2012年12月23日

文脈依存のコミュニケーションが失ったもの~「しあわせ」と「さようなら」をつないでいるもの




安田守宏さんからいただいた『しあわせる力』(玄侑宗久著 角川SSC選書)を読みながら,本書とは直接関係ないほうへ,どんどん妄想が膨らんでいってしまった。蟹は甲羅に似せて穴を掘る,と言います。所詮自分にわかる程度のことしか理解できない,ということのようです。安田さんごめんなさい,宿題としての書評にはならず,その妄想を何とかソフトランディングさせるので手いっぱいになってしまいました。

さて,玄侑宗久さんも,どうやらそうだったらしいのだが,僕自身も,正直に言うと,「幸せ」とか「幸福」という言葉が好きあまりではない。確かフランクルが言っていたと思うが,幸せは目的ではない。あくまで,何かをした結果としてえられるものではないか,と。僕も,それに同感で,幸せになりたいというのは,かまわないが,それを目指すのは何かが変だと思っていたし,いまも思っている。

むしろ,僕の関心は,生きる意味を考えることの方に,いまも,昔も向いていた。

フランクルは,こういっている。

「生きていることにもうなんにも期待がもてない」
こんな言葉にたいして,いったいどう応えたらいいのだろうか。
ここで必要なのは,生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きていることからなにを期待するかではなくて,むしろひたすら,生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ,ということを学び,絶望している人間に伝えねばならない。(中略)もういいかげん,生きることの意味を問うことをやめ,わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。

あるいは,収容所で「もう人生には何も期待できない」と自殺しかけた二人に,こう問いかけた。

たしかにあなたは,人生にもう何も期待できないと思っているかもしれません。人生の最後の日がいつか訪れるかもしれないのですから,無理もない話です。けれども,人生のほうはまだ,あなたに対する期待を決して捨ててはいないはずです。あなたを必要とする何か,あなたを必要としている誰かがかならずいるはずです。そして,その何かや誰かはあなたに発見されるのをまっているのです。

そういう意味を見出したものだけが,結果として収容所生活の厳しい生活を生き残った,とフランクルは言っている。そして,というか,だからこそ,というべきか,フランクルはこう言い切るのだ。

人はいつでも人生に,この不完全な自分の人生に,イエスといっているのです。「それにもかかわらず」,つまり人生が不完全であるにもかかわらず,人はいつでも人生にイエスと言っているのです。「それにもかかわらず」,つまり問われたことがなく,何も言わなかったにもかかわらず,また,自分で人生を選んだのではなく,現存在へ「投げ出された」にもかかわらず,そして自分がもっているあれこれの素質に同意しなかったにもかかわらず,またかりに実際に問われたとしても決して同意しなかったであろうにもかかわらず,人はイエスと言っているのです。こうした一切のことにもかかわらず,人は生き続けているのであります。それは,人が何らかの意味でやはりイエスと言っているということであり,またそれゆえに,何らかの意味で責任があるということでもあります。

「それにもかかわらず」人生にイエスと言っている,その言葉がいい。そう,「それゆえに」生きることに「何らかの意味で」責任がある,と言っている。そして,元へ戻ってくる気がする。

われわれが生きること自体,問われていることであり,われわれが生きていることは答えることにほかにならない。そしてその問いと答えは一回的なものであり,一般的な意味ではなく,今自分が,ここで問われている,ということなのだ。自分がそれをしなければ,だれがそれをするのか,と言い換えてもいい。自分の人生での答えを,自分が出すしかない。それは成功とか失敗といった尺度ではない。そこに,言いも悪いも,ない。人生とは,

結果が,最初の思惑通りにならなくても,最後に意味を持つのは,結果ではなく,過ごしてしまった,かけがえのないその時間である。

自分の大好きな,ガイアシンフォニー三番の中のセリフだ。そこに,もしあるのなら,幸せがある,そう感じている。だから,幸せは目指すべきものではなく,そのときか,あるいは何かをなした結果,あるいはその最中に感じるものだ。例えば,湯船につかって「幸せだなあ」という状態は,それを目指すのではない,そのひと時を過ごせるようになった結果からしか生まれない,と信じている。

ところで,玄侑宗久さんは,『しあわせる力』で,「しあわせ」について,語源的にこう説明している。

「しあわせ」という言葉は,「為合わせる」で,初めは天が私にどうするのか,それに対して私がどうするのか,が「為合わせる」のはじまり。それが「仕」に代わり,人と人との関係がうまくいくことを「仕合せ」と呼んだ。

「幸い」は,「さきわい」が変じた。これは,賑やかに花が咲き誇っている状態をいう。これも関係を指す。

だから,

日本人にとっては,咲き賑わい,相手の行動に合わせることが「さいわい」であり,「しあわせ」の原型

ということになる。だから,本来「人間」との意味は「世間」の意味なのに,日本語では一人の人を意味するように変えた。ことほど左様に,日本では,人と人との間で決まるという発想から来ている,と言っている。それはすごくわかる。

