2014年10月09日


詳しいことはわからないが,僕の経験の中では,このところ,鉛筆の持ち方が,変な学生が結構いる。それは,たぶん,箸の持ち方にもつながるのではないか。という気がする。偏見かもしれないが,敏捷性というか聡さともつながる気がしてならない。

変な箸の持ち方をしているだけで,そう見えてしまう,こちらの先入観のせいかもしれないが。

しかし,これは,しつけの部類だと思う。親自身が,ひょっとすると,それを教わっていない可能性がある。これを文化などと大袈裟な言い方をしたくない。どっち道,箸もその持ち方も,使い方も,中国伝来でしかなく,漢字と同様,中国文化圏内の問題でしかない。

しかし,見苦しいのである。だから,美学の問題,あるいはちょっと大袈裟に言うと,生き方の問題である。小事は大事である。

「箸」の字は,いわゆる,

食べ物を挟むのに用いる一対の棒

の「はし」をいうが,その意味以外に,

表す,述べる,書き表すの意味で,著と同義。「忠信を致し仁義を箸す」
きる,衣服を身につけるの意味で,着と同義。
つく,ねばりつくの意味で,着と同義。「兵晋陽に箸くこと三年」

といった意味があり,「竹」+音符「者」(ひとところに集める,くっつける)

とある。竹は多分素材だろう。

箸の語源には4つの説がある。

「挟むもの」という意味で,その役割を語源とする説。
端の方でつまむことから,「はし」になったとする説。
「橋」や「柱」など,その見た目の形から「はし」になったとする説。
古くは,一本の棒(竹?)を折り曲げ,ピンセットのように挟んで使ったので,鳥の嘴に似た形から,「嘴」とする説。

等々がある,といわれる。

ところで,箸はいつごろ日本に伝えられたのか。

3世紀に書かれた『魏志倭人伝』では「倭人は手食する」とあり,箸を使っていなかったようである。同じ時期について,『日本書紀』『古事記』には箸の記載がある。しかし,7世紀に入って遣隋使が中国から帰国した時にたくさんの中国文化を日本に持ち帰り,そのなかに中国の食法(箸食)があり,中国の食法といっしょに箸が日本に伝来したという説がある。まあ,その前から,中国とのやりとりがあり,いずれかに伝わってきたとみるのが妥当だろう。

とうぜん持ち方というか,使い方も伝わったはずである。どの時代に,一般庶民まで,下々までが箸を使うようになったかはわからないが,正しい箸の持ち方というのがあり,

①箸の片方(固定箸)を親指の根元にはさむ。
②薬指を軽く曲げ,第一関節の上にして親指と薬指で支える。(薬指が固定箸の重心になる)
③もう一方の箸(作用箸)は親指の腹ではさみ,中指の第一関節で支える。(作用箸の重心には親指の腹がくる)
④作用箸の支えをしっかりさせるために,小指を薬指に添わせる。

とネットにあった。箸の使い方も,

上の箸は下の箸から離して持ちます。
おもに人差し指と中指を動かして作用箸を上下に動かしますが,上下の箸が近いと大きく開くことができないばかりか,箸先がピッタリ合わないので,小さな物をつまむこともできません。上の箸だけが動きますか?
正しい箸の使い方は,二本の箸の両方を動かすのではなく「下の箸はしっかり固定し,上の箸を動かす」ことです。

とある。これは,蝶結びと似ていて,習い性になる。恥ずかしながら,僕は,蝶結びの手順が一か所逆で,どうしても,羽が立ってしまっていた。気づいて修正すると,いつの間にか,それが習性になる。問題はそれに気づくかどうかだ。

この箸の持ち方が,ペンや鉛筆の持ち方につながる。でないと,ベンだこ(もはや死語?)が,とんでもないところにできる。

前にも書いたが,

学を好むは知に近く,力行は仁に近く,恥を知るは勇に近し

という。あるいは,士とは何かの問いに,

己を行うに恥有り

と,孔子は答えた。その伝で言うと,

握り箸(二本の箸を握り込む持ち方)
ペン箸(薬指を使わずに鉛筆を持つように箸を持つ)
交差箸(箸先が交差する持ち方)

