2013年01月06日

「はじまりは国芳―江戸スピリットのゆくえ」を観て思うこと


横浜美術館で,「はじまりは国芳―江戸スピリットのゆくえ」

http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2012/kuniyoshi/topics.html

をみた。国芳については

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%B7%9D%E5%9B%BD%E8%8A%B3

を見てもらうこととして,展覧会の案内には,こうある。


この展覧会は,浮世絵師・歌川国芳(1797 寛政9~1861 文久元)をはじまりとして,国芳の近代感覚にあふれた斬新な造形性が,その一門や系統にどのように受け継がれ,さらに新たな展開を見せていったかを,江戸末期から昭和期の日本画,油彩画,水彩画,版画,刊本などの作品,資料を通して探ろうとするものです。

歌川国芳は,初代歌川豊国門下の浮世絵師で,同門の兄弟子・歌川国貞(三代豊国)と並び,江戸末期の浮世絵界を牽引しました。雄壮奇抜な武者絵をはじめとして,美人画,役者絵,機知とユーモアに富む戯画や風刺画,洋風の表現を取り入れた風景表現など,その幅広い作画領域と画風によって,近年,評価がますます高まっています。

国芳門下の第1世代からは,歌川芳員,落合芳幾,歌川芳虎などの浮世絵師のほか,月岡芳年,河鍋暁斎,そして洋風表現で一派をなした五姓田芳柳などの異才が輩出しました。とりわけ,月岡芳年の門下には,歴史画の水野年方,物語絵・風俗画の鏑木清方,さらに清方の弟子の伊東深水や寺島紫明などが連なり,日本画の一大画系を形成しています。また,清方門下には,版元・渡邊庄三郎率いる新版画運動に参加した川瀬巴水,笠松紫浪らがおり,大正期から昭和にかけて,木版画の新たな可能性を拓きました。


要は,国芳からの系譜を作品で見ていこうというもののようだ。国芳や暁斎には個人的関心があるが,弟子の系譜をたどることにはあまり関心もないし,企画として,多少疑問もあります。別に国芳に連なったことで,その画業が開いたわけではなく,むしろそれを言うなら,国芳の幅の広い絵を全体像として見せてくれた方が,その絵の持つ幅と弟子のすそ野との因果が,もう少し説得力があったように思える。

たとえば,国芳の作品数は,二千数百点に及び,役者絵,武者絵,美人画,名所絵(風景画),戯画,春画まで多岐にわたるそうだが,歴史・伝説・物語などに題材を採った,大判3枚つづりの大画面に巨大な鯨や骸骨,化け物などが跳梁するダイナミックな作品が真骨頂。そのあたりの幅と多様さは,十分アピールされているとは思えない。僕自身,それほど国芳に詳しくないので,改めて調べなければ,こんなことさえ,見終わっても伝わってこない(自分が十分観察眼を持たなかったことは棚に上げている)。

むろん,系譜を伝えるのが主眼なのだろうが,鏑木清方,伊東深水といった絵には大した意味も感動もを見いだせなかったものにとっては,系譜や流れというようなものより,弟子との間,国芳と暁斎,国芳と芳年,国芳と芳員等々,第一世代に,何が引き継がれ,何がどう変わったのかに,具体的に焦点を当てて展示してもらった方が,ずっと図としての国芳が引き立ったのではないか。これでは,結果として,地としての国芳も図としての国芳も,はっきり位置づけられないまま終わった印象がしてならない。

そのために,展示の仕方を工夫して,同じ絵(のコピー)を並べてもいいし,元へ戻らせて確認させる順序の指示の仕方を変えるなど,通り一遍で,人の後からついて流れていくだけの展示から少し脱皮してもいいのではないか,とつい余計なことを考えてしまう。

まあしかし専門家が苦労して並べた企画に,素人がああだこうだ言ってみても仕方がない。ただ,企画した以上,その企画の「企」の部分,どういう夢,どういう新しい世界をここで展開しようとしたのかはもっと明確にしていい気がする。それが目的のはずだから。だから,国芳の偉大さを示そうとするなら,系譜や弟子の数ではなく,国芳の作品そのものの多様性と幅と画期をなす何かが示されなくては意味がないのではないか,と思うまでだ。

ところで,関係ないことだが,浮世絵というものが,同時代性をもち,過去の名画を見るように観てはいけないのだ,とつくづく思った。言ってみると,かつてあった写真週刊誌のように,良くも悪くもその時代の精神と雰囲気を,描き出している。その意味では,本来使い捨てのものなのではないか,と思う。かつて輸出品に緩衝材として,いまで言うと,新聞紙の変わりのように包まれていたものなのだから。だからヨーロッパ人は驚いたのだ。緩衝材として使われている浮世絵の先に,そんなものをごみのように使い捨てる国の文化の高さに。

浮世絵には,歌舞伎,古典文学,和歌,風俗,地域の伝説と奇談,肖像,静物,風景,文明開化,皇室,宗教など多彩な題材がある。「浮世」という言葉には「現代風」という意味もあり,当代の風俗を描く風俗画である,とされるが,例えば歌舞伎なら,何代目何某とあって,それを見る人にとっては周知の人であり,周知の演目であり,その一瞬の所作を切り取っても,その背後の物語が,当然のように周知されていることが前提になっている。説話でも,伝承でも,その主人公のある場面を,一瞬写し出したように描いてある絵柄は,周知のことであり,その動作や古増野一瞬の意味を,そしてその背後の物語を知っている。

逆に言うと周知の物語や舞台,役者や武者,あるいは周知の人物の,どういう場面で,何をしようとしているかを,どう風に切り取って,一枚の中に描き出すのか,ほほう,そういう切り取り方があるのか,と感嘆させる一瞬の描き出し方を競っていた部分もあるような気がする。誰もが知っている物語があるから,大胆な構図を描き出せば出すほど,その驚きが高まる。

ということは,今われわれは,その物語やリアルの役者やリアルの風景を知らない眼で見ているから,その絵にわれわれに見えているものと,その物語や役者を承知の上でその絵を見ている,江戸庶民に見えているものとは絶対に違うのではないか。その驚きも,その歓声も,たぶん質が違う。

もちろん,その時代でも,物を知っているものが見る光景と,物を知らぬものが見る光景は,一枚の浮世絵でも,まったく違っていたに違いない,というのはあるだろうが。

そうはいっても,こんなものが使い捨てで,もちろんコレクションしていた人がいたとは思うが,一般庶民にとっては,瓦版みたいな廉価なものなのだろうから,,そうやって制作され,享受されていた江戸時代の文化度の高さと,庶民のレベルの高さに驚くばかりだ。さしあたり,現代の漫画週刊誌に匹敵するのかもしれない。

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



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posted by Toshi at 08:45
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