ただ(ここからは,違う方向へ妄想が広がっていった),違う言い方をすると,それは,文脈依存が強いと言えるのではないか,と。たとえば,「さようなら」という言葉は,多国語が,また会いましょうとか,神の祝福がありますように,とかいう意味があるのに,「さようならなくてはならないゆえ,おわかれします」といった意味で,「そういうわけですから」「そういうことなら」といった,「そういう」が前についていて,その場で,その人のいる文脈でしかわからない,というニュアンスがある。その瞬間,少し前に読んだ平田オリザが頭をよぎった。

その特徴を平田オリザは,「わかりあう文化」「察しあう文化」と呼んでいた。つまり,「さようなら」は,本来,その文脈を共有化しあえている,という前提があるからこそ,言える挨拶なのだと思う。

金子みすゞの「みんなちがって,みんないい」の解釈についても,玄侑宗久さんと平田オリザは真反対のようだ。平田オリザは,「みんなちがって,たいへんだ」と言っている。

かつてあった文脈がすべて壊れてしまっている。それは里山が保存しなければならない文化遺産になっているのを見ればわかる。かつての「普通」はもはやない。とすると,文脈依存のコミュニケーションになれたわれわれは,文脈のずれに対応する力が弱いともいえるではないか。そのずれやぶれは,国内でもそうだが,国外に出ればもっと大きくなる。その前で,手をつかねていていいはずはない。それが平田オリザの問題意識であり,危機意識であった。

いまの若者も一様ではない。近親者の死に出会えないまま医者になるものがいる,母親以外自分より年上の異性と会話をとしたことがない若者,親と教員以外の大人と会話したことのない若者,日本語を母国語としないものもいる。その危機感で,平田オリザは,若い人と向き合っている。

かように,日本人が多様化しているのに,かつて「察しあえた」「わかりあえる」文脈から切り離されて(あるいは共有した文脈が切れたから多様化したから),バラバラなのだ。「だから,みんなちがって,たいへんだ」になる。それについては,すでに触れたので,省く。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/10995353.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/10996546.html

平田オリザは,こういっている。

もう日本人は心からわかりあえないのだ……と言ってしまうと身もふたもないので,たとえば高校生たちには,私は次のように伝えることにしている。
「心からわかりあえないんだよ,すぐには」
「心からわかりあえないんだよ,初めからは」

これが,いま日本人が直面しているコミュニケーション観の大きな転換の本質なのだ,という。つまり,かつてのように心からわかりあえることを前提にコミュニケーションというものを考えるのか,もはや文脈を異にして,人間はわかりあえない,わかりあえない同士が,どうにか共有できる部分を見つけ,広げていくということでコミュニケーションを考えるか。バラバラが前提の,国際化の中で生きていくこれからの若者にとってどちらが重要と考えるか,は言うまでもない気がする。

協調性が大事でないとは言わないが,より必要なのは社交性ではないか,平田オリザはいう。金子みすゞの「みんなちがって,みんないい」ではなく,「みんなちがって,たいへんだ」から,ではどうするかをかんがえなくてはならない,と。

もちろんグローバルがいいとも思わない。均一化がいいとも思わない。しかし,それを避けて通れないなら,それぞれ個々の文脈の中に閉じこもって生きていこうと覚悟を決めるのならともかく,日本が生き残っていくためには,何か他の手段が必要だ。だから,平田オリザは,悪戦苦闘の中から,こういっている。

日本の若者たちには,日本人の奥ゆかしく美しい(と私たちが感じる)コミュニケーションが,国際社会においては少数派だという認識は,どうしても必要だ。

だから,「多数派のコミュニケーションをマナーとして学べばいい」。別に「魂を売り渡すわけではない。相手に同化するわけでもない」。

「わかりあう文化」「察しあう文化」は,文脈に依存している。あいまいさも許容もその中で生きた。しかし,それが崩れた時,どう生きるのか,が問われている。平田オリザの対応は,その一つだ。

その対極で,玄侑宗久さんが言うように,無限の応化力,観音力で生きるのと,そんなに違っているとは思わない。相手に応じて,自分の在り方を変えていく(しあわせる力というのは,「どんな変化に際しても、自分を変化させて見事に応じること」だそうだから),というのも一つの考え方だろう。

もちろん,「~でなくてはならない」とは考えない。そう考えた瞬間,それは意見ではなく,信仰に変わる。そこでキャッチボールはできない。対話はできない。あくまですべての意見は仮説なのだ。仮説をぶつけ合って,キャッチボールをすることを通して,別の仮説ができる。正解は一つではないのだ。

もう少し踏み込んでいうと,フランクルではないが,すべての人は語りたい人生を持っている。いや,語るべき人生を持っている。すべての人生に,ひとつひとつの物語がある。それを聞く時,心が開く。知のレベルではなく,その人自身の人生の物語があってはじめて,こちらの心も開く。そういう,自分をだしにする分,平田オリザの語る問題意識には強く惹かれた。

まだ自分の,結んだ心は十分開いていないから,手を打っての全開とまではいかないかもしれないが。


参考文献;
V・E・フランクル『夜と霧』(みすず書房)
V・E・フランクル『制約されざる人間』 (春秋社)
平田オリザ『わかりあえないことから』(講談社新書)
玄侑宗久『しあわせる力』(角川SSC選書)

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



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posted by Toshi at 09:37
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