というのは,やはり美しくない。言い方が悪いが,お里が知れる。つまり,親の不調法か無神経を宣伝しているようなものだ。

筆の持ち方と,いわゆるペン・鉛筆の持ち方とは違うようなので,軽々しいことはいえないが,

鉛筆にも正しい持ち方があるらしい(トンボ鉛筆によると)。

①人さし指は鉛筆の先から25ミリ(幼児・児童の場合)のあたりに置きます。親指は人さし指より少し後ろに置き,中指を人さし指より前に出して,3本の指で軽く持ちます。薬指と小指は中指に沿わせて軽く曲げます。
②人さし指に沿わせてえんぴつを持ちます。
③えんぴつを正しく持つと,自然とえんぴつの軸は紙に対して50度〜60度になります。えんぴつの軸は紙と直角ではなく,右に約20度傾けます。

とある。箸もそうだが,人差し指と中指の使い方が鍵に見える。これは,どうも筆も同じらしく,ふたつあり,

単鉤法は,

親指と人差し指で筆の軸を軽く持ち,筆に中指,薬指,小指を軽く添えます。指が3本かかるので細かい文字を書くのに適している。鉛筆持ちに近い

双鉤法は,

筆の軸に親指と人差し指と中指をかけ,薬指で軽く支えて持つ。親指と指2本で筆を持ち,残りの指2本で支えとなる。現在主流となった鉛筆やペンなどとは違った持ち方になる

やはり,中指と人差し指(あるいは親指)を器用につかう。これは,手先の器用さと関係がありそうで,昨今,人のことは言えないが,日本人が無器用になってきたのと関係がある。それは,ボケともつながる気がしている。

ただ,ちょっと気になるのは,たとえば,ネットで「手先の器用さ」で引いて出てきた一文に,

「西洋料理では『ナイフとフォーク』を使って食べますが,和食では『箸』を使います。箸を使うほうが難易度が高いように思えます。たった2本の棒です。この2本の棒だけで,切ったりつまんだりするわけです。使いこなすには,ある程度の器用さが必要です。日本は,技術大国と言われます。小さな精密機械を作ったり,布に細かい縫いとりを施したりなど,小さなことを手際よく処理するのにたけています。日本人は小さなことに気を使いやすく,注意を払う性格の人が多いです。それは,箸を使う文化が影響しています。」

という類のものがある。箸は「日本文化」かもしれないが,大きくは,「中国文化圏」の中の分派であることを忘れていることだ。別にわれわれが箸を発明したのではない。倭人は「手食」していた。もし,箸がそれの淵源なら,箸を使う,韓国,北朝鮮,シンガポール,ベトナム,タイ,カンボジア,ラオス,モンゴル等々もその中に入ることを忘れてはならない。

こういう類の論旨に,自画自賛の詐術が紛れ込む。おのれを知らない,ということは,恥ずかしいことである。夜郎自大(井の中の蛙でもいい)が貶める言葉であることを,まさか知らないのではあるまい?

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)






今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


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2015年11月02日

ろじ


「ろじ」には,

露地
路地
露路

の字があてられる。別に,

路次

というのもある。辞書(『広辞苑』)には,「露地・路地」として,

(「露地」と書く)として,

屋根などの覆いがなく,露出した地面,
分納を離れた境地。法華経の火宅喩に基づく,

と二つが載り,つづいて,

草庵式の茶室の庭園。石灯籠・蹲踞・飛び石などを配する。外露地・内露地に区分,
門内または庭上の通路,
人家の間の狭い道路,

とある。僕の意識では,「人家の間の狭い道路」を「ろじ」と思ってきたので,その幅の広さにちょっと愕然とする。無知と言えば無知。しかし,別の辞書では,

(露地)屋根などがなく雨露がじかに当たる土地。
(路地・露路)建物と建物との間の狭い道。
(路地・露路)門内や庭内の通路。
(露地・路地)草庵式茶室に付属した庭。腰掛け・石灯籠 (いしどうろう) ・飛び石・蹲踞 (つくばい) などを配し、多くは外露地と内露地とに分けられる。茶庭。

