2014年10月22日

強み


強みとは,

頼んで力とするもの,頼りになる点

という。「強」は「强」とも書く。これは,

「弘」+「虫」で,「彊」(強い弓)を音が共通であるため音を仮借した,

または,

「弘」は弓の弦をはずした様で,ひいては弓の弦を意味し,虫からとった強い弦を意味する。

さらには,

「弘」は「彊」(キョウ)の略体で,「虫」をつけ甲虫の硬い頭部等を意味した,

もうひとつ,

○+虫+彊の略字体で,がっしりした殻をかぶった甲虫。彊に通じて,堅く丈夫な意,

等々諸説ある。いずれにしても,

「彊」に通ずるとしている。「彊」は,

がっちりと堅く丈夫な弓の意。「彊」の,



は,田の間にくっきりと一線で境界を付けることを示し,堅く張ってけじめの明らかな意を含む,とする。

強い弓→頼りになるもの,といった意味だろうか。

昨今,強みを生かすって,散々に言われる。しかしどうなんだろう,と僕は疑問である。いまさら,強みを確かめるっていうのは,どうも可能性(蓋然性か)を言っているだけだ。歳のせいかも知れないが,今まで生きてきた中で,たぶん,意識的,無意識的に,おのれの強みを生かしてきたはずじゃないか,それに名づけをするだけでは,と懐疑的である。まあ,好みの問題に過ぎないかもしれない。

まったく話がそれるかもしれないが,ピーター・F・ドラッカーは,

あらゆる知識労働者に三つのことを聞かなければならない。
1.強みは何か,どのような強みを発揮してくれるかである。
2.何を期待してよいか,いつまでに結果を出してくれるかである。
3.そのためにはどのような情報が必要か,どのような情報を出してくれるかである。

ということを言っていた。僕には,こちらの強みのほうが気になる。その強みとは,別の言い方をすると,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/405217646.html

でも書いたが,仕事をするとき,それが未知のことであっても,未体験のことであっても,

自分にできるカタチに置き換える

ということをする。言い換えると,自分のフィールドに持ち込んで,そこで言い換える。その,

できるカタチ
とか
自分のフィールド

というのが,ここで言う,強みなのだろうと思う。そう考えてみると,弱みを克服するというのは,無駄な努力に見える。むしろ,強みのフィールドを広げることで,

自分のできるカタチに置き換える

ことのできる,キャパシティというか,容量というものを広げることの方が,実践的である。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163413.html

でも書いたが,かつて,軸足は多いほどいい,

と,独立した先輩らしい人が,独立しようとする後輩に話しているのを,傍で聴いていた(電車の中だったように思う)ことがある。そこで言う,

軸足

とは,専門領域というか,専門とするテーマ,といったような意味だったと思うが,それも,

得意技

と言い換えてもいい。一つしかそれがなければ,置き換えのパターンは限られる。しかし,二つあれば,四倍になる。三つあれば,九倍になる,と思っている。ビジネスの場では,

問われて,自分なりの答えが,出せなければ,

おしまいではないまでも,そこにいない(も同然の)ものと見なされる。それが間違っていても,劣っていても,自分なりの答えを出さなくてはならない。それが考えることだが,しかし,むしろ発想力だと思う。

発想というのは,

何とかすること,

である。知識や経験を当てはめただけでは,答えは出せない。出せないところに,何とか,自分なりのアイデアをだす。その経験の積み重ねがないと,やったことのないテーマには,挑めない。しかし,一度,それについて考え,自分なりの答えを出したこと自体が,何とかする経験となり,

自分にできるカタチに置き換える,

という経験を積んだことになる。それ自体が,自分の領域を広げたことになる。

答は,自分の中にしかない,

というが,しかし,発想とは,

自分の知識と経験の函数

でしかない。知らないことはわからないし,経験したことのないことは出来ない。しかし,それで終わるなら,強みは出来ない。知らないことを,

わかっていることで置き換え,

経験したことのないことを,

やったことで置き換えられる

から,強みになるのである。







今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:07| Comment(0) | 強み | 更新情報をチェックする