2013年11月02日

自覚



知人と話をしていて,その人の同僚を,

「あのじいさん」

といったら,

あなたと変わらない,

と返された。で,

自分は若いつもり,と言ったら,

あの人もそう,

と言われて,気づいた。歳を取っていようと,内心は,若い頃と少しも変わっていない。自分自身の変化に気づいていない,と言うのではなく,自分の,

自己イメージ

はあまり変化していない,と言うことなのではないか。

ずっと時系列,持続してきているので,変化は,ずいぶんタイムラグを置いて,自覚に至る。自己認知は,後追いになる。なかなか自分の変化に気づけない,と言うことなのかもしれないし,自分について持つイメージは,経年劣化(変化)しにくいということなのかもしれない。あるいは,認めにくいというべきかもしれない。

何か自己イメージが傷つきそうなことに遭遇しても,たまたま,という言い訳が,しばらくは使える。自分で諦めない限り。

ここで言いたいのは,

だから他人にどう見えるかという視点が大事なのだ,

と言うことではない。他人にどう見えようと,はっきり言って,知ったことではない。他人目線で,何もわざわざ自分を見て,それでなくても痛めつけられている自分を,更にムチ打ちたいなどという,マゾ趣味はない。

言いたいのは,誰でも,自己イメージを持っている,と言うことだ。人が何と言おうと,どんな経験を積もうと,そのイメージは,ひょっとすると,終生傷つかず,保ち続けるのではないか,と言う気がした。

マイナスの自己イメージであろうと,

プラスの自己イメージであろうと,

是非はない。それはそれでいいのではないか。無理にプラスの自己イメージの化粧をしても,すぐ,何かあるとはがれる。それなら,その自己イメージを自分で認めればいい。

自分は自分について,かくかくに見ている,

それだけのことだ。それがプラスかマイナスかは,他人の批評,他者目線なのではないか。

例えば,自分は失敗続きの男だ,と見たとしよう。

失敗ということに評価が入っているにしても,だからどうなの,というふうに,自分に返せれば,それは,ただの事実の表現に過ぎない。

ただ,その人には,失敗だけが図として見えている,と言うだけなのだ。地に何があるかを,では知らないのか,と言うと,そんなことはない。それっぽっちのプチ成功は,いままでの失敗に釣り合わない,と思っているまでかもしれない。

俺は,

50代,

と思っているのは,それだけのことで,それ以上でも以下でもない。

ある時,痛烈に思い知る瞬間が来るかもしれない,しかし,いまは,自分が歳より若いという側面が,図として見えているだけだ。それはそれでいいではないか。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm




#経年変化
#自己認知
#地
#図
posted by Toshi at 05:14| Comment(2) | 自覚 | 更新情報をチェックする