と,使い分けを整理していた。「路」と「露」の字,「路」と「地」の区別は,後で見るとして,『大言海』は,「露地」と「路地」を別々項目を立てている。

「ろぢ(路地)」として,「ミチスヂにて,屋根なき地かと云ふ。路次(ろじ)の条をもみよ」とあり,

門内,庭上の通路,
東京にて,市街の人家の間の狭き路,京に途子(づし),

とある。いわゆる「路地裏」の「路地」は,地域限定なのか,という感じである。因みに,「路次(ろじ)」をみると,辞書(『広辞苑』)には,「古くは『ろし』」といったとある。確かに,『古語辞典』には,「ろし」で載る。『大言海』には,

みちすじ,またはみちのついで,道すがらなること。行路,

とあり(辞書(『広辞苑』),『古語辞典』にはこの意味のみしか載らない),その他に

庭園(にわ)の称(多く茶亭に云ふ)。露地。
人家の間の細き路(露地,路地,露路などと書くは仮名遣いたがへり)

とある。「路次」は「ろじ」と「露地・路地・露路」は「ろぢ」(『古語辞典』によると,「上方では,「ろうぢ」と発音する)であることを指している。

で,『大言海』は,「露地(ろぢ)」については,「みちすじにて,庭に通ふ處か」として,

屋根などの覆いなき地。青天井の地。
路次の意味(庭園(にわ)の称(多く茶亭に云ふ)。露地。)
三界の火宅を離れたる境に譬へて云ふ語。

とあり,どうやら,先ずは,

「路次」

「路地・露路」

の区別,つまり,「道筋の途次(みちすがら)」という「路次」か「道筋(通っている道)」の「露路・路地」の区別があり,これは,「じ(し)」と「ぢ」で使い分けられていた。

「露路」

「路地」

の違いは,「覆いの有無」になる。「露路栽培」とは言うが,「路地栽培」とは言わない。しかし,いずれも,道筋,それも細い道筋を示した言葉であった,と想像がつく。「露路」は,『古語辞典』に,

「露わな土地,露出した地面」

とある。それが意を十分示している。そこから,特別に道を指すようになった謂れは,後に回して,語源を見ると,

「露路」は,(中国語で)「露(むき出し)+地(地面)」

で,

「路地」は,「路(みち)+地(地面)」

とある。

漢字を見ると,「路」は,連絡の路という意味らしい。「各」は,「夂(足)+口(堅い石)」で,脚が石につかえて,転がしつつ進む,意と言う。狭いと同時に,未整備の感じであろうか。「地」は,平らに延びた土地を意味し,「露」は,さらす,とか,透ける,という意味がある。

本来は,覆いの有無の違いの「ろぢ」に,特別な意味を持ちこんだのは,

千利休が茶庭を露地と呼んだ,

ことにはじまる。どうやら,「三界の火宅を出で露地に坐す」の仏語から取ったものらしい。しかし,

「露地は、本来は『路地』と表記されたが、江戸時代の茶書『南方録』などにおいて、『露地』の名称が登場している。これは『法華経』の『譬喩品』に登場する言葉であり、当時の茶道が仏教を用いた理論化を目指していた状況を窺わせる。以後禅宗を強調する立場の茶人達によって流布され、今日では茶庭の雅称として定着している。」

とあるから,もともとは「路地」と表記していたのかもしれない。

露路.JPG


路地については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B7%AF%E5%9C%B0

露地については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%B2%E5%9C%B0

に詳しい。しかし,上記には,

「小間の茶室に付随する簡素な庭園は、広大な敷地を持つ寺院などではなく、敷地の限られた都市部の町屋において発達したと考えられる。こうした町屋では間口のほとんどを店舗にとられていたため、『通り庭』と呼ばれる細長い庭園が発達していたが、さらに茶室へと繋がる通路、『路地』が別に作られるようになった。」

とある。まさに,「ろぢ」のもつ,小径と道筋のふたつの意味が含意されていることがわかる。やはり,ろじは,路地である。


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ラベル:ろじ 露地 路地 露路
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