが簡単にすり合わせられるとは思わないが,問題をあげつらっているよりは,一致点(逆に不一致)は明確にしやすい。

どうなったら問題解決したことになるのか,

をよく,期待値という言い方を僕はする。

そうしたすりあわせ,期待する成果,本音の解決状態を正直に出し合うことで,はじめて相手の問題が自分にとって明確になる。もちろんそれを共有するかどうかは別の問題だが。

つまり,問題に焦点をあてるというのは,相手が何に対して問題にしているかがわからない手探り状態で,現象に振り回されるのに似ている。何を基準にしているかがわからなければ,一緒に問題解決しようにも,向いている方向も目線も違う。

だから,未達とか未完了に焦点をあてるより,お互いの目指す解決状態(完了状態)から考えたほうがいいのだ。

たとえば,遅刻を問題にして,

どうしたら遅刻をなくせるか,

なぜ遅刻するのか,

と原因究明を話し合う,という非生産的で暗い話より,

どうしたら遅刻したくない職場(朝起きたら生きたくて仕方のない楽しい職場)にするにはどうしたらいいか,

朝目覚めたらわくわくして早く出勤したくなるようなそんな職場にするにはどうしたらいいか,

を話した方が,はるかに面白いし,わくわくする。それは働くこと,生きることについての,それぞれの価値や意味を確認することになるからだ。

それを話していることで,遅刻問題は消えて行く,というより,そんなことを問題にしていること自体がばかばかしくなる。

これがソリューション・トークだ。問題に焦点をあてるのがプロブレム・トークなら,はるかにソリューション・トークの方が建設的だ。

チームで問題解決をしようとするなら,原因を探るより,目指す解決状態を共有化し,そのために何をするかを話し合った方がはるかに前に進む。

僕が妥協や未完了が嫌いなのは,それがプロブレム・トークだからだ。

問題をいくら挙げても,挙げ尽くせることはない。もぐら叩きをいくらしても,本質には届かない。

未完了や妥協を取り上げることで,生き方の象徴にしたいのだろう。しかしダメ出しは自分で腐るほどしている。必要なのはダメ出しではない。ダメ出しから,自分のリソースを見つけることはできない。

発想に否定(ダメ)出しはない。逆に言うと,否定(ダメ)出しからは発想は生まれない。生まれても現状の延長線上から脱せない。

そんな程度の発想なら,たぶん,いつか思い浮かぶ程度のコトだ。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




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posted by Toshi at 06:09| Comment(1) | プロブレム・トーク | 更新情報をチェックする