2013年04月15日

時代と格闘した思想家~横井小楠・その学びの姿勢と生き方Ⅱ


僕の好きな小楠の言葉は,これだ。

本当の小人,姦人というのは百人にひとりもいない。その他は皆人としてたりないところがあるにすぎない。それをすぐ小人,姦人とけなし,よいところをみてやらず,欠点のみ責めるのは,その責めているほうこそが小人なのだと思い知らねばならぬ。小人をもって小人を責むるということです。

「小人をもって小人を責むる」とは,痛い。子曰く,君子は諸(これ)を己に求め,小人は諸(これ)を人に求む,と。おのれを知らないのと,相手を知らないのとは,丁度裏表ということか。そして,こう言う。

人材には、上中下とある。高い節操、篤行があり、才智が深く、道理を外さず臨機応変に対処できるものが上材、才識が秀で英邁豪俊ではあるが、行いを慎んだり、大事を取れぬものは中材、諄諄としてしきたり墨守し、智力で臨機応変に対応できぬものは下材、下材ではものの役に立てぬ。上材は、百世に一人現れるもので、中材の異能のものこそが役に立てるものだ。いまはその中材の抜擢すら慣例にとらわれていて、登用される道が閉ざされているが、この混迷の時代、中材こそが有用な人材になりうる,と。

こうした人材観の背景にあるのは,

人は三段階あると知るべし。天は太古から今日に至るまで不易の一天である。人は天中の一小天で、我より以上の前人、我以後の後人とこの三段の人を合わせて一天の全体をなす。故に我より前人は我前生の天工を享けて我に譲れり。我これを継いで我後人に譲る。後人これを継いでそのまた後人に譲る。前生今生後生の三段あれども皆我天中の子にしてこの三人あって天帝の命を果たすものだ。孔子は堯舜を祖述し、周公などの前聖を継いで、後世のための学を開く。しかしこれを孔子のみにとどめてはならない。人と生まれては、人々皆天に事(つか)える職分である。身形は我一生の仮託、身形は変々生々してこの道は往古以来今日まで一致している。故に天に事えるよりのほか何ぞ利害禍福栄辱死生の欲に迷ふことあろうか,

という,天を意識し,連綿と続く歴史の一端を担っているという自覚だ。先人の背に乗って,後世へとつないでいく。その眼から見れば,異国を「夷狄」と呼ぶ攘夷の風潮が,小楠には相対化される。

中国にとって我国が東夷とよばれたように、みずからを中華とみなさねば、そうは呼べない。では、彼らにとって、われらはどう見えるのか、大洋を押し渡ってきた彼らにとって、われらはちっぽけな島国でしかない。彼らにとって、われらこそが夷狄かもしれない。では、なぜ国を開くのか、国を開くことで、一国の中で堅持された仕組みは崩れる。いま起きていることは、いままでこの国を動かしてきた偉い人たちが、この事態に対処できない周章狼狽ぶりをさらけ出し、国の政事を果たしていけぬことを世間に知らしめたにすぎない。

道は天地の道なり。わが国の、外国のということはないのだ。道のある所は外夷といえども中国なり。無道になるならば、我国支那といえどもすなわち夷なり。初めより中国といい夷ということはない。国学者流の見識は大いに狂っている。だから、支那と我国とは愚かな国になってしまった。亜墨利加などはよく日本のことを熟視し、決して無理非道なことをなさず、ただわれらを諭して漸漸に国を開くの了簡と見えた。猖獗なるものは下人どもだけだ。ここで日本に仁義の大道を起さなくてはならない、強国になるのであってはならない。強あれば必ず弱あり、この道を明らかにして世界の世話やきにならにはならねばならぬ。一発で一万も二万も戦死するというようになることは必ずとめさせねばならぬ。そこで我日本は印度になるか、世界第一等の仁義の国になるか、この二筋のうちしか選択肢はない。

そして異国との対応のあり方を,こう説く。常に,天が意識されている。

天地仁義の大道を貫く条理に基づかねばならぬ。すなわち、有道の国は通信を許し、無道の国は拒絶するのふたつだ。天地には道理がある。この道理をもって説諭すれば、夷狄禽獣も従う。

応接の最下等は、彼の威権に屈して和議を唱えるもの。これは話にならない。結局幕府はこれを取った。次策は、理非を分かたず一切異国を拒否して戦争をしようとするもの。これが攘夷派の主張だ。長州が通告なく通過する艦船を砲撃したのはこれだ。これは天地自然の道理を知らないから、長州がそうなったように、必ず破れる。第三策は、しばらく屈して和し、士気を張ってから戦おうというもの。水戸派の主張だ。これは彼我の国情をよく知っているようだが、実は天下の大義に暗い。一旦和してしまえば、天下の人心怠惰にながれ、士気がふるいたつことなど覚束ない。最上の策は、必戦の覚悟を固め、国を挙げて材傑の人を集め政体を改革することである。天下の人心に大義のあることを知らせ、士気を一新することである。我は戦闘必死を旨とし、天地の大義を奉じて彼に応接する道こそが、義にかなうはずだ。

この第三策は,勝海舟の考えでもあった。家茂も慶喜も,幕閣もこ,徳川幕府という体制の維持に汲々として,国としての覚悟を決断しなかった。小楠は大政奉還を聞いて,松平春嶽に,こう建策している。

第一に、議事院を建てられるべきこと。上院は公武御一席、下院は広く天下の人材を御挙用のこと。第二に、皇国政府相立った上は、金穀の用度一日もなくてはすまぬ。勘定局を建てられ、五百万両くらいの紙幣をつくり、皇国政府の官印を押し通用するようにすべきこと。第三に、一万石につき百石の拠出を求め、新政府の収入とすること。第四に、刑法局を建てられるべきこと。第五に、海軍局を兵庫に建てられるべきこと。関東諸侯の軍艦を集め、十万石以上の大名から高に応じて人数を定めて兵士を出さしめ、西洋より航海師ならびに指揮官を乞い、伝習させる。第六に、兵庫開港期限が迫っている。国体名分改正の第一歩なれば、旧来の条約中適中せざるを一々改正し公共正大百年不易の条約を正むべし。第七に、外国は交易、商法の学があり、世界物産の有無を調べ、物価の高低を明らかにして広く万国に通商している。そうした熟練に対して、我国は拙劣であり、大人と子供のようなものだ。彼らが大奸をなす所以である。十余年来交易において我国大損たるは明らかである。これより外国に乗り出すにあたっては、まず魯、英、佛、墨、蘭に日本商館を建て、内治においては、商社を建て、兵庫港であれば、五畿内、四国、南海道は、大名ばかりでなく、小人百姓も共望によってその社に容れ、同心して共に舟を仕立てて乗り出し交易すべし。

小楠の中の,ありうべき国家像は,この後,さらにブラッシュアップし,実践される機会が与えられないまま,潰えた。しかしここにあるのは,清潔感だ。義であり,天であり,という言い方を今風に変えれば,絶対に譲れぬ価値を見据えているといっていい。それは徹底している。

その小楠に,こういう詩がある。小楠の判断の一端を知ることができる。

彼を是とし又此を非とすれば
是非一方に偏す
姑(しばら)く是非の心を置け
心虚なれば即ち天を見る

心虚なれば即ち天を見る
天理万物和す
紛々たる閑是非
一笑逝波に付さん

衆言は正義を恐れ
正義は衆言を憎む
之を要するに名と利
別に天理の存する在り

是非の二者択一ではない視点をいつも持つ,小楠はしたたかな政治顧問であった。小楠が,松平春嶽のブレーンであった時,最も松平春嶽が輝いていた。その間,藩レベルで,こうすれば民が肥え,結果として藩が豊かになるという殖産政策を実施した。なかなか端倪すべからざるコンサルタントでもある。ついに国レベルで,実践する機会に恵まれないまま殺された。

酒席に,肥後勤王派の襲撃を受けた折,士道に悖る行為があったとして,知行召し上げ士席剥奪の処分を受け,熊本郊外の沼山津に逼塞していた時,こう読んだ。

心事分明にして疑う所無く
四時佳(か)興(きょう)坐(そぞろ)に卮(さかずき)を傾く
此の生一局既に収め了(おわ)り
忘却す人間(じんかん)の喜と悲とを

なかなかどうして,こんな達観した御仁ではない。この間,井上毅と対話した(というより喧嘩別れした対談)で,こういっていた。「凡そ我が心の理は六合に亘りて通ぜざることはなく,我が惻怛の誠は宇宙間のこと皆是れにひびかざるはなき者」と,昂揚した言い方をしていた。まだまだ意気軒昂であった。

人君なんすれぞ天職なる
天に代わりて百姓を治ればなり
天徳の人に非らざるよりは
何を以って天命に愜(かなわ)ん
堯の舜を巽(えら)ぶ所以
是れ真に大聖たり
迂儒此の理に暗く
之を以って聖人病めりとなす
嗟乎血統論
是れ豈天理に順ならんや

と,あの時代に言い切れる人はそうはいまい。いまでも,なかなか難しい。だから「廃帝論」を論じたとして,暗殺者をかばう論調が高まり,危うく暗殺者が英雄になるところだった。これは将軍継嗣問題で,一橋慶喜か紀州の慶福かで対立している時に読んだとされている。

あえて深読みすれば,血統による世襲は天下を私物化することだ。天命をうけた天徳の人が天下のために政事をするのではなく,君主の血統を維持するために国天下があるかのごとくになる。開幕以来天下のためにする政事これなく,ことごとく徳川氏のため,また諸侯はおのが国のためになされている。これを逆転しなくてはならない。君子のために国があるのではなく,国を治めるために君主がある。政事の役に立たないなら,君主は取り替えなければならない,そう読める。

嗟乎血統論/是れ豈天理に順ならんや,こう言い切れる人こそ,真の民主主義者に他ならない。いまの日本は,二代目三代目だらけ,またそれをよしとする風潮がある。その踏襲主義で,自由闊達な風土の国々に太刀打ちできようか。

二人の甥を坂本龍馬に託して洋行させる折,送ったもうひとつの送別の詩,

心に逆らうこと有るも
人を尤(とが)むること勿れ
人を尤むれば徳を損ず
為さんと欲する処るも
心に正(あて)にする勿れ
心に正にすれば事を破る
君子の道は身を脩むるに在り

に彼の心意気がある。おのれを律することなきは,彼の眼中にはない。

参考文献;
野口宗親『横井小楠漢詩文全釈』(熊本出版文化会館)
山崎正董『横井小楠』(明治書院)
松浦玲『横井小楠』(ちくま学芸文庫)
松浦玲編『佐久間象山・横井小楠』(中央公論社),

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posted by Toshi at 05:16
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